第944話 タッグ戦 その1


 なんだかんだでバタバタしつつもタッグ戦の開催準備も終わり、もう間もなく開始というところである。

 一番の特等席である実況席には、主催の俺らと、解説のジェイさん、ゲストのシュウさん、赤の群集の中継役のルストさんと……まさかの2ndの桜に切り替えた斬雨さんがいた。


「斬雨さんの2ndって桜なんだな」

「あー、ケイさん、こりゃ今回の為に用意した間に合わせだからな。ぶっちゃけ、今後も使うかは分からんぞ。……最近ジェイが暴走気味だったから、この状況でも堂々と実況席に入れるようにって思ったんだがよ?」

「斬雨が急に『中継は俺がやる』と言い出した時はどうしたのかと思いましたが……どうやら心配をかけていたようですね」

「ま、もう問題なさそうだから良いって事よ! なぁ、相棒!」

「……えぇ、そうですね」

「素直にそう返ってくるのも不気味なんだが……?」

「放り出しますよ、斬雨!」


 ま、とりあえず斬雨さんとジェイさんは普段通りに戻ったみたいだし、この辺はこれ以上気にしなくても良さそうだな。

 さて、最前列ではあるけど出来るだけ邪魔にはならないようにアルのクジラは小型化中で、他のみんなも地面に座って見ている。大型の種族はそんなにいないから、それで特に問題はなさそうだ。


「そういえばベスタさんはどこに行ったのかな?」

「ベスタさんなら、灰のサファリ同盟の本部で解説を頼まれてるからって森林深部へ戻っていったよ」

「あー、解説をするのはここだけじゃないもんな」

「……てか、そもそもこの会場全体に声が届くのか?」

「んー、分かりません! この規模での実況は初めてなのです!」

「アル、拡声に使えるようなスキルとか知らない?」

「……覚えがねぇな」


 んー、流石にそういう使い方を想定したようなスキルの存在は確認出来てないのか。まぁそもそもスキルとかでやる事じゃなく、模擬戦での中継みたいにシステムに組み込む類のものだろうしな。


「ダメ元で聞くけど、シュウさんやジェイさんもそういうスキルに心当たりは?」

「僕も全然覚えはないね。一度風の操作で遠くの音を拾おうと試してみた事はあるけど、それは失敗に終わったよ」

「私の方も同様です。まぁその手の行為をスキルで気軽に出来てしまうと、迷惑行為になりかねないのでスキルとしては実装されていないのでしょう」

「あー、そりゃそうか」


 オンラインゲームで通常の音声よりも大きな声に出来るようなスキルがあれば、それこそただ喋ってるだけでも下手すれば迷惑だし、意図的に悪用する事も出来るもんな。

 そういう意味で考えるなら、今回みたいな群集を跨いでの模擬戦みたいにしてくれる方がありがたい。ま、今回は俺らユーザーの間で勝手にやってる事だし、今後のアップデートに期待!


「さて、そんじゃ始めますか。ハーレさん、任せた!」

「任されましたー! 声量多めで頑張ります!」


 なんだかんだで野球のグラウンドくらいの広さがある会場になったし、意識的に声は大きくしていかないとダメそうだね。


「待機している方々、場外判定用の水の膜の展開をお願いしますね」


 そのジェイさんの一言で、俺らが刺していった竹と竹の間に水の膜が張られていく。俺らが竹の用意をしている間に、他の人が募ってくれていた協力者の人が発動してくれている。

 なんか岩の壁より水の膜の方が見えやすいという意見があって、そっちが採用になった。言われてみればその方が見やすいもんな。ついでに、この水の膜を超えたり、突き破ったら場外として負けというルールにもなっている。


 そして竹の上に置いた発光しているコケが水の膜や対戦エリアをグルッと照らしていて独特な雰囲気があるね。うん、夜って事もあるし、これは灯りを用意して良かったかも。


「さぁ、お集まりの皆様、間もなく待ちに待ったタッグ戦の開幕となります! 昨日、今日と色々なトラブルに見舞われましたが、そんなものは吹き飛ばすように楽しんでいきましょう! さて、選手のご紹介の前に、まずは実況席の紹介からです!」


 おー、いつもより大声を張り上げたハーレさんの実況が始まり、それに大歓声が返ってくる。まぁみんなも丸一日潰されて、鬱憤は溜まってるだろうしなー。


「まず初めに今回の実況を担当します、私の自己紹介からですね。本日のタッグ戦の主催である灰の群集『グリーズ・リベルテ』所属、リスとクラゲのハーレです! 今日はよろしくお願いします! さて、そして今回の解説はこちらの方です!」

「えぇ、今回の解説役を引き受けてさせていただいた、青の群集で共同体は無所属のジェイです。昨日今日と騒動があり、それぞれに色々な事で思うところはあるでしょう。ですが、今日は盛大に盛り上げて、大いに楽しんでいきましょう!」


 おー、なんかちょっとジェイさんらしくないイメージのある言葉だけど、これはなんだかジェイさんが自分自身に言ってる事のような気もするね。ま、言ってる事には同意だけど。


「はい、ジェイさん、ありがとうございます! そして、今回はゲストは2名となっています! 一応ゲスト枠という事にはなっていますが、各群集から1名ずつ解説役をという事になっていますね。それでは、それぞれに挨拶をお願い出来ますか?」


 えーと、ここは俺とシュウさんなんだけど、準備をしてる間にシュウさんから先にやる事に決めたから俺は待機っと。


「それじゃまずは僕からで。赤の群集の『赤のサファリ同盟』所属のシュウです。色々あって今後は赤のサファリ同盟として大々的にイベントの主催側に関わる事は少なくなるけども、今回は有終の美を飾るようにやっていくよ」

「はい、シュウさん、ありがとうございます! 赤の群集も色々とあったようですが、新たに発足したと共同体『リバイバル』の活躍に期待ですね! それでは最後のゲストの挨拶をお願いします!」


 おし、俺の番だな。って言っても、特に気の利いた事も思いつかないし、思った事をそのまま言うのでいいか。


「灰の群集『グリーズ・リベルテ』リーダーのケイです。ふざけた理由で土日の楽しみを奪われた分を、これで取り返していくぞー! 出場者のみんな、全力でやっちまえ!」


 おぉ、思いっきり歓声が返ってきた。今この場に見に来ている人達は元々楽しみにしてた人も多いだろうし、潰された時間の分だけ楽しんでいけばいい! 運営からはLv上げや熟練度稼ぎの補填分はしっかりもらってるしね。


「はい、ケイさん、ありがとうございます! さぁ、続いてはタッグ戦の出場者の紹介だー! まずは、赤の群集の『赤のサファリ同盟』のリーダー、ネコの弥生選手ー! 訳あって対人戦を封印していた弥生選手が、ここにきて対人戦を解禁だー!」


 そのハーレさんの声に合わせて、対戦エリアの中央に待機していた弥生さんへとスポットライが当たっていく。

 この演出は上空で待機してくれている青の群集の人が光の操作を使ってくれている。一応あと3人は待機してくれているんだよね。


「……あはは、変に暴走し過ぎないように頑張っていくからねー! そして、赤の群集のみんな、これが終わったら『リバイバル』を筆頭にみんなで頑張っていく事! いいね!」


 その弥生さんの言葉に、赤の群集から一際大きな歓声が上がっていた。このタッグ戦が、ある意味では『赤のサファリ同盟』が赤の群集を取りまとめを行う最後のイベントになるんだよな。

 まぁ別にこれで『赤のサファリ同盟』が居なくなる訳でも、無くなる訳でもないけど、ルアーさんが率いる新たな共同体である『リバイバル』の門出になる良い機会か。大々的に主導権が移管するのを伝えられるのも良いんだろう。

 

「さぁ、そんな心機一転を迎える赤の群集の弥生選手とタッグを組んで戦うのはこの方! おそらく多くの人が知っている、顔の広さはダントツな灰の群集所属の『渡りリス』の異名を持つ、リスのレナ選手だー!」


 そして今度はレナさんに向けて新しくスポットライトが当てられていく。……青の群集の人がやってるとは聞いたけど、具体的に誰かってのは知らないんだよね。まぁ確認する時間が無かっただけだけど。

 というか、元々それぞれにこういう演出は考えてたみたいだけど、丸一日潰れたせいで大慌てで準備してたみたいだしね。まぁ早い段階でレナさんが灰のサファリ同盟に開催の準備に動き始めてもらってたから、そっちで整理してくれたらしい。


「さーて、わたしも色々と鬱憤は溜まってるし、大暴れするよー! 弥生、わたしが合わせるから全力でね!」

「うん、お願いね、レナ!」


 あ、レナさんも鬱憤は溜まってたんだ。まぁ、あのネットに流れてた暴露話が本当で、犯人があのスライムだったとしたら……レナさんが悪い訳じゃないけど、最後のキッカケを作ってしまった事にはなるもんな。

 どう考えてもあのスライムが悪いだけだけど、レナさんがその事を全く気にしてないとも思えない。……レナさんが気にしない性格なら、BANを覚悟で排除に動く訳がないもんな。


「この弥生選手とレナ選手に相対するのは、青の群集のこの2人! まずは『青のサファリ同盟』所属のフクロウの濡れたらスリム選手ー! えーと、名前が長いので、スリム選手とお呼びしても構いませんでしょうか?」

「ホホウ、それは構いませんぞ」

「それではスリム選手とお呼びさせていただきます! そして共に戦うのは、赤の群集から無所属へと移り、正式に青の群集へと移籍したタコのいか焼き選手だー!」

「おいら達のかつての勝負に決着をつけないとね。負けないよ、レナさん、弥生さん」


 ハーレさんからの紹介のタイミングはズレたけど、スポットライト自体は同時に当てられていた。さて、ここまでで紹介は終了だね。


 レナさんや弥生さんの戦い方は多少知ってるけど、弥生さんの真っ当な形での全力はまだ見た事がない。スリムさんが風を使うのは知ってるけど、それ以上の事は知らない。いか焼きさんに至ってはぶっちゃけ何も知らないに等しい。

 さて、このタッグ戦、どういう風になっていくかが楽しみだね。


「それでは簡潔ではありますが、タッグ戦のルールを説明していきたいと思います! タッグ戦という名の通り、弥生選手とレナ選手のPTと、スリム選手といか焼き選手の2対2での対戦となります。勝敗はどちらかのPTが全滅した時点で決します。また、対戦エリアとして設定した部分から出てしまった場合は死亡判定とし、戦線復帰は不可能となります」


 準備が終わって出場者のみんなも実況席に集まっていた時に後から追加になったルールではあるけど、場外でも敗北というのも設定した。


「空中はある程度は構いませんが、過度に対戦エリアから離れたと判断された場合も死亡判定となります。その判定は解説役とゲストであるジェイさん、シュウさん、ケイさんの3名による多数決で行いますので、その辺りはご了承ください」


 それぞれの群集から1人ずつ実況席にいるのと人数が奇数なので、そういう形に落ち着いた、ま、これが一番揉めなくて済むはず。


「これにてルール説明は以上となります。それではタッグ戦の開始のカウントダウンを行っていきますので、良ければ皆さんもご一緒にどうぞ! タッグ戦開始まで、5……4……3……2……1……タッグ戦、開始です!」


 観覧席のみんなもハーレさんと一緒になってカウントダウンを叫んでいき、タッグ戦の開始の合図と共に上空で開始の爆発があり、出場者4人を照らしていたスポットライトは消されて、スポットライト役をしていた人達は巻き込まれないように撤退していく。

 さぁ、これでとうとうタッグ戦が開幕だ! 俺らは解説をしていかなきゃいけないから些細な事も見逃せないぞ。


「スリムさん、まずは弥生さんのテンションが上がる前に潰すよ! 『自己強化』『保護色』!」

「ホホウ、了解なので。『自己強化』『高速飛翔』!」


「初手から擬態を使い地面に紛れるいか焼き選手と、一気に上空へと飛び上がってスリム選手ー!」

「おや、いか焼きさんはそれで良いのかい?」


 ふむ、その辺の草に紛れて分かりにくくはなってるけど、それは観察力の凄いレナさんと弥生さんには通じないはず。……2人の事を知っているいか焼きさんがそんな単純な行動をするか?


「へぇ、わたし狙いなんだ? 『魔力集中』!」

「そう簡単にやらせると思ってるの、いか焼き? 『魔力集中』!」

「そんな訳ないよね!」

「ホホウ、もちろんなので!」


「おぉーっと、これはなんだー!? 地面から複数の岩が出てきたー! そしていか焼き選手が素早く動き、その岩の影に隠れたー!」


 ふむ、地面から出てきた岩と、その中に紛れ込むいか焼きさんか。これは……多分いか焼きさんの発動じゃないな? スリムさんの思考操作での発動か。


「へぇ、考えたね、いか焼き? スリムさんの役目はそういう事かー。だから真っ先に空中に逃げたんだ?」

「あははははは! そうでなくっちゃね!」

「あ、やば!? これ、弥生さんのテンションが上がるのが早過ぎるかも!?」

「ホホウ、この速度は想定外なので!? それに既に見破られているので!?」


 ほー、こりゃまた面白い使い方をしてきたもんだ。ふむふむ、こりゃ初手からちょっと予想外だったね。


「どなたか、今の一連の動きの解説をお願い出来ますでしょうか!?」

「これはジェイさんからは解説しにくいだろうから、僕がやろうかい?」

「いえ、今回は味方であってもそういう出し惜しみは無しでいきますよ。今のはスリムの岩の操作ですね。地面の中で繋がった岩を作り出し、この場を岩の多い場所へと変えています」

「それで微妙に岩を動かしつつ、岩へと擬態中のいか焼きさんの位置を隠してるんだな」

「なるほど、微妙に岩を動かす事で些細な動きからの擬態を見破られるのを防いでいる訳ですね!」


 レナさんと弥生さん相手にそういう偽装をしようという発想が地味に凄いな。でも、これって割と破るのは簡単なんだよな。……ま、それも想定済みな気はするけど。


 さて、ここからどういう展開になっていくかな? 初手からこれだと、全然この先の展開は読めないね。

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