第942話 ジェイの焦り


「え、何事?」

「お、タッグ戦前の前哨戦か?」

「……いや、そんな雰囲気じゃねぇぞ」

「ジェイさんと斬雨さんが喧嘩……? 割と見る事はあるけど、なんか変だね?」

「なんだか、聞こえてきた内容も穏やかじゃねぇな」

「……ジェイさん、今の斬雨が言ったことは否定しろよ!」

「……青の群集、大丈夫か?」


 あ、ヤバい。周囲にいる大量の人が、斬雨さんが大声を出した事でこっちの様子に気付いてざわめき始めた。この状態は確実に良くないけど……どうする? 昇華魔法か何かで思いっきり意識を逸らすか?


 この状況をどうにかするならレナさんに……って、思いっきりレナさんは様子を見てるけど、動く様子がない? あ、俺に気付いたみたいだけど……思いっきり首を横に振ってる。レナさん、動く気なしか!?

 いや、下手に顔が広いレナさんが何かしても、今のジェイさんには届かないのか。……ジェイさん、どうも色々とあり過ぎてプレッシャーを感じてたのかもしれないね。


「あっ、もしかして……」

「……ケイ?」


 これ、想像通りだとしたら、俺も追い詰めた1人かもしれない。ここの対戦エリアの指定の目印を頼まれた時、ジェイさんは『何も企んでいない』と言った。

 それに『それが私の印象』だとも。……ジェイさんが何をするのにも、俺らが企んでいると警戒し続けていたのも負担になっていた? そういうのが積み重なって……。


 ん? このタイミングで共同体のチャットが光ってる? なんでこんな時に……いや、こんな時だからこそ、聞こえないようにか。


 アルマース : ケイ、あんまり考え過ぎんな。言い方は悪いが、今の状態はジェイさんの気負い過ぎで自業自得だぞ。

 ケイ    : だからって、放っておけって!?

 ハーレ   : なんか、見てられないのです!

 ヨッシ   : ……思ったようにいかなくて、重圧があったのかもね。

 サヤ    : その気持ち、なんとなくだけど想像つくかな。


 昨日は色々と騒動があり過ぎた上に、青の群集が1番蚊帳の外だったもんな。……結果的に青の群集がやってたフェニックスの昇華魔法の使用条件の検証を、俺らが情報を上げちゃったしさ。

 よく考えてみたら、あの悪意まみれのスライムは青の群集の騒動にも関わってた疑惑があったとも言ってたけど、あのスライムの件の解決には青の群集は関わっていない。その上、赤の群集の強化にも繋がった。

 その後に丸一日のログイン不可な状態になったんだ。その間にジェイさんが変に考え過ぎて、焦りが出ていても決して不思議じゃないか……。

 

 アルマース : どうにかしたい気持ちは分からんでもないが、俺らが出るのは逆効果だ。解決に向いてる人を呼んだから、ケイは大人しくしとけ。

 ケイ    : 向いてる人?


 この状況での適任者って誰だよ。それこそ相棒であるジェイさん以上の適任者がいるとも思えないんだけど……。てか、アルは桜花さんとフレンドコールをしてたんじゃ?


 ん? 誰かが空中を駆けて俺らの近くに……あ、ベスタか! これは頼りになる人が来た……って、この状況でベスタがどうにか出来るのか!? ……いや、違う? ベスタのオオカミの背中の上に、メジロの桜花さんがいる?

 

「おう、何やってんだ、ジェイ?」

「……桜花さんですか。それにベスタさんも……なんですか、笑いにでも来ましたか!」

「ま、そんなとこだ。ジェイは、無様に何やってんだかな」

「……青の群集を出て行った人が……今更、何を!」

「おう、そうだよ。俺は自分が楽しめるとこに移籍したぜ? で、そういうジェイは何やってんだ? 青の群集を安定する段階まで持っていって、参謀役になって自分が一番の立役者だと増長でもしたか? それで今は思い通りにいかなくて、一人で空回りを続けてるってとこかよ」

「そんな事、ある訳ないでしょうが!」

「だったら、なんで斬雨の言葉に応えてやらねぇ!? もっと周りを頼りにしねぇ!? それこそ一人で勝手に抱え込んでる証拠じゃねぇか!」

「……そ、それは……」

「ジェイ、忘れんなよ。これはどこまで行ってもゲームだ。楽しめねぇで辛いだけならやめちまえ!」

「……くっ」


 あぁ、そうか。桜花さんは、桜花さん自身が楽しめるように灰の群集へ移籍してきたんだった。だからこそ、今の空回りしてるジェイさんには痛い言葉として突き刺さる。

 桜花さんの言う通り、これはゲームだ。何をするにも義務はないし、今の立場が苦痛に感じるのであれば止めるのもまた手段の1つ。……これでジェイさんがいなくなったら寂しい気はするけど、それも選択肢として存在はする。


「だそうだが、斬雨としてはどうなんだ?」

「はっ! ベスタさん、どうもこうもあるかよ! ジェイは、相棒の俺も、味方の青の群集の連中も信用できねぇとさ! 赤の群集にも灰の群集にも勝てねぇとか決めつけてんだろうよ! このまま腑抜けていくんなら、相棒なんざ解消だ!」

「……ほう? そういう事なら、ジェイ、斬雨とのコンビは解消して灰の群集に来るか?」

「あー、そうかい! こんな腑抜けで良いなら持ってけ!」

「……はっ? ベスタさん、何を突然……? 斬雨も……」

「ちょ、ベスタ!?」

「ケイは少し黙ってろ」


 ……はい、黙ります。てか、今のベスタ、怖!? ベスタがいきなりとんでもない事を言い出したんだけど、ジェイさんを灰の群集に勧誘!? この流れで!?


「要するに今度こそはどんな手を使っても勝ちたいんだろう? 前回の総力戦で俺らに奇襲作戦を立てたジェイが灰の群集に来るなら、歓迎するぞ。そこのケイの発想は味方でも想定出来んから、安定した作戦にはならねぇからな」

「好き勝手な事を言ってくれますね! あなた方に対抗する為に色々とやってきたのに、それを――」

「それを俺らの味方として使えと勧誘している。勝ちたいというのだけが目的なら、青の群集に拘る必要もあるまい?」

「ふざけた事を言わないで下さい! 私は……私は……!」


 いや、そこで俺が引き合いに出てくるの? てか、ベスタは勧誘というよりは煽ってない? これでジェイさんが移籍してくるなんて事はあり得ないよな。

 むしろこれは、煽る事でグチャグチャになってそうなジェイさんの心境を単純化させようとしてる? おーい、これって上手くいったら、逆に手強くなる気がするんですけどー?


 あ、今の不安定なジェイさんの前にシュウさんが歩み寄っていく。こりゃシュウさんからも追加の一言がありそうだな。


「ジェイさん、もう一度言うよ。手段と目的を取り違えたらいけないからね。今自分にあるものをよく考えてみるといい」

「……手段と目的……えぇ、そうですよ! 私は……いえ、私達は、青の群集は灰の群集を倒す事が目的の1つですよ! 負けたままでいたくないからこそ、ここまでやってきたんですよ! 次こそ勝ちたいからこそ、悩んでたんですよ! それを……それ……を……」

「だったら、どうすべきか――」

「もう、大丈夫です。ご迷惑をおかけしました、シュウさん」

 

 あ、なんかジェイさんの雰囲気が変わった? その様子の変化を見たシュウさんも下がっていったね。


「はぁ、こんな単純な事で、なんでこんなに迷走してるんですか、私は! 斬雨!」

「あ? なんだよ?」

「私を全力でぶっ飛ばして下さい! ……相棒に迷惑をかけましたし、それくらいはしないとケジメにはならないでしょう?」

「はっ、良い度胸じゃねぇか! おらよっ!」

「ぐふっ!」

「今回はこれでチャラにしてやる。次はねぇからな、ジェイ!」

「……えぇ、肝に銘じておきますよ、斬雨」


 あ、思いっきり上から斬雨さんが振り下ろして、ジェイさんのカニが地面にめり込んだ。……ダメージが無いとはいえ、無茶な事をするなぁ。


「ふふっ、ははっ! そうですよ、そうですとも! 何を焦ってるんですか、私は! あんなスライムの悪意に無駄に頭を悩ませて、相棒にまであんな事を言わせて、挙げ句の果てに何も言い返せないとか無様にも程がある!」


 そんな事を言いつつも、ジェイさんの重苦しかった空気が変わって、言葉も軽快に変わっていく。……何か今ので吹っ切れた?


「今の私はこうして地面に這いつくばってのがお似合いですね。ですが、それがなんだって言うんですか! 這いつくばっているなら、立ち上がればいい! 負けているなら、勝てるようになればいい! 咄嗟の発想で負けるなら、それ以上の作戦を事前に準備すればいい!」

「おい、俺らを忘れんなよ、相棒!」

「えぇ、そうですとも! 言い難い事を、面と向かって言ってくれる相棒がいるのに、私だけで焦ってたどうするって話ですね! 協力して助け合い、味方全体の力の底上げをする。それこそ灰の群集の強みだと言うのに!」


 ベスタは、ジェイさん自身にとって大事な事を再認識出来るように、焦りを吹っ切れるように敢えて勧誘という形で煽ったな!? 今のジェイさんは、さっきまで斬雨さんに糾弾されて黙り込んでた様子とはまるで違う。

 これは自信……じゃないな。気合が入ったというか、迷いが無くなったというか、ともかく盛大な心境の変化があったのは間違いない。


「ベスタさん……いえ、ここは灰の群集と言わせていただきましょうか。ここで敵である私に、私達、青の群集に塩を送った事を後悔させてあげますよ! それに赤の群集にも負けるつもりはありませんからね!」

「ふん、それでこそジェイだ。全力でかかってこい。その上で返り討ちにしてやる」

「僕らも、まぁ負ける気はないからね」


 なんか思いっきりベスタも煽ってるんだけどー!? いや、でもジェイさんはこうでなくちゃダメだよな。ライバル心は剥き出しで、油断は出来ないけど、それでも悪意は感じさせなくて、全力で動いてくるのがジェイさんだ。


「俺も負けないからな、ジェイさん!」

「次こそは倒させてもらいますよ、ケイさん!」

「へぇ、吹っ切れたみたいじゃねぇか、ジェイさん」

「……まさか桜花さんに言い負かされるとは思っていませんでしたよ。ですが、桜花さんの言葉、心に刻みつけました。ゲームは楽しんでこそのものですね」

「おう! 一番重要な事を忘れてんじゃねぇよ!」


 ふぅ、とりあえずこれで一件落着か? うーん、ジェイさんが復活したのは良いんだけど、これって俺らにとっては後々思いっきり不利に働きそうな予感がするんだけど……。

 あー、まぁそうなったらそうなった時か。それこそさっきジェイさんに言ったように、俺らも負けないように頑張れば良いだけの事だ。


 あ、地面に埋もれてたジェイさんが起き上がってきた。まだみんなの注目浴びてるから、そこをどうにかしようってとこかな?

 てか、レナさんもいつの間にか近くまで来てた!? あー、レナさんの方からも呼びかけるつもりっぽい?


「お集まりの皆さん、お見苦しい所をお見せしました! 作業の手を止めさせてしまい、申し訳ありません!」

「はーい、そういう事だから、みんな観客席の整理に戻ってねー!」

「レナさん、了解ー!」

「結局何だったんだ?」

「うーん? ジェイさんが弱気になってた?」

「ただの喧嘩じゃねぇの?」

「ははっ! うちの参謀がそう言うんじゃ、俺らも頑張るしかねぇよな!」

「おっしゃ、赤の群集にも灰の群集にも負けてられねぇぜ!」


 そして、それぞれの人の立場から違った反応がありつつも、ひとまずは問題にならずに今回の一件は片付いたようである。あー、良かった。


「さてと、しばらくジェイさんはケイさん達の方を手伝っててー! さっきの今じゃ、指揮は取りにくいでしょ?」

「……すみません、レナさん。そうさせていただきますね」

「これくらいは良いよー。わたしもちょっと見誤っちゃたのもあったし……ダイク、もう戦わせはしないから指揮するのを手伝ってー!」

「……ダイクさんにも失礼な事をしましたね。申し訳ありませんでした」

「ほっ、やっと逃げ回らなくて済むのか」

「って、ダイクさん、植ってたんかい!」

「よいしょっと。ま、大根だしな!」

「……そりゃそうだ」


 うん、流石に色々と言い争い……とは少し違う気もするけど、その最中で周囲の動きはあんまり確認してなかったもんな。とはいえ、まさかすぐ近くにダイクさんが植っていたとは思わなかった。


「それじゃ、ダイク、行くよー!」

「おうよー!」


 そうしてレナさんとダイクさんは各群集の混在の観戦席の方へと整理をしに向かっていった。まぁ大体の形にはなってきてるけど、まだまだ人はやってきてるし、指揮を取る人がいた方がいいもんな。


「そういえば、ベスタさんと桜花さんは何故ここへ? ベスタさんはまぁ分かりますが、桜花さんは桜の不動種で中継をしないのですか?」

「あー、それか。単純に依頼されたものを届けに……なんだが、その依頼の話をしてる最中に誰かさんがなぁ? そこにベスタさんも居合わせてな」

「それで俺が急いで桜花を連れてきた訳だ」

「……そうでしたか。それはご迷惑をおかけしました」


 あー、なるほど、そういう経緯だったのか。ってか、桜花さんを呼んだのはアルだよな。アル、ナイス!


「あ、ヤッベ! それの依頼って竹だろ!?」

「……あぁ、そこに縦に真っ二つになってる竹ですか。ご迷惑をおかけしたという事で、今回使用する分は私の方で全て負担させていただきますよ」

「お、なら近い内に竹30本ほど納入を頼むぜ、ジェイさん」

「えぇ、分かりました」


 なんか勝手に話が進んでるー!? というか、アルは竹の調達もしっかり桜花さんに頼んでてくれたんだな。


 ケイ    : なんかジェイさんが負担する事になったけど、良いのか?

 アルマース : 当人が納得してるし、俺らが行く必要がなくなったし、別に良いんじゃねぇか?

 ハーレ   : ジェイさんが納得してるみたいなので、それで良いのです!

 サヤ    : うん、その方が良いと思うかな。

 ヨッシ   : 多分、ジェイさんなりの迷惑料なんだろうしね。

 アルマース : ま、そういう事だろうな。


 まぁこれでジェイさんが納得いくというのであればそれでいいか。その分俺らは他の事に時間を使える訳だしね。


「それじゃ、竹はここに出していくからな! アルマースさん、後で中継は頼むぜ!」

「おう、こっちこそ頼んだぞ、桜花さん!」

 

 桜花さんもメジロで出張して運んできてくれたみたいだし、インベントリから竹を大量に出していったら森林深部へと戻っていった。うん、こりゃ大量だ。


「さーて、それじゃ手分けをして、竹を切って目印用に刺していくぞー!」

「「「「おー!」」」」

「ルスト、そろそろスクショを撮るのはやめて手伝いに来なさーい!」

「待ってください! もう少し撮らせて下さい!」

「ルスト、それは却下だよ」

「俺も手伝っていくとするか」

「斬雨、今度は斬る方向を間違えないようにお願いしますよ」

「分かってらぁ! ったく、完全に元通りだな、おい!」

「ホホウ、それでは位置の指定は私がしていくので」


 ひと騒動あったけども、ここからは無事に作業を再開出来るな。まだ22時までは1時間くらいはあるし、準備は間に合うはず。

 

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