第1154話 戦場の状況
サラッとヨッシさんが言った、弥生さんとシュウさんによって制空権を握られているという情報。制空権って事は上空での有利は取られてる状況なんだろうげど、この広い峡谷エリアで、どうやればそういう状況が作れるんだ? 乱戦が始まってるとも言ってたし、状況がイマイチ把握し切れないな。
早めに動きたいとこではあるけど、まずはその辺の確認が先か。情報がある状態で、わざわざ自分の目で確認しに無謀な突撃をしてる場合じゃないし。
「ヨッシさん、弥生さんとシュウさんが制空権を握ってるって具体的にはどういう状況? 夜の日にこの広い峡谷エリアを2人で抑えるのは無理があると思うんだけど……」
「あ、言い方が紛らわしかったかも? 正確には赤の群集が制空権を握ってる感じだね。ただ、その中心が弥生さんとシュウさんなんだって」
「中心が弥生さんとシュウさんってどういう事かな?」
「えっと、あちこちで発生してる乱戦の決め手が弥生さんになってるそうでね? シュウさんが移動を担当して、そこから弥生さんが敵味方関係なく殲滅しにくるみたい」
「味方ごと!? あー、でもそれは弥生さんらしい内容だな……」
でも、それが弥生さんを戦力として動かすには最善の手段か。動き方の中心に弥生さんとシュウさんがいるから、この2人が制空権を握ってるって表現になるんだな。逆に言えば、この2人さえ抑えてしまえば、空中への進出が出来る?
「ヨッシさん、確認だ。その状況は弥生さん達以外から集中砲火を受ける事はあるのか?」
「最初は灰の群集の方からやってたらしいけど、その場合は真っ先に弥生さんが潰しに来たんだって。赤の群集の人は全体的に真っ向勝負をしたいみたいで、地上から上空への集中砲火はないみたいだね」
「……なるほど、そういう感じか。ケイ、この動きはどう考える?」
「真っ向勝負以外は認めないって、そういう意思表示な気がするなー。というか、赤の群集が峡谷エリアを選んだ理由が、よーく分かった!」
青の群集が狙ってこない可能性があるとか、霧の森とどっちでも良いとか、そういう理由じゃないな、これ。昨日調べた峡谷エリアの特徴を、存分に活用しようとしてるよね。
「はい! ケイさん、それはどういう理由ですか!?」
「内容としては、相当シンプルだぞ。赤の群集の他のメンバーから弥生さんの位置を分かりやすくしてるのと、弥生さんの暴れる範囲を制限する為だ。あー、もう作戦考えてる人、本当に厄介だな!?」
この峡谷エリアなら、戦闘の音でも、テンションの上がった弥生さんの声でも、直接見上げるのでも、どんな手段でも味方から弥生さんの位置は把握しやすいはず。少なくとも同じ群集なら、競争クエスト情報板を合わせて使えばかなりの精度になる。
普通ならそれはデメリットだけど、弥生さんとシュウさんのネコ夫婦コンビの場合は話が別だ。味方に弥生さんの居場所を伝える事こそ、最大のメリットになる。しかも、既に戦闘中の所を集中的に狙っているのは、本気で勝ちにきているとこだよな。
「ケイさんと同じ意見は出てたね。シュウさんが戦場を選定して、巻き込む味方を最小限に減らしつつ、灰の群集を出来るだけ多く倒して、安全圏に送り返す役目になってるって。それに戦闘になってない場所は狙ってないみたいなんだよね」
「……戦力が集まるのだけを防いで、クエストの進行自体は止めないようにしてる感じかな?」
「その動きは厄介なのさー!? ところで、夜の暗さの対策はどうなってますか!?」
「そこも問題みたいでね。弥生さんが殲滅に動くと、声でしか判別出来なくなるんだって。シュウさんだけじゃ全域はカバー出来ないだろうから、偵察部隊を広めていってるんじゃないかって話も出てたよ」
「……なるほど」
そうか、そういう方向でも動いているんだな。そりゃどうやったって、シュウさんだけでどうにか出来る広さじゃないし、偵察を目的にした人達が動いていると考えるのが当然か。
そうなると、偵察の人達が倒されない為に集中砲火が発生しない状況を作り出すのも今の狙いの1つか? その上で、灰の群集には同じ事をさせないように安全圏へと送り返している? そっちへの対策も考えないと……って、そうじゃない!
「ヨッシさん、クエストの進行の方はベスタに任せていいんだよな?」
「うん、ベスタさんが赤の群集の偵察部隊の捜索指示も出してたから、私達は今回は考えなくて大丈夫。……その分、大変な役割が待ってる訳だけど」
「……だよなぁ。まぁ他の対応は、ベスタを筆頭に他の人に任せよう」
今の時点で、完全に主導権は赤の群集に握られている状況。これは弥生さんとシュウさんだけを警戒すれば良いって話じゃなくなってるけど、それでもこの2人を抑え込む事が相当重要な役割になってくる。
ベスタが俺らに先行しろって指示を出してきたのは、時間が経てば経つほど不利になっていくからか。少しでも早く弥生さんとシュウさんの動きを止めて、こっちの戦力が安全圏に送り返されないようにしないといけないんだな。
「これ、私達は無視されたりしないかな?」
「うーん、シュウさんがどうするか次第な気がする……」
「そこは大丈夫じゃねぇか? シュウさんが弥生さんをサポートする事はあっても、弥生さんが望んでいる事を捻じ曲げて群集の作戦通りに動かす方を優先するとは思えんぞ」
「まぁそれはそうなんだけど……弥生さん自身が、群集の勝ちを優先した場合は別じゃん?」
「その場合なら、シュウさんがそういう方向にサポートする可能性はありそうなのさー!?」
「……そうなると、相当に厄介かな」
この可能性は低いとは思うけど、それでも弥生さんが群集の勝ちを優先する可能性がない訳じゃない。その場合なら、シュウさんは弥生さんが暴走し過ぎないようにストッパーとして動く可能性はある。
これは無視したい可能性だけど、今の状況が赤の群集が勝つ為の動きに合わせてるもんな。もし俺らが無視されるような状況になったら、どうする? 無視出来ないように、ひたすら妨害する方向性でやってみるしかない? いや、まだそう決めるのも早合点か。
「……戦ってみないと……分からない?」
「まぁそうなるんだよなー。ヨッシさん、今の可能性って判断材料としては出てた?」
「レナさんが少し懸念してたよ。シュウさんがいるとはいえ、弥生さんにしては計画的過ぎるって」
「……マジかー」
「レナさんがそう言うとなると、よっぽどだな」
弥生さんをよく知ってるレナさんからそういう発言が出てるなら、冗談抜きで警戒しておいた方がよさそうだ。ただでさえ強い相手なのに、足止めすら避けられるような事態になれば……本格的に打つ手が無くなってしまう。
「……確認したいことがある。……青の群集は……動かないの?」
「青の群集はサバンナの方で大々的に動き始めたのが確認出来たらしくて、こっちは完全に手を引いてるみたいだね。赤の群集に制空権を握られてるし、青の群集は無茶してまでは突っ込んでこないって判断になってるよ」
「……そっか」
「そこは大体読み通りってとこかー」
赤の群集が灰の群集との真っ向勝負を望んでいるのも、青の群集は峡谷エリアじゃなくてサバンナエリアを確実に取りに動くのも、ここまでくれば確定と考えていいだろう。
まぁ青の群集もそう思わせておいての罠の可能性も残ってはいるけど、正直そのメリットは薄い。ある意味、そうなってくれた方が弥生さんがより大暴れしてくれそうだけど、多分それは青の群集も考えるはず。
まぁその辺は他のみんなに任せるとして、俺らは弥生さんとシュウさんの抑えに集中すればいい。集中すれば良いんだけど、もう実際に戦ってみるしか正確な狙いを知るのは無理な訳で……。
「だー! これ以上は考えるだけ時間の無駄っぽいし、もう動くぞ!」
「……確かにそうした方が良さそうだな」
「戦いを避けようとするなら、避けられないようにするまでかな!」
「逃げるなら、後ろから狙い撃つまでなのさー!」
「あはは、まぁそうなるよね」
「……どんな狙いでも……仕留めるだけ!」
みんなの気合いはもう十分過ぎるほど。弥生さんとシュウさんが作戦で動いていようが、シンプルな話でその作戦通りに動けないように動くまで!
さっき強化になったサヤとハーレさんの攻撃も活用して、ともかく弥生さんとシュウさんの抑えにかかる! どう抑えるかは、実際に弥生さんとシュウさんの動きを見てからで!
「おし、それじゃ森林に一旦移動して『灰の刻印』をもらってから動き始めるぞ! 打倒、弥生さんとシュウさん!」
「「「「おー!」」」」
「……うん!」
俺らも目立つ必要はあるから、ベスタからの指示通りに+5%の追加補正がある他のエリアでの『灰の刻印』を使っていこう。
えーと、風音さんだけがLv11で、他のみんなはLv8だから……俺らは3%+5%でステータス強化は8%になると思うけど、風音さんの場合はどうなるんだ? まぁそれは実際に『灰の刻印』を刻んでもらってから確認すればいいか。という事で、まずは移動だ!
◇ ◇ ◇
<『始まりの荒野・灰の群集エリア4』から『始まりの森林・灰の群集エリア1』に移動しました>
峡谷エリアの安全圏から荒野エリア、そこから更に転移して森林エリアまでの移動は完了。そんなに悠長にしてる場合じゃないから、手早く済ませないと! 幸い、そんなに混雑してなくてよかったよ。
「みんな、急げー!」
みんなからの反応は特にないけど、これは本当に急いでいるからだろうね。俺もサッサと森林エリアの群集拠点種であるエニシから『灰の刻印』を刻んでもらって……よし、話しかけなくても転移の時の要領でいけるね。
<『灰の刻印:森林』が刻まれました> 効果時間:2時間
『Ⅰ』の数字が付いた木のマークが表示されたし、これでステータスの強化にはなった! えーと、効果値は……よし、考えてた通り『+8%』になってるな。他のみんなも同様に木のマークが表示されてるし、同じだけの効果は出てるはず。風音さんだけは不明だけど……。
「風音さん、ちょっと確認! ステータスの強化幅はどうなってる?」
「……+5%だけど……それが……どうかしたの?」
「Lvに合わせて強化幅が変わる仕様らしいんだけど……Lv11だと効果無しっぽいな」
「……そうなんだ? ……それなら……この5%は?」
「それは終了済みのエリア向けに用意された『灰の刻印』を、他のエリアで使う際のボーナス効果なのさー!」
「……なら……これで十分。……ステータスだけが……全てじゃない」
「ま、そこは風音さんに同意だな。ケイ、昨日やってた偽装はどうする?」
そういえばそこも考えないといけなかったか。でも、昨日の偽装作戦は今の状況には適していないんだよな。隠れて進んでいる相手を狙ってくるなら使い道もあったけど、戦闘で目立ってるとこを狙ってくるんじゃ意味がないし……。
そもそも『遮音性能の付与』は使わずに、ステータス強化の『灰の刻印』にしたんだから、あの作戦は破棄で! 折角考えた方法だけど、それに拘ってる場合じゃない。
「勿体ないけど、今回は使わない方向で! アルは移動速度を重視で頼む!」
「おうよ! 発動は峡谷エリアに入ってからか?」
「いや、それは弥生さんとシュウさんの姿を確認してからで。無駄に自己強化の効果時間を削りたくないし」
「……それもそうだな。それは了解だ」
あー、しまったな。状況の確認ばっかに意識が行ってて、地味に俺らがどう動いていくかの指示出しが出来てない。とはいえ、臨機応変に動くしかないから、明確な指針も出しにくいぞ。
いかん、流石に弥生さんとシュウさんが相手な上に、レナさんから見てもらしくない動きみたいだし、相当無茶な事をしなきゃいけないから焦ってるのかも……。落ち着け、俺! こういう時こそ冷静にだ。今回は、前みたいな横取りを見落としてしまうなんてミスは――
「ケイ、落ち着いてかな?」
「……サヤ?」
「緊張感は大事だけど、それに呑まれたら駄目かな! 私だってリベンジはしたいし、負けたくはないし、プレッシャーを感じて焦るのも分かるけど……楽しくやるのを忘れたら駄目だよ?」
「あーもう! そりゃそうだよなー!」
時々ある、焦ってパニックになりかけてる時には毎回サヤに助けられてる気がするよ。あー、もう的確に調子を戻す事を言ってくれてありがとうよ!
これはゲームだし、対人戦なんだから負ける事だってあるし、負けたくなくて焦る事もあるさ。だからって、楽しむ事を忘れたら駄目だ。それは、ゲームの本質を見失ってるからなー!
「サヤ、サンキュー! みんな、今回は完全に臨機応変で動く事になるけど、楽しむ事を忘れずに行くぞ! その上で、勝つ為に全力を尽くすのみ!」
「それでこそ、ケイかな! 指示、任せるからね!」
「楽しむのはもちろんなのさー!」
「うん、そこを忘れちゃ駄目だよね。でも、負けたら悔しいから、勝つつもりで!」
「負ける気でやる対戦があるかってんだ!」
「……ゲームは楽しく……うん……そうだよね」
みんなの気合いは十分だし、全力でやれる事をやって、楽しんでいこうじゃないか! って、あれ? なんか周囲からざわめきが……って、ここは群集拠点種の目の前だった!? ヤバっ!? 今のは盛大に目立ったぞ!?
「アル、大急ぎで峡谷エリアの安全圏まで移動で!」
「おうよ!」
上空にいたから姿自体はほとんど見られてないはずだけど、なんか急激に恥ずかしくなったんだけど!? えぇい、言った事自体は間違ってるとは思ってないし、もうやってしまった事はどうでもいい!
ともかく、今は弥生さんとシュウさんの相手に全力で挑むのみ! 安全圏まで戻ったら、どういう風に指示を出すかくらいは決めておこうっと。
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