第945話 タッグ戦 その2


 さて、スリムさんが草原の中に地面の中から岩を作って、いか焼きさんがそれに擬態する事で姿を隠すという作戦はどうなっていくかな?


「複数の岩が動いていき、いか焼き選手の位置の特定を困難にさせていくー!」

「へぇ、スリムさんは岩の動かし方をかなり研究しているね。僕らサファリ系プレイヤーが自力で擬態を見破る時の判断材料を上手く再現しているよ」

「私から見てもそう思います! スリムさん、凄いですねー!」


 うん、俺から見たらどれがいか焼きさんなのかがさっぱり分からない。というか、魔法産の岩にも擬態出来るのは初めて知ったね。……この手段はどこかで使えるかもしれないから覚えとこ。


 でも、これって看破を使えばすぐに見破れる内容なんだよな。……そこを考えてないとは思えないけど、これは変に言えば助言になるから黙っておくべき内容か。地味に今回のは対戦してる4人にも聞こえるから、その辺は注意しとかないとなー。

 うーん、いか焼きさん達の作戦は弥生さん達にバレても良いと思って動いてて、狙いは他にある? その可能性は高そうな気がするね。


「あはははははは! それでわたしの目を誤魔化せると思ってるの!?」

「そんな事、思ってる訳がないね!」


「あっさりと弥生選手に位置を見破られたいか焼き選手に、弥生選手の鋭い爪が襲いかかるー!? おぉーっと、スリム選手は避ける素振りもなく攻撃を受けたー!」


 おー、看破なしで弥生さんは見抜いたのか。というか、今のいか焼きさんの動き、欠片も避けるつもりが無かったような……?


「あはははははは! 躱せるのにあえて受けるんだ!? いいね、いいね、いいね!」

「スリムさん! 『神経毒生成』『巻きつき』!」

「ホホウ、了解なので!」

「……へぇ!?」

「弥生!?」


「ここで弥生選手が、いか焼き選手のタコ足を1本斬り飛ばしたー!? しかし、そこを狙ったかのように他のタコ足で弥生選手に神経毒を使って巻きついていくー!」

「そこにスリムさんの岩の操作で、いか焼きさんごと弥生を固めていくというのも考えたね」

「完全に動きを封じる方向に動いたみたいだな」

「ですが……それで終わるかどうかは分かりませんね」


 うん、そこはジェイさんの言う通りだな。これはタッグ戦だから、フリーになってるレナさんの動き次第でどうとでも変わってくる。

 弥生さんに結構なダメージが入ってるけど、ダメージが大きいのはいか焼きさんも同じ。……弥生さんに神経毒が入っているかどうかも、かなり重要な分かれ目かもしれない。


 それにしても風属性を使っていたスリムさんが、初手から岩の操作を使ってくるとはなー。風属性と土属性の両方を持ってさえいなければ影響は少ないけど、この展開は予想外だった。

 なるほど、このタッグ戦の出場者として選ばれてるだけの事はあるんだな。それと、どうもいか焼きさんは毒持ちみたいな感じだね。


「先にスリムさんを落とした方が良さそうだね! 『移動操作制御』『ウィンドクリエイト』『操作属性付与』『連脚撃・風』!」

「ホホウ、その程度の攻撃は当たらないので!」


「小石を足場に上空へと駆け上がったレナさん選手の蹴りから発生する風の追撃の刃を、スリム選手が悠々と躱していくー! 流石に空中での戦闘には飛行種族のフクロウであるスリム選手が優勢かー!」

「ふむ、まぁそれだけでは終わりはしないだろうね」

「シュウさんの見込みはそのようですが、果たしてここはどうなるのかー!?」


 まぁ俺もシュウさんと意見は同じだな。あのレナさんがこの程度で打つ手無しだとは思えない。少なくとも弥生さんを抑え込んでいる岩の操作を解除しなければならないくらいの状況までは追い込むはず。


「だろうね! 『連脚撃・風』!」

「何度やっても……ホホウ!?」

「もらったよ! 『踵落とし・風』!」

「ホッホウー!?」


 あー、こりゃ凄い。なるほど、レナさん、とんでもない事をしれっとやるな。しかも、蹴飛ばすのはそれか!

 うん、スリムさんが岩の操作もしなきゃいけない状況も含めて、それはナイスだな。


「おおっと、風の刃を回避していたスリム選手が唐突にバランスを崩し、レナ選手に蹴り落とされたー! これは一体何が起きたのでしょうか!?」

「今のは足場にしていた小石を蹴飛ばした……いえ、そうじゃないですね。インベントリから小石を取り出して、風の刃とは軌道が少しズレるように蹴飛ばしましたか?」

「……それも少し違うね。それだともっと視認しやすいよ」

「レナさんが蹴飛ばしたのは泥団子だな。しかも風の刃で蹴った直後に真っ二つに切ってるから、風の刃の左右に範囲的に散らばってるぞ」

「……なるほど、あの泥団子をですか」

「なるほど、そういう事ですか! この月明かりだけの空中では、スリム選手は岩の操作を使いながらでは対処し切れなかったという事ですね!」


 これ、多分ハーレさんも分かってたとは思うけど、あえて解説の俺らに話を振る為にわざと分からないように振る舞ってるな。


「あはははははははは! これは期待出来そうだねー! あはははははは!」

「げっ!? 『トキシシティ・ブースト』!」

「あ、弥生に!?」

「いか焼きさん、決まったのならば今は退避なので!」

「そりゃそうだよね!」


「ここで神経毒が切れた弥生選手が銀光を放つ爪での連撃で、スリム選手が拘束に使っている岩の破壊していくー!」

「へぇ、ここで『トキシシティ・ブースト』を弥生にかけるのかい」

「基本属性の付与魔法に相当する毒魔法Lv7の『トキシシティ・ブースト』ですが、敵に使用した際は大幅に毒耐性を下げれますからね」

「直接攻撃ではなくて、次の手への布石ってとこだな。いか焼きさん自体もダメージがあるから、変に近寄るよりはその方が賢明か」

「実際、蹴り落とされたスリム選手がいか焼き選手を掴み上げ、上空へと退避していますからねー!」


 お互いに、とりあえず一手目の攻防はこんなところか。……トキシシティ・ブーストの効果は正確に知らなかったけど、ジェイさんの説明のおかげで助かった。

 要するに普通の付与魔法と同じで敵にかける事が出来て、その効果は毒耐性の低下。多分だけど有効効果数は、毒の操作で同時操作が可能な数まで。……毒々しい模様が3つ浮かび上がってるしね。


「あははははははははははははははははははは!」

「もう、弥生ってば盛大にテンション上がっちゃってさー! ま、気持ちは分かるけど!」

「スリムさん、風での防御! 防げなくてもいいから、方向を制限する!」

「ホホウ、了解なので! 『並列制御』『ウィンドウォール』『ウィンドウォール』!」


「ここでスリム選手が、弥生選手が迫り来る地上へ向けてウィンドプロテクションを展開だー! さぁ、弥生選手、ここを正面突破するのか、いか焼き選手の思惑通りに迂回して方向を誘導されるのか、はたまた他の手で対処するのか、見逃せないぞー!」


 んー、いか焼きさんの狙い自体は分かるんだけど、狙いをスリムさんに伝えるとレナさんや弥生さんにも筒抜けなのはどうするんだろ? でもまぁ阿吽の呼吸で何も言わずに連携なんてのも難しいだろうし、流石にこの辺は仕方ないか?

 それにしても、こうなった弥生さんはほんと無発声でのスキル発動になるから、分かりにくいな。


「いか焼きー? いくらなんでもわたしを甘く見過ぎじゃない? 『連投擲・風』! 弥生!」

「あーっはっはっはっはっはっ!」

「ホホウ!?  よく、空中でこの動きを!?」

「スリムさん、予定通りに! 『空中浮遊』『高速遊泳』!」

「ホホウ! 弥生さんは足止めなので! 『ウィンドプリズン』!」


「これはレナ選手が次々と投げていく小石を足場に、弥生選手が空中を縦横無尽に駆け回り、スリム選手の上部へと辿り着いたー! しかし、それを無視するようにいか焼き選手がまさかの離脱だー!」

「あー、弥生さんのみを集中的に狙うって発言はハッタリか」

「どうやらそのようだね」


 いか焼きさんは完全に弥生さんを無視した感じに移動しているし、スリムさんがかなり無茶とはいえウィンドプロテクションを解除して、ウィンドプリズンで弥生さんの拘束を行なっている。

 ふむふむ、元々魔法主体で戦うつもりだったから、いか焼きさんとスリムさんは自己強化を発動してたっぽいね。


「『トキシシティ・ブースト』!」

「ふーん、弥生を狙うと見せかけてわたしが本命だったって感じ? ま、そこでわたしにそれを使って……じゃない!? 弥生、避けて!」

「もう遅い! 『並列制御』『ポイズンボール』『ポイズンボール』!」

「ホホウ!?」


 弥生さんを狙うと宣言してレナさんの油断を誘う作戦かと思いきや、それはまさかのいか焼きさんの動き自体もフェイントで、結局は弥生を仕留め切るのが目的だったようである。


 そしていか焼きさんが自分自身にトキシシティ・ブーストをかけて、怒涛の8発同時のポイズンボールを撃ち込んでいく。

 トキシシティ・ブーストって普通の付与魔法と違って、自分への使用は単独でも出来るんだ? しかも弾数8発って事は、毒の操作もLv7か。


「いか焼き選手のフェイント戦略により、風の拘束に囚われていた弥生選手に猛毒の弾が撃ち込まれていくー!」

「……いえ、これは違いますね。どういう反射神経をしてるんですか、あの方は……」

「僕としては弥生が楽しそうで何よりだよ」

「あー、スリムさん、弥生さんに思いっきり咥えられてるし、牙が銀光を放ち出してるなー。……弥生さんのHPはさっきと変わってないし、スリムさんを盾にしたっぽいね」


 どうもこの弥生さんが使っている牙から銀光を発しているスキルは、チャージ系ではあっても通常の性質とは少し違いそうだ。なんというか、俺の万力鋏を連想するね。

 あ、スリムさんを咥えたままの状態で、弥生さんが地面に飛び降りてきた。うっわ、牙に当たらないようにしつつ、スリムさんを地面に叩きつけてるよ。


「ホ……ホホウ……」

「スリムさん!? くそっ! 『ポイズンクリエイト』『猛毒の操作』!」

「……うふふ、あー、楽しいなぁー!」

「あらら、完全にスイッチ入っちゃってるね。こりゃわたしは支援一択だねー。『アースクリエイト』『土の操作』!」

「くっ、全然当たらない!?」

「待っててね、いか焼き? こっちを仕留めたら、すぐに行くからさぁー! あははははは!」


 うっわ、思った以上に弥生さんの真っ当にテンションが上がった状態がヤバいんだけど。その状態の弥生さんに合わせて、弥生さんが必要としそうな場所に足場となる小石を動かしていくレナさんもとんでもないな。


「あの弥生選手の使っているスキルはどのようなものでしょうか? どうやらチャージ系のスキルのようですが……」

「弥生さんが使っているのは『硬獲砕牙』でしょうね」

「ジェイさん、それはどのようなスキルなのでしょうか!?」

「チャージ系の応用スキルの中で、少し特殊な性質を持っているスキルですね。ハサミを持つ種族だと、挟み続けるのと同時にチャージを行う『万力鋏』や、今回のチャージをしながら噛みつき続ける『硬獲砕牙』などがありますよ」

「他にも、似たような性質を持つスキルは存在しているよ」

「なるほど、そういう性質のあるスキルもあるという事ですか! さぁ、そのスキルに捕らえられたスリム選手、そこからの脱出は可能なのかー!?」

「その手のスキルは時間が経てば経つほど威力が上がるから、逃げるなら早い方が良いだろうな」


 ふー、スキルを何もかも把握してる訳じゃないから『硬獲砕牙』は知らなかったけど、万力鋏と同じ性質を持ってるって事でどういうものかはよく分かった。

 今回、ジェイさんは本当に出し惜しみ無しで解説をしてくれてる感じだね。しかもそれとなく俺が使ってるスキルを例に上げるような形にしてる気がする。……まぁ俺を例にされるのが良いのか悪いのか、微妙に判断に悩むけど。


「……うふふ、あー、楽しいなぁー! でも、これで終わりだよ!」

「ホ……ホウ……ここまでのようですが……最後に一矢報いるので! 『並列制御』『ウィンドクリエイト』『アースクリエイト』!」

「あはははははは! ギリギリ生き残ったねぇー! 最後の悪足掻き、上等だよ!」

「スリムさん!?」

「弥生!?」


「『硬獲砕牙』の一撃をギリギリで死亡は免れたものの、もう瀕死状態になっているスリム選手が、最後の悪足掻きで昇華魔法の『サンドストーム』の発動だー! 生成された砂嵐が弥生選手に襲いかかっていくー!」

「ですが、スリムの魔力値の消耗が激しいようで、それほどの規模にはなっていないですね」

「てか、弥生さんは避けられそうなのに避けないんだな。威力は低めとはいえ、ダメージは入ってるけど」

「あぁ、弥生は死ぬと判断した場合は避けるか相殺はするけど、今みたいな場合は避けないからね」

「なるほど、それは弥生選手なりのこだわりという事なのでしょう!」


 まぁ言い方はちょっと悪くなるけど、テンションが上がってる状態も弥生さんって戦闘狂みたいなとこはあるもんな。そういうとこが、今みたいに避けられる攻撃をあえて受けるという行動になるんだろう。

 そして今回はレナさんが弥生さんのサポートに動いているけど、この状態の弥生さんと一緒に戦うにはサポートに徹するしかないんだとうね。どう考えても弥生さんの方からレナさんの動きに合わせるとも思えないし……。


 ふむ、弥生さんの弱点ってそこら辺にありそうだよね。大ダメージにならない程度の気合いの入った攻撃ならあえて受けるみたいだし、弥生さん自身が誰かのサポートに動くことは無い。うん、これは貴重な情報だな。


 とりあえず今は誰の動きもないし、サンドストームの効果が切れるまで待つ感じか。んー、今のうちにレナさんやいか焼きさんは動いても良い気はするけど……お互いに牽制し合って動けないっぽい?

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