第1259話 現れたのは


 インクアイリーの5人組……少なくとも確認出来た中では、5人である。黒の統率種を含めれば、6人で動いていたって事になるのか?


「なんというか……ちょっと嫌な考えなんだけど、あれが主力だと思う?」

「……そもそも、『インクアイリー』に主力という概念自体があるのか? 中核となる互助集団と、各群集から出てきている連中の集合体だろ? 全体像が分からん以上、下手に戦力の上限を決めてしまわない方がいいと思うぞ」

「……指揮系統すら、あやふやそうかな?」

「あー、それもそうか……」


 うーん、そこは確かにアルの言う通り。全体像が掴めないんだから、誰が主力なのかという定義はしない方がいいか。

 灰の群集の安全圏を塞ぎに動いてきたあのメンバーは実力者揃いなのは間違いないけど、あれが上限だとは限らない。既に他の場所でも戦闘はあるって話だしなー。


「ケイさん、役割によっても主力と呼べる人の意味合いは変わってくるよね? ほら、情報収集に特化するとか、妨害に特化するとか、近接攻撃に特化するとか、そういう感じでさ」

「まぁなー。……無茶な想定だけど、各群集での主力が勢揃いしてると考えるくらいで丁度いいのかもな」

「確かにその方がよさそうなのです! 報告してたら、そういう意見も結構出てるのさー!」

「あー、みんなそういう見解か」


 ハーレさんが色々と推測している内容を報告してくれているけども、達した結論は似たようなもの。……過小評価する方が危険だろうし、もう1つ群集があるくらいで考えとこ。

 その上で、インクアイリーばかりを警戒しないようにしていかないとなー。さっきは青の群集との共闘が成立したけども、インクアイリーからの仕掛けてきた動きがなければ……普通に攻め込まれてただけだしね。


 まだ消耗した分の回復が済んでないから、動き出すとしてももう少しかかるか。おし、『インクアイリー』ばかり気にしているのも駄目だし、今のうちに他の動きも確認しておこう。


「ハーレさん、他の場所の動きは?」

「えっと、色々な場所で赤の群集や青の群集との戦闘は起きてるって! でも、まだ共闘になった場所はここだけだそうです!」

「……広いから……中々……共闘には……ならない?」

「もしくは『インクアイリー』が、共闘になりそうな場所を避けてる……かな?」

「『インクアイリー』にとっては不利な状況になるだけだし、それはあるかもね」

「……逆に言えば、共闘が発生した場面は……それを避けられない状況だったか、そもそも気付いてなかったか、その2択になりそうだな」

「俺らが戦った場合は、どっちかと言うと前者なんだろうなー」


 灰の群集の安全圏の前を狙うのは、位置を変えようと思って変えられるものじゃない。青の群集の中に協力者が混ざってたし、その計画を知ったインクアイリーが便乗した作戦と考えた方がいいのかも?


「あの、ケイさん? その『インクアイリー』って、各群集に協力者がいるんですよね?」

「ん? まぁ今も絶対にいるとも断言は出来ないけど、青の群集の中にさっきまでは確実にいたな」

「あ、やっぱりいるんですね! でも、それだと意図的に推測を誘導される可能性ってありませんか?」

「あー、それはフーリエさんの懸念通りだな。その可能性は無いとは言えないけど……ぶっちゃけ、見破る手段って無いし……」

「……そうなんですか?」


 『味方を疑うな』というのは、昨日の青の群集で競争クエストでベスタが言った方針だけども、疑い始めたら際限がなくなるもんな。あれは、今でも最適解なのかもね。

 俺らもログインのタイミングの問題で、レナさんが敵に回った可能性すら考えてしまった事もある。……それこそ、疑おうと思えば今のフーリエさんの発言は味方を疑えという誘導だと捉える事も出来る。この辺、俺達自身が肝に銘じておくためにも言っとくか。


「フーリエさん、その発言自体が『味方を疑うように誘導している』と考える事も出来るからなー。逆に俺のこの発言も、『味方を疑わないように仕向けて、暗躍しやすくしている』とも取れるから……その辺も含めて要注意だぞ」

「……え? あ、言われてみれば確かに!?」

「捉え方1つで、どうとでも言える!?」


 そう、シリウスさんが認識した通り、これは捉え方を変えれば事実であったとしても、疑惑へと書き換えられる手段。1番避けるべきは、そういう疑心暗鬼の状況が完成して、群集としての連携が取れなくなる事か。

 まぁそれを狙って避けないといけない状況にされてる時点で相当後手に回ってる気がするけど、下手に考え過ぎればそれもまた逆効果になるな。だから、言える事は限られる。


「俺からは疑えとも、疑うなとも言えないし、そこは自己判断で動けよー。ただし、明確に敵対行動をした人については気にする必要はない!」

「はい! えっと、でも敵対してきた人が近くにいた場合はどうすれば?」

「あー、その場合は……逆にその相手に裏切り者と言われないようにだけは気を付けろよ。そうなると、かなり厄介だからな」

「……え? 僕達の方が裏切り……?」

「あっ! 疑われたのを言い逃れる為に、陥れられてる風を装ってすり替えてくる……?」

「シリウス、それって相当厄介じゃない!?」

「だからこそ、気をつけろって事ですよね、ケイさん!」

「まぁそうなるなー」


 競争クエストは大々的に大人数が集まってくるから、一緒に戦う人が初対面な事も結構ある。もし明確な敵対行為をしている場面を見たのがフーリエさんとシリウスさんだけで、他の味方の前で言い逃れる為に裏切り者の烙印を押されたら……払拭する事は相当厳しいだろうな。

 これって、似たような事を時雨さんがされている可能性もあるんだけど……その辺の情報はどうなってるんだろ?


「それに関連してなんだけど……ハーレさん、時雨さんの件は何か情報は出てるか? あれ、勝手に名前を騙られてる可能性もあると思うんだけど……」

「その意見は結構出てるのさー! それでレナさんがリアルの方から確認しようかと考え中です! ただ、どうしてもログアウトになっちゃうから、踏ん切りがつかないみたいな状況なのさー!」

「あー、まぁそうなるよなー」


 真偽の確認が出来るレナさんの元へ情報は届いているけど、ここでログアウトすれば安全圏へと戻る事になる。……それはそれでリスクのある話か。

 むしろ、一時的なレナさんの戦線離脱こそ本命の狙い……いや、現時点でそれは考えても仕方ないな。これ以上は俺らの方で打つ手はないし……それなら、これが無難か。


「おし、もし時雨さんらしき黒の統率種に会ったら、味方だろうが敵だろうがお構いなしでぶっ倒すぞ。変に迷う方が危険だし――」

「っ!? ケイ、後ろかな!」

「わっ!? 瘴気の渦が出来始めたのさー!?」

「ちょ、このタイミングでか!?」


 周囲に群集支援種の姿は……ないよな? いくらなんでも、こんな安全圏のすぐ近くにいれば報告は上がってるはず。異形へと進化する個体の姿もなさそうだし……1番高い可能性はこれか!


「全員、警戒体勢! 無所属か、傭兵が出てくるぞ!」


 周囲の人も含めて、大声で警戒を促しておかないとな。俺らを含めて回復や情報の整理で少し騒がしい状況だったけど、俺の声で一気にそれらが止んで警戒度が上がっていく。

 この手の瘴気の渦で無所属や傭兵が、競争クエストの対象になっていた新エリア間の移動可能なのは分かってる話ではあるけど、最後の1エリアのみになった場合はどうなってるんだ?


「いやー、危ねぇ、危ねぇ! 袋叩きになりかけたけど、いいとこに転移場所があって助か……って、あれ? ケイさん達……ヤベェ、全然安全な場所じゃねぇよ!?」


 出てきたのは……緑色の龍。カーソルの色は黒く染まり切る寸前の白い状態のもの。そして、名前は……。


「またイブキかよ! どうなってんの、この遭遇確率!」

「それ、俺が聞きたいんだけど!?」


 この手段で目の前にイブキが出てきたのはこれで3度目だっけ? まったく、どういう確率を引き当ててるんだか!


 確率の是非はともかく、イブキは既にかなり黒く染まっているのか。まだ黒の統率種にこそなっていないものの、その直前って感じだな。

 変に進化されても困るし、ぶっ殺して少し白く戻しとくか。インクアイリーとは関係ないけども、乱入勢で敵なのは確定だし、ぶっ殺す事には変わりないね。


<行動値10と魔力値30消費して『水魔法Lv10:アクアクラスター』を発動します> 行動値 102/122(上限値使用:1): 魔力値 270/306


 もうちょっとで全快だったんだけど、出てきたものは仕方ない。戸惑ってる内に、速攻仕留める! 視界が悪い状況なら、魔法砲撃でも避け切れないだろ!


「ちょ、待て、待て、待てーい! ケイさん、待った!」

「ちっ! そんな事を言いながら、しっかりと避けてるよな!」


 もう3度目ともなれば、即座に仕留められは……いや待て? 妙に回避が早過ぎないか? 無所属のイブキは何の視界の補助も受けてないはずなのに、さっきの状況の把握の早さは……なんだ?


「ちょっと情報を提供するから、今回だけは見逃してくれね!? 折角あと少しで黒の統率種に進化出来るから、進化しときたいんだよ! 今回がラストチャンスだから!」

「いやいや、そんな事をこの状況で見逃がす訳がないよなー? それとも、この視界の中で異常に回避が上手いのか、聞かせてくれるってのか?」

「うぐっ!?」


 このイブキの反応、何か無所属固有の強化が存在したりするのか? てか、即座に攻撃を始めたけど、他のみんなは攻撃を仕掛けてない?

 あ、俺のPTやフーリエさんとシリウスさんは身構えてるだけだけど、他のみんなはチャージを開始してる人が多いね。俺がいきなりアクアクラスターを魔法砲撃でぶっ放してるから、それに合わせて攻撃を用意してるだけか。


「だー! 元々考えてたし、分かった! 無所属固有の話をするから、今回は助けてくれ! 『インクアイリー』って連中も気に入らないしな!」

「……へぇ?」


 ちょっと興味深いけど、これはどうしたもんか? 苦し紛れのデタラメか、それとも見逃しても問題のない情報か……。

 傭兵からは手に入らない情報を何かしら持っている可能性はあるし、考慮の余地はあるかも? 既にこのイブキの回避の動きに違和感はあるし……。


「ケイ、貴重な情報源だ。聞いてみるのも悪くはないんじゃねぇか?」

「……それもそうだな。ただ、デタラメを言ったら……覚悟しとけよ、イブキ!」

「分かった! 分かったから、とりあえずその狙いを下ろしてくれって!? 1人相手に、何人で囲んでんだよ、これ!?」


 ふぅ、貴重な情報源を逃す手もないか。とりあえずアクアクラスターに残った分はアルに撃ちつけて、水の刻印として発動だな。

 

「みんな、とりあえずは今は攻撃中止! ただし、逃がさないように完全に周囲を囲め! イブキ、地上に降りて大人しくしてもらうのが条件だ」

「分かってるよ! てか、なんでこの辺、こんなに木がねぇの!?」

「……余計な……事を……したら……殺す!」

「なんか怖いわ! 大人しくするから、マジで今は殺すのは勘弁!」


 やっぱり周囲の様子が見えてるな、これ。種族固有の手段で見えるようにしている可能性もあるけど、そうじゃない何かがある可能性もある。もしそんなものがあるのなら、インクアイリーへの対処方法が根本的に変わってくるかもしれない。

 幸いな点としては全く知らない相手ではないって部分だけど……これが吉と出るか凶と出るか。とりあえず大人しく地上に降りてきたイブキだけど、どういう情報が出てくるかが問題だな。


「……てか、妙に人が多いし、異常に殺気立ち過ぎじゃね?」

「ここ、灰の群集の安全圏の前だからな? ついでに、ちょっと前に『インクアイリー』のPTに襲われたとこだし」

「え、マジか!? 出てくる場所としては最悪じゃん!?」


 まぁイブキとしては、最悪な場所に出たんだろうね。でも、そういう言い方をするって事は……任意の場所には出られないか。

 というか、そもそも纏瘴を使ってる訳でもないのにどうやって瘴気の渦から転移をしてきてるんだ? 瘴気収束を使えば作り出せるのは知ってるけど、根本的にどうやって乱入してきている?


「えっと、少し質問だけど……出る先は選べないのかな?」

「あー、その辺から情報が足りてねぇの?」

「よーし、思った以上に聞ける事はありそうだ。色々と聞かせてもらおうか、イブキ!」

「どうやら、傭兵にならなくても色々と要素がありそうだな? なぁ、イブキ?」

「げっ!? カメレオンの方で来るのかよ、羅刹!?」

「ふん、何かあった時の為に安全圏へと持ってきていて正解だったな」


 おっと、ここでまさかの羅刹がカメレオンでの登場か。良いタイミングで来てくれた……というか、良いタイミング過ぎるし、羅刹の言葉的にも絶対に偶然じゃないな。


「ハーレさんが羅刹を呼んだのか?」

「ううん、それはアルさんなのさー!」

「……やったの、アルかよ! あ、だからさっき止めたのか!?」

「まぁな。貴重な知り合いの無所属だし、情報を話すと言ったのなら逃す手はねぇだろ? その状況で羅刹がいれば、より確実さは増すだろうよ」

「という事だ、ケイさん。イブキ、舐めた真似はするなよ? 俺は今回の『インクアイリー』のやり口は気に入らねぇからな」

「おっ、今回は意見が一致だな、羅刹! 俺もさっき、『インクアイリー』から申し出が気に入らなくて逃げてきたとこだからよ!」

「……はい?」


 え、ちょっと待った。イブキが逃げてきた相手って、インクアイリー!? てっきりどこかの群集に襲われてたのから逃げてきたのかと思ってたんだけど!? ……これは思った以上に情報に期待が出来るかも?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る