第878話 思わぬ正体


 岩山の頂上からベスタ、風雷コンビ、レナさんがそれぞれに空中を駆けて降りてくる。……風雷コンビがいて、灰のサファリ同盟が居ない状況だと、スクショの撮影の下見とはとても思えない。

 あ、レナさんはサヤを拘束している俺の岩の上に降りてきた。……なんか物々しい雰囲気だな。


「レナさん、止めない――」

「サヤさん、気持ちは分かるけど落ち着いてね。相手の手のひらで踊らされちゃ駄目だよ」

「……え、どういう事かな?」

「レナさん、それってどういう意味ですか!?」

「ハーレもちょっと落ち着いてねー。さてと……わたしの友達を随分怒らせてくれたみたいだね、赤の群集の騒動……あの時の本当の黒幕さん?」

「……なーんだ、全部バレちゃってるんだー? これだから灰の群集……特に『渡りリス』って呼ばれてるレナって嫌いなんですよねー。あー、嫌になっちゃう」

「……おい、カガミモチ、何の話をしている?」

「あぁ、羅刹さん。もうここには居られないでしょうから、最後に教えておいてあげますよー。今必死になってウィルさんが赤の群集での例の件の後始末に奔走してるじゃないですかー? あれ、火種はウィルさんだけど、裏で意図的に広げまくったの、私なんですよねー」

「なっ!?」

「はぁ!?」

「あはは、羅刹さんもイブキさんも滑稽な声を出しますねー! 私がそういう事を狙ってしていたって、そんなに意外でした? あははは、そうやって私の事を舐めてかかって、あっさり乗せられる人が多くて面白かったですよ!」


 うげっ!? この人、そんな事をやらかしてた人なのか!? あれってウィルさんが赤のサファリ同盟みたいな強者を表に出てこさせようとして失敗したのが原因だったはず。

 だけど、その裏でそれを意図的に悪いように広めるのを画策していたプレイヤーがいて、それがこの目の前にいるスライムのカガミモチだったって事!?


「まぁウィルさんが最後の悪足掻きをしたとこまでは面白かったんですけどねー。それを何で台無しにしてくれてるんです、コケの人達? ベスタさんもですよね、あの時邪魔してくれたの。なんか裏取引して、穏便に済ませちゃってさー。あー、嫌になる」

「……ふん、身勝手な事を言ってくれる」

「今回もまた邪魔してくれたしさー。折角だったから、そこの共同体とこの無所属の集まりもまとめて滅茶苦茶にしようと思ったのにねー。まーた邪魔が入っちゃうとか、ほんと嫌になるなー」

「ふざけんなよ、カガミモチ!」

「おっと、危ないなー、イブキさん。力づくは良くないですよー?」

「もう黙ろっか、カガミモチさん」


 あ、レナさんの声がものすごく怖い。というか、このスライムが裏でそんな事をしていたって、いつの間にそんな情報を得たんだ、レナさん!?


「あはは、怖い、怖いねー! でも、良いよ、良いじゃない! ほら、もっと怒りなよ! それで無理矢理に力で抑えつけて、私を黙らせたら良いじゃない! ほら、そこのクマとリスみたいに怒りのままに動いて、仲間とギクシャクして、破綻しちゃえば良いんだよ!」

「……っ!」

「……あぅ」


 くっ、レナさんがサヤとハーレさんに落ち着けとか手のひらの上で踊らされるって言ってたのはそういう事か。……こいつ、今まで会ったどの面倒なプレイヤーよりも遥かに悪質だ。


「それは、戦闘の同意と受け取って良いんだよね?」

「え、なに? あちこちで名の知れた『渡りリス』ともあろうレナさんって、同意も得られなきゃ戦闘すら出来ないんですか? そんなにPK判定が出るのが怖いの? なら、同意はしてあげないー」

「……ふざけてるの?」

「ふざけてないよ、大真面目だよ? 大真面目に人間関係を壊すのが好きなの、私は! 友人関係? 信頼関係? そんなもの、少し裏から悪口を言っていたとか吹き込めばすぐに瓦解するんだから! あー、顔が広いだけのレナさんには分かりませんかねー?」


 くっ、こいつの言ってる事に非常に腹が立つけど、ここで怒って攻撃をするような真似はこいつの狙い通りって事になってしまう……。

 サヤもハーレさんも、一時は怒ってこいつの思惑通りになりかけた。……あそこで風雷が強引に流れを断ち切ってくれなければ、折角オンラインゲームを通じて仲良く楽しんでいる環境が壊れていたかもしれない。

 ゲームといえど、人と人との関わり合いだ。些細な事で仲違いの原因になる可能性は否定出来ないのも事実。……くっ、それを意図的にやろうだなんて、何を考えてるのか理解が出来ないし、したくもない!


「何を言っているのか、分からんな! なぁ疾風の!」

「おう、そうだぜ! なぁ迅雷の!」

「……風雷コンビね。元々は盛大に仲が悪かったはずなのに、今でも喧嘩が多いと聞くのに、何でまだ一緒にいれるのかが気になるんだよねー? 私としてはそこの風雷コンビこそ、一番滅茶苦茶にしてあげたいんだけどさー!」

「出来るものならやってみるがいい! なぁ疾風の!」

「おう、やってみやがれ! なぁ迅雷の!」

「……気に入らないなー。本当に気に入らないなー、風雷コンビ。本当に滅茶苦茶にしてやりたいねー!」


 理解出来ない、理解したくない、こんな奴の思考なんて分かりたくもない! 何なんだよ、こいつは!?


「ふーん、随分と饒舌なんだ。あちこちの人から話を繋ぎ合わせて、黒幕を誰か最近突き止めたばかりなんだけど……」

「あはは、そうなのー? あれだけ顔が広くても大した事はないんだねー? まぁ私としてもここに隠れ家を用意したいってのは本当だったんだよ、羅刹さん、イブキさん」

「……この後に及んで、それはどういう意図だ?」

「ベスタさんともあろう人が、それを聞くの? そんなの、自分がやらかした事の後始末を頑張ってるウィルさんを利用して、私にあっさりと扇動された連中をまた扇動して、今度こそ全員を滅茶苦茶にする為に決まってるじゃない。ほら、そうすれば折角作った居場所を盛大にぶっ壊して、今度こそあいつら全員の居場所が本当になくなって、爽快だろうなぁー! そこから全ての群集に疑心暗鬼を植え付けて、思いっきり滅茶苦茶にしていきたいねー!」

「ウィルがどれだけ後悔して、どれだけそれを取り戻そうとしてるのかを知ってて、ふざけるな!」

「おい、待て、イブキ!」


 あ、距離を詰めてスライムに飛びかかろうとしたイブキを、羅刹が強引に止めた。……てか、カメレオンの舌で龍の首を絞めて止めるのか。

 でも、その羅刹さんの判断は正しいと思う。このスライム、俺らを怒らせて攻撃をさせる事を目論んでいるっぽいし、現状だと俺らが羅刹やイブキに流れ弾を当てたり、この発火草の群生地を駄目にしてしまう可能性もある。いや、この際流れ弾は些細ない問題だ。

 一番良くない展開はこのスライムが完全な野放しになる事。ここで仕留めてしまえばランダムリスポーンか、どこかに設定しているリスポーン位置で復活され、逃げられてしまう。

 だからといって、この場でこの状況を打開する手段が思いつかない。こんな奴がいる事すら把握してなかったのに、即興で対処なんて……どうすりゃいいんだよ、この状況!


「あれー? 羅刹さんもイブキさんも、この後に及んで私の事を攻撃出来ないんですかー? ふーん、これはちょっと拍子抜けだなー」

「羅刹、止めんな! ウィルの気持ちを踏み躙ってるこいつは絶対許さん! 俺が殺す!」

「気持ちは分かるが落ち着け!」

「いいよ、いいよー! ほら、もっと味方同士で争いなよ! 灰の群集も怒りに任せて襲ってきなよ。隠してないで、醜い感情を曝け出しなよ! さぁ、ほら、早く!」

「……もういい、聞くに耐えん。ケイ、ヨッシ、2人はサヤとハーレの拘束を解いてやれ」

「……ほいよっと」

「……了解」


 ベスタがそう言ったから、とりあえず俺はサヤを拘束していた岩を、ヨッシさんはハーレさんを拘束していた氷塊を解除していく。

 サヤとハーレさんはなんだか釈然としない様子だし、俺もこの状況で拘束を解除するのが良いのかは分からない。でも、一緒にやってきたサヤとハーレさんを拘束し続けている状況が正しいとは思えないから……。


「……ケイ、アル、ヨッシ、怒って我を忘れてごめんかな」

「……私もごめんなさい」

「……そこは気にしなくていいぞ。2人が怒る気持ち自体は分かるしさ」

「そうだよね。ここであいつの思い通りにはならないよ!」

「だな。だが、俺らに何が出来る……?」


 アルの言うように、そこが問題なんだよな。ここで倒すのは愚策なのは間違いないけど、だからといって手段がある訳じゃない。

 いや、待てよ。さっきまでのあの発言、流石に利用規約に反するんじゃないか? ……でもここにいる人数からの訴えで運営が動くかどうかが問題か。発言ログはあるだろうけど、大人数からの訴えでないと確実とは言えない。

 でも、ダメ元でもやった方が良いな。ここでそれをやらないという選択肢はない。思考操作で気付かれないように、運営へと迷惑行為と誹謗中傷として報告を完了っと。……これでどうにか出来ればいいけど。


「なんで、そこでそうなるかなー? ほら、喧嘩しなよ! 無理矢理押さえつけた事に! 止めてるのにそれを無視して動いた事に!」

「……過去に何があったか知らないけど、いい加減にして」

「なーに、レナさん? 私に説教でもして改心でもさせるつもり? ただの八方美人なだけの人に何が出来るの!? 私はあんたみたいなヤツが一番嫌いなんだよ!」

「それは奇遇だね。わたしも、あなたみたいな人が一番嫌い。だから、排除の為に下準備はさせてもらったよ」

「……何?」

「みんな、もう出てきていいよ!」


 そのレナさんの言葉と共に、白いカーソルの木のプレイヤーが岩山の上や、縦型の洞窟になっている発火草の群生地の下側から現れてきた。

 いや、単純な木のプレイヤーではなく、木を鎧みたいに纏ってる大型種族の人や、俺がコケとロブスターの共生進化の時に纏樹をしていた時のように背中にミニチュアな森が出来ている小型種族の人もいる。……どういう状況だ、これ?


「……これは、何の真似?」

「悪いけど、あなたにこれ以上は滅茶苦茶にさせない。わたしの事、甘く見過ぎだよ」

「これで何が出来るっていうのさ! 少人数の苦情だけじゃ、さっきまでの暴言程度じゃ運営は動かないよ!」

「それくらい知ってるよ? だから、甘く見過ぎだって言ってるの。知らないの? 無所属のプレイヤーを中継して、群集の所属の不動種が投影する場合には、音声カットの制限が無くなるのをさ? 今、ここにいる無所属の人達には同族同調で各群集の不動種の人に中継を繋げてもらっているよ。もちろん音声付きでね」

「なっ!? そんな仕様、私は知らない!」


 え、レナさん、そんな事を企んでたの!? っていうか、そんな中継の仕様があったの!? そうなると、レナさん達が来てからの様子は映像はなかったかもしれないけど、大勢の無所属の人達が出てくるまでの間も音声としてはあちこちに伝わっている?

 そしてこいつの発言にはほぼ全てのプレイヤーに対しての敵意を込めた発言があった。数人からの暴言の苦情であれば運営は動けないかもしれないけど、それが大多数のプレイヤーからのものとなれば……。


「ここまでやった理由と、それでどうなるか、それくらいは分かるよね?」

「そんな事をすれば、関わった人が全員、運営から晒し上げの――」

「それは覚悟の上だよ。特に、赤の群集から居場所を無くした人達はね」

「なっ!? ただ扇動されるだけの小物が!」

「だーかーらー、わたし……いや、わたし達を甘く見過ぎ。あなたの事を把握した時点で、いつでも動けるように根回しをしてたからね。出来れば運営にお伺いを立ててからしたかったんだけど、そうも言ってられなかったしね。まぁ不幸中の幸いは、ここに無所属の人達が向かう途中だったってとこだけど」


 レナさんがそう言いながらチラッと俺らの方を見てきた。……そっか、サヤとハーレさんが怒って、俺らがそれを抑え込んでるのを見て、運営に確認する前に動き出しちゃったのか。

 それにしても無所属の隠れ家計画が、この状況を作り上げるチャンスにもなった訳か。……あーもう、いつの間に獲物察知の効果が切れてるけど、その間に一気に来たんだろうな。


「だとしても、そんなに動きを統制出来るはずが!?」

「出来ないと思っている時点であなたの負け。そりゃ諍いはどこかで常にあるのは事実だけど、簡単で肝心な事を教えてあげる。……共通の敵がいれば、団結って出来るんだよ?」


 あ、そっか。今のこいつは、真っ当にゲームを楽しもうとしている人達にとって、最大級に問題のあるプレイヤーだ。

 そして、その目的と標的は中継で広まっていった。発言の内容的に、影響を受けないプレイヤーの方が少ないと考えて間違いはない。おそらく運営への通報は大量に送られているはずだし、今の状況は既に運営が把握している可能性は高い。


「ちっ、こんな筈じゃ!? くっ、運営からの……BAN通告――」


 その言葉を最後に、悪意に満ちたスライムのカガミモチは姿を消した。いや、正確に言えば、運営の手によってゲーム内から消された。……正直な心境としては後味の良い話ではないけども、あそこまでの悪意で動かれるとこういう手段しかないんだな。


「はーい、これで厄介なプレイヤーの排除は完了! ベスタさん、運営に怒られてログイン制限になったらごめんねー。流石にBANまではないとは思うけど、手段が手段だったから……」

「……はぁ、俺らに着いてくる以上の事は何もするなと言っていた理由はそれか」

「うん、まぁそういう事! あ、サヤさん、ハーレ、無理に止めてごめんね。もう手段を選んでられなかったからさ。それにこんな絶好のチャンスを逃すわけにいかなかったしね」

「そこは問題ないけど……今は、あっさりと狙いに乗せられたのが悔しいかな!」

「私も悔しいのです……!」


 まぁ、サヤとハーレさんが今悔しがっている気持ちも分かる。……あんなやつの思惑通りに踊らされたら、そりゃ悔しいよな。


「サヤ、ハーレ! そんな風に落ち込んでたら、それこそ思惑通りになっちゃうよ? ほら、気を取り直して、いつも通りにね?」

「あぅ、今日はやらかしてばっかなのさー! だけど、ヨッシの言う通りなのです!」

「……確かにそれはそうかな! ケイ、アル、止めようとしてくれてありがとうね」

「ま、あんなのは想定外だし、気にしないでいいぞ!」

「そうだぜ。それこそ楽しくやって、あんな思惑なんか打ち砕いてやればいい」

「そうそう、それでいいんだよ! それじゃ、わたしは運営からの裁定を受けてくるねー!」


 そう言ってレナさんはログアウトをしていった。……あのスライムがあの速度でBAN判定になったのなら、流石に注意される程度で済むとは思うけど、運営がどう判断するかによるか。

 あ、集まってきてた木や、木との共生進化や、纏樹をしていた人達も次々とログアウトをしている。……レナさんと同様に運営からの処置を聞きに行ったのかもな。


「さて、羅刹、イブキ、そもそも何故お前らがここに居るのかという時点から把握し切れてないんだが、その辺も含めて少し話がある。構わないか?」

「……だろうな。イブキ、それでいいな?」

「……流石に今回の件は、詰問されても文句はねぇよ」

「なら、少し話し合いといこうか。ケイ達から見た状況の説明も欲しい。悪いが同席してもらえるか?」


 ベスタからのその問いを受けて、みんなの様子を伺ってみれば頷いている。……流石にスクショの撮影会をして、その後にLv上げに行ける状況ではないか。


「了解っと。でも、分かってる事はそんなにないぞ?」

「それで構わん。違う視点からの事実確認をしたいだけだ」

「……ほいよっと」


 あー、ちょっと探索してからLv上げの予定がどうしてこうなった!? トラブルは予定なんて無視して突然やってくるから、そうなった場合はどうしようもないか……。


 

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