第1261話 瘴気を利用して


 イブキがインクアイリーの勧誘を蹴ったのは分かったけど、ほぼ似たような条件で俺らの方に情報を提供する意志があったのは少し意外だな。まぁ使い捨ての手駒にされるのは嫌だったみたいだし、インクアイリーの存在を察知した後に色々と動いてて正解だった訳か。


「どうも気に入らないんだよな、あの『インクアイリー』って集団! 羅刹なら分かるだろ!」

「……まぁ無所属として、思うところがあるのは間違いないな」

「ん? 羅刹、イブキ、それってどういう意味だ?」

「どういう意味も何も、無所属を道具みたいに扱い過ぎなんだよ! 『無所属』って名前そのものを隠れ蓑にしてるしなー!」

「赤の群集の共同体が中核になっている集団が、『無所属』代表みたいな動きは途轍もなく気に入らねぇのは違いないな。まぁそれをどう思うかは……人それぞれにはなるが」

「あー、なるほど……」


 インクアイリーは傭兵が離反するように誘導を狙ってたし、それが失敗したら直接的に群集の指示に従わないよう呼びかけていた。その上で、黒の統率種へと進化して暴れろというのは……流石に受け入れ難い内容か。

 なんだかんだで、インクアイリーの目論みはそれなりに潰せている? いや、共闘での傭兵の動きはまだ判明してないし、あの直球過ぎる内容は……インクアイリーの誘導だと分かっていても、人によっては思惑通りに動きかねないから厄介だな。


「あー、とりあえず無所属にも色々と思うとこがあるのは分かった。それじゃ次に確認したい事だけど……イブキ、どうやって俺の攻撃を避けてた? それに、この濃い霧の中で周囲の状況は見えてるのか?」

「ん? 今、そんなに霧は濃くねぇよ? そりゃ視界は悪いけど、ちょっと前までの濃い霧みたいに周りが見えない程じゃねぇだろ」

「……はい? え、今って霧が薄れてんの!?」

「そんなの見りゃ分かるよな? え、俺、なんか変な事を言った?」


 待て、待て、待て! 今は視界が悪い程度で済ませられるほどに霧が薄れてんの!? うげっ、これはちょっと想定外過ぎる状況なんだけど!?

 その場所に応じた『灰の刻印』があれば、峡谷エリアだと意図的に音を出す事にメリットもあったけど、霧の森だとそういう変化が確認出来ないってデメリットが発生するのか!?

 しまったな、そういう方向での変化は盲点だった。何も変化が出るのは濃くなる場合だけじゃないんだな。


「……イブキ、さっきまでは全く周囲が見えていなかった状況なのか?」

「いんや、見る方法もあるにはある……って、聞きたいのはそれか!? てか、傭兵の羅刹も含めてこの辺にいる全員にある、その灰色の木のマークとⅡって数字はなんだ?」


 あー、そうか。イブキみたいに無所属のみで乱入していたら、群集拠点種から刻んでもらえる各群集の刻印の事を知らない状態になるんだな。……相手から見た場合の視点は気にしてたけど、中核を担っているが元赤の群集の共同体だし、群集所属か動いた相手だって事で、その辺は完全に失念してたよ。

 これ、無所属のイブキに教えても大丈夫なのか? いや、違う。今だからもう教えても大丈夫なんだ。今は最終戦だし、ここから無所属同士での連携をするのはまず不可能。教えるデメリットよりも、得られるメリットの方が遥かに大きい!


「なんか黙り込んだけど、これって変に説明が出来ない内容のやつだったり?」

「……ケイさん、どうする? 流石に傭兵の俺じゃ、下手に話せん内容だぞ?」

「まぁ羅刹はそりゃそうだ。ぶっちゃけ、ただ教えるだけなら何のメリットも無いけど……今、色々な情報と引き換えなら十分な状況にはなった」

「おっ、そうなのか! それならサクサク行こうぜー!」

「それもそうだなー」


 周囲にいる他の人達は頷いているし、異論はなしか。完全にここでの交渉の代表は俺になってるね。まぁ総指揮までやってれば、こういう状況ではそうなるし、そもそも話をし始めたのも俺だもんな。

 まぁここで反対の声が上がらないのはありがたい。みんな、情報の大事さは把握してくれているんだね。よし、ここは教えた方が先の話に繋げやすいし、イブキに教えていきますか!


「これは『灰の刻印』っていって、群集拠点種で刻んでもらえる特殊なバフだな。エリア毎に効果に違いはあるんだけど、この霧の森では霧が相当薄れて見える効果がある。赤の群集と青の群集にも同様のものはあるぞ」

「おっ、群集にはそういうのがあるのか! あ、だからさっきの質問になるんだな! なるほど、なるほど!」

「そういう事だな。それでイブキは……さっき、見る方法はあるって言いかけてたよな? 同じような効果を発揮させるような効果を得るような手段が、無所属にはあるのか?」

「おう、あるぜ!」

「……マジであるのか」


 思いっきり堂々とあると宣言されたよ。くっ、これじゃインクアイリーが無所属になってるから、霧で視界が悪いという前提が完全に崩れ去った……。

 いや、今はそこで変に落ち込むより、対処の方法を変えなければならないという情報を得た事の方が大きい!


「イブキ、それってどういう手段になる? 使ってる時に判別は可能?」

「さっき気付かなかったなら判別は多分無理じゃね? 今は効果が切れてるけど、転移してきた時には使ってたしな」

「マジかー。それじゃ、具体的な手段は?」

「手段としては、このカーソルを黒く染めていってる瘴気を使うんだよ」

「……はい? え、瘴気を使う? 纏瘴でもする……って訳じゃないよな?」

「おう、纏瘴とは全く別物だぜ!」


 どうも無所属の動きには、瘴気が大きく絡んできているね。こうなってくると瘴気を使う事そのものに意味がある? ……とりあえずイブキから続きを聞こうか。


「これ、ちょっとデメリットもあるんだが……さっき言った乱入クエストの受注と一緒に『特性の種:瘴気共鳴』ってのが渡されてなー。それを使用中に、カーソルを黒く染めている要因の瘴気を消費して、その地に合わせた環境への適応調整が可能って代物よ!」

「そういう事が出来るのか。……そうなると、デメリットは黒の統率種へも進化が遠のく事か?」

「正解だ、ケイさん! いやー、もうマジで黒く染めるのは大変なんだぜ……」


 なるほど、瘴気の渦で転移をすれば黒く染まっていくけど、倒されたり、今の手段で視界を確保したり、そういう要素で白く戻っていくようにもなってるのか。使いまくったり、倒されまくれば、黒の統率種への進化は困難になるんだね。


「あ、俺に話を持ちかけてきた『インクアイリー』の連中は多分、『瘴気共鳴』の効果は使ってたと思うぜ! 無所属で転移してくるのに全く黒く染まらない訳がないんだが、真っ白だったからな! 見分けるのは、そこでやればいいと思うぞ!」

「あー、なるほど。その分析は普通にサンキュー!」

「いやいや、これくらい良いって事よ!」


 言われてみれば、確かに俺らが戦った氷花やコトネとかの5人は全てカーソルは真っ白だった。……そういう視点では全然考えてなかったな。あの黒く染まっているカーソルに、そんな意味があったとは……。


「ん? それなら、真っ白になってる状態なら……それ以上は『瘴気共鳴』とやらの効果は発揮出来ない?」

「あー、10分ずつの事前のチャージ制って仕様だから、多分あるだけ全部視界の確保に回してるんじゃね? もしそうなら、当分は視界は確保出来たままだと思うぞ」

「そういう仕様か……」


 思った以上に厄介な仕様だな。どうせならリアルタイムで消費してくれれば分かりやすいのに、なんか無所属にとって有利な仕様になってませんかねー!? ただ乱入してくるだけでなく、特殊なバフを向こうも持ってるとかズルくねぇ!?

 あ、よく考えたら、根本的に群集の方が圧倒的に人数が多いんだし、絶対に勝てないような無茶な調整にはしてないのか。……くっそ、運営は状況次第で、競争クエストでも無所属が勝てるように調整してるな!?


「ケイさん、ケイさん!」

「ん? ハーレさん、どうした?」

「今のを報告してたら、みんなが大慌てなのさー!」

「あー、そりゃそうだろうな……」

「そしてケイさんに伝言なのです! 『可能な限り、イブキから情報を聞け。多少の対価の上乗せも、余程の無茶振りでない限り構わん』ってベスタさんから!」

「それは了解っと」

「おっ、対価の上乗せってマジで!? そりゃいいな!」

「……他にも情報があればの話にはなるけどな?」


 多分、わざわざイブキに対価の上乗せが可能な事が伝わるようにしたのはベスタの指示だな。そうじゃなきゃ、ハーレさんなら共同体のチャットでイブキには伝えず、俺らだけに内緒で伝えられたはず。

 俺への伝言も含めてはいるんだろうけど、間接的にイブキへもっと情報を寄越せというメッセージにしてるんだろうね。そして、その行動自体には俺も賛成。……ふぅ、途中でイブキを仕留めてなくてよかった!


「他の情報……他の情報ねぇ……? 群集が何を知らねぇのかが分からねぇし、ケイさん達の方から質問してくれや! 答えられるもんなら、答えるぜ!」

「それが無難なとこか。あー、誰か何か気になる事ってある?」


 俺としてはここまで聞いた内容以外にパッと思いつく疑問は特に無い。でも、さっきフーリエさんに言われたし、周囲に集まっているみんなの意見を頼りにさせてもらおうじゃないか!


「はい! 私からじゃないけど、競争クエスト情報板の方で出た質問です! 無所属で乱入してきてる人は何人くらいいますか!?」

「悪いけど、それは単純に知らん! てか、把握は無理だよな、羅刹?」

「まぁ無所属のメンバー一覧なんてものは無いからな。……そこの風音さんが無所属にいたってのも、俺は知らなかったくらいだ」

「あー、そういやそこの風音さんも無所属だったんだっけ? ……もしかして、一時期噂になってた、正体不明の強い黒い龍って……あんた?」

「……それは……よく知らない?」

「ははっ、まぁそうだよなー! そんなどこの誰とも分からない強者が、サラッと灰の群集に入ってるって事もないか!」


 あー、うん。これは多分だけど、高確率でその正体不明な黒い龍本人が風音さんだな。無所属の中でも全然交流がなかったんだし、そういう風に噂をされている事さえ、風音さん本人が自覚してないだけな気がする。

 そういう人を検証の為にサラッと連れてレナさんは相変わらずとんでもないな!? 青の群集に『渡りリス』って呼ばれてるけど、どんだけ顔が広いんだろうね……。いや、レナさんが本当に味方でよかった。


 って、待てよ? イブキなら、もしかして時雨さんの事について何か知ってる可能性はあるんじゃないか?


「……今、疑問が出てきたから確認。イブキ、時雨さんがどうなってるか知らないか?」

「時雨? なんでここで時雨の名前が出てくんの?」

「いや、インクアイリーの氷花って人が、黒の統率種へと指揮を出す際に時雨さんの名前を出しててな? その辺の事がどうなってるかが知りたくて……」

「……羅刹、それってマジな話?」


 ん? なんだか思った反応とは全然違って、イブキの雰囲気が急に張り詰めた? 声もさっきまでの気軽な感じじゃなくて、若干苛立ったような……? 俺、何か変な事を聞いたか?


「俺は直接には知らんが、少なくともそういう声を聞いたという話は聞いている。……俺らの知る時雨か、漢字ではない別プレイヤーかは分からんがな」

「……読みが同じで別の奴って可能性はあんのか。……ケイさん、俺から見た時雨は、俺と同じ反応をすると思うぜ? 少なくとも傭兵に行ってる場所を裏切るような奴じゃねぇ!」

「俺も同意見だ。だが、それを本人に確認が取るのが難しい状況でな?」

「あー、黒の統率種になって赤の群集との1戦で大暴れしてたって話は、乱入勢の中で伝わってきてるぜ。……意志疎通が不可な状況の他人の名を騙るのかよ! あの連中!」


 なるほど、普段の時雨さんを知ってるからこそ、この反応か。……確かにそのやり口は、疑心暗鬼に陥らせる作戦として有効な手段なのは間違いない。間違いないけど……非常に気に入らないな。

 でも、糾弾しようにもその手段がないし、言い逃れようと思えばどうとでも言い逃れは出来る。俺がアルを『アルマース』ではなく『アル』と呼んでいるみたいに愛称だと主張したり、誰が黒の統率種なのかの偽装としてのコードネームとして『時雨』を使ったり……そういう手段は十分考えられる。規約違反で運営への通報をするには、状況的には弱過ぎるか。


「えっと、今のでちょっと気になったんだけど、いいっすか?」

「あー、トンビのシリウスさんか。どういう質問だ?」

「その……イブキさんが把握してる黒の統率種に進化してる人って他にいますか?」

「正確なとこは全然知らねぇよ? それこそ、明確に分かってんのは時雨くらいなもんだしなー。ただ、ある程度なら予想は出来るぜ? なぁ、羅刹?」

「……まぁフレンドリストのログイン状況を見ればある程度の予測は出来るな。ただ、シリウスさん、それは流石に勘弁して欲しい情報でな?」

「これは流石に報酬の上乗せがあっても教えられん情報だなー。シリウスさん、あんたはペラペラとログインしてるかどうかの情報をフレンドから不特定多数にばら撒かれてぇか?」

「あっ!? ……それは、嫌ですね」

「そういうこった! 悪いな、答えられん情報で!」


 正直、イブキの答えとは思えないくらいに真面目な返答だったんだけど!? あー、でもそう考えてみると、時雨さんに関しては羅刹が面と向かって確認を取ったもんな。……わざわざ推測だけで暴露するような真似はしてないか。

 不用意に、誰かの情報を意図的にばら撒くのは無しだよなー。でも、そうなると本格的にインクアイリーに協力している無所属のプレイヤーが誰なのかは分からなくもなるか。……ここは、流石に仕方ない部分なのかもね。

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