第1140話 黒の統率種のタコ
思った以上に響いた声を気にしてやってきた人達は、なんとかやり過ごせた。ふぅ、危ない、危ない。……リスクを取ると考えたけど、想像以上に危険だったよ。
でも、まだ大丈夫という保証もないから岩壁に偽装してる岩の操作は継続しとこ。というか、この隠れ方はありだな。……行動値の消耗は激しいけど。
さて、それはいいとして……あの黒の統率種のタコの人の姿が見えないけど、一体どこにいる? アルの小型化したクジラの背と『根脚移動』用に伸びた根の間からじゃ分かりにくい!
一旦地上に降りて、周囲を確認しよう。それに話をしたいと言ったのは俺の方からだ。隠れているような状況では、印象は良くないだろうし――
「ケイ、降りちゃダメかな! 後ろ!」
「っ!?」
「ケイさん!?」
くっ! 毒々しい色合いの毒の球を、コケの表面に押しつけられる寸前で止められてる!? しかも、それに合わせてロブスターの両方のハサミにタコ足で巻き付いて開けないようにもしてるのか! このタコの人、思った以上に動きが素早い!
味方の可能性があるから話をしたいって言ったけど、これは見当違いだったか? ……下手に動けば、これは殺される。隙を見て岩の操作で一気に吹っ飛ばすか? もしくは毒魔法を防御しつつ、ハサミに巻き付いた状態を利用して岩壁に叩きつけるか? ……まさかこんな状況になるとはね。
「……全員、下手に動くなよ。ケイさんが仕留められるぞ」
「……そうなったら、全員で一気に仕留めにいくかな!」
「でも、抑え込んでるだけで攻撃しようとはしてないよ?」
確かにロブスターのハサミを抑え込むのに力が入っててそこではダメージは発生してるけど、それ以上のダメージはない。この状況なら、俺やみんなが対処に動くより先に俺を殺す事は出来るはず。
「もしかして……ぐっ!?」
ロブスターのハサミを巻き付く力が強まって、ダメージが少し増えた!? 今のは喋るなって、警告か!?
ん? 巻き付いていないタコ足で、アルを指し示してる? その後に自分や俺を指し示して、円を描くようにタコ足を動かしてるね。これは……何かを伝えようとしてる?
「……アルマースさん、ケイさんの岩の操作の内側で、俺ら全員を水の操作か海水の操作辺りで覆えるか? それで小声程度なら、遮音は可能だ」
「アル、お願いかな!」
おぉ、アルの声は聞こえなかったけど、水の操作か海水の操作が俺ら全体を包み込んでいく! タコの人もタコ足を丸にしてるし、こうしろって指示だったぽい? あ、解放された。
「……もう喋っても?」
タコ足で丸を示してくる。なるほど、さっきまでの抑え込みは俺に遮音対策をするまで喋るなって事だったのか。……そういう事なら、反撃手段を考えるのは早過ぎたのかも。
「ケイ、仕方ない状況だったとはいえ、今回のは独断専行が過ぎるぞ」
「……そこはすまん」
「……悪い、俺が焦らせるような事を言ったのも原因だ」
「いやいや、次にいつ遭遇するか不明なのは何も間違っちゃいなかったからな。みんなに確認しなかった俺が悪いって」
「……そうは言ってもな」
「済んだ事はもういいのさー! それよりもタコの人を放置は良くないのです!」
「……そりゃそうだ」
このタコの人に話しかけるかどうかは、共同体のチャットでみんなに意思確認をすべき案件だったのは間違いない。だけど、それを今ごちゃごちゃ言ってる場合でもないか。
タコの人もアルの木を指し示してから、手招きする様にタコ足を動かしてるもんな。なんというか、こういう意思疎通の仕方はいか焼きさんと初めて会った時を思い出す。
「えーと、樹洞の中の人も出てこいって事でいいのか?」
タコの人は丸を示しているから、伝えたい内容としては合っていたみたいだな。まぁ外にいる俺とアルとハーレさんだけじゃ、流石に駄目か。でも、羅刹はどうしたもんだろう?
「私とヨッシは出るけど、羅刹さんはどうするのかな?」
「多分、隠れててもバレないとは思うけど……」
「いや、俺も出よう。前に心当たりがないかと聞かれた時には思い浮かばなかったが、後からちょっと心当たりが出てきてな。もし予想通りなら、俺の知り合いだ」
「え、本当なのかな!?」
「あぁ、まぁな。だが、確証はねぇから賭けにはなるが……ま、大丈夫な可能性の方が高いだろう」
「そういう事なら、それに乗った。みんな、樹洞から出てきてくれ」
あんまり声が大きくならない程度に抑え気味で。それにしても羅刹は、このタコの人の正体に心当たりがあるんだな。前に聞いた時とは違う、何か他の判断材料でもあったのか?
「よう、時雨だよな? 傭兵になってるのに全然見ないと思ったら、こんなとこで黒の統率種になってるとは思わなかったぜ。そのタコ、2ndか3rdだな?」
「っ!?」
おぉ、なんか羅刹に時雨と呼ばれたタコの人がびっくりした感じに跳び退いてたよ。タコ足で『?』を作ってるし、この反応は羅刹の心当たりが大当たりっぽい?
「まぁそう気付いた理由は気になるか。傭兵になってる時雨だけは全然フレンドリストでログインしてる様子がないから、最初は急な予定が入ったのかと思ったが……いか焼きが不本意に黒の統率種へと進化した際の事を思い出してな」
変に口を挟める様子でもないから、今は大人しく黙っとこ。みんなもそのつもりみたいだし……あ、どうせなら共同体のチャットで話しとくか。
ケイ : この感じだと、本当にこのタコの人は、灰の群集の傭兵の人が黒の統率種になった感じか。
アルマース : そうみたいだな。しかも羅刹の知り合いだとは……。
サヤ : いか焼きさんの話題が出てるけど、どういう事なんだろ?
ヨッシ : 確か、いか焼きさんが黒の統率種になった時には、羅刹さんとイブキさんが一度仕留めたって話があったよね?
ハーレ : そんな気がするのです!
ケイ : そういやそうだっけ? そうなると……知り合いであっても黒の統率種に進化したら判別が出来ない?
アルマース : その可能性はありそうだな。
さっきの羅刹が言ってた中にはフレンドリストって言葉も出てたしなー。でも傭兵として名前があったのには気付いて、そこから推測したってところか?
がっつりと参戦する気がなければ、わざわざ傭兵として参加する必要はないもんな。その状況でログインが確認出来ないになら、シンプルに急用が出来てログインが出来ないか……それ以外の要因がある状態になる訳だ。
「いやはや、フレンドであってもログインの判別が出来ない仕様があるのを思い出して良かったぜ。それに、その反応は……時雨で間違いねぇよな?」
なんだか時雨と呼ばれたタコの人がじわりじわりと距離を取り始めてる気もするけど、もしかして羅刹がここにいるとは思ってなかった感じ? でも、なんで逃げようとしてる気配があるんだ? なんか少し怯えてる雰囲気もあるんだけど。
「イブキの馬鹿もだが、随分とまぁ思う存分に暴れてるみたいじゃねぇか。時雨は、イブキとの相性も悪かったもんな。イブキをぶっ飛ばせて気分は良かったか?」
あ、思いっきり否定するようにタコ足を振ってる。いや、否定してるけど、結構な大暴れをしてなかったっけ? えーと、もう確定と考えても良さそうだし、このタコの人は時雨さんと呼ばせてもらおう。
「時雨さん、少し質問はいいか?」
うん、思いっきり丸を指し示してる。普段はどんな関係なんだよ、羅刹と時雨さん。羅刹とも会話を打ち切りたいって気持ちが思いっきり伝わってくるんだけど……。
「えーと、とりあえず俺ら灰の群集の傭兵で、全面的な味方だと考えていいのか?」
「……何か悪巧みをしてんなら、競争クエストが終わった後は覚悟してろよ?」
俺の方を指してから丸を示して、羅刹の方に向かって必死で否定してる感じだね。うーん、この時雨さんはイブキ同様に羅刹から日常的に吹っ飛ばされてる人なのか? イブキという前例があるし、無いとは言えない可能性だなー。
でも、これで嘘を吐かれてない限りは味方だと確定した。正体不明のままでこの先も警戒し続けるより、この方が遥かに動きやすい!
「はい! 私も少し質問です! なんで黒の統率種になってるんですか!?」
「あ、それは私も気になったかな!」
「そこは気になるとこだよね」
まぁ至極真っ当な疑問の部分だよな。羅刹から聞いた話では瘴気の渦を作り出して転移をすれば、黒く染まっていくって内容だったはず。それを黒の統率種への進化が発生するまでやった事に、何か意味があるのかもしれない。
「……多分だが、大した理由はねぇぞ? 時雨はPK以外の手段で黒の統率種になれる機会があったら、進化してみたいって言ってたからな。それを実行に移しただけだろう」
「そんな理由かい!」
いや、でも気持ちは分からなくもないかも? 流石にPKで黒の統率種に進化するのは勘弁だけど、それ以外の手段で可能ならやってみたくはある。まぁデメリットも多いから、いざ実行しようと思っても躊躇しそうだけど。
時雨さんも微妙に力がない感じだけど丸を示しているから、羅刹が言ってる理由は間違ってないっぽいね。
「ん? そうなると、ジャングルでサクヤを進化させたのはただの偶然か?」
おっと、このアルの質問に対してはタコ足を左右に振りまくって否定してるっぽい? ここで否定するって事は、偶然じゃないって事か?
「……時雨、もしかして何か黒の統率種での特有のクエストが発生しているのか?」
おぉ、羅刹のこの質問には丸を示してきた! なるほど、俺らとは別枠で他のクエストが発生してるんだな。だから、時雨さんはサクヤを骨の異形への進化を発生させた訳か。
「時雨さん、分かる範囲で説明してもらえるか? 喋れない状況では難しいかもしれないけど……」
あ、この要求は無茶が過ぎたか。思いっきり頭を抱えてしまってるし、流石に無理……でもないか。あー、俺が生成出来る状況なら良かったんだけど、それは無理そうだから他の手段でやってみよう。
「ハーレさん、悪いんだけどこの辺に少し砂を撒いてくれ」
「はーい! えいや!」
「時雨さん、簡単でいいから筆談で教えてくれるか?」
丸を示してくれたから、俺の案に乗ってくれたらしい。とはいえ、普通にリアルで文字を書くのとは違い過ぎるから、本当に簡単な単語程度にはなるだろうけどさ。
それから時雨さんが1文字ずつタコ足で撒いた砂に文字を書いてくれてた。ただ、正確な情報を伝え切るのが難しいから相当簡略化してるっぽいけど。『ワ』『レ』『ラ』『ガ』『イ』『シ』『ヲ』『シ』『メ』『セ』と書いてくれたから……。
「『我らが意志を示せ』か。……我らって誰の意志なんだ?」
「群集支援種……ではないよね? もしかして、あの異形の骨なのかな?」
「中身の精神生命体が居なくなって抜け殻のはずだが……意志が生まれたのか?」
「さっぱりなのさー!」
「この先、何かがありそうな要素だね」
「違いねぇな。時雨、これは傭兵や無所属という枠組みじゃなくて、黒の統率種としてのものか?」
今の羅刹の質問には一応丸は示してから、タコ足で『?』の形にもしている。ふむ、時雨さんにもそこら辺はよく分かってないって事か。
直接会話が出来る状態ならもっとスムーズに話せるんだけど、流石に状況が状況だし、これは仕方ない。あの異形のアンデッドに、予想してなかった変化が発生しているのが分かっただけでも成果だろう。
「あ、そうか! あの骨の特性のあった『野心』が、その辺に繋がってる可能性があるんじゃないか? それこそ、エリアボスを倒す事で自分達の存在を示してるとか!」
「それはありそうかな!」
「ふむ、確かにそれはあり得るな。……そうなると黒の統率種の手を借りて、あの異形のアンデッドに乗っ取られた群集支援種が占拠する可能性もあるんじゃねぇか!?」
「……ちっ、その可能性は否定出来ねぇぞ。そもそも傭兵になってない無所属や黒の統率種の勝利条件は、群集の物とは違うはずだ。意志を得た異形達への協力が勝利条件かもしれん」
「うっわ、そうきたか……」
確定情報とは断定出来ないけど、否定要素も見つからない。無所属は乱入して黒の統率種に進化する事で固有のクエストが発生し、それをクリアする事で占有エリアを手に入れられる可能性か……。
「はい! 傭兵の人が黒の統率種に進化出来る事にも意味がある気がします!」
「それはそうだよね? ありそうな意味としては……そういうクエストが存在している事を群集に伝える為?」
「ありそうな話だが、羅刹、どう判断する?」
「その可能性はあると思うぜ、アルマース。……時雨、その辺を伝える気はあったんだろうな?」
おぉ、慌てて時雨さんはタコの頭を上下に振って肯定している。まぁそうじゃなければ、敵とは思えない動き方や、ここで話をしようなんて真似はしないか。
「……まぁ今はそれを信じておくか。ちなみに聞くが、これからどう動いていく気だ?」
「わっ!? 敵が集まってきたのさー!?」
「これ、黒の統率種として統率してる個体?」
そのヨッシさんの問いにも、時雨さんは丸を示す。結構な数がいるけど、どれも擬態してた個体か? これらが俺らの味方として動かす事が出来る……? あ、そういう事か!
「時雨さん、もしかして灰の群集だと思われない戦力を用意しようとしてる?」
思いっきり肯定するように頭を上下に振ってるー! あー、そうなると今みたいに俺らと接触するのはあんまり良くない状況でもあるのかも。だから、すぐに離れようとしたし、俺が喋るのを防ごうとしてたのか。
って、あれ? 時雨さんが岩の先を指し示してる? これは何を……って、岩の方に進むような様子を表してるね。
「伝える事は終わったから、そろそろ行きたいってとこか?」
『そう、それ!』って声が聞こえてきそうな勢いでアルの方をタコ足で指し示したね。まぁ俺らとしても知りたい情報は分かったし、あんまり一緒に長居はしない方が良さそうだな。
みんなを見回してみれば頷いてるし、ここはもう解散といきますか! という事で、少しだけ偽装の為に展開している岩を持ち上げて……おぉ、ほんの少しの隙間から外に出ていったね。
「さてと、色々状況は分かったし、探索を再開していきますか!」
「「「「おー!」」」」
「そりゃいいんだが……ケイさん、行動値は大丈夫か?」
「……あっ」
そういや並列制御で岩の操作を使ったりしたから、盛大に行動値が減ってるじゃん!? いや、1回分の発動くらいはいける! その間の回復の事を考えよう!
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