第1248話 いざ、霧の森へ


 マップを見て分かる事や気になる事は話し合ったし、ヨッシさんが情報を集めてくれて分かった注意点も判明した。という事で、次は『灰の刻印』が無い状態での霧の森の状況を確認して……って、あれ?


「あんまり人が減った様子がない……?」


 てっきりどんどん霧の森の中へと進出していって、安全圏にいる人は減ってると思ってたんだけど……意外とそうでもない? あ、違う。次々と進出してる人もいるけど、新たに転移してきてる人も結構いるのか!

 というか、まだ成熟体に進化してないっぽい人達も結構来てる感じがするんだけど……その辺って大丈夫? 同じ種族が近くにいれば身体の大きさや模様の複雑さが違うから比較して進化がまだなのが分かりやすいけど、流石に成熟体になってないとこの一戦は荷が重いような……。


「なんか成熟体じゃない人が結構いるけど……なんでまた?」

「再戦エリアと違って固有の役割があるとも思えんが……何かあるのか?」

「なんでかな? 参戦したいって気持ち自体は分かるけど、雑魚敵の進化階位を考えると流石に厳しいような……」

「ヨッシ、その辺の事情は分かりませんか!?」

「んー、特にこれと言った情報はないよ? あ、情報共有板ならどうだろ?」

「……謎な……状態?」


 ふむ、なぜこうなっているかの状況は現状では一切不明か。うーん、再戦エリアでの『浄化の守り』みたいなのが要素があるのならいいんだけど、そうでないなら……正直悪いけど、成熟体に進化してない人達は戦力にならないどころか、足手まといになりかねない……。


「ふっふっふ、その答えを教えるよ、ケイ君!」

「……アイルさん? 今、どこから吹っ飛んできた?」

「え、下から投げてもらってきただけだよ。昨日の森守りさんがいたから、頼んでみてね!」

「……それで、何の用かな?」

「わぁ、サヤさんの冷たい声!? 私、害はないからね!? 邪魔する気もないからね、色々と!」


 いや、正直に言えば明日の学校での状況次第では俺にとっては十分なほど害に……まぁそれは今は置いておこう。というか、サヤの明確な警戒心はもうどうしようもないかー。

 アイルさん自身が何かした訳ではなくても、その弟がヨッシさんに迷惑をかけてたなら……うん、感情の問題は簡単にはどうにも出来ないよ。


 それにしても何がどうして群体塊で丸まってるコケのアイルさんが森守りさんに投げられて、俺らの元までやってきた? 邪魔する気はないとは言ってるけど、何か今でないと駄目な用事でもあるのか?


「それで、大真面目にどういう用件? この状況の答えを教えるとか言ってたけど……」

「あ、そうそう、そうだった。今の下の動きの発案、私ね! 流石に幼生体の人は無理過ぎるけど、他の人は沢山参加中!」

「……はい? え、一体何がどうしてそうなった? というか、何をした!?」

「いやいや、普通に作戦を提案しただけだよ? 名付けて『飽和作戦』!」

「あー、具体的な内容を教えてもらっていいか?」

「状況が謎過ぎるのさー!」

「まぁ説明しないと、想定してない状況ならそうだろうねー。んー、簡単に言っちゃえば、ケイ君達は絶対にこの状況は想定してなかったでしょ? どう考えても、自分で言うのもなんだけど普通に動けば戦力にはならないもんね。むしろ、足手まといだよね」

「……まぁ言い方は悪いけど、そうなるな」


 そこまで分かっているのに、どういう発想からこういう状況を作り出しているんだ? 進化階位の差をどうやって埋め……いや待て、進化階位の差を埋める必要はない? あー、そういう手段があったか!


「ふふーん、そこを逆手に取るんだよ! 直接の戦力にはならなくても――」

「妨害には十分……か?」

「ありゃ? 最後まで説明させてくれなかったね。まぁ盾代わりになったり、相手の溜めを邪魔したり、昇華魔法を妨害したり、出来る事はない訳じゃないよねー? ……聞いてはいたけど、ケイ君はきっかけさえあれば後は早いってこういう事かー!」

「誰に何をどう聞いたのかは知らないけど、まぁ大体の内容は把握した。そういう妨害行動を含めて、相手の状況判断の材料を増やして、判断を鈍らせるのが狙いか」

「うん、正解! ……なんか全部言わせてもらえなかったのが不満だけどさー」


 そういう視点で見てみれば、集まってきている人達は比較的小型な種族か、移動が速い種族か、擬態が可能な種族が多いね。

 なるほど、初めから成熟体以外の人は戦力としてカウントしてなかったけど、言われてみれば確かに有効な手段ではあるか。特に今回は群集としての作戦は用意しないって事で、尚更に意識にはなかったよ。


 チャージ系のスキルにしても、昇華魔法にしても、妨害するのに必要なのは大きなダメージではなく、攻撃を受ける事そのものだ。

 そこには進化階位の差は影響してこないし、別に突っ込んでいかなくても遠距離から魔法や投擲を受けるだけでも相当な妨害にはなる。……盲点といえば盲点な作戦だな、これ。


「別に守ってもらう必要もないし、盛大に巻き込んでくれていいからねー! 死亡上等なゲーム性なんだし、その辺は遠慮なく!」

「……よくこんな手段を思いついたね、アイルさん。どういう発想からなのかな?」

「そりゃ折角のお祭り騒ぎなのに、力不足で蚊帳の外はつまんないから?」


 あー、確かに戦力にはならないと判断しちゃってたから、蚊帳の外にはなってしまうよな。……テスト期間中でも成熟体への進化で足止め状態になってたから劇的に離されてる訳じゃなかったし、緊急クエストでLv上げを推奨する状態にもなってたから……その上でLvや進化階位が足りてない人は除外で考えてしまってた。

 いや、でもそこまで考慮しろって言われるのは流石に無茶だ。それこそ、ちゃんと育成をしてこいと言い返したくなってしまう。特にこの最終戦は色々と厄介な状況だし――


「……それに、各群集から離反しそうな『傭兵』や、赤の群集から無所属に移って暗躍してる『インクアイリー』って集団だっけ? そういうのが好き勝手に動くなら、こうやって勝手に動く雑魚集団がいても問題ないよね。新参者の発案でも文句を言われる筋合いもないし、それに共闘は戦力的に無理だし?」

「……そう言われたら、何も言い返せないかも? あはは、無茶苦茶な手段かな!」


 なんだかさっきまでとは一気に雰囲気が変わったアイルさんが言った通り、これは俺らには止める権利は欠片もない。まぁ止める気もないけど、大胆な手段を取ってきたもんだな。……というかその手の話は把握済みなのか。


 確かにこういう形の戦力なら、俺らが想定していた共闘はそもそも成立しない。どうやったって戦ってる人達のフォローか妨害にしか動けないから、共闘を維持すれば優位性を保つ味方になり得るし、共闘をしなければひたすら邪魔になるだけの相手になる。

 しかもこれなら未成体くらいまで進化していれば、どうとでも活躍の手段はある。……攻撃の威力としては脅威ではないけど無視出来ない存在を増やしまくって、余裕を無くさせるからこその『飽和作戦』か。あー、本気でこの発想は無かった!


 それに……なんだかサヤの警戒心が少し薄れたような気もするね。なんだろう、妙に張り詰めていたのが、今のアイルさんの説明で吹っ切れたような感じか?


「という事で、あくまで私達は勝手に動いてるだけだけど、リアルの知り合いに会ったから雑談を少ししただけね。そもそも群集の意向を邪魔する気もないし? ね、ハーレさん?」

「なんか詭弁な気もするけど、そういう事にしておくのです!」


 あくまで、群集の意向とは無関係で動いているという建前にはするんだな。群集の指示に従って動いた訳ではなく、新参者が好き勝手に動き始めた結果か。……しかも共闘を崩す意思もないのなら、赤の群集や青の群集に何か言われる筋合いもないな。


「それじゃ、またねー! 競争クエストとやら、待ってろー!」


 そんな言葉を残しながら、アイルさんは落下していった。まぁ今ので死ぬ事はないし、eゲーム部の部長をやるくらいなんだからプレイヤースキルは高いだろうし……だからこその作戦立案とその実行力なのかもね。1から部活を作るだけの根性があるからこそか。

 

「妙にしてやられた気分なのさー!?」

「まぁ明確に味方なんだし、今回はこれでいいんじゃねぇか? リアルでの事は片付いただろ?」

「あー、まぁ前の勧誘の件はなー」

「ん? それ以外に何か……いや、変に詮索はしない方がいいか」


 そういや今日のアルバイトの件は夕方だったし、アルは知らないのか。うーん、夏にアルバイトをする事自体はどこかで話しておくとしても、それ以上の内容をアルに話すのは微妙な気はする。その辺、どうするか……。


「……とりあえず……予定通りに……動く?」

「だなー。ぶっちゃけ、どの程度の人数がいるか分からないし……その辺の経過観察も含めて情報収集は欠かせられないか。ヨッシさん、今の内容は聞いてた?」

「うん、聞いてた。一応、その裏も取れたよ。今のは情報共有板じゃなくて群集内交流板で名前を出してアイルさんが呼びかけたみたいだね」

「え、あっちでか!?」


 俺はほぼ使わないとこだけど、半匿名になる情報共有板じゃなくて、プレイヤー名が明確に出る群集内交流板で広めたのは……あー、信用の担保にする為か。

 俺はもう情報共有板では半匿名ではなくて、個人が特定出来るような流れにはなってるけど……アイルさんにはそういう物は一切ないはずだもんな。


「内容を見ての感想だけど、正直これは一種の扇動だね。元々は競争クエストに参戦する気がなかった人まで、結構巻き込んでるよ?」

「はい? え、扇動ってどういう風に?」

「えっと、『お祭り騒ぎに参加しなくてどうするの?』とか『戦力になれないって自分を卑下するなー!』とか『強くなくてもいるだけでも意味がある!』とかそんな感じ? 『インクアイリー』が動いているのが表面化したのもあって、足手まといになりそうって事で尻込みしてた人の背中を押す形にもなったみたい」

「……あー、確かにそれは扇動かー」


 扇動だと言い方が悪い気もするから、良い言い方に変えれば『士気を上げた』とか『鼓舞した』とか、そういう表現が適切なとこか。あー、参戦するかどうかを迷っている人に、参戦を促すような動き方はした事ないな。

 灰の群集では自分の意思で参加するかどうかを尊重していたし……ある意味、新参だからこそ出来る事か。だからこそ、扇動ではあるんだよなー。まぁそれが悪い訳じゃないけども。


「なんというか……アイルさんってポンコツなイメージだったのが、盛大に崩れてきたのさー!?」

「ハーレさん、その反応は酷くないか?」

「だって、そういう場面しか見てないのさー! ケイさんもそうじゃないですか?」

「……否定は出来ない気がする」


 俺としても今までの印象はハーレさんと同じようなものではあるんだけど……これって、単純にフラムを経由して変な形で接点が出来てしまったのが原因か?

 アイルさんが部長をしているeゲーム部が具体的にどの手のゲームでやってるのかは知らないけど、個人戦ではなくチーム戦を主体にしているのなら……戦略的な行動やコミュニケーション能力は必須なはず。それをここで全面的に発揮してきた?


「ケイ、今はその事は置いておくかな! タイミングをズラすとはいえ、その前にやるべき事は終わらせておかないと、動く必要が出た時に動けないよ?」

「……だなー。おし、霧の森に入ってから様子を少し確認して、その後に『灰の刻印』を刻んでもらいに行くぞ!」

「「「「おー!」」」」

「……うん!」


 サヤの言う通り、アイルさんの知らなかった一面を分析している場合じゃない。『灰の刻印』の効果時間は2時間だったはずだから、霧の森の確認をした後に刻めば決着するまでは保つだろ。

 流石に2時間以上の長期戦になる可能性は……今の段階では否定は出来ないか。そこは実際にどうなるか次第だし、やってみなければ分からない!


 そう考えている間にアルが霧の森がある方へ進んでくれているし、風音さんも並んで飛んでいっている。安全圏をバリアみたいなものに近付いて……先が全く見通せないな。果たしてどれだけ濃い霧なのか、その目で確かめてみないとね。


<『未開の霧の森・灰の群集の安全圏』から『未開の霧の森』に移動しました>


 さて、エリアの切り替えになったけど……ちょ、全然前が見えないんだけど!? 待て、待て、待て! アルのクジラの背の上すら、全てが見えない程の濃霧は流石に想定外!?


「全然先が見えないのさー!?」

「……想像以上の……濃霧」

「風音さんの姿すら見えない程とは思わなかったかな!?」

「……あはは、これは凄まじいね」

「こりゃベスタさんや紅焔さん達が偵察した時に、光源が必須だって言ってた理由が分かったぜ……」


 予想の遥か上をいく濃霧だし、ここを『灰の刻印』での視界調整無しで進むのは無謀なんじゃ? でも『インクアイリー』はここにいるはずだし、そんなのは承知の上でこの場を選んでいるはずだよな。

 何かこの濃霧の中でも、視界を確保して進んでいく手段がある? いくらなんでも姿を隠しやすい暗躍向きな場所だからなんて理由だけで場所は選んでないはず!


「流石の霧が濃過ぎるのさー! 吹っ飛べー! 『略:ウィンドボム』! あぅ……すぐに元に戻ったのです……」

「あ、風で一時的に吹き飛ばすくらいは出来るのかな?」


 ふむふむ、周囲が霧に満ちているから吹き飛ばしてもすぐに元には戻るけど、思ったよりは霧の対策自体は簡単なのかも? 『灰の刻印』を刻みに戻る前に、その辺を少し試してみますかね!

 あまりの霧の濃さに面食らったけど、落ち着いて考えてみたら手段自体は思いついたしさ。

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