第936話 それぞれの名前


 なんか流れで我が家のVR空間で、サヤとヨッシさんとリアルの姿で顔を合わせる事になった。……うん、なんか凄い違和感。

 あー、変に考えるな。今はとりあえず連絡がつくこのメンバーで、今回の件の運営からの補填内容を確認しようって話だしね。


「ま、とりあえずこうやって集まったし、公式サイトを見て補填の内容を――」

「兄貴、ストップなのさー!」

「……おーい、晴香、なんで止める?」


 アルはリアルでの連絡先を交換してないから呼べなかったけど、目的はそこの確認をみんなでやってく事だったよな? 正直、この場にアルがいてほしかった! 

 普段のゲーム内ではよくあるメンバー構成だし、よく話しているんだけど、リアルの姿に変わるだけでこうも落ち着かなくなるとは……。


「折角の機会だからこうするのさー! こちらが私の兄貴の吉崎圭吾なのです!」

「本名の紹介かい! まぁゲーム内って訳じゃないし、もう全然知らない仲でもないから別にいいけど、こっちが知っての通り俺の妹の吉崎晴香……って、そもそも晴香の場合は紹介する意味ないな」


 全員を繋ぐ共通点が晴香なんだし、その張本人の紹介には全く意味はなかったよ。どう考えてもこの流れにした以上、晴香はサヤの本名も知ってるだろうしね。


「あ、ケイってキャラの名前は本名から取った感じなのかな?」

「おう、そうだぞー」

「それなら私と同じかな。私の本名は片山紗香(かたやまさやか)で、サヤはそこから取ったんだ」

「お、俺と同じ付け方だったのか」


 へぇ、サヤ……というか、紗香……さんは……いかん、なんか調子が狂う。お互いに本名が分かったけど、今までの呼び方が定着してるから凄い違和感がある。


「なんか妙に違和感があるから、呼ぶのは今まで通りサヤでいい?」

「私としてもリアルでのあだ名でもあるから、それで良いかな。私も今まで通りケイでいくね?」

「んじゃ、そこは今まで通りって事で」

「私はどうしよっか? ケイさん、私の本名は知ってるよね?」

「確か四ツ谷雫(よつやしずく)で合ってたよな? ヨッシって名前も本名から?」

「うん、それで合ってるよ。ちなみに苗字から『ヨ』と『ツ』、名前から『シ』で、ヨッシだね。実はハーレが考えたキャラ名なんだ」

「お、そうなのか?」

「逆に私のハーレはヨッシが考えたキャラ名なのさー! そして、今ではお互いにあだ名と化しているのです!」


 へぇ、ヨッシさんとハーレさんのキャラ名ってお互いに決めて付けた名前なのか。そして、今では完全にあだ名として定着しているんだな。


「それなら、もうここはいつも通りの呼び方で良いんじゃないか?」

「キャラ名の由来の話をしたかっただけだから、問題ないのさー!」

「って、そういう理由かい!」


 まぁこういう機会でもなければ、俺とサヤの場合は本名やリアルの姿で会うなんて事はなかったしなー。うん、見た目は全然違うけど別人って訳じゃないんだし、態度を変える必要はなし!


「ちなみに、サヤとヨッシはリアルとは大きく違う部分があるのです!」

「それをここで言うのは無しかな!?」

「ハーレ、それは流石に怒るよ?」

「……でも、2人のその偽装の仕方は納得いかないのさー! ヨッシもサヤも、この前送ってくれた写真じゃもっと――」

「「ハーレ?」」

「あぅ!?」


 あ、思いっきり晴香がサヤとヨッシさんに睨まれてる。今さっき晴香が指差していたのは……うん、男の俺がそこの話題に触れるのは良くない気がする。下手しなくてもセクハラだし、スルーだ、スルー!


「とりあえず立ったままってのもなんだし、座るか」


 えーと、4人掛けのダイニングテーブルが出されてはいるけど、公式サイトをみんなで確認していくには微妙か。全員で見れるように大型スクリーンを表示させてっと。


「兄貴、確かソファーのデータあったよね! 3人がけのやつ!」

「あー、そういやそんなのもあったな」


 確かリアルのリビング用に買ったソファーに、VR空間用のデータもおまけで付いてきてたのがあったはず。VR空間だと、あくまでもデータだから同じ家具でも1個あれば複数出す事も出来るからね。

 3人がけだから4人では使いにくいんだけど、まぁ2つ出せば良いだけの話。リアルのリビングには、もう1つ別のソファがあるし。


 スペース的に邪魔になるダイニングテーブルとそのセットの椅子は一旦解除して、代わりに同じソファーを2つ並べて展開。

 あとは大型スクリーンが見やすい位置に微調整して……うん、こんなもんだろう。これで4人でも普通に同じ画面が見れるようになった。


「よし、こんなもんか」

「あ、このソファーって結構良いやつかな?」

「え、そうなの?」

「値段は知らないのさー!」

「それは俺も知らないな……」


 結構前の話だけど、いつかの休日の夜にはいつの間にかリビングにあったんだよな、このソファー。……そういえば母さんの誕生日に近かった覚えがあるから、父さんが母さんの誕生日に買ったやつか?

 ふむ、学校から帰ってきた時に休んだりする時に座ったりはするし、座り心地は良いんだよなー。って、我が家のソファー談義はいいよ!


「とりあえず好きに座ってくれー」

「はーい!」

「お邪魔しますかな」

「ケイさん、ありがとね」


 そうして……サヤとヨッシさんが並んで座った膝の上に寝っ転がる晴香と、もう片方のソファーに座る俺という状況になった。おい、何がどうしてそうなった!?


「……晴香、お前はこっちだ。流石にそれは邪魔だろ」

「あぅ……兄貴の隣なのです……」

「文句があるなら普通に座れ!」

「「……ふふっ、あはははは!」」

「思いっきり笑われてんじゃん!?」

「何か微妙に兄貴もヨッシもサヤも緊張してたから、作戦成功なのです!」

「って、わざとかー!?」


 いや、まぁ、確かにちょっとした緊張感は今のでどっかに吹き飛んでいったけどさー。というか、サヤとヨッシさんもちょっと緊張はしてたんだな。……今のは晴香なりの気遣いって事か。


「それじゃ公式サイトを開くのさー!」

「……別にその操作は晴香がやっても良いんだが、なんで俺の方を向く?」

「特に理由はないのです!」

「ないんかい! あー、まぁいいや。とりあえず公式サイトを表示するか」


 変なとこで押し問答をしてても仕方ないし、さっさと表示していこ。えーと、確認だけなら公式サイトにログインしてる状態じゃなくても見れるから、そのまま表示するか。


「よし、表示完了っと」

「いつ見てもフルダイブでのこの大型スクリーンは大きいかな」

「でも、普通にサイトを1人で見るには大き過ぎるんだよね」

「こういうのは、動画の閲覧向けなのさー!」


 ま、本来の用途はそっちの方だしなー。携帯端末のAR表示でも大型スクリーンの表示は出来るけど、そっちはそれなりにリアルでのスペースが必要になってくる。

 だけど、フルダイブのこっちなら、ホームサーバーの処理能力の範囲であればスクリーンの大きさやVR空間の広さに限度はないからね。VR空間の有料の追加オプションで音響の高音質化や、リラックスして見れるように寛げる椅子とかもあったりするし。


「それじゃ補填の確認をしていきますか」

「「「おー!」」」


 うん、俺も含めてみんなの緊張感が解けて、いつもの雰囲気に戻ったな。さて、それじゃ気になる内容を見ていこうっと。


 えーと、お知らせが複数に分かれてるね。ふむふむ、『今回の件の概要とその対応について』とか『セキュリティロックによる24時間のサービス停止について』とか『今後の対応と補填について』の3つか。


「お知らせは全部確認していく?」

「うーん、私は今後についてだけでいいかな? ネットで流れてた情報以上の内容があるとも思えないかな」

「私も同感。ニュースで被害を受けたゲームの運営会社が共同で訴えるって話も出てたけど、まぁそっちは興味ないよ。……正直、暴露話とかは見てて気分の良いものじゃなかったしさ」

「私もそれでいいのです! 大体の経緯は分かったけど、これから後で犯人がどうなってもいいのさー! そんなのはただの自業自得なのです!」

「ま、確かにそりゃそうか。んじゃ、『今後の対応と補填について』を見ていくかー」


 という事で、そのお知らせの項目を選択して画面が切り替えていく。えーと、ざっと見た限りでは、サービス再開の日程と、スクショのコンテストの受け付け終了の日程変更と、ログイン不可に対する補填内容についてか。


「サービスの再開は……あ、今日の20時30分か。セキュリティロック実行の特例措置によって、一時的にサーバーの強化……というか、管理AIの補助増強が受けられるんだ?」

「混雑緩和の為ってなってるのさー!」

「あ、そういえば昨日、両親に説明する為に調べた時に、公的機関へセキュリティロックの申請をした際に損害保証はあるってなってたかな」

「サービスの停止で出る損害の保証はするってやつだよね」

「これなら、ログインが集中してまたログイン障害が起きる可能性は低そうだな」


 というか、この状況で20時30分からいつも通りの環境でサービスが再開になっても、確実に攻撃ではなく本当の混雑によるログイン障害が発生するもんな。

 それは明確に運営にとっても、俺らプレイヤーにとっても不利益な事だから、その辺りを補う為の方策は用意されていた訳だ。うん、これなら混雑については問題なさそうだね。


「それで、スクショのコンテストは……ん? 今日の夜までじゃないのか?」

「明日の夜24時までになってるのさー!? え、なんでー!?」

「あ、理由は書いてるかな!」

「えっと、あ、夕焼けを撮ろうととしてた人からの要望が発端みたいだね」

「あー、そりゃ確実に撮り損ねてるよなー」

「次の夕焼けがあるまでに延期ってことみたいかな?」

「夕焼けは時間切れギリギリのタイミングなのさー!」

「んー、でも私達はもう出来そうにないよね?」

「……あぅ、そうなのです」

「ま、それは仕方ないだろ」


 俺らはもうスクショのコンテストに出す分は撮り終えてLv上げに行く予定だったんだし、期間が伸びたからといって気にする必要もないだろ。

 どっちにしてもテスト勉強をするから、これ以上のスクショの撮影は無理! まぁ受け付け終了のアナウンスは見れない程度の影響だろうなー。


「気分を切り替えて、今回の補填を確認していくのさー!」

「だなー」


 えーと、今回のログイン出来なかった間の補填は……え、これってマジで? 運営に非があった訳じゃないのに豪華過ぎない?


「……これ、地味に凄いかな! 『スキル強化の種』が1個、『経験値の結晶』が10個……あれ、これって見た事ないアイテムかな!?」

「一瞬ゲーム内で手に入るやつかと思ったけど、あれは欠片だもんな。効果は……経験値2倍で、1個の効果時間が1時間!?」

「……あはは、土日にプレイ出来なかった分だけ、奮発してる感じだね」

「10時間も経験値2倍は凄いのさー!? それに『スキル強化の種』が貰えるのも破格なのです!」

「ここで人離れが起きないように、思いっきり奮発してきたかー」


 土日だとログインする人も増えるから、それだけ今回の件でプレイ出来ない人も多いもんな。フルダイブの制限時間があるから24時間ずっとはプレイ出来ないし、10時間分もあればずっとLv上げをし続けた場合でも、ほぼ穴埋めにはなる。

 ただ、経験値を単純に2倍にしただけではスキルの熟練度が溜まりにくくなるから、それを補う為に『スキル強化の種』も補填に入れてきたって感じか。やるね、運営!


「それとおまけみたいな感じで『転移の実』が10個あるかな」

「人によっては無駄遣いになってた場合もあるだろうし、そこはその補填かー」

「そっか、『転移の実』を使ってすぐに追い出されたってパターンもありそうだよね」

「運営さん、中々やるのです!」

「だなー。あ、プレイチケットの有効日数は2日分追加もあるな」

「そこはやってもらわないと困るのです!」

「まぁ、もう月額料金は払ってる訳だしね」

「確かにそれはそうかな!」


 ここに関しては追加は1日で良い気もするけど、まぁ少し奮発して2日分にしたんだろうね。

今回の件は運営の不手際が原因ではないけど、これだけ奮発してくるのなら特に文句はない。

 むしろ、これで文句を言う奴はただの我が儘でしかない。俺らのユーザーの損失分は充分補えるだけの物を配布してくれるんだしね。


「これだけあれば、テスト明けにすぐに成熟体への進化を狙えるかもな」

「ふっふっふ、なんかテスト明けが楽しみになってきたのさー!」

「その時に気分良くゲームをする為にも、これから夜まで勉強会かな!」

「うん、そうしよっか。思ってたより、ハーレは理解が止まってるとこがあるみたいだしね」

「……あぅ、頑張ります」

「ま、頑張れよ、晴香!」


 さーて、晴香は晩飯のバーベキューまでは勉強漬けになるみたいだし、邪魔したら悪いから俺は退避しようっと。

 テスト期間は明日からだし、今日は久々にオフライン版を1ルートくらいやるのも良いかも――


「……晴香、しがみついて何のつもりだ?」

「ふっふっふ、兄貴をここに連れてきたのは、巻き添えにする為なのさー! 私達がテスト期間前に勉強会をしてるのに、兄貴だけ遊ぶのは認めないのです!」

「ちょ!? そんな理由だったのか!?」


 サヤとヨッシさんも共犯者って事……いや、2人とも首を振って否定してるから、それを狙っていたのは晴香だけだったらしい。


「兄貴が参考書が欲しいってお母さんに言って、問題集も用意してあるのです! 兄貴は絶対に逃がさないのさー!?」

「晴香、必死過ぎねぇ!? てか、母さんを巻き込んで何やってんの!?」

「この状況で兄貴だけ遊ばせないのさー!」


 うっわ!? 本気でこれは俺を逃がす気がなさそうだ……。いや、強引に振り払ってVR空間でのフルダイブを終了すれば良いだけだけど……サヤとヨッシさんの前でそれをするのもどうなんだ……?

 はぁ、仕方ない。どっちにしても明日からは俺もテスト勉強はしていくんだから、今日の昼間くらいは晴香の我が儘に付き合ってやるか。


「あー、分かったよ。俺も勉強していくけど……サヤ、ヨッシさん、晴香には思いっきりスパルタで良いからな」

「……あはは、まぁケイにあそこまでやるなら、それくらいは覚悟してもらうかな?」

「そだね。ハーレ、絶対に赤点は許さないからね?」

「なんだか盛大に墓穴を掘った気がするのです!?」


 まぁその辺は晴香の自業自得って事で。母さんを巻き込んで、俺にも強制的にテスト勉強をさせようって目論んだんだから、俺以上に頑張ってもらわないとなー?


 とりあえず予定外に晩飯までの予定は決まったけど、その後には楽しみがあるから頑張りますか。

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