第1256話 安全圏を取り戻せ 前編


 『インクアイリー』らしき無所属の4人と、黒の統率種に統率されたらしき瘴気強化種に襲われた安全圏の前。見えないから戦況の正確な所は分からないけど、かなり厄介な状況に陥っている。

 変な形での成り行きで共闘になった青の群集と協力中。スミの貫通狙撃のチャージは終わったし、周囲の木々がどんどん倒れている音が聞こえている。


 『インクアイリー』の動きは推測でしかないけど、それを元にこれから反撃開始! 俺とスミの声は水の膜で遮音になってるだろうから、作戦は筒抜けにはなってないはず!

 ただ、4人……なんだよな。黒の統率種が何人いて、PTに入れるかどうか……その辺は気になるところだけど、警戒はしておこう。獲物察知だけで全てが分かる訳じゃないしさ。まぁいい、ここからはなるようになれだ!


「アル、風音さん!」

「いくぜ、風音さん! 『アクアクリエイト』!」

「……うん! ……『ファイアクリエイト』」


 流石に消耗があるのか、少し控えめな爆発だけど、これで十分! 完全に霧に偽装した氷の操作は消えてはいないけど、むしろこの程度に乱れた方が立て直すか再生成するかの判断が必要になるからね。

 それに加えて、もっと混乱する判断材料を増やしてやろうじゃん! 視界確保の為の水の膜に加えて、追加生成で水球を3つ生成! サイズは同じくらいにして……俺らも含めて上空へ!


 さーて、これで氷の操作を解除すれば、俺の位置は分からなくなるぞ? さぁ、その状態で乱れた氷の操作をどうする!? 悩め、盛大に悩んでしまえ!


「落ちるなよ、スミ!」

「なっ!? 近付く気か!?」

「位置はバレてるんだから、撹乱しなくてどうすんだよ」

「ちっ! ジェイとは随分とこういう時の判断力が違うじゃねぇか!」

「そりゃどうも!」


 あいにく俺とジェイさんでは色々とやり方が違うもんでなー。俺は、その場、その場で使えるものを使ってやっていくのみ。使える手札が無ければ、その場で即興で用意するだけだ!

 俺らの移動に使う分を含めて、相手には4つの水球が迫っているとしか判断出来ない状況のはず。さぁ、ちゃんと状況を把握する為に再発動で立て直せ!


「っ!? おい、霧が無くなって……ちっ、また広がってきたか!」

「それは想定済み! ハーレさん、ヨッシさん!」

「みんな、次が来たらよろしくねー! 『黒の刻印:剥奪』!」

「一度完全に晴れたら、丸わかりだね! 『黒の刻印:剥奪』!」

「2人とも、ナイス!」


 再発動してきていた氷の操作はこれで打ち消せた。盛大に乱した状況でかつ狙ってない形からの再発動なら、小細工での誤魔化しも効きにくいだろ。

 とはいえ、何度も出来る訳じゃないし、立て直されたら意味がないから時間との勝負! もう水の操作の時間が切れるけど、その前にもう少し上空へ!


「よし、見えた!」


 氷で出来たような『氷花』という名の桜の木に、その枝に『コトネ』という名のタカが止まっている? てか、氷の操作と同族同調は1人で兼ね備えてたのかよ! 

 あー、今は敵の構成を確認を優先で! 氷の塊を土台にして浮いていて、脚周りが白いキツネの『グレン』と……その周りを泳ぐ小さなワニは『最強は俺!』か。最早、名前じゃないな、それ。あー、風の操作で元々ある霧は散らして視界を確保してるっぽい。

 というか、このワニの名前には見覚えがある……? 『最強は俺!』ってどう見ても完全に名前じゃない名前だけど、なんかどこかでそうツッコんだような覚えが……? どこでだっけ?


「……あいつらが『インクアイリー』か。見るからに氷属性の桜がいるが……そんなに単純か?」

「精査してる余裕はないから、標的は『氷花』って桜で! 少なくともあの場の中核を担ってる立場なのは確実だろうし、あれくらいの風は突き抜けられるよな?」

「……仕方ねぇか。まぁあの程度なら、多少は威力が下がるだろうが、元々貫通性能があるから問題ねぇよ」

「それならよし! あと、操作時間切れ!」

「なっ!? おい、ふざっ――」


 まぁそんなもんは承知の上で思いっきり操作時間を使い切ったんだけど、位置的には敵より上に行けたから問題なし! 俺には『灰の刻印』が、スミには『青の刻印』があるから、視界はこっちの方が良いんだよ!

 ついでに、スミが驚いた声を上げてくれてありがとさん! それで敵の注意が引ける!


「あはっ、上かぁー!」


 っ!? なんかタカのコトネが見上げてきて嫌な感じの声がしたけど、ここで引いてられるか! 落下の転じる前に、攻撃開始!


<『並列制御Lv1』を発動します。1つ目のスキルを指定してください>

<行動値10と魔力値30消費して『水魔法Lv10:アクアクラスター』は並列発動の待機になります> 行動値 72/123 : 魔力値 215/306

<2つ目のスキルを指定してください。消費行動値×2>

<行動値20と魔力値30消費して『水魔法Lv10:アクアクラスター』は並列発動の待機になります> 行動値 52/123 : 魔力値 185/306

<指定を完了しました。並列発動を開始します>


 不穏な声は意識の中から振り払って、アクアクラスター2連発をくらえ! これを仕込む為に、無理して敵の上まで行ったんだからな!


「これで、ぶっ飛べ!」

「……ちっ!」


 俺自身も攻撃はしてるけど、これはあくまでもスミの危機察知回避の狙撃を誤魔化す為のもの。位置はどうやったってバレるし、タカがいたなら尚更の事! だけど、目眩しはやったからな!


「やはり、何か狙っていましたね。サイ、視界の確保はもういいので防御を!」

「仕方ねぇな! 『並列制御』『ウィンド――」

「あはっ、あはは! それじゃ……誰か死ぬよ? 『大型化』『高速飛翔』!」

「コトネ、いきなり何しやがる! って、げっ!?」

「……ふん、例の危機察知回避の狙撃とやらか」


 ちっ! タカのコトネが大型化して、桜の氷花に体当たりして俺らの攻撃が当たるのを避けたか。『サイ』と呼ばれてたのは……ワニの『最強は俺!』の一部を取ってのあだ名かい! まぁどう考えても名前としては呼びにくいもんなー。


「……こいつら、今のを全部躱しやがるか!」

「……コトネってのがヤバそうだな。スミ、追撃を放て!」

「言われるまでもねぇよ! 『拡散投擲』!」

「あはっ! ただ抑えてるだけは退屈だったんだよねぇー! いいよ、いいよ、いいよ!」

「「なっ!?」」


 スミの拡散投擲を、掻い潜って迫ってきてる!? 風の操作での視界確保が消えてるはずなのに、そんなのはお構いなしで明確に落ちていってる俺らを狙っているし、その上でこの動きかよ!


「コトネ、深追いはしないように……って、あれは聞こえていませんね」

「呑気に言ってる場合じゃねぇぞ、氷花!? 『並列制御』『ウィンドウォール』『ウィンドウォール』!」

「……さて、どうする?」

「今の手段を乱してくる相手が、まだ安全圏に残っているとは思いませんでしたね。少し事前の調査をサボり過ぎましたか」

「……ならば一度下がるか?」

「仮にコトネが退けられるようであれば、今はその方が良いかと」

「『ウィンドクリエイト』『強風の操作』! お前ら、防御を人に任せ過ぎじゃねぇ!?」


 なんか風に乗って会話が薄っすらと聴こえてきてるけど、余裕たっぷりだな、おい! でも、確かにこのとんでもない機動力をしてるコトネとこのまま上空で戦うのはマズい予感しかしない! このまま落下に任せて……いや、何も決定打を与えられていないまま離れられるか!

 この状況でスミと昇華魔法の発動は……あー、流石にそれは博打がすぎる。競争クエスト中だと、システム的に味方じゃないと発動しない可能性の方が高そうだ。ここからどうする!? 


「見ーつけた! あれれ? 何もしないで落ちていっちゃうの?」

「んな訳あるか! 『連速投擲』!」

「あはっ! やっぱりそうこなくっちゃ!」

「ちっ! この距離で、その巨体で平然と避けやがる!?」


 くっ! コトネが目の前まで迫ってきてるけど、大型化したままでスミの投擲を避け過ぎだろ!? って、言ってる場合じゃないな! 当てるようにするのが今やるべき事!


<行動値上限を6使用して『移動操作制御Ⅰ』を発動します>  行動値 52/123 → 52/117(上限値使用:6)


 あんまり今は使いたい状況じゃないけど、そうも言ってられないな。スミも巻き込んで飛行鎧で固定完了! 減速はせずに、下へ加速開始!

 よし、下にアルが見えた! PT会話は聞こえてるだろうから、意図は察してくれ! 


「逃っがさないよー!」

「スミ、吹っ飛ばされるなよ! これから思いっきり攻撃を盛大に叩き込む!」

「まさか、またか!?」

「あはっ! 当てられるものならねー!」


 全方位に対しての攻撃なら、どうやっても避けようがないからな! 距離を取るにはこれが有効だろうけど、それだけじゃ簡単に避けられるだろうから……こうだ! 後は範囲を絞らない言い方を読み取ってくれれば助かる!


<『並列制御Lv1』を発動します。1つ目のスキルを指定してください>

<行動値10と魔力値30消費して『水魔法Lv10:アクアクラスター』は並列発動の待機になります> 行動値 42/117(上限値使用:6): 魔力値 155/306

<2つ目のスキルを指定してください。消費行動値×2>

<行動値16と魔力値24消費して『水魔法Lv8:アクアディヒュース』は並列発動の待機になります> 行動値 26/117(上限値使用:6): 魔力値 131/306

<指定を完了しました。並列発動を開始します>


 狙いを悟られたら意味がないから、思考操作で発動。俺自身を中心にして水を放射状に拡散させると同時に、上空へとアクアクラスターを撃ち放つ!

 あー、流石に上にいた他の3人にはちょっと距離があり過ぎて届いてないけど、まぁいいや。それでもとにかく目の前のコトネの速度を落とさせるのは成功!


「わっ!? 共闘相手にお構いなく全方位攻撃とか、やるねぇー! おっとっと、上からも水弾が危ない、危ない!」

「俺を殺す気か、灰の暴走種!」

「そこで文句を言う暇があるなら、その隙に攻撃してくれねぇ!?」

「ちっ、分かってる! 『魔法弾』『エレクトロインパクト』『連投擲』!」

「よっ! ほっ! えいや!」

「何なんだよ、その回避挙動は!?」


 本気でどうなってんの、このコトネって人の回避!? 流石に大型化したままでは無理があったのか小型したみたいだけど、全然攻撃が当たらない!?

 魔力視で緑色が何回も見えているし、風魔法で強引に挙動を変えて……その上で体勢を一切崩さずに動いてるのか! 無駄がなくてとんでもない精度だけど、瞬間的にでも操作をしてるなら、そこに割り込んで――


「アル、お願いかな!」

「行ってこい、サヤ! 『旋回』!」


 おっ! 下からサヤが、アルに弾き飛ばされるようにして跳んできた。竜も大型化してるし、クマの爪は眩い銀光と白光を同時に放っているな! 大技狙いみたいだけど……流石に当てるのは厳しくないか?


「いつまでも、好き勝手はさせないかな!」

「あはっ! そんな単調な攻撃、当たらないって!」

「それはどうかな? ……ジークさん、今!」

「おうよ! 『並列制御』『瘴気収束』『ウィンドクリエイト』!」

「っ!? 瘴気……魔法!」

「……いくらなんでも舐め過ぎだぜ、インクアイリーのコトネさんとやら!」


 あー、竜とクマの間に隠れていたのか、青の群集のトンボのジークさん。いくら回避能力が高くても、意識の外から攻撃されたらどうしようもないっぽいな。

 しかもタイミングはしっかりとサヤが計ってたし、元々あれが本命だったみたいだね。あ、攻撃の役目を終えたからか、ジークさんはサヤから離れて……俺らの近くまで飛んできたなー。


「ふん、あまり強くないのに無茶をする」

「そう言うなって、スミさんや。弱いからこそ、捨て身で攻撃も出来るんだぜ?」

「……勝手に言ってろ、ジーク」


 ふぅ、サヤの白光を伴う攻撃は霧の中での視界の悪さを利用した偽装か。下にいる人達の方で何か攻撃を頼む意図だったけど、まさか瘴気魔法をぶっ放してくるとはね。

 今の不意打ちで見事にコトネは瘴気汚染になったし、かなりHPも削れているから、これで体勢は大きく崩れたはず。もう地面に近いし、これならなんとか凌げた……と思うのはまだ早いか。


「あはっ! あっはは! まだまだぁ! それで勝ったつもり――」

「まだ私の攻撃自体、始まってもいないかな! 『略:突撃』『並列制御』『爪刃双閃舞』『共生指示:登録1』!」

「わっ! わわっ!? あはっ! 楽しい! 楽しいねぇー!」


 サヤの竜の口から次々と放たれる電気の弾と、サヤのクマからの攻撃はどうも上手く捌き切れてなくて、かなりコトネに当たっていってるね。

 主に当たってるのは爪の方だけど、魔法砲撃になってて読みやすい攻撃と、サヤの高いプレイヤースキルでの近接攻撃が混ざった状態が逆に回避を難しくしてるのか。


「コトネ、そこまでで――」

「それはこっちの台詞だね! 『シーウォータークリエイト』『海流の操作』!」

「くっ!? 上から海流……霧への偽装を!? 『アイスクリエイト』『氷塊の操作』!」

「おわっ!? え、あの手段を使えるのかよ!?」

「……増援が来たようだが、どうやら手段を見誤ったか」


 おっ、空飛ぶクジラが上からいきなり現れた! ははっ、シアンさんが来たっぽい! しかもこれは、俺らが霧の中で偽装する為の手段を活用してくれたみたいだな! 


「海エリア組を含め、色々と増援に到着! いっけー、風雷コンビ! みんなもね!」

「いくぞ、疾風の! 『エレクトロクリエイト』!」

「おう、ぶっ飛ばすぜ、迅雷の! 『エレクトロクリエイト』!」

「「くらえ、【サンダーボルト】!」」

「「「「『シーウォータークリエイト』『海流の操作』!」」」」


 上空の光景が凄まじい事になってるな。荒れ狂うように動く海流が5本に、そこの落ちていく無数の落雷。……それを掻い潜っていく、インクアイリーの3人。


「うぉ!? この数はヤッベ!? 『並列制御』『ウィンドクリエイト』『ウィンドクリエイト』『並列制御』『強風の操作』『強風の操作』!」

「あはっ! あははっ! 上等、上等! 全力で――」

「コトネ、今は退きますよ! サイとグレンは撤退支援を!」

「既に必死にやってるんだけど!?」

「……ここらが引き時か。コトネ、代わるから下がれ。『分体生成』!」


 げっ、キツネが2体に増えた!? これは刹那さんがタチウオを2体に増やしていた手段と同じやつだな。……わざわざHPを2分するスキルを使うなら、プレイヤースキルには相当な自信ありってか!

 ここはどうどうする? 俺も攻撃に加わって仕留め切る方がいいか? それとも撤退するというのなら、このまま撤退させた方が……いや、この状況なら仕留めて分断を狙うのがベストだな! さて、どう攻め落とすのが正解だ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る