第1045話 今、出来る範囲で


 ハーレさんは今、節と節の間に油を詰めた竹を、頭に被ったクラゲの触手で持ち上げるという状態になっている。持ち上げた側はまぁ良いとしても、出る側が完全に地面に着いてるから、これだと地面に撃ち込むだけじゃね? まぁそれでも状況次第ではありだけど……今はそれじゃ駄目だよな。

 そういや油を入れた穴って……あぁ、竹串を差し込んで塞いで油漏れは防いでいるんだな。その辺はちゃんと対応してくれていたみたい。


「それじゃ実験開始なのさー! 『アースクリエイト』『貫通狙撃』……あわっ!? あわわっ!?」

「ハーレ、大丈夫かな!?」

「あ、サヤ、ありがとなのさー!」


 貫通狙撃のチャージを始めて構えた瞬間に、クラゲで持ち上げてるのすらバランスを崩してしまったか。咄嗟にサヤが竹を支えてなんとかなったけど、こりゃ発動前から完全に無理っぽい。いや、不安要素ではあったけども……。


「ねぇケイさん?」

「……どした、ヨッシさん?」

「根本的にハーレのリスとクラゲのサイズじゃ、やっぱり竹は無理じゃない?」

「……やっぱりそうなるよなー」


 この手段自体が無理というよりは、ハーレさんとの相性が最悪と言った方が正しそうだよな。ふむ、そうなると更なる魔改造が必要になりそうだな。


「ケイさん! やっぱり私にはこの竹は大き過ぎるのさー!」

「そこは今実感してるとこ。ちょっと改良案を考えるから、少し待ってくれ」

「はーい!」


 大きさの問題で竹を支えられないのなら、取りかけて結局取ってないままの大型化でどうにかするか? あぁ、そうか。この竹って多分使い捨てになりそうだし、火を着けてから大型投擲でぶん投げるって手もありか。竹の先を斜めに切って、竹槍状態にして……。


「おーい、ケイ? 物騒な手段が声に出てるぞ」

「だー、また声に出てたか! まぁいいや、アルは今のはぶっちゃけどう思う?」

「……ありだとは思うぜ。危機察知に反応が無い奇襲の直後に、燃える竹槍攻撃とかえげつねぇけどな」

「ハーレには実行は無理そうだけど、投擲持ちの人は他にもいるからねー! カインさん辺りなら、その作戦ありじゃない?」

「あー、それは確かに!」


 レナさんの言う通り、投擲と火の扱いに長けているカインさんにもってこいの手段か。着火さえもカインさん自身で出来るんだし、2ndの方で石の包丁を作れるようにするって言ってたもんな。それなら岩の操作も取って、竹を置く土台を……あ、そうか!


「ハーレさん、竹をクラゲで上から投げ入れる側を持ち上げるじゃなくて、竹の出口側を下から支える感じでいけないか? あとリスの投擲ってソフトボールみたいに下から投擲は出来るか?」

「はっ!? ちょっとそれでやってみるのです! サヤ、少し預かっててー!」

「うん、分かったかな!」


 これなら、多分投げ入れる側を持ち上げるよりは安定するはず。あ、リスの頭に被っているクラゲを掴んで地面に仰向けにして置いて、触手を伸ばしてリスから離れていってる。意外と触手が伸びてて、結構離れられるんだな。おぉ、ある程度離れた状態で真上にも触手を伸ばしているから、それで支えにするっぽい。

 問題としてはこの触手が竹を支えられるかどうかなんだけど、それはやってみないと分からないか。


「あ、投げない方のリスの手にクラゲの触手の1本を巻き付かせる形にしてるんだね」

「離れられない制約があるから、まぁそこは妥当なとこだな」

「だなー。てか、これだとあんまり高さが確保出来ないか」

「流石に仕方ねぇんじゃねぇか? ハーレさんのクラゲは小型だしな」

「……そりゃそうだ」


 お、投げ入れる側は地面に着いてるけど、リスの高さ的には丁度良さそう。上から振りかぶって投げるんじゃなくて、ソフトボールみたいに下から投げられれば竹の中にも入るはず。地味に下から投げるのはやった事はないけど、それだって投擲なんだから判定的には大丈夫だと思うけど……。

 位置や高さが確保出来てないから殆ど角度はつかないけど、まぁ実験としては地面に撃ち込むのでさえなければ許容範囲か。


「サヤ、クラゲの触手の上に竹を置いてー!」

「こんな感じかな?」

「うん、そんな感じー! それじゃ触手で固定していくのです!」


 なんというかクラゲの沢山の触手に包まれる竹っていう、どんどん摩訶不思議な光景になってきてるけど、まぁそこは気にしない方向で。本当に本格的な魔改造になってきたなー。


「もう離していいのさー!」

「うん、分かったかな」

「あぅ!? 少しクラゲが潰れたけど、これくらいなら許容範囲なのです!」

「ハーレ、その状態で竹の向きは変えられる? そこが重要だよね?」

「ちょっとやってみるにさー! うーん、出来るけどそんなに早くは出来ないみたいなのです!」

「ちょっとクラゲの方のパワー不足か。最低限でも自己強化は使った方が良いかもな」

「多分、それならいけるのです! でも、今はもう無理なのさー!?」

「あー、そりゃそうだ」


 既に貫通狙撃のチャージが進んで、もう眩い銀光を放っているから完了間近だもんな。この状態からクラゲで自己強化を発動するのには無理がある。でも、クラゲだけでは微妙に向きが変えられなさそうな感じだよね。


「うー! ダメ元でリスで竹を横から殴ってみるのです! 成熟体になったし、それくらいの威力は多分あるのさー!」

「あ、それはそうかもねー!」

「レナさんだと、スキル無しでも竹自体を吹っ飛ばすんじゃねぇか?」

「うん、そこは多分アルマースさんの言う通りの可能性が高いねー! わたしとかサヤさんとかより、ハーレの方が近接攻撃の威力は低めで上手くいくかも?」


 そっか、ハーレさんの持ってる特性は遠距離攻撃の強化の要素が強めだから、近接攻撃では適度に控えめな威力に落ちる可能性は十分ある。まぁ豪腕だけは影響あるだろうけど、それは実際にやってみるしかないか。


「チャージ完了なのさー! それじゃ始めるのです! えいや!」


 そうして竹の中へと銀光を放つ魔法産の丸い石を下から投げて放り込み、それと同時に空いていたリスの左腕でクラゲが支える竹の左側面を思いっきり殴り飛ばしていく。その勢いでハーレさんがいる側の竹が右にズレ、出口の方は左側へと向きが変わっていった。

 あー、そこまで極端に向きは変わらなかったけど……竹の節を貫通した貫通狙撃が、竹の中から真っ直ぐ飛んでいった。丁度、位置的にアイルさんがいた真上辺りを通過して、その背後の木の幹を抉って……。


「……え? あっ――」

「あー!? アイルさん、ごめんなさいなのさー!?」

「……びっくりしただけだから大丈夫だよ」


 あ、咄嗟の事でアイルさんは回避し切れずに抉られた木が倒れて、思いっきり潰された。まぁハーレさんの攻撃の影響だからダメージはないし、元々コケなんだからこの程度はどうって事ないだろ。


「この竹、節が無くなって完全に筒になっちゃってるから、器や今の手段への再利用は出来そうにないね」

「こうなると、本当にケイが言ってたみたいに竹槍にするのがよさそうかな? それか、竹串の材料?」

「この感じだと、その辺が無難な感じだね」


 サヤとヨッシさんが、慌ててアイルさんの元に駆け寄ったハーレさんが放置していった竹のチェックをしているけど、まぁ再利用は難しいよな。とはいえ、全く使えない訳でもなさそうなのは良かったか。

 それにしても、なんかゴムみたいに伸びてから縮んで頭に戻っていったクラゲが面白かったな。あのクラゲ、そんな風に伸びたのか。


「とりあえずまだ色々と課題はありそうだけど、曲げる事自体は成功だな」

「そだねー。まだ油の量が少ないし、安定した運用をするには練習も必要そうだけど、成果はありだね! ケイさん、ここからはみんなでの試行錯誤だから、アイデアありがと!」

「どういたしましてだな。さて、俺は俺でアースバレットの弾道曲げを完成……いや、油ならアクアボールの方が弾いてやりやすいのか?」

「……確かにそうかもしれんな。ケイ、俺と連携してやってみるか? 俺がアクアボールを連射するから、ケイが曲げる方の担当って感じでどうだ?」

「あー、それもありかも?」


 手順としては予めグリースを発動しておいて、アースクリエイトで岩を生成して、すぐに増殖でコケを増やして、曲げる為の土台を用意しつつ、岩の操作で位置の微調整ってとこか。可能そうではあるというか、ほぼ飛行鎧の展開手順と同じ気がする。

 というか、飛行鎧をそのまま転用出来ないか? それだとダメージ判定になるかどうかが分かれ目? よし、思いついたからには、すぐに試してみよう。


「ハーレさん、ちょっと試したい事が出来たから少し付き合ってくれ!」

「了解なのさー! 今度はなんだろー!?」


 ここで移動操作制御が使えるなら、かなり有用性が高くなる! 流石に威力があり過ぎると今の俺のグリースじゃ曲げ切れないから、ハーレさんには可能な限り威力は抑えてもらおうっと。


「……あれ? ダメージがないとはいえ、誰も流れ弾に困惑しないの……?」

「まぁよくある事だからねー。アイルさんとケイさんの間に何があったのかは分からないけど、普通にゲームを続けていくならそこは慣れる部分だね」

「えっと、ソラさん? え、今みたいなのって、日常茶飯事だったりするの?」

「そうなるね。むしろ周りを巻き込む規模でないと手に入らないものもあったりするよ」

「……あはは、変わってるのは操作性だけじゃないんだ」


 なんかソラさんとアイルさんが話してるのがチラッと聞こえてきたけど、まぁその辺はこのゲーム特有の部分だしな。アイルさん自身が興味が出てきてるみたいだけど、その辺の特殊性に馴染めるかどうかは重要かー。

 てか、アイルさんはeゲーム部を作る段階から動いてたみたいだし、シンプルにプレイヤースキルは高そうな気がする。だけど、俺は部活の勧誘を断ったんだし、その辺で俺が変に口出しするのはフェアじゃないもんな。


 まぁその辺は成り行きに任せるとして、次の実験を始めていきますか! これの成否は割と重要になってくるはず!


「ケイさん、今度は何をするんですか!?」

「俺の飛行鎧を、曲げる手段に転用出来ないかと思ってなー。ダメージ判定になるのかを試したいんだよ」

「おぉ!? 確かにそれは地味に重要な気がするのさー!」

「ほう? それが使えたら、かなり便利そうだな?」

「だろ?」


 ふっふっふ、徹底的に青の群集が使ってきた手段を魔改造して反撃の手段を構築してやる! まだ足りてない部分も多いけど、何が足りていないかが分かってきているからね。

 とはいえ、青の群集の攻撃手段が俺らが見ただけとも限らないからなー。それこそ今俺らが手を加えている部分も、既に実行出来る可能性だってある。だからこそ、ここは念入りに検証していくまでだ!


「あ、ハーレさん、俺のグリースはLvが足りてないだろうから、試すのはただの投擲で頼む!」

「了解なのさー! それじゃケイさんも準備をお願いします!」

「ほいよっと!」


 それじゃまずはグリースを発動して、それから飛行鎧を展開していきますか! サクッとここでグリースのLvが上がったりしてくれないかなー?


<行動値を1消費して『グリースLv1』を発動します>  行動値 95/106(上限値使用:1)


 そんな甘い事はなかったようである。まぁそんなに使ってなかったから、そうだよねー。明日にでもグリースのLv上げを頑張ろ。


<行動値上限を6使用して『移動操作制御Ⅰ』を発動します>  行動値 95/106 → 95/100(上限値使用:7)


 ロブスターの周りを岩で固めるのではなく、シラヤキさんのウナギでやっていたような形状に岩を生成。その表面にコケを……あー、コケの増殖の広がり方が微妙。滑らせたい部分の全部はカバー出来てないか。

 確か飛行鎧に登録してた増殖はLv4だったはずだし、今の増殖Lv5に更新しとくべきか? いや、そこをどうするかはこの結果次第で決めようっと。


「ケイさん、コケがない部分もあるよー!?」

「とりあえず今はコケがある部分を狙ってみてくれ! その結果次第で調整するかを考える!」

「了解なのさー! それじゃいくよー! 『投擲』!」


 さて、これでコケがある部分でダメージ判定が出ずに滑ってくれるならよし。ダメージ判定になってしまうなら、もうどうしようもないから諦めるしかない。さぁ、どうなる?

 おっ、ハーレさんの狙いは正確でちゃんとコケがある部分に――


<ダメージ判定が発生した為、『移動操作制御Ⅰ』は解除され、10分間再使用が不可になります>

<『移動操作制御Ⅰ』の発動を解除したため、行動値上限が元に戻ります> 行動値 95/100 → 95/106(上限値使用:1)


「コケの部分でも強制解除になるなら、どうしようもないか……」

「あぅ……残念なのです……」

「当たった衝撃が少しでも伝わるとダメなのかもしれんな」

「あー、そうかもな。やっぱり移動以外には、移動操作制御は向かないかー」


 まぁ駄目なものは駄目で仕方ないし、ここは割り切っていきますか! そもそも今回のは生成した岩への増殖の範囲も微妙だったから、予めロブスターの全身にコケを増殖させてからやったほうが良いのかも。

 むしろ並列制御で岩の操作を使いながら増殖させた方が、これには向いてそうだよな。そういや随分と明るくなってきてるけど、今何時だ? もう朝焼けになってきてるし……。


「あ、もう24時が近いじゃん!?」

「ん? あぁ、いつの間にかそんな時間か。ケイ達はログアウトの時間はどうするんだ?」

「俺は今日はもうログアウトしとくわ。競争クエストは、明日から本番になりそうな気もするしな」

「あはは、確かにそうかもね。うん、私も今日はこれくらいにしておくよ」

「明日に備えて、今日は無茶はしないかな!」

「そうなのさー! 羅刹さん、それで問題ないですか!?」

「あぁ、それで構わんが……ゾンビの敵が出てきたとこだから簡単に済まさせてもらうぞ。またな」

「またな、羅刹!」


 それからみんなも軽く挨拶はしたけど戦闘開始というタイミングだったみたいで、それっきり羅刹は無言になった。まぁ音が響くって言ってたし、その辺は仕方ないな。さてと、それじゃログアウトする前にここまでの報告を――


「さーてと、そういう事ならわたしの方で今のは報告上げとくねー! シラヤキさん、協力ありがとー!」

「いえいえ、楽しかったから問題ないですよ!」

「レナさん、報告は任せた!」

「任せといて!」


 ふぅ、報告を済ませてから終わりにしようと思ったけど、レナさんがやってくれるにならありがたい。とはいえ、まだどれも不完全で完成とは言えないのが悔やまれる。

 まぁその辺はレナさんがみんなで試行錯誤の段階だって言ってたし、そこは任せようっと。これからが活動時間の検証勢もいるんだし、俺らだけでやる必要もなし!


「さてと、明日は朝から色々やっていかないとな! 競争クエストの本番は明日からだろうし!」

「ま、今日は様子見が多かったみたいだからそうなりそうだが……ケイは寝坊すんなよ?」

「……そうならないように気を付ける」


 うん、それに関しては前科があるから気を付けよう。という事で、みんなとそれぞれに挨拶をして今日はここまでで終了! 明日からは様子見を終えて本格的に動き始める可能性は高いから、気を引き締めてやっていこう!



 ◇ ◇ ◇



 明日からの意気込みもありながら、いつものいったんのいるログイン場面へとやってきた。えーと、胴体部分は『競争クエスト、本格的に開幕! 戦って、占有エリアを勝ち取れ!』となっている。うん、まぁ今の目玉イベントなんだし、そうなるよね。


「いったん、何か新しいお知らせってある?」

「今は特にないね〜」

「それならスクショの承諾は来てる?」

「それも今は特にないよ〜」

「え、マジで?」

「うん、そうだよ〜!」


 てっきり他の群集からジャングルで撮られたスクショの承諾でも送られてくるかと思ったけど……あぁ、どのタイミングで近くにいたかがバレるからその辺は控えてるのか。

 夕方のウナギ関係は、もう承諾済みのばっかになったってとこなのかもね。さっきまでの検証の光景は、まだ単純に送られてきてないだけっぽい? ま、無いなら無いでいいか。


「それじゃ今日はこれで終わりにするよ」

「はいはい〜! お疲れ様〜! またのお越しお待ちしています〜!」

「ほいよっと!」


 そんな風にいったんに見送られながら、今日はこれにて終了。明日は早めに起きて、まずは情報収集からやっていかないとなー。




ーーーーーーー


更新お休みのお知らせ。


7月30日(金)から8月8日(日)まで、更新はお休みにさせていただきます。

詳しくは近況ノートにて。

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