第947話 タッグ戦 その4


 レナさんを抱えて、エリア端になる竹と水の膜で作られた対戦エリアの区切りへと飛んでいくいか焼きさん。弥生さんもレナさんも、神経毒と麻痺毒での違いはあるけど身動きは取れていない。


「いか焼きー!? 流石にこの状態で場外負けは嫌なんだけど!?」

「いやー、レナさんが攻撃優先でトキシシティ・ブーストを避けずにいてくれたのがラッキーだったね!」

「あそこは完全に油断したー!? いか焼き、そもそも毒の見た目をしてないのはどういう事!?」

「いやいや、いくらなんでもそこは教えられないでしょ。てか、弥生さんの移動操作制御は壊しとこ」

「うぅ!? それは流石にそうだけど!?」


 あ、そういえばいか焼きさんの見た目って、特に毒々しい様子はないんだよな。……黒の統率種になってた時はそういう感じもしたけどあれは瘴気属性だし、今はそういう見た目ではなく普通のタコっぽい。

 正直、普通の物理型だと思ってたけど、戦い方を見た限りでは物理毒も魔法毒もどっちでもいけるバランス型の構成みたいだよね。……あえて、毒属性を持たずにいるとかそういう仕組みかな?


「レナ選手が会話で時間を稼ごうとするが、いか焼き選手はその言葉には耳を貸さないー! そして濃い闇の中にタコのパンチを叩き込み、弥生選手の移動操作制御の破壊に成功だー!」

「まぁ、この状況で止める人はいないよな」

「そこは全力で同意ですね」

「勝負である以上、ここで止める理由はないからね」

「実況席も満場一致で、止める訳がないという意見が一致しました! レナ選手や弥生選手には申し訳ありませんが、私もそうだと思います!」


 対戦である以上、ここでいか焼きさんが取るべき最善の手段は危険な要素の排除と、レナさんか弥生さんを場外に放り出してしまう事。神経毒よりも麻痺毒の方が効果が弱いから、レナさんを優先してるんだろうしね。


「弥生、ヘルプー!?」

「それじゃ、レナさんはここで退場って事で!」

「あはははははは! 動ける! 動ける! まだまだまだまだまだー!」


 あ、レナさんがいか焼きさんによって場外に放り投げられると同時に、弥生さんの神経毒が切れたっぽい。そして即座に弥生さんが動き出しているよ。


「おーっと!? ここで弥生選手が戦線復帰だー! だが、レナ選手はいか焼き選手によっては場外へと放り投げられたー! レナ選手、場外ルールにより敗退となります!」


「いか焼きー! 今度は絶対ぶっ倒ーす!」

「そんなのは聞いてられるかー! 『ポイズンウォール』!」

「あははははははは!」

「ちょ!? ここで大型化!?」


「今まで大型化を使っていなかった弥生選手が、このタイミングで大型化を発動しました! そして、毒の防壁魔法を飛び越えて……竹の上に降り立ったー!?」

「……どんなバランス感覚をしてるんですか、弥生さんは」

「おや? あれくらいなら、慣れればそう難しくはないよ?」

「何もない時にやれって言われたら出来るけど、この戦闘中の中でやれって言われると難しい気もするけど……」


 シュウさんが軽く言ってくれるけど、あの竹の上に乗るって……あー、乗ってる竹は比較的太い方の竹だから、やろうと思えばいけるか? いや、でもやっぱり戦闘中に安定して乗れるような場所じゃないよな。


「そして、弥生選手! 竹から飛び降りて、いか焼き選手への猛攻を開始ー! 攻め続けるレナ選手、避け続けるいか焼き選手! 果たしてこの勝負、どちらに軍配が上がるのかー!」


「……うふふ、逃がさないよ? さぁ、さぁ、さぁ、もっと、もっと、もっと、楽しませてよねー!」

「ちょい! 実況席に! 審議要求! 竹の上って! 場外判定! どうなんの!?」


 あ、そういえばそもそも竹の上に乗るのを想定してなかったから、そのルールは設定してない気がする。うーん、でも竹の上だと場外に出た訳でもないし、場外判定にはならないか。

 というか、よく審議要求をしながら弥生さんの攻撃を躱し続けられるね、いか焼きさん。


「いか焼き選手からの審議要求だー!? これは一度中断して、判定を行いましょうか!?」

「いえ、竹の上に乗ったのは場外とは言えないでしょう。竹に引っかかって戻ってきたなら別ですが」

「俺もジェイさんに同意だな。一歩でも外に行ってたらアウトだけど、これはセーフ」

「僕もその判断だね。……そもそも今のタイミングで僕が弥生を止めると、再開した時が怖いよ?」

「解説の3名の意見が一致しましたので、先程の竹の上はセーフとなります!」


 うん、こんな土壇場で決める事でもないけど、今の状況の弥生さんを止める方がリスクがあるっぽいから、勘弁してね!


「だー!? ダメ元だったけどやっぱりそうなったー!? 大型化解除!」

「あははははは! 避けるね! 避けるね! いか焼きは前よりも遥かに回避が上手くなったねぇー!」

「そりゃどうも!」


「いか焼き選手が、弥生選手の猛攻を避ける、避ける、避けるー! だが、完全に回避し切れている訳ではなく、残り僅かなHPが徐々に無くなっていくー!」

「……流石に反撃が出来ない防戦一方の今の状態では、もう厳しいですか」

「小回りを良くする為に大型化を解除したのは良いけども、体格差で今度は捌き切れなくなってるね」

「それでもまぁ、これだけ回避し続けられたら充分な気もするけどなー」


 並の人なら、とっくに仕留められている勢いの攻撃だ。いか焼きさんは他のゲームでのレナさんと弥生さんのタッグとの不完全燃焼になった対戦の決着をつけたいって言ってたけど、それを言うだけの実力は持ち合わせているか。

 てか、このレベルの実力者が青の群集に正式加入したという事実は警戒しないとね。いか焼きさんは、今回は相手が悪いだけで本気で強いぞ。


 あ、場外になって負けたレナさんが実況席まで戻ってきたね。……戻ってきたというのが正しい表現かはちょっと分からないけど、控え室みたいなもんはないしなー。


「弥生、いか焼きなんかぶっ飛ばしちゃえー!」

「ホホウ! いか焼きさん、ここまできたら逆転劇を引き起こすので!」

「一番先に負けたスリムさん、それが出来ると思ってるー?」

「ホホウ、甘くみて麻痺毒で場外になった方と、神経毒になった方ですので、可能性は十分あるかと」


 ちょ、張り合って応援をし出したスリムさんがレナさんと睨み合い出した!? それぞれに相方を応援するのならいいけど、お互いに煽り合ってどうすんの!?


「んー、場外乱闘やっとく?」

「ホホウ、それも望むところなので!」


「さぁ、実況席のすぐ側で敗退者同士の場外乱闘が始まろうとしていますが、ここで実況役かつ主催の共同体の一員である私の方から一つルールを強制的に追加させてもらいます! 場外乱闘に発展するとどうしようもなくなるので、先に手を出した方のタッグの失格とさせていただきます!」


 お、ハーレさん、ナイス判断! 主催である俺らグリーズ・リベルテにはそういう権利はあるもんね。まぁ強引に後からルールを捻じ込むのは本来反則みたいなもんだけど、ここで場外乱闘をされちゃ堪らないしさ。


「あらら、釘を刺されちゃったかー」

「ホホウ、それでは仕方ないので」


 あー、とりあえず場外乱闘にはならなさそうでホッと一安心。……それにしても、いか焼きさんが飛んで上に逃げようとすれば、弥生さんが盛大にジャンプして襲いかかるなー。

 いか焼きさんも変に隙が出来たら対応が出来ないみたいで、弥生さんから距離が取れずにずっとタコの触手で、弥生さんのネコの爪での攻撃を捌いているだけだ。


「そうしている間にも弥生選手の猛攻は止まらないー! そして少しずつではありますが、捌き切れなくなってきているいか焼き選手だー! 解説の皆さん、この攻防をどう見ますか!?」

「弥生さんの残りHPは半分を切っていますが、いか焼きさんはもう残りHPは1割程ですね。ここで回避の合間に反撃が出来ればチャンスもありますが、非常に厳しい状況です」

「可能性があるとしたら、戦闘中でもちょっとずつでも回復はしている行動値が、ある程度溜まったらだろうね」

「でもそれは弥生さんも一緒だからなー。上手く弥生さんに毒入れられるかが勝負の分かれ目だな。いか焼きさんがここから弥生さんのHPを削り切るのは厳しいから、動きを封じて場外狙いか」

「はい、皆さんご意見をありがとうございます! さぁ、今のスキルの使用なしでの攻防の中、ガッツリ戦闘中では非常に遅い速度で回復する行動値が勝負の決め手になるかー!?」


 さて、今の状況は冗談抜きでお互いに決め手が欠けている状況だね。……まぁ攻撃は弥生さんからの一方的なものだけどさー。


「あははははは! 避けるねぇ! でも、避けてるばっかじゃわたしには勝てないよー! もっと、もっと、もっと、もっと、ほら、反撃してきなよー!」

「それが! 出来る! なら! とっくに! やってる! っての! てか! 自己強化! で! ギリギリって! 無茶苦茶!?」


 あ、そういえば弥生さんは魔力集中で、いか焼きさんは自己強化を発動中だっけ。……うん、改めてそう言われたらそうだった。


「あははははははははははは! そっか、そっか、そっか! 全力で戦うのには、これがお望みかなー!?」

「あっ!? やっば!?」


「おぉーっと!? ここで弥生選手が魔力集中から自己強化へと切り替わり、猛攻が更に激しくなっていくー! そしていか焼き選手、その攻撃を捌き切れていないー!?」

「……迂闊な発言が仇になりましたか」

「あの状態の弥生は作戦なんてものは頭にないからね」

「こりゃ、終わったなー」


 弥生さんが自己強化に切り替えた事で通常攻撃の威力も速度も上がり、一方的にいか焼きさんがボコられるだけになってしまった。……うん、もういか焼きさんのHPが尽きるね。


「くっそー! 余計な発言が仇になった!?」

「あはははははははははははははははははははははははは!」


 そして、弥生さんの長い高笑いと同時に、いか焼きさんのHPが尽きてポリゴンとなって砕け散っていった。うーん、流石にいか焼きさんの逆転勝ちにはならずか。


「まだまだまだー! あはははははははははははははは――」

「弥生!」

「はっ! あ、シュウさん? あ、今のでタッグ戦は終わりだもんね。レナ、勝ったよー! ぶっ飛ばしてごめんね!」

「弥生、お疲れ様ー! あれくらいは元々承知の上でだから問題なし!」


 おぉ、シュウさんの一言で弥生さんが見事な程にいつも通りに戻っていた。……そっか、これが対人戦を完全に解禁した弥生さんか。


「弥生選手がシュウさんの声掛けによって元に戻ったところで、今回のタッグ戦は決着だー! 弥生選手がいか焼き選手を撃破し、弥生選手とレナ選手のタッグが勝利を収めました! えー、それでは解説の3名から総括をよろしくお願い申し上げます!」


 ふむ、やっぱり最後は俺らが締めるんだな。ま、その辺はゲストというか解説役をやる事になった以上はちゃんとしないとね。


「それでは私から。まずは対戦を行なった4名の方々へですが、非常に高水準な戦いをお見せいただきありがとうございます。このような解説の形でなければ把握し切れないような、そんな激しい攻防が繰り広げられていました」


 あー、確かにそれは俺も思ったなー。外から見る事と分析する事に集中してたからこそ出来た事ではあるよね。


「7月開催の次の大型イベントとし予測されている2度目の競争クエストの前哨戦としては、申し分ないものでした。まだ強化期間がしばらく続くようですが、各群集で次に戦う時はこれを超える全力での戦いを期待します!」

「はい、青の群集からのジェイさんからの総括、ありがとうございます! まだ推測の段階ではありますが、次の競争クエストの開催の際には味方の皆さんも、対戦する事になる皆さんもよろしくお願いします!」


 ふむふむ、まぁ次のイベントが2度目の競争クエストってのは推測でしかないけど、その可能性自体は結構高そうだもんな。……その前に群集拠点種の強化とかも推測されてるけど、まぁ競争クエストの2度目の開催がある事は色々と示唆されているしほぼ確定のはず。


「さて、次は僕がやろうか。今回は僕の弥生がまぁ色々と驚かせただろうけど、今回のこのタッグ戦をもって正式に対人戦を解禁するよ。知ってる人も、知らない人もいるだろうけど、赤の群集では今まで色々あったからね。それこそ、初回の競争クエストから始まり、昨日でようやく終結したみたいにね」


 これはまぁ色々あったもんなー。あのスライムさえいなければ、今の赤の群集ってどうなってたんだろ? もしかすると赤のサファリ同盟のみんなとは知り合う事もなかったかもしれないよね。


「さっきジェイさんが前哨戦とは言ったけども、その言葉には僕も……僕たち赤の群集も同じ気持ちだ。だけど『赤のサファリ同盟』が赤の群集の取りまとめをするのは、今日のこれまで。ははっ、総括って感じじゃなくなったけど、これからの赤の群集は今までとは一味も二味も違うからね。まぁ総括ではないけど、宣戦布告って事で」

「はい、シュウさん、ありがとうございます! 新生の赤の群集のこれからに期待ですね! 灰の群集である私としては、脅威を感じますけども! それでは最後はケイさん、お願いします!」


 ふぅ、最後は俺の番か。んー、全員の戦闘が凄かったのは間違いないし、決して誰もが弱かった訳ではない。……よし、言う事はこの方向でいいか。


「えっと、まぁそれほど大した事は言えないけど、まずは4人ともお疲れ様。弥生さんは例外だった気はするけど、他の3人はそれぞれに作戦を立てて出し抜き合って、良い勝負をしてたと思う」


 これは偽らざる俺の本心。実際に驚かされた展開もいくつかあるもんなー。いやはや、みんな色んな手段を考えるもんだよね。


「少しでも対応が違えば、どっちが勝っていたかも分からなかったしね。だけど、勝負は時の運だし、その対応こそが勝負を決める。ジェイさんやシュウさんが言っているように、みんなの推測通りに次が競争イベントなら、ここに見にきている人達と一緒に戦う事も、敵として戦う事もあると思う。その時は全力で悔いを残さないように全力でやろう!」

「はい、ケイさん、ありがとうございます! 解説の3名の方が言っていたように、競争クエストが開催になった場合は全力で行っていきましょう!」


 ハーレさんがそう纏めると、大歓声が上がっていた。まぁ対人戦はパスって人もいるから全員が参戦する訳じゃないだろうけど、それでも次は灰の群集の圧勝にはならない気がするね。

 でもまぁそれでこそやりがいがあるってもんだし、それならそれで全力で戦うまで!


「それではこれにてタッグ戦は終了とさせていただきます。実況はリスとクラゲのハーレと!」

「コケとロブスターのケイと!」

「コケとカニのジェイと」

「ネコのシュウでお送りしたよ」


 よし、これで俺ら主催のタッグ戦は終了だ! えーと、今の時間は22時15分ってとこだし、思ったよりも早く片付いたか。まぁそれでも15分くらいはやってたんだな。

 さてと、ここからどうしようかな? 今の時間ならまだLv上げの時間はありそうだし、みんなと相談してどうするか決めますかね。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る