第1060話 桜花の元へ


 なんだかんだとありながら桜花さんの所までやってきて、辿り着いた時点で俺も含めてみんながアルのクジラの背から降りた。

 おー、桜花さんの桜の木が一回り大きくなってるから、成熟体に進化済みみたいだね。元々、結構立派な桜だったけど、今は前よりももっと立派になって迫力あるなー!


「くっそ! また失敗か……。なんだ? 条件は何が足りていない?」

「どうする? もう材料がないぞ?」

「仕方ない。ジャングルに調達しに行くか」

「ふー、青の群集との対戦が中断になって検証の余裕が出来たのはありがたかったな」


 なんだかそんな声が聞こえてきて、どうも人が沢山集まってるっぽい? 何かを試してる雰囲気があるけど、何をやってるんだろ? 成熟体でのフィールドボス用の瘴気石を作る実験とか?


「何か試してるみたいだけど――」

「……この声! やっぱり気のせいじゃない!」

「あ、風音さん!?」


 なんだか慌てたように風音さんが桜花さんの樹洞の中まで飛んでいったけど、これはもしかして当たりだったか? みんなと顔を見合わせたら頷いているし、ここは風音さんを追いかけて樹洞の中へ入っていこう。


「お、来たか。ん? そっちの黒い龍は移籍してきた新顔……って、ん? 風音2nd……って、あの時の風音さんか! おぉ、久しぶりじゃねぇか!」

「……桜花……ここにいた! ……昨日のは……気のせいじゃ……なかった!」

「おわっ!? 落ち着けって、風音さん!? って、昨日?」

「……昨日……ミズキの森林に……いた!」

「え、そうだったのか!? それは、気付かなかったぞ!?」

「……不動種以外で……無所属にいるんじゃないかって……ずっと探してた! ……まさか……不動種のまま……灰の群集の……森林深部にいるとは……思わなかった」

「え、マジか! あー、行き先を伝えず、突発的に飛び出てきたのは悪かったか……」

「……ううん、それはもういい! ……灰の群集に……正式に移籍したから……これからよろしく!」

「おう、またよろしくな!」


 人違いでガッカリさせるような事にならないようにこの可能性は伏せてはいたけど、そういう心配はいらなかったみたいだね。桜花さんが灰の群集に移籍してきてから結構経つけど、こうして再会出来たのは良い話だな。


「おーす、ケイさん達! お、ダイクさんもいるのか」

「おっ、紅焔さん達か!」

「おう、俺もいるぜ!」


 集まって人達の中に紅焔さんの飛翔連隊のメンバーが勢揃いしてるなー。他にもちらほらと見かける事がある人が結構いる。

 とりあえず風音さんのテンションが上がりまくってるし、桜花さんに話しかけられる状況ではなさそうだし、紅焔さん達から今の状況を聞いていきますか。


「おっす、紅焔さん!」

「おう、ケイさん! 聞いたぜ、青の群集の作戦を全部ご破算にしたらしいな!」

「まぁ半分ハッタリでやったけど……正直なところ、あれのみんなの反応ってどう? かなり独断に近い形でやったから、そこが地味に心配なんだけど……」

「ん? リーダーが絡んでるなら、上手く話を誘導するだろうから問題ないって反応だぜ? ケイさんが予想外の無茶な事をするのは、今に始まった事じゃないしなー」

「その慣れられ方、どう反応したら良いのかわからないんだけど!?」


 ある意味では信頼されてるんだろうけど、なんだか釈然としない! それにしてもベスタへの信頼が凄いなー。根本的に俺がやった事で本当に不戦敗になる可能性は低いって思ってたのか。


「ま、そっちは心配いらねぇよ!」

「……とりあえず一安心ってとこか。ところで、今は何やってんの?」

「あー、これか? 使い捨ての方の進化の軌跡の小結晶を成熟体で使えるようにする為の検証だぜ」

「……そういや、そんな話も聞いたような?」


 どこで聞いたかよく覚えてないけど、成熟体用の進化の軌跡が使えないという話は聞いた気はする。成長体で使う欠片を未成体への小結晶へと上位変換する手段はあったんだし、小結晶から成熟体専用の何かに上位変換する手段はあるはず。


「はい! 群集クエスト《群集拠点種の更なる強化・灰の群集》が全部終わったら、群集拠点種で可能になる可能性はありませんか!?」

「おそらく、その可能性は充分あると思いますよ。ただ、不動種の方でも上位変換をする術がある可能性は否定出来ませんので」

「それは確かにライルさんの言う通りかな?」

「そだね。未成体用の小結晶があるんだし、成熟体用の進化の軌跡が無いとは思えないし……」

「それで、上手くいってますか!?」

「それがさっぱりでね。刻印石と混ぜるんじゃないかと睨んでるんだけど試すには数がないのと、上位変換用のスキルLvが足りてない可能性もあって行き詰まりだよ」

「そうなのか、ソラさん。なるほど、素材として刻印石を使う感じなのか……」


 確かに、成熟体になってから手に入る刻印石を使用するという可能性はある気がする。あれはトレードが可能って話だし、そんなに刻印系スキルの内容を頻繁の書き換えるものでないだろうから、他の用途があってもおかしくはない。


「さっき、貴重な最後の1個を使い切っちまってな。上位変換用のスキルに使用するアイテムとして放り込める以上、何にもないって事はないはずなんだが……。他のアイテムを適当に放り込もうとすると弾かれるからな」

「あー、そりゃ確かに怪しいな……」

「一応、成熟体からの進化の軌跡のドロップ自体はあって、『進化の軌跡・土の結晶』ってのは存在は確定してるんだが……」

「低確率でのドロップでの入手はあるんだー!?」

「実物があるとなると、後は手順だけの問題になりそうだなー」


 うーん、手伝いたいところではあるけど、俺らは誰も刻印石は持ってないし、残念ながら提供は出来そうにないか。

 持ってても、まだ刻印石を使う刻印系スキルは持ってないし、自分達で使う方が優先になる気がする。供給量が増えてくるまで、その検証は厳しそう……。


「ま、無いもんは仕方ねぇ。それじゃケイさんとアルマースさんでやる、検証の模擬戦の方を――」

「……桜花……これ!」

「ちょ!? 刻印石が4個!?」

「……あげる……使って」

「いやいや、風音さん、いくらなんでも1人からこんなには――」

「……この龍だけだけど……もう黒の刻印も……白の刻印も……必要なのは……設定してる。……だから……問題ない」

「ははっ、すげぇな、風音さん。おし、そういう事なら、ありがたく使わせてもらうぜ!」

「……うん!」


 あー、なんかサラッと言ってるけど、風音さんは何気にとんでもない事をしてない? え、入手率が低いっていう刻印石を4個も持ってた? しかも、既に白の刻印にも黒の刻印にも使用済み? それだと更に2個は手に入れてた事になるはず。


「風音さん、そんなに大量の瘴気石を一体どこで手に入れたんだ?」

「……アルマースさん……実はちょっとした……コツがある。……ネス湖のアロワナを……湖底森の方に落とすと……既に倒されたと思って……意外と気付かれない。……少し生かしておいて……復活のタイミングを……ズラすのがコツ。……湖底湖の方は……不定期に人が……落ちてくるから……意外とみんな……気付かない」

「あの時のって、そういう事かー!」

「……人が来ないというか、意図的に狙われにくくしてたのか」


 いや、確かにネス湖の方にアロワナがいなければ倒されたものだと思うけど、湖底森の方で生きてたら復活はしないよなー!? それで倒したタイミングを誤認させて、復活のタイミングをズラして倒すのか。なんというか、ソロならではのやり方だな。


「風音さん、そりゃ独占に近くねぇか? あんまり褒められたやり方じゃねぇぞ?」

「……桜花……駄目なの? ……これ……絶対な方法じゃ……ないよ? ……殺し合って……奪い合いの方が……良いの?」

「あー、そう言われると何とも言い難いな……」


 ふむふむ、その辺の時期は俺らは全然その手の奪い合いには参加してないから、コメントし辛いとこだね。ある意味では、奪い合うよりは穏当な手段で出し抜いていたとも言えるもんな。

 今はそうでもなくなっているけど、成熟体の数が少ない時にはそういうのも作戦の内だったって事だしね。それに湖底森でLv上げをしてた人達もいるだろうから、誰にも気付かれないって事は無かったはず。てか、不定期で誰かしら落ちてくるなら、わざわざ気にしてもいられないか。


「……でも……もう必要なさそうだから……自重する」

「ま、今の状況ならその方が良いだろうな。あー、ケイさん達、中継はもう少し待ってくれるか?」

「それはいいけど、上手くいくのか?」

「……さてな。上位変換の交換レートが分かればいいんだが……」

「そこが分かってないのかな?」

「欠片5個で、小結晶1個だったよねー!?」

「これまではそうだったんだがな……。小結晶だけじゃ無理だから、小結晶5個と刻印石1個から始めて、小結晶10個と刻印石1個まで小結晶を増やす方向で試してみてさっぱりダメだったぜ。失敗すると刻印石は消えた上で、合計の個数こそ減らないが欠片に砕けちまうんだよ」

「……そりゃまた、随分と厄介だな」


 砕けて欠片になってしまったら、小結晶への上位変換からやり直しになるのかー。しかもまだまだ入手が難しい刻印石が消えてしまうのは痛いな。


「桜花さん、個数があるなら刻印石の数を増やしてみたらどうだ? 失敗した時に消滅するって事は、上位のものに変えるのに力が足りてねぇんじゃねぇ?」

「ダイクさんのその案も考えたには考えたが、どうしても個数に余裕が無かったからな。だが、その方向を試してみるしかねぇか」

「……桜花……頑張って!」

「おうよ! さて、風音さんの好意を無駄にする訳にもいかねぇし、成功してくれよ! あ、風音さん、欲しい属性の進化の軌跡はあるか? 成功したら、プレゼントするぜ」

「……それなら火属性か土属性……ううん……火属性がいい。……少し試したい事がある」

「おし、火属性だな! 上手くいってくれれば良いんだが……『上位変換・火』!」


 こうして進化の軌跡の上位変換をしている場面を見るのって初めてだけど、特にこれと言って目に見える変化ってないんだな。まぁそもそも小結晶も刻印石もインベントリから取り出した状態じゃないし、桜花さんにしか見えてない操作画面があったりするんだろうね。


「……おし、成功だ! なるほど、交換レートは小結晶5個と刻印石2個か」

「おっ、俺の読みは当たりか!」

「そうなるな。ほれ、風音さん、持ってけ!」

「……桜花……ありがとう! ……出来ればもう1個……作れない?」

「おう、そりゃ良いぜ! 火属性をもう1個で良いか?」

「……うん!」

「おし、了解だ! 『上位変換・火』! ほれ、完成品だ!」

「……ありがとう!」


 なんだかこの検証では俺らは全然する事が無かったけど、なんとか上手くいったみたいで良かったもんだな。それにしても、刻印石にこんな使い道があるとは思わなかった。まさか、上位変換の素材になるとは……って、ちょっと待った!?


「桜花さん、ちょっと質問!」

「どうしたよ、ケイさん?」

「今ふっと浮かんだ可能性なんだけど、瘴気石に刻印石を混ぜられる可能性は!?」

「っ!? 成熟体でのフィールドボスの誕生用の瘴気石の作り方か! 可能性としてはあり得るが……流石に、成熟体のフィールドボスは早くねぇか?」

「あー、やっぱり早いか」


 思いついたから言ってみたは良いものの、確かに早い気はする。確かに未成体のフィールドボスでも、フィールドボスと認定されるのはLv11以上だったはず。

 俺らはまだ成熟体のLv1だし、風音さんの龍でもLv5だもんな。ダイクさんのマンドレイクでもLv3だから、流石に厳しいかー。変にフィールドボスを生み出して、倒せなかったら酷い事になるのは経験済みだしね。


「ケイさんは気が早すぎるのさー!」

「まだ成熟体のフィールドボスは時期尚早かな」

「流石に倒せなくて、放置なんて真似はしたくねぇしな」

「あはは、確かにそうかも?」

「みんなして言わなくてもいいんじゃね!?」


 みんなして思いっきり笑いを堪えてるし、分かった上でからかってるよ! 紅焔さん達やダイクさんまで笑ってるし!?


「ま、それに関してはみんなのLvが上がって、刻印石の流通量に余裕が出てきてから試してみるぜ」

「……それでよろしく、桜花さん」

「ははっ、拗ねんなよ、ケイさん!」


 だー! 確かに気が早い発言だった気はするけど、決して無意味な事は言ってないはずだ! それはともかく今は置いておいて、やっていた検証が――


「桜花さん、こんにちはー! これから『アブソープ・アクア』の検証の模擬戦……って、およ? 風音さん、なんか機嫌良い?」

「……レナには……関係ない」

「およよ? その反応は変な感じだねー? ダイク、何か知らない?」

「……黙秘権を行使する!」

「ほほう、良い度胸だね、ダイク?」

「桜花さん、ヘルプー!」

「ちょ、そこで俺かよ!?」

 

 おぉ、ダイクさんが桜花さんに泣きついた! いや、確かに桜花さんの樹洞の中だし、ある意味助けを求めるのに最適な相手だろうけど。


「なーんて、冗談、冗談! 風音さん、探し人は見つかったっぽいね?」

「……レナ……なんで……それを知ってるの?」

「ふっふっふ、わたしの情報網を甘くみてもらったら困るねー! 風音さんが自分からだと上手く話しかけられないから、無所属の人から盗み聞きをよくしてたのは把握済み! まぁ具体的に誰を探してたかまでは知らなかったんだけど……まさか、桜花さんだったとはねー。相談してくれたら、すぐに伝えられたよ?」

「……それは…………」

「まぁ風音さんには風音さんの考えがあったんだろうし、そこは追及しないからね」

「……うん」

「そんなに俺を探してたのか。……なんかすまんな、風音さん」

「……ううん……見つかったから……それでいい。……桜花……今の群集は楽しい?」

「おう、楽しんでるぜ!」

「……それなら良かった」

 

 本当に心の底から安堵したような声だったね、今の風音さん。そういや桜花さんは青の群集で居心地が悪いような状況から出てきたんだったっけ。


「……みんな……勧誘してくれて……ありがとう!」

「あはは、わたしは断られてたからなんとも言えないけどねー」

「まぁこういう状況になるとは考えてなかったけど、どういたしまして」


 ただの偶然でしかなかった事でお礼を言われるのもなんかむず痒いもんだな。でも、風音さんが魔法への興味以外でも良いと思える事があってよかったもんだね。てか、みんな頷くだけじゃなくて何か言おう? いや、答えにくい気もするけどさ。


「あ、桜花さん、ケイさん達がまだここにいるなら、検証の模擬戦はまだって事でいい?」

「あぁ、そうなるな。他の検証をしてて、その分ズレ込んでたが……成果は出たぜ?」

「おっ、いいね! ちょっと聞かせてもらっていい?」

「おうよ! あ、ケイさん、アルマースさん、今のうちに模擬戦の準備に行ってもらっていいか?」

「一区切り着いたならその方がいいか。ケイ、行くぞ」

「ほいよっと」


 という事で、俺とアルの2人で桜花さんの樹洞から出て、エンの元へと出発! 多少は模擬戦に設定に時間がかかるから、レナさんへ説明したり、まとめへ報告を上げてる間にやるのがちょうど良さそうだね。

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