第871話 気に入らない相手


 獲物察知に反応があったりなかったりした黒い王冠マーク付きの黒い矢印に向かって、岩山を通り抜けられる洞窟の近くまでやってきた。


 ただし、到着するのほぼ同時にその対象らしきフィールドボスが倒されたようで、どんな敵かは確認出来なかったよ。でもまぁその場にいたのは灰の群集のPTだから、少しでも話が聞ければ――


「ちっ、誰か来てると思ったら、あのコケの人の御一行かよ……」

「おーい、露骨に機嫌を悪くすんなよ、ケイン」

「うっせーよ、プロメテウス!」

「おー、怖っ!」


 えーと、まだそれなりに距離が離れてるんだけど、露骨に嫌がられてような雰囲気だな……。俺ら、何か嫌われるような事をしたっけ?

 というか、ケインって俺と名前が似てるし、そのケインさんも地味にロブスターっぽいし、なんか色々俺と要素が被ってる? 


「……ケイ、何か嫌がられてるみたいだがどうする?」

「……どうするって言われてもな」


 アルが一気に速度を落として距離を詰めないようにはしてくれたけど、この状況はどうしたらいいんだ? 別に多少名前が似てたり、種族が被っていたとして、それで問題が発生する事ってある?

 というか、嫌がられている理由がそれだとすると、俺には接触しないという選択肢しか取れないんだけど……。


「ケイ、ちょっとこれはややこしそうかな? あのケインって人、ケイと同じで背中にコケもあるかな」

「え、そっちも被ってんの!? あ、マジだ……」

「というか、少し向こうの方が青いくらいでそれ以外は見た目がほぼ同じなのです!? ロブスターのハサミがゴツいのさー!? あ、でも鋭利ではなさそう?」

「それにケイさんの飛行鎧とそっくりで岩を使って飛んでるみたい。……あはは、これは地味に面倒そうかも?」


 あー、うん。名前が非常に似ていて、どちらの種族も同じで、飛行鎧を含めて見た目がかなり似ているならスキル構成すら近い可能性がある。種族やスキルの構成が似る事があっても、名前まで似ているとなると可能性低くない!?

 ……よし、とりあえず落ち着こう。現に目の前にその例がいるんだし、現実を否定しても何も始まらない。何か情報を聞ける状況ではなくなってきたけど、この状況は本当にどうしよう?


「……おい、ケイ。近付いてきてるぞ?」

「あー、なんか嫌な予感がするから逃げてもいい?」

「聞こえてんぞ、『ビックリ情報箱』のコケの人! そっちから凄い勢いで来たんだから、大人しくそこで待ってろ!」

「……えぇ?」


 そう言うなら、そのあからさまな敵意みたいなのを向けてくるのはやめてくれませんかね……。なんか他のPTの人もちょっと困惑して……いや、あれは笑ってるような気がする。この状況を面白がってません!?

 てか、プロメテウスさんは名前は聞いた事があるな。聖火の人やらプロメテウスやらと言われていたカインさんをからかっている人達に混ざっていたはず。……プロメテウスさんって赤いキツネの人だったのか。


 うん、そんな事を考えてる間にケインさんがすぐ近くまでやってきた。俺はこれから何を言われるんだろうか……。うーん、この剥き出しの敵意の原因は……もし、今考えてるのだとどうしようもないんだけどなぁ……。


「よう、初めましてだな、コケのケイさんよ?」

「……初めましてだけど、ちょっと単刀直入に聞いていい?」

「聞くだけは聞いてやろうじゃねぇか」

「……その隠す気が欠片もない俺への敵意は何? 初対面なはずだけど、俺、何かした?」

「『何かした?』だぁ!? 何かもクソもあるか! 初期枠でコケになったかと思えば、他に盛大に目立つコケのプレイヤーがいて、どんだけ勘違いされたと思ってやがる! それでいざ2ndを作ってみれば、そっちでも微妙に被るし、他の群集の連中には人違いとして勧誘されるし、因縁もつけられるし、どんだけ面倒だったと……!」

「それ、俺の責任か!?」


 なんとなくそんな予感はしてたけど、やっぱりそんな理由!? てか、人違いで勧誘とか因縁をつけられるとか、そういう事があったんかい!

 いや、でもそれって俺の責任じゃないよな? というか、俺の責任って言われてもどう対処しろと。


「そもそも、俺は海で作ったロブスターじゃねぇ! 川で作って大型化させたザリガニなんだよ! 水属性にしてるから色合いは似てるが、何度勘違いされたか!」

「それこそ、俺のせいじゃねぇよ!?」

「あぁ、理屈じゃ分かってんだよ! 俺は水属性のバランス型のザリガニと、土属性の魔法型のコケの共生進化だから、そもそも名前と見た目が似てるだけってのもな! だけど、気に入らねぇもんは気に入らねぇんだよ!」

「単なる八つ当たりじゃねぇか!?」

「八つ当たり上等! 何か文句あるか!?」

「文句しかないわ!」


 八つ当たりと認めた上で、ここまで俺に敵意を向けてくるのかよ……。でも変に勘違いされて、嫌な気分になっていたっぽいし……いや、それは今理不尽に俺に敵意を向ける事への免罪符にはならないだろ。


「ともかく俺はテメェが気に入らねぇ。灰の群集の中で成果を上げてるからこそ、余計にそれが気に入らねぇ。……で、その俺に何の用だ?」

「あー、うん。言いたい事はよーく分かった。俺もそういう理不尽な理由で敵意を向けてくる人は気に入らん。……それで、聞けば教えてくれる訳?」

「教える訳ねぇだろ、クソッタレ!」

「そう言うと思ったわ! ふざけんな!」


 うん、このケインって奴と普通に接するのは確実に無理! さん付けもいらん! 根本的に俺に敵意を向けてきている理由が、俺自身にはどうしようもない事だしな! こいつ、俺に何もせずに引っ込んでろとでも言う気かよ!


「あっはっはっはっ! こりゃ面白れぇ!」

「んだよ、プロメテウス!? 今は引っ込んでろ!」

「いやいや、流石にそういう訳にもいかねぇって。……ケイン、お前自身の個人的な都合だけで俺らの共同体全体を有名どころの共同体と敵対させる気か? そのつもりなら、俺の権限で共同体から出ていってもらうぞ」

「……ちっ、分かったっての」

「こっからは俺が話すから、みんなのとこに行ってろ」

「へいへい」


 そう言いながらケインは地上へと降りていった。状況が状況だったらからそこまで気が回らなかったけど、あのケインと、俺らの前にやってきているプロメテウスさんも同じ共同体なんだな。

 てか、プロメテウスさんは飛翔疾走でアルのクジラの上に乗ってきた状況か。


「さて、いきなり失礼したな。……気分を害しただろうし、俺が代わりに謝っとく。ケイさん、済まなかった」

「……普段ならそれで流すけど、流石に今のは本人からじゃないと流す事が出来ないんだけど?」

「ま、そりゃ違いないな。……だが、悪い。赤の群集が荒れてた頃にケイさんと勘違いした赤の群集の連中に何度か殺された事もあって、変に荒んじまってててな」

「……だから理不尽な敵意を許せって?」

「いんや、ケイさんに責任がある訳じゃねぇし、許さなくて良いぜ。荒んでるのも原因ではあるが、そもそもライバル意識が根底にあるのが原因だしな」

「おいこら、余計な事を言ってんじゃねぇよ、プロメテウス!」


 ちょっと待って。あれって俺に対するライバル意識なのか? えー、初対面であの敵意満載でライバル意識とか言われても困惑するしかないんだけど……。


「あ、おい!? こら、テメェら!?」


 あ、ケインが他のPTメンバーのオオカミの人に抑え込まれ、ネズミの人が岩を生成してその中に放り込んでこっちに声が聞こえないようにされてる。

 PT会話では普通に聴こえてるんだろうけど、俺にケインの言葉を聴かせない為の配慮っぽいな。……ただ面白がってるようにも見えるけど。


「それってどういう事かな? ライバル意識にしては一方的に敵視し過ぎな気もするよ?」

「あー、まぁそりゃそうなんだがな。一応構成に違いはあるにはあるけど似てはいるから自分にも出来る筈だって、地味に目標にしてたんだよ。まー、その間に次から次へと違う情報が出てきて凹んで、そういう時に限って人違いされてきたからな」

「……それはなんというか、大変だったのかな」


 うーん、こうして聞いてみると災難だったような気もしなくもないけども……なんとも言えない複雑な気分。これ、本当に俺はどう対応していけばいいんだ?

 というか、ケインって自分でもどうしたら良いのかとか、どうしたいのかとか、その辺がよく分からなくなってるんじゃ……?


「おっらぁ! プロメテウス、それ以上余計な事を言うんじゃねぇ!」

「話が拗れるから、ケインこそ黙ってろ。『並列制御』『火の操作』『ファイアボール』!」

「ちょ、おまっ!? くっそ、後で覚えてろ!」

「あー、はいはい。後で聞いてやるから、今は墜落しとけ」


 うん、まぁプロメテウスさんが3つのファイアボールを手動操作にして、ケインの飛行鎧を破壊したっぽい。……あの飛行鎧、移動操作制御か。

 今の攻撃はケインもかなり上手く避けてたけど、それを上回って確実に当てたプロメテウスさんは操作が相当上手いな。


 というか、ケインは色んな意味でめんどくさ! こりゃ俺に関する話も、俺が話をするのも避けた方がスムーズに話が進みそうだな。


「アル、悪いんだけど話し合いは変わってもらっていいか?」

「……その方が良さそうだな。プロメテウスさん、それで構わないか?」

「あー、俺としてもそっちの方が助かる。……後がうるさそうだしな」

「なら、ここからは俺が話していくか。まず、俺らが来た理由なんだが……」

「それなら大体予想がついている。さっき俺らが戦ってたフィールドボスについてだろう?」

「あぁ、そうなるな。それについて聞いてもいいか?」


 そうそう、本来の目的は変な挙動をしていたっぽいフィールドボスについての情報収集をしようと思ったんだよな。

 溶岩のある洞窟へ行くまでの途中の道で寄り道になる訳じゃなかったからでもあるけど、その辺の情報は確認したかった。……ケインはほぼ確実に教えてくれないだろうけど、プロメテウスさんならどういうフィールドボスだったのかを教えてくれるかもしれない。


「悪いが、その情報は今は教えられんな」

「……今は? 理由を聞いても?」

「割と特殊なだったからだ。この情報については俺らの名前で、まとめの報告に上げておく。内容が知りたきゃ、そっちから確認してくれ」

「ま、そりゃ見つけたPTや共同体の権利か。元々情報の開示の強要は出来んし、そういう事なら了解だ」

「俺個人としては、普段から情報を出してくれているグリーズ・リベルテには教えても良いんだが……」

「……さっきの調子だと揉める可能性が高いか」

「そういう事で、悪いな」

「いや、気にしなくていい。あー、うるせぇぞ、ケイン! ……すまんが、可能なら早めに移動してもらえるか? ここが最終目的地って訳でもないんだろ?」

「あぁ、ここはあくまで移動途中に寄っただけだ。……早めに移動した方が良さそうか」

「そうしてもらえると助かる。俺らはまだこの辺で狩りをする予定だしな」


 ふむふむ、この辺で狩りをしてるって事は……ちょっと待って、それだと俺らよりLvはそれなりに下じゃないのか?


「……プロメテウスさん、少し確認をいい?」

「おう、ちょっと迷惑をかけたし内容次第ではあるが良いぜ」

「ケインってLvいくつ?」

「あっはっはっはっ、そりゃそこは気になるよな! あいつ、まだどっちもLv17だぜ。あいつが一番気に入らないのって、人違いだと分かった後にケイさんの二番煎じだって言われる事……うるせぇんだよ、ケイン!」

「あー、そういう感じ……」


 なんというか、ケイン自身も八つ当たりと言っていたけど、色々と鬱憤が溜まっている状況になっている矛先を俺に向けているだけっぽいな。

 まぁ人違いで襲われたり、勧誘されたり、その挙句に二番煎じだと言われれば荒れもするか。……だからといって俺に八つ当たりして良い理由にはならないけど、気持ちが全く分からないでもない。


「くっそ、また面倒臭い事を言い出しやがったか……」

「……プロメテウスさん、それってどういう内容だ?」

「一応伝えはするけど、ただの八つ当たりだから無視してくれていいと前置きはしておくぞ」

「その前置きが必要ってどういう内容……」

「白黒つける為に模擬戦で戦えだと……」

「……うわー」


 またケインとやらはとてつもなく面倒臭い事を言い出したようである。……これ、俺が相手をしなきゃいけない理由って皆無だよな。まぁだからこそプロメテウスさんは無視してくれていいと言ってるんだろうけど。


 ランダムの初期枠はともかく俺より後から育てて、似たような見た目になって人違いをされて八つ当たりは筋違いにも程がある。

 確かに俺が目立ってる部分はあるけども、スキル構成が被っているのは風雷コンビとかもいる訳だしさ。ハーレさんとアリスさんも被ってるとこだよな。


 人違いでのあれこれは流石に思う所はあるけど、そこは基本的に俺の責任ではない。根本的に俺の方に対処手段がある訳じゃないし、文句を言うなら間違えてきた人の方に言ってくれ。

 もしくは運営に苦情でいいだろ。八つ当たりに付き合ってやる必要はなしって事で、スルーしとこ。……今後、変に絡んできたら、俺が迷惑行為として運営に報告してやる。


「よし、アル、洞窟を通って行くぞ!」

「あー、まぁ俺らは変に口出ししない方がいいか。速度は落としとくか?」

「洞窟の内部の様子も見たいので、それでお願いします!」

「何かあれば面白いんだけどね」

「敵が出るかも気になるかな?」

「あー、そういや敵の有無ってどうなんだ? ヨッシさん、その辺は聞いてない?」

「んー、それも特に聞いてないね」

「それじゃそこも確認していくのさー!」

「だなー」


 洞窟内の敵に関する情報がないのは、特に変わった事がないだけかもしれないけどね。極端な変化があればそれなりに情報は出てくるはずだけど、他の群集が始末した後という可能性も否定は出来ない。

 妙にハーレさんが洞窟の内部について気になってるみたいだから、その辺は注意深く観察した方が良いだろう。……それにしてもハーレさんはすっかりいつも通りの様子だね。


「それじゃプロメテウスさん、俺らは行くよ」

「……おう、色々と迷惑をかけたな」

「なんというか、そっちも大変そうだな」

「……普段はそうでもないんだがな。まぁ後で抑えておく」

「そこら辺は任せた。よし、それじゃみんな、出発するぞ!」

「んじゃ行くぜ!」

「「「おー!」」」


 変な反応のフィールドボスに関する情報は何も得られなかったけど、本来の目的地に行く為の岩山を通り抜ける洞窟へと向かっていく。

 そういや洞窟の広さってどんなもんだろ? 前に見たのは崩れ去っていくタイミングだったから、正確な広さは知らないんだよな。アルのクジラがそのままのサイズでは通れない可能性はあるけど、まぁ小型化すれば大丈夫だろ。


「昼の2時、森林深部で待つ! 逃げんじゃねぇぞ!」

「もうお前は黙ってろ!」

「ぐはっ!」


 そして後方からはケインのそんな言葉と共に、プロメテウスさんがぶっ飛ばしているらしき声が聞こえてきた。

 あー、はいはい、もう相手するのも面倒臭いな。てか、これって俺が逃げる事になるの? 一方的過ぎません?

 

 

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