第946話 タッグ戦 その3
スリムさんが発動した砂嵐を生成する昇華魔法の『サンドストーム』の効果中で、今は大きな動きはない。
レナさんといか焼きさんはお互いに牽制し合ってて、下手にどっちも動けない様子だけどね。下手に助けに入ろうとか、逆に仕留めに行こうと動けば、お互いにその隙を狙って攻撃を仕掛けそうな状態だ。……でも、いか焼きさんはかなり魔力値を使ってるから結構キツそうだよね。
「ここで砂嵐が収まってきたー! だが、弥生選手へのダメージはそれほどではなかったようだー! 流石に消耗してからの昇華魔法の威力では厳しかったかー!」
「まぁそうでしょう。ですが、それなりに健闘したとは思いますし、弥生さんの実力が桁外れですね」
うん、そこは俺も思う。まだ弥生さんの毒耐性の低下効果は残ったままだし、いか焼きさんが神経毒でも撃ち込んで動きを封じれたらチャンスはあるはず。
「ホホウ……いか焼きさん、残りは任せましたので……」
「……ここから1人とかキッツイよ、これ」
「ホホウ、そこは期待しておりますので……」
「……そう言われたらやるしかないね」
「はい、終わりー!」
あ、弥生さんの容赦のない爪の振り下ろしが、スリムさんのフクロウを切り裂いてHPが全て無くなりポリゴンとなって砕け散っていった。これでスリムさんは敗退か。
「ここで倒れ伏していたスリム選手は、弥生選手にトドメを刺されて死亡となりました! 死亡したスリム選手は、予め登録しておいた実況席のすぐ近くのリスポーン位置での復活をお願いします!」
これは場外以外では死亡するのが分かっているから、すぐに観戦へと移れるように決めていた内容である。そしてその通り、すぐスリムさんは復活してきた。
まぁみんなして対戦中に死亡した人がどうするかを開始直前まで忘れていて、土壇場で決めたというのは観戦してる人達には伝えられないけども。
いやー、あの時ボソッとルストさんが呟かなければ完全に気付かないまま始まってたね。危ない、危ない。
「……ホホウ、予想以上にテンションの上がった弥生さんは厄介なので……」
うん、悔しそうな声音のスリムさんのそんな独り言が聞こえたけども、ここは何も言わずににいようか。見ててそれは思ったけど、実際に戦ってみたのとは全然違うだろうしさ。
「うふふ、さぁ次はいか焼きの番だねー!」
「……せめてレナさんか弥生さんのどっちかは倒したいとこだけど、キッツいねー」
「なーんか、わたしが蚊帳の外みたいなのは面白くないなー」
「さぁ、タッグ戦は青の群集のスリム選手が敗退となりましたが、ここからどうなるかはまだ分からない!」
正直ここから完全な逆転は無理な気がするけど、いか焼きさんがレナさんか弥生さんに一矢報いるところは見てみたいとこだね。
まぁゲストという名の解説という立場上、贔屓は出来ないけど。さて、ここからどういう展開になるかな?
「地上にいるレナ選手と弥生選手と、空中で漂ういか焼き選手、ここで睨み合いの膠着状態に突入かー!? ここからいか焼き選手の逆転劇が起こるのか、それとも順当にレナ選手と弥生選手が押し切るのか、まだまだ見逃せません!」
「あはははははは! 空中だからって、それがなーに?」
「あ、弥生ストーップ!」
「レナ、邪魔だよ!」
「およっ!?」
「ちょ、仲間割れ!?」
なんで空中へ駆け出そうとした弥生さんの前にレナさんが立ち塞がって、弥生さんがレナさんをぶっ飛ばしてんの!?
「おぉーっと!? これは何事だー!? 弥生選手がレナ選手を殴り飛ばしたー!?」
「……なぜ、今レナさんは弥生さんの前に? 止める場面でもなかったでしょう?」
「いえ、どうやらそれにも狙いがあるようです!」
お、まだ動きがあるっぽい。レナさん、吹っ飛ばされた割には全然余裕そうだし、むしろ体勢は安定していか焼きさんに……あ、これ、わざと弥生さんに吹っ飛ばされた?
「おいら相手には、まともに戦わなくてもいいって!? 『トキシシティ・ブースト』!」
「いやいや、そんなつもりはないよ? 『移動操作制御』『連爪回蹴撃・風』!」
「ちょ!? さっきのは距離を詰める為!?」
「ほら、弥生の暴走癖自体はよーく知ってるしね?」
「くっ! 『殴打』『高速遊泳』!」
「およよ!?」
ふむ、いか焼きさんのトキシシティ・ブーストはレナさんに直撃はしたけど、これ自体は紋様が浮かび上がるけどダメージ自体はない。レナさんは躊躇なくトキシシティ・ブーストを受けてたけど、攻撃優先だったっぽい?
いか焼きさんは、今の状況がレナさんの狙い通りだと分かった瞬間に距離を取る事を選択したか。
てか、完全にレナさんの攻撃が空振って、吹っ飛んでるんだけど、これってレナさんらしくないな? むしろ、いか焼きさんに思いっきり作ったばかりの小石の足場を壊されてるし……。
「ここでレナ選手の右脚が緑色を帯びた銀光を放ち出したー! だが、いか焼き選手も負けず劣らず、レナ選手の移動操作制御の小石も破壊していくー!」
「レナさんは直接的な飛行手段を持っていないようですし、まずは足場となる場所を破壊するのが確実でしょうね」
「これでレナさんは空中を移動しにくくはなったかー」
「うーん、それはどうかな?」
「シュウさん、それはどういう事でしょうか!?」
「よく見てみれば分かるよ」
ん? よく見てみれば分かるって……あ、レナさんの脚の銀光が強まってる!? 連続蹴りの一撃も放ってないのに……って、発動の偽装か、これ!? 連撃じゃなくて、チャージを発動してる!
あー、しかも弥生さんの姿が見えなくなってるよ。なるほど、レナさんの狙いはとりあえずは弥生さんへの注意を自分が引き受ける事か。……しかも、狙ってるのはそれだけじゃないな。
「あはははははははははははは! どこに行くのかな、いか焼きー!?」
「ちょ、何処から!? って、闇の操作か!?」
「ここで弥生選手が何処からともなく姿を現したー! いか焼き選手がほんの少し目を離した隙に、弥生選手はその身を隠して空を駆け上がっていたようだー!」
「なるほど、先程のレナさんの行動は、弥生さんが姿を隠す為の囮という訳ですか。……シュウさん、少しお聞きしますがどこまでが弥生さんの作戦のうちでしょうか?」
「あぁ、今の弥生は作戦は全く考えてないよ。あの状態の時は、その時その時のやりたいように反射的な判断で動いているから、邪魔だと思えば味方だって攻撃するし、誰の声も聞こえてはいないよ」
「その例外が、シュウさんって事?」
「その通りだね、ケイさん」
うへぇ、こうして聞いてみると凄い厄介だな、戦闘でテンションが上がってる弥生さん……。実質、シュウさん以外じゃ制御不能の大暴走状態じゃん。
「あはははは! 逃げるの? ねぇ、なんで逃げるだけなのー? もっと楽しませてよ! ほら、ほら、ほらー!」
「ちょ!? おいらの! 知ってる! 弥生さん! の! 暴走! 状態より! 苛烈に! なってる! んだけど!?」
ふむふむ、時々弥生さんの姿が闇に覆われていたりするから、この攻撃は闇に隠した足場と飛翔疾走を併用してる感じか?
「縦横無尽に空中を駆け回る弥生選手の苛烈な銀光を放つ攻撃を、いか焼き選手のタコの触手が受け流して回避していくー! だが、全ては回避しきれていなーい! 解説の皆さん、この攻防をどう見ますか?」
「弥生さんはよく見たら薄らと繋がってる闇の操作で空中に足場をいくつか用意してるっぽいし、そこで攻撃のタイミングを微妙にズラしてるな。これ、地味に回避するのが大変だぞ」
「えぇ、この微妙なタイミングのズレは絶妙ですね。『飛翔疾走』と『闇の操作』で場所を隠した移動操作制御での足場の組み合わせは厄介です」
「いか焼きの回避能力も大したものだよ。多分使っているのはシンプルに『受け流し』だろうけど、ただのスキル頼りの自動回避ではなく、攻撃を見極めてどの触手で自動回避が発動するかを調整しているね」
「はい、解説ありがとうござました! パッと見ただけよりも遥かに高度な駆け引きがなされているようですね! そうしている間にも両者共に無発声での苛烈な攻防を繰り広げていくー! さぁ、この攻防を制するのは誰になるのかー!?」
うん、どっちも凄い水準での攻防だし、そっちに集中して見てしまっている。……でも、いつの間にかレナさんの姿が見えなくなってるんだよなー。
「って、レナさんはどこ行った!?」
「あははははははは! 余所見してる余裕があるんだー! もっと、もっと、もっと、もーっと楽しませてねー!」
「だー! ちょっとのダメージは覚悟でこれだ! 『ポイズンボム』!」
あ、結構苦し紛れに放ったっぽいポイズンボムが弥生さんに命中したね。……暴走中の弥生さんって、実は防御面が疎かになってる?
いや、それでも普通の人の水準よりは高いとは思うけど、攻撃への機動力に比べると数段落ちるよな。それこそ、回避ならいか焼きさんの方が数段上な気がする。
「いつの間にか姿を消したレナさんを気にしながらも、ここでいか焼き選手の毒の衝撃魔法が弥生選手にクリーンヒットだー! おっと、トキシシティ・ブーストで毒耐性が下がっている為か、弥生選手が力なく落下していくー! これは何らかの毒が入ったかー!」
「あはははははははははははははははははははははははははは!」
「……あぁ、焦ったよ。神経毒が入りながら高笑いとか――」
「はい、油断し過ぎだよっと!」
「……え? ぐはっ!」
あー、うん。やっぱりレナさんは企み事をしてたね。弥生さんに神経毒を叩き込んで少し気が緩んだ隙を狙ってきたか。……このレナさんの動き方は、弥生さんの暴走の仕方まで作戦の内っぽいね。
「そして、間髪を入れずに唐突に姿を現したレナ選手がいか焼き選手を地面へと蹴り飛ばしたー! しかも銀光の輝きが最大限にまで強化されているー! レナ選手は果たしてどこに隠れていたのかー!?」
「あぁ、なるほど。レナさんは弥生の移動操作制御の闇の中に隠れていたかな?」
「この夜という環境が利点になりましたか。弥生さんのあの苛烈な攻撃を捌きながら周囲の全てを観察するのは厳しいですしね」
「というか、レナさんは初めからこのタイミングを狙ってたっぽいな。そうじゃないとチャージを仕込んでた理由がないし、弥生さんが闇の操作込みの移動操作制御を使う事まで折り込み済みか」
「おそらく、そうでしょうね。弥生さんの動き方を正しく把握した上で、それを利用する形で動いていたのでしょう」
今のレナさんのオーバーヘッドキックみたいな蹴り方は見覚えがあるし、多分『重脚撃』だろうなー。しかも銀光が明滅してたから発動はLv2……いや、明滅してる速度的にLv3か。
そして、レナさんは華麗に地面へと着地。弥生さんは神経毒や落下ダメージもあってHPは4割くらいまで減っていて、いか焼きさんについては今のレナさんの一撃が綺麗に入ったので残りHPは2割を切ったところ。
「ここにきて生存者全員が地上へと戻ってきましたが、弥生選手は神経毒で身動きが取れずHPも減っていき、いか焼き選手は満身創痍だー! それに対してレナ選手のみが未だHPの8割以上を残しているー! さぁ、これで決着かー!?」
まぁここからの逆転は……正直無理だろうね。レナさんのHPが残り過ぎてるし、やれるとしても多少反撃するくらいか。
レナさんを場外に出来れば逆転の可能性はなくもないけど、今の状況だとそれも狙いにくいしなー。
「さーて、今度こそ本当に『連爪回蹴撃・風』!」
「まだ終われないって! 『大型化』『麻痺毒生成』『タコ殴り』!」
「およっ!? あ、痺れ……!?」
お、マジか!? いか焼きさんが少し浮かび直してから、レナさんの蹴りを上から大型化したタコの触手で殴ってる!? しかもレナさんが途中で麻痺して動けなくなった!
「おぉーっと、いか焼き選手が大番狂わせを引き起こしたかー!? まさかまさかのこのタイミングで、麻痺毒がレナ選手に入ったー!」
「今のは素晴らしいですね。タコ殴りはタコの固有の連撃スキルではありますが、応用スキルではありません。ですが、レナさんの蹴りの打点を合わせず、リスの脚の側面を殴る事で連撃のカウントを防ぎつつ、それでいて無駄撃ちにさせるとは。しかもここで麻痺毒とはお見事です!」
「ジェイさん、味方だからって贔屓な解説してない? ……まぁ簡単に出来るとは思えない内容だけどさ」
「贔屓をするなら、逆に簡単なように説明してなんでもないように誤魔化しますよ。それにもうそういう騙し打ちはなしです」
「その辺りは解説でやる話じゃないよ、2人とも。レナさんの攻撃自体が鋭いから、よくそのタイミングに合わせたものだね。……だけど、もうこれ以上は行動値が限界じゃないかな?」
あ、そういやそうか。レナさんも弥生さんも無発声だったり、発動するスキルの偽装をしたりしてたけど、かなり大技は使いまくってる。
いか焼きさんは発声ありだけど、かなり毒攻撃を使いまくってたもんな。物理毒の生成スキルで物理攻撃に毒を加えたり、毒魔法を駆使したり、色々やってたから厳しいはず。
「それはそうなりますね! ここまでの攻防で各選手、相当に行動値は消耗している筈です! さぁ、この絶好のチャンスをいか焼き選手は活かし切れるのか!? それとも、神経毒と麻痺毒の影響が無くなって弥生選手とレナ選手が勝ちをもぎ取るのか、最後の大一番となってきました!」
ここからはもうスキルとスキルの応酬ではなく、単純な通常攻撃同士での削り合いになる。数で負けているいか焼きさんが不利なのは変わらないけど、共に動けなくなっているレナさんと弥生さんのどちらかを倒せればチャンスはある。
今回のタッグ戦のルールとしては場外もあるからね。大型化していて、空中浮遊が使えているいか焼きの逆転の可能性が出てきた。
「おっし! まずはHPの多いレナさんを場外に放り投げる!」
「あー!? それだけはマズい!?」
「あははははははは! 対戦はやっぱりこうでなくっちゃ! 大番狂わせ上等だよ!」
「いか焼き選手がタコの触手でレナ選手を持ち上げて、場外にするべく対戦エリアの端まで移動していくー! 慌てるレナ選手と、それを見てテンションが上がっているがまだ動けない弥生選手ー! さぁ、勝負の行方はどうなるのかー!?」
まさかのレナさんと弥生さんの行動不能状態。2人共、いか焼きさんのトキシシティ・ブーストで毒耐性が下がってる状態だから、かなり効果も出ている様子。
これ、もしかしたらいか焼きさんの大逆転勝利もあり得るか? ははっ、場外ルールがこんな形で活きてくるとは!
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