第1244話 中継を使った通達
レナさんには後で改めて謝って……いや、下手に何度も謝るのは逆に失礼か? レナさんは気にしなくていいって言ってたし――
「樹洞内にいる人達、静かに聞いてくれ! ベスタさんとレナさんから今日の競争クエスト、最後の1戦に関する通達の中継を開始するぞ!」
あ、桜花さんが大声でそう伝えて、みんなが静まり返っていく。ふぅ……とりあえず今は、やるべき事の方に集中しよう。それこそ、その辺りの事を気にし過ぎて対戦に集中出来ていなかったっていう方がよっぽどマズい。
とにかく意識を切り替えて……おっ、中継用のスクリーンが表示されてベスタとレナさんの対戦として表示されたね。対戦ではない使い方だけど、こうやって大々的に大勢へ連絡する手段としてはありだよなー。
さて、これから作戦がない事を通達して、個別に動けるように調整をしていく段階だな。でも、微妙にタイミングが悪かったか……。
「……ダイクさん、すまん。説明はまた後で」
「状況的に仕方ないよな……」
先にダイクさんへの説明を済ませたかったけど、そういう状況ではなくなってしまったよ。でも正直なところ、ダイクさんが『インクアイリー』が動いている件まで把握してるのであれば、それ以上に伝える事って特にないんだよなー。
今回は作戦らしい作戦はなくて、それぞれの判断で動く事くらい? それってこれから通達される内容だし、具体的にベスタがレナさんとどう動くかまでは知らないしなー。
「はーい、色々と話している最中の人もいるみたいだけど、少し集中して聞いてねー! こっちに音声が伝わるように設定はしてるけど、話が一通り終わるまではお静かにお願いしまーす!」
「という事だ。今見ている人の大半は競争クエストへの参戦意志がある人だろうが、そうでない人も少しの間は悪いが付き合ってくれ。これより、霧の森での競争クエスト、全群集での総力戦で灰の群集がどういう動きをしていくか、それを通達していく」
通達だけだからてっきり音声は聞こえないようにしてるのかと思ったら、普通にこっちからの音声も届くように設定してるんだな? これはちょっと意外な……いや、『インクアイリー』は赤の群集から無所属に移したみたいだけど、全部の群集の中に協力者がいるのならその辺への警戒も必要か。
どこかで騒ぎが起きたとしても、それをすぐに察知出来るようにしているのかも――
「まず初めにこれを言っておくか。昨日の青の群集との総力戦の前に、妨害工作があった事は周知の事実だろう。そして、その動きを仕組んでいた集団の正体……それらの話を聞いている奴も多いはずだ」
あ、まずは『インクアイリー』についての話をしていくのか。まぁ軽視していい相手じゃないし、一番最初にその辺の警告をしておくのもいいのかもね。
他の群集との共闘を潰そうとしてきてるのも、まだどうなるか分からないしさ。……共闘を維持出来ないと、『インクアイリー』への対処が厳しくなるだろうなー。
「それに関して気になるのも分かるし、決して油断出来る相手ではないのは間違いない。だが、これは明確に言っておく。俺も含めてだが、そちらの方に気を取られ過ぎている様子がある。今回は赤の群集や青の群集との共闘になる部分もあるが……あくまでもそれは一部だ。敵が誰なのか、見誤るなよ?」
「『インクアイリー』も脅威だけど、赤の群集も青の群集も決して油断は出来ない相手だからね! その辺はもうみんな身を持って実感してるはずだよー! 1つの勢力だけを見ないようにね!」
あ、そりゃそうだよ!? あー、これは思いっきり俺に言われてる気分がしてきた。赤の群集や青の群集を軽視してたつもりはないけど、それでも情報が増えていく度に、過剰に『インクアイリー』への対応を考える比重が大きくなってた気がする……。
しまったな、これはベスタやレナさんの言う通りだ。共闘はあくまでも、今回の競争クエストの一部でしかない。……そこを見誤ったら、勝つチャンスを棒に振りかねないじゃん!?
それこそ共闘しなくてもいいタイミングでも、『インクアイリー』が仕掛けてくるのを警戒して、敵なのに攻撃しないなんて判断をするようになってたかも!
今回は灰の群集とその傭兵の人以外は、全て敵なんだ。共闘する場面があるとしても、それはあくまでの一部に過ぎない! それは絶対に蔑ろにしたらいけない部分!
「だそうだぞ、ケイ」
「……ちょっと反省中。あー、視野が狭くなり過ぎてたっぽい……」
「それならいいが、後で言おうと思っていた事をここで大々的に言われるとはな」
「あぅ……私もそうなっていたのです……」
「……ある程度は仕方ない気もするけど、ベスタさんがここで言い切ってくれて良かった気がするかな」
「共闘を崩されそうになって、それを防ぐのに必死になってたもんね。『インクアイリー』が共通の敵になって、他の群集への警戒心が少し緩んでたのかも……」
アルは……夕方にはいなかったから、そういう風にはなってなかったっぽいな。後でその辺は注意してくれるつもりだったみたいだけど、ベスタがここで全体に通達してくれたのは大きいな。
周囲の反応を見る限りでも、俺と同じような状況に陥ってた人は結構いたっぽいみたいだしね。あー、警戒し過ぎていた状況こそが、一番危険な状況を作り出してた訳か。
「……みんな……慌ててる?」
「まぁそりゃそうなるよなー。ベスタさん、ナイス判断!」
風音さんやダイクさんは、意外とそうでもない感じだな? なるほど、夕方にいたかどうかで、その辺の反応が変わってくるのかも?
俺らは『インクアイリー』という脅威の正体を探っていたからこそ、その辺の視野が狭くなってたのか。……敵の敵は味方だと、そう錯覚してしまっていたのかも。あー、口ではウィルさんやジェイさんには負けないとは言ってたのに、何やってんだよ!
「まぁ『インクアイリー』が脅威なのは間違いないから、警戒する事自体は間違ってはいない。俺もさっきレナに言われるまで、少しその辺の視野が狭くなっていたからな」
「本当にその辺は気をつけていこー! 『インクアイリー』には、青の群集のジェイさんみたいな作戦を立てるタイプの人もいるからねー! 危機感を煽って共闘を維持させる事に意識を誘導されてる可能性もあるから要注意だよ!」
「聞いての通り、共闘を強く意識させる事によって群集同士の戦いを鈍化させるという狙いの可能性も出てきている。正直、これで気にするなと言う方が酷なのは分かっているが……気に留める程度に抑えておいてくれ」
ちょ!? ベスタからのレナさんへのフレンドコールが長かった気がするけど、そういう内容を話してたのか!?
てか、共闘が崩れようが、崩れまいが、どっちでも成立するように策を用意してる可能性があるって恐ろしいな……。しかも、ジェイさんみたいに事前に作戦を立てるタイプの人がいるのは確定なのかよ。
「……気にせずって、内容的に無茶じゃね?」
「……それでもって事だろ。確かに厳しいとは思うがな」
「つくづく厄介だな、最後の1戦!」
「それには同意だな」
ベスタも無茶だと分かっているだろうけど、アルの言う通り……それでも赤の群集と青の群集との対戦も油断する訳にはいかないか。
他の策を用意している可能性も考えてたけど、この二段構えの状態こそ作戦の本領発揮って事かもな。……うーん、こうしている間にも警戒心が強まっていくんだから厄介過ぎる!
「あちこちから騒めきは聞こえているし、戸惑うのは分かる。だが、そこは逆に他の群集を出し抜くチャンスでもある。……それとだ。すっかり抜け落ちているようだが、『インクアイリー』とは全く関係なく動いている無所属のプレイヤーも存在しているからな。ノーマークで、してやられましたとはならないように気をつけろ」
「その辺の見分けをつける手段は、知り合いでもない限りは難しいからねー! 特に黒の統率種になってたら、知り合いであっても判別は出来ないから警戒する事!」
あー、そうか。確かにすっかり抜け落ちてるな、イブキみたいな無所属の存在! ヤバい、『インクアイリー』の存在に意識が行き過ぎていて、変な見落としが発生してるじゃん!?
「イブキ……か。そういやあいつは乱入組だったな。あいつなら、もしかすると何かドライアの事を知っているか? いや、気にし過ぎるなと忠告されたばかりで、これは危険か……」
うーん、北斗さんのボソッとした独り言は気にはなるけど、ドライアの件は深掘りする程の意味はなさそうだしな……。それよりも、イブキみたいな無所属の事が抜け落ちてた件の方が厄介過ぎる!
「北斗さん、イブキさんみたいな無所属はどれくらいいるのかな?」
「……それほど数はいないはずだが、それでもおそらく灰の群集へ来ている傭兵よりは多いはずだ」
「灰の群集へ傭兵に来ている人が少ないと考えるべきなのかな? それとも、乱入してくる人の方が多いと考えるべきなのかな?」
「この場合、前者だな。灰の群集へ来ている傭兵は、それほどに数が少ないぞ」
「なんとも複雑な気分になる情報かな……」
それだけ少なければ、そりゃ『インクアイリー』も灰の群集の傭兵には何も仕掛けてこないわ! というか、その状況で下手に動こうとすればあっさりと表面化しそうじゃん!?
灰の群集の人気の無さは一体……いや、人気がない訳じゃないのか? それだけ灰の群集と戦おうとしてる傭兵の人が多いって事なのかも。
「各自、思う事は色々とあるだろうが……あいにく、もうそれほど時間がない。最後の1戦での、灰の群集の基本的な方針を伝えていく」
「という事で、みんな、静かにお願いねー!」
確かにあれこれ考えている時間の余裕はもう無いか。もう開始まで30分を切っているんだから、作戦がないという事を伝えて移動を開始していかなければいけない時間だしな。
「今回は作戦らしい作戦は用意していない。その理由としては、全体の作戦を用意したところで効果を発揮しない可能性が高いからだ。むしろ、逆に足を引っ張る事になりかねん」
「だから、各自の判断で動いてもらう事になるよー! ただし、それだとどう動いていいか困る人達もいるだろうから、そういう人達は大きな共同体の指揮下に入って動いてねー! 灰のサファリ同盟の各支部でその受け皿になる共同体への紹介をしてるから、自分達に近い支部に顔を出してねー!」
なるほど、自分達の判断で動ける人達はそれでいいとして、そうでない人達は色んな共同体の指揮下で動いていく事になるのか。まぁそういう動き方が無難なとこか。
俺達の場合は独自で動いていくので問題ないけど……心構えだけは、さっき言ってたようにちゃんと切り替えておかないといけないな。……だからこそ、最初に伝えたんだろうね。
「今回の1戦は、状況がどう動くかが一切読めないものとして考えてくれ。その上で、混乱を引き起こさない為に全体の作戦行動は設定していない。その分、情報の交換には細心の注意を払ってくれ」
「最新の情報を『競争クエスト情報板』でチェックするように心掛けてねー! 書き込みは無理にとは言わないけど、内容の確認は可能な範囲でいいからやってねー!」
この辺は、俺らの中でも誰が情報の確認をするかを決めておかないといけないね。まぁ俺かヨッシさんがチェックするのが無難なとこだろうけど。あー、最新のマップももらってこないといけないか。
「最後に、現状のクエストの進行状況を伝えておく。まだ灰の群集の群集支援種……『ミズキ』の異形化は確認されていない。赤の群集支援種の『サツキ』、青の群集支援種の『カズキ』も同様だ」
「どうもクエスト進行の条件は時間経過じゃなくて、対象エリアに入ってる人数で決まるっぽい感じみたいでねー? 動き出せば、一気に進行すると思うからそのつもりで!」
あー、なるほど。ミズキの異形化が既に発生してる可能性もあるのかと思ってたけど、参戦人数が競争クエストの進行条件になってるのか。……ある程度の人数がまとまって動く状況じゃなければ、そもそも攻略自体が困難な状況ではあるんだな。
そうなると黒の統率種で占拠するにしても、どこかの群集が本格的に動き出さなければ何も出来なかったりするのか? ふむ、少人数での攻略が事実上、不可能なように設定されてる可能性はありそうだ。
「以上で、通達は終了とする。動き始めるのはこれからでもいいが、競争クエストの総力戦としても開始時刻は協議で決めた通り、21時から開始になる。……強制ではないから強要は出来んが、可能であれば揃えてもらいたい」
「21時から開始だけど、大慌てでみんなが流れ込む必要はないからねー! 安全圏は狭いし、戦力の分散はした方がいいから、多少のズレはワザと作ってくれてもいいよー! それじゃ、勝つ為に頑張っていこう!」
あ、そこで模擬戦が中止になって中継が途絶えたから、これで通達は終わりって事か。……周囲の反応は、妙に静まり返ってるね?
「……ははっ、今回は作戦無しってか! まぁ、これだけややこしい事態になってりゃ仕方ねぇよな!」
「いいじゃねぇか、その場の臨機応変での対応でよ! さて、そうなると気心が知れた相手と一緒に動いた方がいいな」
「灰のサファリ同盟に行ってみようかな? 多分、『モンスターズ・サバイバル』や『オオカミ組』とかと共同戦線って形になるよね?」
「戦闘がメインならそうだろうな。後方支援でなら、灰のサファリ同盟と動く事もありそうだ」
「ここで連結PTを組もうってPTはいないか!?」
「おっ! それなら共同体『飛翔連隊』、連結PTを組む人を募集するぜ! ただし、飛行が可能な人に限定させてもらうけどな! それでいいよな、ライル、カステラ、辛子?」
「構いませんが……紅焔、それを大声で叫ぶ前に相談をお願い出来ますか?」
「まぁその辺はいつもの事だけどね。僕らに相談なしで突っ走るのってさ」
「違いねぇが、まぁ紅焔らしいとこでもあるか。って事だ、希望者は来いや! 人数がピッタリ埋まらない可能性もあるし、ソロでも構わんぞ!」
おー、紅焔さん達が連結PTを募集してるし、すぐに希望者が集まっていってるっぽいね。動き出しが早いけど……てか、地味に紅焔さん達がいたのに気付かなかった!?
あー、話し込んでて周囲の様子はしっかりと確認出来てなかったもんな。他にも知ってる人はチラホラといるけど、俺らはどうしたもんか。結局、その辺の話し合いが出来ないまま、今の状態になっちゃってるもんな。
「『飛翔連隊』が連結PTの募集……ソロもありか。ケイさん、『グリーズ・リベルテ』はどうするんだ?」
「あー、まだその辺は全然話し合いが出来てないから、今の段階ではなんとも? えーと、北斗さんは俺らと一緒に動くつもりでいる?」
「募集するつもりでいるならそのつもりだったが、まだ方針自体が決まっていないなら、あっちに行かせてもらうか。……何かあったら、連絡させてもらう」
「あ、フレンド登録か。それは了解っと!」
「……それじゃ、戦場で会う事があればよろしく頼む」
「ほいよっと!」
そう言って、北斗さんは紅焔さん達『飛翔連隊』の方へと向かっていった。こういう形でフレンド登録をするとは思わなかったなー。
まぁそれはともかく、俺らは俺らで方針を決めていかないとな。根本的に1PTで動くのか、それとも連結PTにして動くのか、そこから決めていかないとどうしようもないしね。
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