第870話 洞窟へ向けて移動開始


 今朝のリアルでの出来事をきっかけに、ハーレさんがちょっと不安定な状態になっていた。とりあえずひとしきり泣いて、今は少し落ち着いた様子である。

 身近に体験した事はなかったけど、あれがペットロスってやつなんだろうね。……今回は特にヨッシさんが居てくれてよかった。俺が原因の一部になってたみたいだし、俺じゃどうしようもなかったしね。


「……ぐすっ。……ヨッシ、もう大丈夫」

「本当に大丈夫? 辛いなら、無理にゲームをするんじゃなくてもいいんだよ?」

「ううん、大丈夫! アルさん、サヤ、変に巻き込んでごめんなさい!」

「あー、まぁ気持ちは分からんでもないから問題ないが……ハーレさん、我慢はするなよ。変に我慢をすると引き摺るぞ?」

「ハーレ、気にしなくて大丈夫かな。それにしてもアルは妙に実感がこもってるかな?」

「……実家にいた頃、飼ってた猫が死んだ時にちょっとな。……ケイ、ヨッシさん、もしハーレさんが無茶をしてると判断したら、セーフティで強制ログアウトになる前にリアル側から強制的にログアウトさせろ。ゲームが気晴らしになるなら良いが、辛さを隠して無茶をする為じゃ意味ないからな」

「うん、分かった。ケイさん、その場合はケイさん、お願いね」

「……ほいよっと。ハーレさん、それでいいな?」

「……はい!」


 一応声に元気は戻ってはいるけど、ハーレさんが我慢をするのは既に知っている。……多分その辺りはヨッシさんが気付いてくれるとは思うけど、ヨッシさんに頼り切りも良くないから俺の方でも気を付けておこう。最悪、精神状態が非常に不安定になればセーフティも働くけど、それに頼るのは出来るだけ避けたいしね。

 それと次にログアウトした時には父さんと母さんに伝えておいた方がいいな。てか、父さんも盛大に凹んでたっけ……。そういえば、ガスコンロの修理も今日って言ってたような……うん、まぁ母さんがいるから大丈夫だろ。


 ふー、まぁハーレさんが大丈夫だと宣言してるから、明らかに無理をしている兆候がない限りはハーレさんの意思を無視して強引に辞めさせる訳にもいかない。それでも、それなりの配慮はしておくか。


「あー、ちょっと提案というか、相談があるんだけどいい?」

「どうした、ケイ?」

「今日は……いや、出来れば明日もだな。メインとして魚が出現するエリアは避けていいか? 具体的にはカイヨウ渓谷になるんだけど」

「……その方が良いかもな」

「確かにそれはそうかな。……違うとは分かってても、反応しそうかな」

「私もその方が良いとは思うけど……ハーレはそれでいい?」

「……正直、今日と明日くらいはその方がありがたいのです」

「よし、それじゃ今日と明日は魚関係が出てくるエリアは極力避ける方向で。……可能なら陸地に魚がいてもそれも避けるか」

「……だな」


 さっきアルも言ってたけど、ゲームをする事で気が晴れるなら良いんだけど、逆に余計に落ち込むような状況は避けたい。今は海エリアで魚をメインに倒すのは特に避けておくべきだ。

 溶岩の中を魚が泳いでいるという可能性は……ない訳じゃないけど、もしそうなった場合はLv上げの手段を切り替えよう。フィールドボスの連戦でもLvは上げられるしね。


 それにしても、ハーレさんは今回は強がらずに素直に海エリアを避ける事を受け入れたね。……言及はしないけど、やっぱりハーレさんとしても思うところがあったのかもしれないな。


「さて、それじゃ――」

「ケイさん!」

「……どした、ハーレさん?」

「さっきは本当にごめんなさい! それと……心配してくれてありがと……」

「ま、これでも兄貴だからな。……気付いたら心配くらいするっての」


 あー、もう! まさかここで改めて謝られた上に素直にお礼を言われるとか想像してなかったんだけどー!?

 てか、アルもサヤもヨッシさんも無言で眺めてくるなー! あぁもう、なんか俺の方が調子が狂うぞ、この状況!


「と、ともかくだ! アル、出発するぞ! なんだかんだで今の間に全快してるし、途中で敵が出てきたら戦闘はするからな!」

「それもそうだな。それじゃまずは、岩山を通り抜けられる洞窟へ向かうか」

「お手数おかけしました! 探索しながら、溶岩のある洞窟に向かって出発なのさー!」

「「おー!」」


 ハーレさんも意識を切り替えたようで、先ほどまでとは違いいつもの調子に戻っている。……この切り替えの早さが逆に不安要素ではあるけど、まぁ俺がそこを気にし過ぎるても更にハーレさんが気を遣いそうだからな。

 サヤもヨッシさんも普段通りにするようだし、俺も出来るだけいつも通りでいこうっと。


 という事で、アルのクジラの上にみんなが乗っていく。汚れていた俺とアルとハーレさんの洗い流しは、一応ハーレさんが泣いていた間に終わっているから綺麗にはなってるね。


 さて、ハーレさんとヨッシさんは定位置のアルの木の巣に収まり、俺とサヤはクジラの背の上に乗っている状態になった。

 そういや、いつの間にかサヤの竜が小型化に切り替わってるし、アルも完全に地面へと着陸しているな。あ、俺も魔力集中の効果が切れてる。……地味に効果が切れた時のメッセージを見落としてたっぽいね。


「それじゃ出発するぜ! 『略:自己強化』『略:空中浮遊』!」

「空中母艦『アルマース』、出航なのさー!」

「俺はいつ母艦になったんだよ!?」

「あー、でもある意味、アルは母艦だよな。木が艦橋か?」

「そうなのです! そして私とヨッシは備え付けの砲台なのさー!」

「私とケイが艦載機かな?」

「あはは、確かにそんな感じかもね。それなら主砲が昇華魔法になる感じ?」

「ケイさんが主砲も兼ねているのです!」

「……そう言われると、欠片も否定が出来ねぇな」

「だなー」


 ハーレさんがいつも通りにしようという意図での話題ではあるんだろうけど、こう例えてみれば確かにそうなるんだよね。まぁ全員が動植物だから見た目的には全然違うんだけど、役割としては実際そうなってるもんな。

 ついでに言えば、適応させる必要はあるものの水陸空の全てに対応する事も出来るし、俺については敵に突っ込んでいくのも、遠距離からの攻撃も、付与魔法での支援も出来る。


「まぁ、それは良いとしてだ。岩山の間隔が場所によってはそんなに余裕はないから、その辺は特に周囲の警戒を頼むぜ?」

「あー、そういやそうだっけ?」


 今進んでいるのは、前に来た時に赤のサファリ同盟の人達に先導されて進んでた部分だけど、そこまで意識はしてなかった。……確かあの時はルストさんの移動方法に驚いてた気がする。

 改めて自分達だけで通ってみると、確かにそれほど広い間隔ではないね。まぁアルのクジラが小型化せずに通れるくらいではあるから無茶苦茶狭いという事もないけど、急な方向転換は難しそうだ。


「アル、獲物察知を使っとくか?」

「……ここのLvなら、確実に俺らを避けてくるとは言えないくらいのLv差だしな。危なくなるとも思えないが、念の為に頼む」

「ほいよっと。ま、擬態とかは察知出来ないから、その辺からの奇襲についてはハーレさんの危機察知で頼んだ」

「了解なのさー!」

「ねぇ、サヤかケイさんの威嚇って手段もあるんじゃない?」

「あー、それもありだけど、時々河原にいるカニみたいに経験値がたっぷりな敵もいるからなー」

「あ、そっか。そこを逃すのは勿体ないね」

「そういう事だから、サヤとハーレさんでそういう敵の捜索も頼む。それで、ヨッシさんか俺で捕獲って感じで」

「任せてかな! ハーレ、どっちが見つけるか勝負だよ!」

「望むところなのさー!」


 さて、俺の獲物察知ではその辺は察知出来ないから、擬態の敵を探すのは任せるので良いだろう。

 それと、ここのエリアは普通に他の群集の人もいるからその辺も確認しとく必要はあるもんな。……見通しが悪いから、うっかり正面衝突という可能性も否定は出来ないしね。


<行動値を5消費して『獲物察知Lv5』を発動します>  行動値 75/80(上限値使用:1)


 出来るだけ広範囲かつ長い時間で使いたいからLv5で発動っと。えーと、周囲には……崖の上の方と地上の底の部分にチラホラと色んな反応があるね。

 黒の暴走種と瘴気強化種の見分けはつかないけど、色が薄い残滓の反応が少し多いってとこか。赤の群集も青の群集も灰の群集も、あちこちに散らばっているな。


「……ん?」

「ケイ、何か気になる反応があったのかな?」

「あー、例の岩山を通り抜ける洞窟の辺りでフィールドボスの反応がありだな。すぐ近くに灰の群集が6人いるから多分1PTで戦闘中っぽい……」

「俺らの進行ルートに重なってて、微妙に位置が悪いか」

「それなら迂回するか、岩山越えにルートを変える?」

「あー、どうすっかな……」


 ふむ、ヨッシさんのその選択肢もありと言えばありだ。別に大急ぎで溶岩のある洞窟まで辿り着く必要もないから封熱の霊峰の探索を兼ねて迂回してもいいし、もっと単純な山越えで最短ルートを通るのもありではある。


 ただ、俺としてはフィールドボスとして何がいるのかが少し気になるんだよねー。さっきから上下に動き回ってるから、少なくとも飛行種族ではあるっぽい。

 自然発生のフィールドボスも存在するし、もしかするとあの土属性のドラゴンが再誕生している可能性もある。


 まぁ既に戦闘中だから、行くとしてもただ見るだけにはなるけど……って、あれ? 細い黒い矢印は3本増えて……ん? フィールドボスの王冠マーク付きの矢印が消え……って、また現れた!? え、どうなってんの、これ?


「アル、悪い! 何かフィールドボスの挙動が変だから、少し様子を見に行きたい!」

「……何? ケイ、どういう事だ?」

「成長体の反応が増えたり、フィールドボスの反応が消えたりしてるんだよ! もしかすると、黒の暴走種で変な偏りがあるヤツかもしれない!」

「ケイさん、成長体が増えるってもしかして統率持ちなの?」

「その可能性はあると思うけど、実物を見ないとなんとも言えない……」

「それなら見に行くしかないかな!」

「アルさん、戦闘が終わる前に急ぐのです!」

「そこまで聞いたらそれしかねぇな! ケイ、みんなの固定を頼む。ぶっ飛ばしていくぞ」

「ほいよっと!」


 とりあえず大急ぎで固定用の岩を用意していくか。飛行鎧の方の移動操作制御の再使用時間は過ぎてるからもう使えるけど、今の状況で強制解除になる可能性は排除しておきたいな。

 よし、通常発動でやっていくか。……近くに敵の反応もあるし、奇襲にも備えてだね。


<行動値1と魔力値3消費して『土魔法Lv1:アースクリエイト』を発動します> 行動値 74/80(上限値使用:1): 魔力値 219/222

<行動値を19消費して『岩の操作Lv4』を発動します>  行動値 55/80(上限値使用:1)


 よし、これでみんながアルの上から落ちないように固定完了っと。俺は固定に専念する事になるけど、途中で敵が出てきた場合はみんなに任せてしまおう。


「アル、準備はいいぞ! 手動発動だから敵が来た場合はみんなに任せた!」

「了解なのさー!」

「任せてかな!」

「了解!」

「おう、それじゃいくぜ! 『略:高速遊泳』!」


 そうして通り抜けられる洞窟に向かって空を泳ぐ速度を上げていく。……とはいえ、地形的な問題で思いっきり飛ばせないというのが微妙なところだな。

 前は森の木々でこの手の問題は抱えてたけど、ここで思いっきり速度を出そうと思えば同じ問題が出てくるのか……。


「アル、ダメ元で聞くけど岩山の上を飛んでいけないか?」

「今の高度が空中浮遊でのギリギリの高度だ。これ以上は水のカーペットか水流の操作での補佐がいるが、そっちで行くか? 俺も攻撃が出来なくなるが……」

「……だよなぁ。俺が並列制御でやっとくべきだった……って、アル! 左前から生えてる松の木は敵だ!」

「そうみたいだが、止まらずにいくぞ! 『重突撃』!」

「アルの突撃に合わせるかな! 『魔力集中』『強斬爪撃』!」


 アルは止まらずに岩山の側面から生えている松の木に真正面からぶつかって倒すつもりのようである。サヤもその方針に賛成みたいだね。

 まぁ微妙に避けるのが面倒な位置にいるし、ここの雑魚敵であれば倒せるか。でもアルとサヤの正面からの衝突だけでは倒し切れない可能性もある。……というか、木ならHPは多めだから多分それだけじゃ無理だな。となれば……。


「ハーレさん、並列制御で魔法弾で連投擲の用意! ヨッシさん、溶解毒でポイズンインパクトを魔法弾に!」

「了解なのさー! 『並列制御』『魔法弾』『魔法弾』!」

「止まらずに倒すなら私達が主力だね。溶解毒で『並列制御』『ポイズンインパクト』『ポイズンインパクト』!」


 よし、これで多分仕留め切れるはず。もし駄目だったらスキルの無駄撃ちにはなるけど、その場合は仕方ないって事で。……とにかく攻撃は仕掛けてきてないけど、思いっきり邪魔なのは確定だしね。


「突っ込むぞ!」

「分かったかな!」


 そのアルの宣言と共に、松の木へと衝突していく。おっ、動きが無かった松の木が根を伸ばして岩山にしがみつこうとして……あ、アルの進行方向に木を傾かせる事で受け流そうとしてるっぽい。

 その松の木の回避行動で、サヤの爪での攻撃は当たりはしたけど直撃とはいかなかった。……これは思ったよりもHPが削れなかったな。


「次は確実に当てるかな! 『強斬爪撃』!」

「おっ、サヤ、ナイス!」

「ハーレ、残りは任せたかな!」

「お任せなのさー! 『並列制御』『連投擲』『連投擲』!」


 松の木の回避行動によって本来なら通り過ぎてた位置でサヤが追撃を入れていき、すぐにその場所も通り過ぎていく。そのすれ違う一瞬でサヤは確実に当てにいったけど、今の良く当てられたね。流石、サヤ。

 そこからどんどん離れていく松の木にハーレさんが着実に魔法弾となったポイズンインパクトを次々と当てて、松の木のHPはあっという間に無くなりポリゴンとなって消えていった。


「倒したけど何も無しって事は、ただの残滓だったみたいだな」

「……経験値も大して美味くねぇな。これなら避ければ良かったか」

「まぁこれくらいは良いんじゃないかな?」

「少しでも経験値は欲しいしね」

「そうなのです!」

「……それもそうか。ところで、ケイ。かなり近付いてきてるとは思うけど、どうだ?」

「反応はもうすぐ近くだな。えーと、ここから左下……いた、あそこだ!」


 そこには何かが倒されてポリゴンとなって砕け散っていく様子と、その部分に向かっていた黒い王冠の矢印が消えていく光景が重なっていた。……くっ、ちょうど倒し切ったところっぽい。

 倒したと思わしき灰の群集のPTの人がいるから、どういうフィールドボスが誕生してたのか聞けないかな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る