第869話 目的地への下準備


 封熱の霊峰に転移してきて早々に予定外のフィールドボスとの戦闘にはなったけど、とりあえず撃破は完了した。

 でも、しばらくの間は回復が必要になったなー。俺が一番消耗して、その次にサヤか。結構応用スキルを連発してたしね。アルとヨッシさんも行動値は残ってるだろうけど昇華魔法を使ったから魔力値は空っぽのはず。


「さてと、とりあえず今のうちに洞窟の入り口の位置を確認しとくか」

「あ、それなら肉食獣さんが知ってたから確認しといたよ」

「お、マジか。ヨッシさん、入り口ってどの辺?」

「前に土属性のドラゴンと戦った時の最後の場所の近くだって。十六夜さんがしれっと確保してた進化記憶の結晶のある崖を通り越した辺りみたいだね」

「それってすぐに分かるのかな?」

「蒸気が上がってるらしいから、すぐ分かるらしいよ。初めは岩で埋まってて分からなかったらしいけどね」

「おー。じゅるり……」

「ハーレ、何となく予想は出来るけど、まだ群集支援種で情報ポイントとの交換以外で鶏卵の入手手段が分かってないから、温泉卵は作れないよ? そもそもそこまで大量の蒸気って訳じゃないらしいしね」

「あぅ、考えてた事がバレたのです……」

「まぁその辺りは可能になった時点で考えよ?」

「はーい」


 まぁ今のハーレさんの反応は露骨に分かりやすかったもんなー。……普段の俺は今のハーレさんくらいに分かりやすいって事か。うん、そこは深く考えるのはやめておこう。


 ともかく、ヨッシさんが既に洞窟の入り口の正確な場所を確認しておいてくれたみたいだし、まとめで確認する必要性はなさそうだね。

 それにしても割と近くまでは行った事があるんだな。……あのドラゴン戦で疲れ果ててなければ、周囲を探索してたら辿り着いてた可能性もあるんだね。まぁ準備も無しに突っ込めば即座に死にそうだけど……。


「まぁとりあえず調達しておいた火の小結晶を渡しておくね。あ、サヤとハーレなら多分、発火草茶でも対応出来るけど、そこはどうする?」

「ヨッシ、進化の軌跡は何個用意したのー?」

「えっと、全員分で50個だね。1個30分だから、1人10個で最大5時間はいけるよ」

「もう少しあった方が良い気もしたけど、桜花さんのとこには在庫が無かったかな」

「それなら私とサヤは発火草茶で適応するのです。良いよね、サヤ?」

「うん、それは問題ないかな」


 ふむふむ、溶岩のある洞窟への適応は俺とアルとヨッシさんは纏火で対応し、サヤとハーレさんは発火草茶で対応になる訳か。

 それにしても火の小結晶って、50個ほど交換したら在庫が尽きるんだな。まぁ入手元が成長体用の火の欠片になるし、それを上位変換をするんだから……。


「……進化の軌跡の上位変換の交換レートって何個だっけ? 欠片10個で小結晶1個? 5個で1個だっけ?」

「ケイ、上位変換なら5個で1個だぞ」

「あ、5個で1個か! ……それならもっと在庫があっても良くね?」

「普段はもっとあるらしいんだけど、ほら、昨日は『烏合の衆の足掻き』の最終確認があったじゃない? その関係で一時的に需要が高かったみたいでね?」

「あー、固定でいる成熟体のフェニックスを相手に検証をする為か!」

「うん、その時はまさか関わるとは思ってなかったから軽く流してたんだけどね」

「なるほどなー」


 ヨッシさんが桜花さんから進化の軌跡の調達をしているタイミングでは、俺とハーレさんの方で『烏合の衆の足掻き』の再取得に関する最終確認の検証に参加するという予定は立ってなかったしね。


 あの検証がミズキの森林で実行される事になったのは俺が湖の中に何かがいたのを目撃したからだし、それが無ければどこか固定した場所にいる成熟体を相手にする必要があったもんな。

 ネス湖のアロワナも候補ではあったんだろうけど、これから行く洞窟のフェニックスも候補だったはず。最低12人からの集団戦かつ、それを数戦やろうとなれば、そりゃ一時的に需要は高まるよね。


「とりあえずアルさんとケイさんと私で……少し端数が出るから16個ずつ分けるのでいい?」

「おう、俺はそれで問題ないぞ」

「俺も問題なしだな」

「それじゃ、はい、アルさん。ケイさんもどうぞ」


 そうして俺とアルはヨッシさんから進化の軌跡・火の小結晶を16個ずつ受け取っていく。とりあえずこれだけあれば8時間分にはなるし、今日中ずっとやるとしても十分なだけの量にはなるか。


「あ、ヨッシさん。発火草茶は数は大丈夫?」

「うん、そっちは大丈夫。お茶に出来る各種の草は元々結構持ってるし、お茶は量産しやすいからね」

「あー、そういや共闘イベントの時の報酬で貰ってたっけ」

「……というか、お茶は量産しやすいのか?」

「うん、量産しやすいよ、アルさん。初めは無駄になってた事も多かったけど、今は草1個に対して効果があるお茶が10個くらいにはなるからね」

「……なるほど、そういう感じか」


 ふむふむ、種族的に極端に苦手な環境さえなければお茶の方が遥かにコストパフォーマンスは良いんだな。

 そういや同調で纏属進化をした場合はどうなるんだっけ? えーと、纏浄と纏瘴では両方進化してた気もするけど……うん、しばらく使ってなかったからどうなるのか忘れた。


「ケイ、何を悩んでるのかな?」

「あー、同調での纏属進化ってどうなるだったっけって思ってさ。そういや共生進化の場合と違った気もする……」

「……共生進化なら両方とも進化だ。同調を含む支配進化の場合は、どっちか片方だけだったろ」

「あっ、確かにそんな感じだ!」


 そうそう、そうだった。同調なら片方の進化で済むのであれば、俺の場合はロブスターを纏火にしてしまうのがいいな。

 ふむ、それでいけるならコケの水属性とは相殺し合わない状態になるのか。変に水魔法の威力が下がらなくて済むし、その辺はありがたいね。支配進化の派生の同調はこういう所は利点だな。


「共生進化よりも支配進化や同調の方が環境での生存への適応範囲が広いのかな?」

「まぁいつでも解除出来る共生進化と比べると、支配進化の方は解除が出来ないしな。その辺の関係で効果は高いだろうよ」

「あー、そうかもな」


 俺自身は共生進化に戻すつもりが欠片もないというか……そもそも現状では成熟体に進化する時に同調を解除するしか手段がなさそうだというのも大きいか。そこまで纏属進化を使う回数が多くないから、その辺の違いは深く考えてなかったよ。

 うん、改めてそういう視点から考えてみると、確かに支配進化や同調の方がキャラに関する制約が大きいから、効果が大きくなるように調整されていてもおかしくはない。というが、現に仕様が違うんだからそういう理由なんだろうな。


「さて、そろそろ無駄話も終わりでいいか。ケイ、ある程度は行動値も魔力値も回復したか?」

「あー、まだ全快じゃないぞ?」

「ある程度回復してりゃそれでいいだろ。ケイは移動中に全快するまでは回復に専念しとけ」

「うん、それがいいね。私とアルさんが減ってるのは魔力値の方だから状況次第でアイテムで何とかすればいいしさ。それに道中の敵なら私達に任せてもらっていいよ。ハーレ、それでいい?」

「いいのです。あ、サヤは回復に専念なのさー」

「……戦うつもりだったのに止められたかな」

「ま、ここはお言葉に甘えとこうぜ、サヤ」

「あはは、そうしようかな」


 とりあえず俺とサヤはまだ全快してないし、回復を最優先という事になった。カマキリとの戦闘は俺とサヤの消耗が特に激しかったから、その辺は仕方ないか。

 それはそうとして、少しハーレさんの声がいつもほど元気がないように感じるのは気のせいか……? なんというかさっきのカマキリの戦闘の後半から妙な雰囲気を感じるんだけど。うーん、今朝の金魚の件が影響してる? ……ヨッシさんも少し気にしてる様子はあるし、移動中にそれとなく聞いてみるか。


 とりあえず洞窟の入り口までは……そういや、前の時は戦闘しながら動きまくってたからここからの正確な方向ってどっちだ?

 あー、みんなの中で誰か正確に覚えてれば……って、普通にマップを見れば良いだけじゃん! 前回、近くまで行ってるんだから、既に埋まっているマップの部分に進めばいいはず。


 えーと、ここから東に行った部分にある妙に高い岩山があって……あ、これはあれか。ドラゴンが逃げて乗り越えて、上から叩き落としたとこだな。

 それで少し南の方に通り抜けられる洞窟が……あれは、ドラゴンに潰されてたっけ? でも確かあれは昇華魔法だったと思うし、日数は経ってるから復活はしてるはず。


「アル、どういうルートで行くんだ? 高いとこの岩山超えか、迂回していくか、十六夜さんとドラゴンが戦って潰れた通り抜けれる洞窟の方に行くか……」

「……微妙に悩ましいとこだな。最短距離で岩山越えでもいいが……ヨッシさん、通り抜けられる洞窟の情報は何か聞いてないか?」

「あ、それなら話題に出てたから聞いてるよ。流石に完全に埋まってたから放置になってたけど、定期メンテナンス後には通れるように戻ってたって」

「定期メンテナンスで直るんだー?」

「それはありがたいかな!」

「なら、そっちを通って行くか。折角なら見てない部分も見ていきたいからな」

「ほいよっと」

「その洞窟って何かあったりしないかな?」

「んー、どうだろ? そこは特に何も聞いてないけど、通る時に見てみるのも良いかもね」

「ふっふっふ、何かないかを見極めるのさー」

「おー頑張れ、ハーレさん」


 まぁ誰かが既に調べに行ってるとは思うけど、見落としがないとも言えないからなー。どちらかというと移動短縮の為のルートっぽいし、そこに洞窟があるって事自体が価値な気がするしね。


「ケイさんの反応が雑なのさー!?」

「まぁそれは良いとして……とりあえず汚れを洗い流しとかない?」

「話が流されたー!? ……でも汚れは落としたいのです」

「確かにいつまでもこのまま放置ってのもあれだしな。ケイ、俺が全部やろうか?」

「いや、流石にそれくらいの消費は大丈夫だって。てか、アルとハーレさんの泥は俺が落とすから、俺の方をアルがやってくれね? どこが汚れてるか、今の状態じゃ微妙に分かんないんだよ」

「……まぁ完全にコケも泥で隠れてるしな。おし、任せとけ」

「そんじゃよろしく!」

「おうよ。『アクアクリエイト』『水の操作』!」


 さて、とりあえず放置になったままの泥の汚れを落としていこうじゃないか。という事で、まずは水の生成をしていこう。


<行動値1と魔力値3消費して『水魔法Lv1:アクアクリエイト』を発動します> 行動値 46/77(上限値使用:4): 魔力値 99/222


 うーん、まだ全快までは結構あるな。ま、ここから後は回復に専念だから気にせずにいくか。そもそも洗い流す程度の水ならそんなに行動値は使わないしね。


<行動値を3消費して『水の操作Lv6』を発動します>  行動値 43/77(上限値使用:4)


 よし、アルのクジラを汚れを落とす為に少し多めの水の用意が完了っと。さて、アルとハーレさん、どっちを先にやるか……。


「ケイ、動くなよ」

「あー、俺が一番先か」

「……一番汚れてるからな」

「……そりゃ最優先になるか」


 うん、まぁロブスターの全身が土に埋もれていたんだからある意味当然ではあるね。とりあえずアルの生成した水に大人しく包まれて洗われておこうっと。


「あ、ハーレさん。ここに水を置いとくから、自分で入って洗ってくれていいぞ?」

「ケイさんに任せると雑に洗濯されそうな気がするので、今のうちに自分でやっておくのです!」

「……ほう、それがハーレさんの希望か。よし、ちょっと待ってろ、すぐに水流の操作に切り替えてやるから――」

「ケイ、それはストップかな!」

「ハーレも今のはなしだよ。……さっきから少し元気がないみたいだけど、どうかしたの、ハーレ?」

「あぅ……なんでもないのです……」


 ヨッシさんがハーレさんの様子が変なのをこれ以上は放って置けないようで踏み込んでいったか。でも、ハーレさんは誤魔化すようにそのまま水の中に入って汚れを落としている。

 今も妙な様子で俺に突っかかってきたと思えば、ヨッシさんの言葉に対して妙に意気消沈しているというか……。


 あ、ハーレさんの様子が気になったのか、サヤとヨッシさんが俺の近くに寄ってきたね。……今の反応、俺も気になるところだな。


「そっか、私にはあまり言いたくない内容なんだね。……ケイさん、今朝の野良猫の件で死んだ金魚ってどんな金魚? 確か、何種類かいたよね?」


 ここで金魚の話が出てくるのか。確かあれはハーレさんが小学生の頃に金魚掬いで掬ってきて……その頃はまだ庭に池はなかったから、家の中で金魚鉢で飼ってたやつのはず。

 最初はもっと数はいたけど、今朝のはその時の最後の1匹で、残りは池を作った後に父さんが買ってきた金魚で……あ、ヨッシさんに言いたくないって事はヨッシさんが関わってる?


「……もしかしてヨッシさんと行った祭りで掬ってきたやつか? 池が出来る前に家の中の金魚鉢で飼ってたやつだけど……」

「平気そうにしてたから別の金魚かと思ってたけど、死んだのはその金魚だったんだ。……ハーレ、ちょっとこっちに来て」

「……ヨッシ、怒ってる?」


 あ、思いっきりヨッシさんがハチの羽でハーレさんの頭をしばいた。うーん、これは変に手出しはしない方が良さそうな気がする。


「ハーレ、私は少し怒ってるよ」

「……あぅ、ヨッシ、ごめんなさい……」

「私が怒ってるのは金魚を死なせた事じゃないからね。聞いている限りではそこにハーレの責任はないし、あの時の思い入れがある金魚が死んで悲しいってのは分かるよ。でも、それでケイさんに八つ当たりは違うでしょ?」

「……うん」

「なら、言うことがあるよね?」

「……うん。……ケイさん、さっきはごめんなさい」


 あー、そこまで気にしてはなかったんだけど、さっきのはハーレさんの八つ当たりだったのか。てか、ハーレさんがあの金魚にそこまで思い入れがあったの地味に知らなかった。

 確かに家の中で飼ってた時は良く金魚を眺めてた気もするけど……そういや餌のやり過ぎで、あっという間に数が減って、そこから父さんが面倒を見るようになったんだっけ。


「まぁあれくらいなら別にいいんだけど……なんで俺に八つ当たり?」

「……ケイが平気そうにしてるのが、ハーレとしてはショックだったんじゃないかな?」


 あ、ハーレさんがサヤのその発言に頷いているから、理由はそれか。……なるほど、ハーレさんにとって大事な金魚が死んでも、俺が何も気にしてないように見えて、それが憤りになって感情の行き場が無くなっていたんだな。

 あー、くっそ。これに関しては、一緒に生活している家族だからこその問題か。確かにあの金魚に対して思い入れの違いがあるのは間違いない。だけど――


「ハーレさん、一応言っとくけど、俺だって今朝の件には何も感じてない訳じゃないからな」

「……そうなの?」

「そうじゃなきゃ一緒に墓は作らないって。……俺が言うのもなんだけど、あんまり我慢し過ぎんなよ?」

「……あぅ……ごめん……ごめんなさい……」

「ハーレ……あの時の金魚、全部居なくなっちゃったら寂しいよね。私もそれは寂しけど、ちゃんと弔ってあげれたんだよね?」

「……うん……うん……」

「だったら……今は泣いてもいいから、誰も責めたりしないから、ハーレ、無理はしないで?」


 そのヨッシさんの言葉を聞いてハーレさんは我慢し切れなくなったのか、堰を切ったように泣いていた。ハーレさん、辛い時に我慢し過ぎだぞ。

 でもまぁ、悲しい時はしっかりと泣いてしまえばいい。死んでしまった金魚は戻ってこないけど、そこで何も感じないよりは良いはずだ。


 とりあえず、ハーレさんが落ち着くまでにアルのクジラに付いてる泥を落としとこ……。アルも余計な事は言わずに、ただ無言で泥を落としてくれていた。今は余計な言葉は要らないよ。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る