第1142話 ちょっとした工夫
目の前に歪な十字路があり、獲物察知にはこれといった反応はなし。擬態してる敵が多いらしいし、黒い矢印の反応がない理由が敵の察知の妨害によるものかは不明。
昼間はこういう地形での奇襲が結構あったらしいし、もし襲われても良いつもりで突撃開始! という事で、アルのクジラの背を1回叩く!
俺の合図で、アルが前進を開始。まぁ俺が飛行鎧で動かしてるのが大きいけど、その動きに合わせてアルの方も自力で動かしてはくれてるもんね。急激に変な挙動をしない限りは、無事に進んでいけるはず。
かなり警戒しながら十字路に入ったけど、襲われる様子は特になし。獲物察知の反応も黒い矢印と灰色の矢印が出たから、妨害されてる訳でもないか。
「……流石に安全圏に近い部分では襲ってはこないか」
「そうみたいかな? でも、本格的に衝突になれば分からないかも?」
「そだね。むしろ、安全圏から出てきた相手を抑え込むにはいい位置だしね」
「安全圏に閉じ込める作戦か。相当な戦力は必要になるだろうが、確かに有効な手段ではあるな」
「そういう状況になったら、そこが相手の本命エリアかな?」
「多分そうだろうね」
樹洞の中のサヤ達の話が地味に気になるけど、迂闊に喋れないのがもどかしい! いや待て、海水の操作である程度の遮音が出来るならこれならどうだ?
<行動値上限を2使用して『移動操作制御Ⅰ』を発動します> 行動値 70/115 → 70/113(上限値使用:8)
水のカーペットの方を、俺とアルとハーレさんを覆うように展開! 正確な位置が見えてないから大雑把にはなるけども。あー、水越しの視点になるのが微妙か? でもまぁ、風避けとして使えるんだし、これならなんとか――
「いきなりびっくりしたのさー!? あ、声は響いてなさそうです?」
「この水、俺らの会話用か。ケイ、もう1つの移動操作制御を使ったな?」
「おう、そういう感じ! ぶっちゃけ、どんなもん?」
「高速移動中ならいいが、このゆっくり速度での移動だと微妙に視界の邪魔だな。クジラの方の視点は現状じゃ使いものにならんし……」
アルからは思いっきり不評ー!? あー、特に気にしてはなかったけど、よく考えたらこの状況ってアブソーブ・アクアを展開している時と似たような感じだもんな。
確かに風避けとして必要な時には気にならなかった範囲だけど、今のゆっくり移動では微妙かも。透き通っている水ではあるけど、それでも窓ガラスみたいに見えてる訳じゃないし……。くっ、良い案かと思ったけど、これは失敗か!
「これ、樹洞の中の方はどうだ? 俺だけの問題なら、このままでも構わんが……」
「……正直に言えば、これは少し索敵がしにくくなるかな?」
「このままでもいけそうでもあるけど、ハーレ的にはどう?」
「微妙に私の方には届き切ってないので、かなり微妙です! 巣の下半分までだし、動く度に微妙にズレるのさー! これなら必要な時に樹洞の方に移動した方が良さそうなのです!」
「……マジか」
うわー、俺の今の状況からだとハーレさんがいる位置が見えてないから感覚で展開してたけど、微妙にズレてたっぽい。少し届いてないなら、もう少し上か?
「ハーレさん、位置的にはこんなもんか?」
「おぉ、全身が水の膜の内側に入ったのです! うーん、でもこれは地味に索敵の邪魔になりそう……」
「やっぱりダメかー」
サヤとハーレさんが索敵の邪魔だと言うなら、この手段は使わない方が良さそうだな。獲物察知がどれほど有効か怪しいのに、目視の索敵の邪魔をしても仕方ないし。
「追い討ちをかけるようで悪いんだが、俺からも1つ問題点の指摘をいいか?」
「他にも問題あるのかー。羅刹、具体的にどんな内容?」
「いや、割と単純な話でな? 水で覆って遮音をしてる状況だからケイさん達の声は無事に聞こえるんだが……その分だけ、他の外部音も遮音されるんだよ。それこそ、本来なら聞こえるはずの他のプレイヤーの痕跡になる音とかもな?」
「それ、致命的に駄目なやつじゃん!? だー、これは完全に失敗だ!」
自分達の会話をしやすくする為に、敵を把握する要素を犠牲にし過ぎだ、この手段! 良い案だと思ったけど、却下だ、却下! これはすぐに解除して――
「あ、ケイ! 解除は待ってかな!」
「え? ダメ出しされまくったけど、何か用途でもあった?」
「それは私達の方の都合かな! ケイが喋る為に自分を覆う感じなら使えるんじゃない? ケイの位置、そもそも索敵はほぼ出来てないよね」
「あー、その手があったか! 確かにそりゃそうだ!」
アルの小さくなったクジラとマングローブ的な木の根を岩で隠して、その中にいるんだから視界は相当悪い。てか、ロブスターのハサミの表面にあるコケに核を移して前を見るのがギリギリだしなー。
声は操作してるキャラの方から出るようになってるし、その視界を確保してるコケの部分だけを覆うように水を調整してしまえば、俺の声は響かなくなるはず! それならPT会話で話せるし……そもそも俺のコケは水中でも平気だから、水そのものに浸ければいいか。
「よし、これならどうだ!」
「えっと、アルの樹洞経由では聞こえなくなってPT会話に切り替わったから、問題なさそうかな?」
「うん、こっちの方が聞き取りやすいね」
「……ちょい待って。今までの会話ってPT会話じゃなくて、アルの樹洞投影越しで聞こえてたの?」
「あ、うん。そうなるかな」
「……なるほど」
今まで全然気にしてなかっただけで、これは元々こういう仕様か。不動種を経由して中継する場合には音声はカットされるけど、樹洞の中にいる場合は普通に音声は聞こえるもんな。
PT会話に切り替わるのは完全に声が聞こえなくなったタイミングだから、アルの樹洞投影で俺の声を拾ってる場合はそっちが優先される訳か。逆に樹洞の中にいるサヤ達の声は俺の方には届いてないからPT会話に切り替わってたと。地味にややこしい状況だな、これ!
「そういう事なら、これならどうだ……? ふむ、俺も自分が話したい時には木の表面を水を生成して覆ってしまえばいい訳か」
「私はクラゲをマスクみたいにしてみるのです!」
おー、アルとハーレさんの声もPT会話に切り替わって聞こえてきたよ。ハーレさん、普段はクラゲは帽子になってるけど、マスクみたいにも使えるんだな。戦力以外の使い道が割とあるね、そのクラゲ!
アルも俺と同様に水のカーペットは使えるから、他のスキルの使用中でさえなければすぐに会話が可能か。ふっふっふ、俺の初めの案では微妙だったけど、これなら全員がPT会話に参加出来る!
「……色々とツッコミたいが、まぁPT会話がしやすくなるならそれでいいか。それで……そろそろ進んでもらってもいいか?」
「あ、そういやそうだった!」
歪な十字路を通り過ぎた後で思いついた事をそのまま実行したから、その場で止まったままだった。その間に特に周囲に変化は無かった……ので、いいんだよな?
「進む前にハーレさん、周囲の確認を頼む!」
「そこはずっとやっていたのです! 周囲は多分大丈夫だと思うけど、一応獲物察知で確認をお願いなのさー!」
「ほいよっと!」
獲物察知は色々と模索していた間に効果が切れてたから再発動しておこう。それにしてもしっかりと周囲の索敵はやっててくれたんだね。ナイス、ハーレさん!
<行動値を5消費して『獲物察知Lv5』を発動します> 行動値 93/113(上限値使用:8)
現状での獲物察知って、前方以外は矢印の先が見えないんだよなー。まぁ真後ろとか真横に矢印が伸びてるのは分かる……って、白い矢印が右後方に向かってる!?
しかも、矢印の伸びる方向が変わりまくってるから、かなり早く動いてるっぽい!
「ハーレさん、右後方にかなりの速度で動いてる無所属の反応あり! でも、今の俺の視界の問題で、正確な上下位置と距離が分かりにくい!」
「右後方は、了解です! えっと、それっぽいのは……うーん、見つかりません!」
「羅刹さん、こういう場合はどういう可能性が考えられるのかな?」
「ハーレさんがそう簡単に見落とすとは思えんし、この右側の岩壁の向こう側にいる可能性が高いな。まぁ今の人が少ない状態なら、岩壁の上にいる可能性も否定出来んが……」
「あ、そういう感じになるのかな?」
「岩壁を挟んだ反対側っていうのも厄介だね」
「つくづく厄介な地形をしてやがるな、この峡谷エリア!」
そこはアルに同意。普通に喋るのはダメ、物音を立てるのもダメ、空中から偵察するのもダメ、獲物察知で反応を拾っても岩壁の向こうという事もあり、分岐した場所が有れば待ち伏せの可能性もあり、下手に敵を見つけても深追いすれば罠の可能性もある。
あー、ここの峡谷エリアよりも、他のサバンナエリアや霧の森エリアの方が占有エリアとして良いんじゃないか? いや、でも霧の森はその名の通り、霧で視界は悪そうだよな。
「まだ調査待ちにはなるけど、占有エリアとしてはサバンナが1番良い気がしてきた……」
「あー、まぁ確かにその気持ちは分からんでもないな」
<群集クエスト《群集拠点種の更なる強化・灰の群集》・群集拠点種:エン(始まりの森林深部・灰の群集エリア2)の強化が規定値に達しました>
<『未開の霧の森』への転移経路が確立されました>
<『ミズキの森林』から群集支援種ミズキと群集支援種ヤナギが『未開の霧の森』で安全地帯を確保しました>
<規定条件を満たしましたので、競争クエスト『未開の地を占拠せよ:未開の霧の森』が発生します>
って、そういう話をしてたら経路の確立がきた! しかも森林深部から霧の森へと経路の確立……。
「え、ミズキとヤナギさんが安全圏の確保に行くのか!?」
「まぁこれまでの傾向からすりゃそうなるが、普段よく居る場所にいる群集支援種だから、なんとも微妙な気分だな……」
「あぁ、そうか。ケイさん達の拠点は森林深部なんだよな」
くっ、この辺は仕方ないとはいえ、なんだか寂しくなってしまう……。やっぱり最初に勝ち取った競争クエストの占有エリアなんだし、どうしてもなぁ……。
「はい! 情報が出揃ってきてどこのエリアを取りにいくかを決める時に、私は霧の森を希望したいです!」
「あ、それは私も思ったとこかな!」
「それもいいかもね。ミズキの森林自体は今回の再戦エリアじゃないけど……やっぱり思い入れはあるし」
「みんな思うところは同じって事かー」
「まぁ俺らの意見だけで決まる訳じゃないが、どこを希望するかは俺らの自由だからそうしてもいいだろ」
「傭兵の俺としては、どこでも構わんがな」
「よし、それじゃその方向で考えよう! でも、峡谷エリアの調査の手抜きは無しで!」
「「「「おー!」」」」
「そりゃとうあえだ」
多分、草原エリアや荒野エリアの人にも最初の競争クエストでそういう思い入れが……あれ? 荒野エリアは赤の群集が荒れてた時でつまらなかったとか聞いた気がするし、草原エリアはベスタが出向いてたけど何かで強制ログアウトになって、風来コンビが喧嘩を始めて負けた場所のような……。
うん、思い入れという意味ではミズキの森林が1番ありそうな気がする。まぁ全員が全員それで選ぶ訳じゃないだろうけど、別にそういう思い入れで選んでもいいだろ!
「って、よく考えたら、ミズキかヤナギさんがアンデット系の何かに乗っ取られる可能性があるのか!?」
「あ、確かにそれはそうかな!?」
「それは何か嫌なのです!」
「ミズキは前回、私達が解放したんだもんね。あ、でもその時はサヤはいなかったけ?」
「えっと、ルアーさん達が来て、私は水月さんと戦ってたかな?」
「そういやサヤだけは足止めに残ったんだったな」
「へぇ、そうなのか? まぁそういう理由なら、霧の森を選びたくなる理由も分かるな」
いやー、前回の競争クエストの事を思い出すもんですなー。大真面目に、やる気としては霧の森エリアを本気で取りに行きたくなってきたけど、まぁ群集としての方針が決まるのはまだ先か。
サバンナの方への経路確立も出来てないし、両方ともに事前調査は必須だもんな。それにここの峡谷エリアの調査の手抜きをする訳にもいかない。ベスタも言ってたけど、無駄になる調査があったとしてもだ。
「あ、そういやいつの間にか、さっきの無所属の人の反応が消えたな?」
「無所属の場合は、瘴気収束での転移が可能だからな。ケイさん、そこは気にし過ぎても仕方ねぇぜ?」
「まぁそれもそうだなー」
どういう理由でかなりの速度で移動してたのかは気になるけど、実際の光景を見れた訳じゃないんだから、判断はし切れないか。変に理由を考え込むだけ無駄な気がする。
「ふと思ったんだけど、岩壁を爆破して反対側を生き埋めとか出来ない?」
「……いきなり物騒な事を言うな、ケイさん!? それはあれか、さっきの無所属の奴を攻撃する方法としての案か!?」
「まぁそうなるなー。あー、でも岩壁の厚さにもよるし、流石に厳しい?」
「上から崩すならまだしも、反対側からは流石に無理だろ」
「やっぱり無理かー」
派手に目立たせつつ、敵の撃破とかを狙えたら良いのにって思ったんだけどなー。俺らの今のPT構成では無理だけど、スチームエクスプロージョンやエクスプロードとかの昇華魔法でも……流石に無理か。脆くはなさそうだし、ここの岩壁。
「まぁ無理そうならいいや。脱線しまくったけど、羅刹、案内を頼む!」
「……本当に脱線し過ぎだな。とりあえずしばらく真っ直ぐ進んでくれ」
「ほいよっと!」
まぁ脱線とはいっても、意思疎通をしやすくするのは大事だしね! さーて、全然敵と遭遇する気配はないけど、先に進めば遭遇する可能性は高くなってくるはず。ここからはもっと気を引き締めて進んでいきますか!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます