第862話 罠の説明


 自分で効果を確かめる為に落ちた罠であって、ミスった結果で落ちた訳じゃないから恥ずべき事でもないはず。

 そのはずだけど、事情を知らないフーリエさんから見れば……そもそも泥から水分が抜けてるから、落とし穴に落ちている間抜けという風には見えていないか?

 いや、待て。今の俺の状況を客観視するのであれば、より正確な俺の状況は……何故か穴もないところに埋まっているロブスターになる。自分で言うのもなんだけど状況が謎過ぎるわ!


「あ、もしかしてケイさん、小型化を取得しようとしてました?」

「あー、そういう結論もあり得たか!」

「え、違ったんですか!?」

「……よし、とりあえず状況は説明する。説明はするから、まずは土の中から脱出させてくれ」

「あ、はい。分かりました!」


 ふぅ、とりあえずこれで埋まった状況から脱出して、フーリエさんに状況の説明が出来る。

 さて、このロブスターの頭以外が埋まった状況からどう脱出するのが楽だろう? さっき魔法砲撃を発動してるし、ロブスターの尾を基点にしてアクアインパクトかアースインパクトをぶっ放すのが手っ取り早そうだな。


<行動値6と魔力値18消費して『水魔法Lv6:アクアインパクト』を発動します> 行動値 2/78(上限値使用:3): 魔力値 182/222


 よし、一気に噴出した魔法砲撃になった衝撃魔法の反動で落とし穴から脱出! なんというか、今のは間欠泉みたいになった気もする。……間欠泉からロブスターが飛び出すスクショってありじゃない? まぁそれは今はいいや。

 ちょっと勢い余って上空に飛び上がってるけど、近くに放置してた水のカーペットよ、こっちにこい! いやまぁ自分で操作しただけだけど。


「おぉ! 今のってLv6の衝撃魔法ですよね!?」

「正確には魔法砲撃にして威力が少し上がってるやつだな」

「あ、魔法砲撃なんですね! 魔法砲撃……今僕も取ろうかと悩んでるんですけど、どう思いますか?」

「ん? 魔法砲撃なら回数での称号で取れるやつだから取って損はないとは思うけど、フーリエさんがどう使いたいかによるな。どういう用途で悩んでるんだ?」

「えっと、毒魔法を使いたいなーって思っているんですけど、魔法の狙いとか操作が苦手でして……。ほら、物理の毒と魔法の毒って判定が別々じゃないですか?」

「なるほど、そういう理由か」


 フーリエさんはサヤと同じで操作が苦手という部分はあるし、物理型でもある。でも、手札として毒魔法を持っておくというのは決して悪い手段ではないね。

 フーリエさんが言ってるように物理毒と魔法毒の判定は別物になってるし近距離と遠距離の使い分けにもなる。物理毒は効かなくても魔法毒が効くという状況や、魔法毒の方が使いやすい状況もあるしね。これ、悩む必要ってある?


「……フーリエさん、有用性が分かってて、狙うのが苦手なのも自覚出来てるなら、なんで悩んでるんだ?」

「……苦手だからこそ、安易に補助スキルに頼って解決するのはどうかと思いまして……」

「あー、そういう感じか」


 なるほど、なるほど。要するにフーリエさんは苦手なものを苦手なままにしておくつもりはないけども、それを補助するスキルを使って甘えが出るのは嫌だって事か。

 まぁその気持ちは分からなくもないし、その向上心自体は良いんだけど、フーリエさんは大事な事を忘れているね。これは忘れちゃいけない事だ。


「フーリエさん、これはゲームだぞ?」

「……はい? え、はい、そうですね……?」

「あ、その感じだとピンときてないな」

「……そう、ですね」

「なら単刀直入に! これはゲームだ。育成方向で悩むのは結構! 向上心も良い! だけど、最優先に考えるのは楽しむ事! ゲームはどういう過程でも、楽しんだもん勝ちだぞ?」

「っ! 確かにそれはですね。ちょっと必要以上に気負ってた気がします」

「ゲームだから失敗しても終わりって訳じゃないからな。悩むのは良いけど、必要以上に悩まないようにな?」

「はい! ……うん、魔法砲撃を取ってみて、その上で楽しみながら色々やってみます!」

「おう、それが良いと思うぞ」


 とりあえずちょっと悩み過ぎてる感じがしてたけど、フーリエさんは吹っ切れたっぽいね。まぁ娯楽であるゲームで、楽しくなくなるくらいに悩んでしまったら意味がないしな。

 流石にeスポーツのプロゲーマーとかになればそういう訳にもいかないだろうけど、一般人でやるゲームは楽しんでこそだよね。ただし、他人に迷惑をかけるルール違反や迷惑行為は除く。


「それで、結局、ケイさんはなんで埋まってたんですか?」


 あ、話題が他の事になってたからそのままスルーになるかと少し期待したけど、流石にそうはならなかったっぽい。まぁ後でまとめに類似情報が無ければ上げようとは思ってたし、そこは問題ないか。


「さっきのは落とし穴を作ってたんだよ」

「……落とし穴、ですか? 今は確かに穴ですけど、さっきは完全に埋まってませんでした?」

「あー、まぁそうなんだけど……実際にやって見せた方が早いか」

「え、良いんですか!?」

「おう、良いぞ。でも、操作系スキルを使いまくるからフーリエさんは苦手な手段になるぞ?」

「それでも構いません! 僕自身が使えなくてもシリウスや一緒のPTになった人に使ってもらえる可能性もありますので!」

「ま、そりゃそうだ」


 理屈さえ分かってしまえば、この罠を作る事そのものは大して難しくはないはず。というか、初めての競争クエストに時にもみんなが落とし穴を作って水砲ザリガニを落としたりしたっけ。

 てか、この罠だと他にも作ってる人がいそうな気もするから、そっちの確認が先か。そもそも行動値を回復させないと実行に移せないしさ。


「罠の説明はするけど、先に同じようなのがまとめにないかを確認してもいいか? ぶっちゃけ、俺は必要最低限しかまとめを見てないから、今回のやつはもうある可能性もあるんだよ」

「そうだったんですか!? え、でも僕は割とまとめは見てますけど、罠で今みたいに完全に埋まってるみたいなのはありませんでしたよ?」

「あー、そうなのか。まぁどっちにしても行動値が足りないから、回復を待つ間にチェックしとくわ。少し待っててくれ」

「はい、分かりました!」


 まとめを見ているフーリエさんが見覚えがないというのであれば、今回俺が作った罠と同じものを作った人がいないか、情報を上げていないか、まぁそのどちらかだろう。

 多分、見落としている要素としては魔法産の水と天然産の土を同時に使用している部分かな? 落とし穴というよりは、足のつかない泥の中に落ちて、そこで魔法産の水が無くなり天然産の土に固められる感じだからね。


 とりあえず罠の項目を探して……あれ、罠ってどこだ? 普段はまとめにある罠なんて考えた事がないから、どこを探せば良いのかがよく分からん。


「フーリエさん、まとめの罠の項目ってどの辺にある?」

「えっと、『地形について』って項目がありませんか? その中なんですけど」

「あ、ここか。サンキュー、見つかったよ」

「いえ、どういたしまして」


 なるほど、『地形について』の項目の中にあるならそりゃすぐには見つからない訳だ。『地形について』のまとめ自体は……なるほど、荒らすモノ系統の称号や、フィールドボスの誕生の際に手に入れられる称号と属性強化のスキルの組み合わせとか、地形の変化が条件になる称号とかがまとめてあるんだな。

 とりあえずそこは良いとして、今は罠についてのまとめだ。えーと、土と水を混ぜて泥にした状態で持ち上げる事で簡単に落とし穴が作れる……って、そりゃそうだ。あ、でも他の手段で根の除去は必要ってなってるね。


 ふむ、まとめにある落とし穴は基本的にフィールドボスへの進化に使う成長体の捕獲用に考案されてるっぽい。出来るだけダメージを与えないように、ただ落とす事のみを目的にしてるようである。

 一応攻撃として使う場合には、落とし穴の中に毒や水を溜めておくのが推奨か。土の操作で蓋を作る部分は共通してる感じだね。


「……なるほどね。まぁここ最近は真っ向からの対決じゃなかったもんな」

「ケイさん、参考になりましたか?」

「まぁな。とりあえず俺の罠とまとめにある罠は、穴を掘る部分は似たようなもんだけど、その後の使い方に微妙な差がある感じか」

「……成長体の捕獲用じゃないんですか?」

「あー、多分それでも使えるとは思うけど……」


 うーん、ダメージ判定的にはそれほどダメージは発生しないと思うから、捕獲にも使えるのか?

 天然の土に固められた成長体を、周りの土ごと操作して持ち上げていくのもありといえばあり。でも窒息死させる可能性もあるし、それを防ぐ為に土を操作するとしても中が見えないから捕獲の確実性が低くなる。


「……成長体の捕獲には少し使い勝手は悪そうだ」

「それじゃ他の用途ですよね。他の用途……同じ未成体相手に罠をわざわざ作ってもあまり意味はないし、成熟体にはもっと意味がないですし……あっ、もしかして対人戦用ですか!?」

「ま、俺が思いついてるのはそんなとこだな。これ、落とし穴に落ちるだけじゃ済まないから」

「という事は、話題になってた競争クエストの再開催に向けてのものなんですね!」


 あー、うん、考案した段階ではそれは一切考えてなかったけど、試し終わった後にはそこに有用性があるとは思ったから、決して全くの間違いではないな。それを狙って作った訳ではないけども……。

 うーん、俺が次の競争クエストに向けての下準備をしている事に対して凄いと思っているような声で言われると地味に心が痛い!


「……フーリエさん、結果的には競争クエストで敵の妨害に使えそうな感じにはなってるけど、それはあくまで偶然だから。それについては過剰評価だ」

「え、そうなんですか? でも偶然でも凄いと思います!」


 いやまぁ新発見って意図的に狙いを絞って試した結果か、何かの偶然で発見する事が多いんだから、偶然でも新発見が凄くない訳じゃないけどね。でも、まだフーリエさんには全貌を見せてない……。


「……よし、行動値は充分回復してきたし、とりあえず実物を見せてみるか」

「はい! どんな罠なんだろう?」


 さて、落とし穴自体はさっき作ったのをそのまま使えばいいね。水は魔法産を使うのが前提だから、問題は脱出の際に少なくなってしまった土か。

 吹っ飛ばした土がその辺に散らばってるけど、バラバラ過ぎて一気にまとめるのが面倒だな。自分で集めても良いんだけど、ここはフーリエさんに任せるか。


「フーリエさん、少し土が足りないから、あの落とし穴の近くにその辺の土を適当に集めてくれるか?」

「あ、はい、分かりました! 『増殖』『増殖』『薙ぎ払い』!」


 お、フーリエさんがコケを増殖させる事でヘビ型のコケの塊を大きくして、その尻尾で地面を抉って土を飛ばしていた。うん、落とし穴のすぐ近くという良い位置に土が追加されたね。


「これくらい構いませんか?」

「おう、問題なしだ! さて、それじゃ罠の実演といきますか」


 落とし穴の中にある土と、フーリエさんが吹っ飛ばしてくれた土については2分割で操作して量の調整をすればいい。

 さて、まずは泥にする為の水の生成からやっていこうか。


<行動値1と魔力値3消費して『水魔法Lv1:アクアクリエイト』を発動します> 行動値 22/78(上限値使用:3): 魔力値 210/222


 行動値も魔力値も全快ではないけど、今回は応用スキルは使わないからこれだけあれば充分だ。それじゃ次!


<『並列制御Lv1』を発動します。1つ目のスキルを指定してください>

<行動値を3消費して『水の操作Lv6』は並列発動の待機になります>  行動値 19/78(上限値使用:3)

<2つ目のスキルを指定してください。消費行動値×2>

<行動値を6消費して『土の操作Lv6』は並列発動の待機になります>  行動値 13/79(上限値使用:3)

<指定を完了しました。並列発動を開始します>


 土は落とし穴の中の土と、フーリエさんが用意してくれた土を一旦混ぜて、偽装用の蓋に使うのと、泥を作るのに使うのに2分割しておこう。

 それから泥用の土と魔法産の水を混ぜ込んで、泥を作っていく。今回は一気に沈める感じにしてみたいので、水分は少し多めにしてみた。


「これって、泥を作ってるんですよね? 少し難易度は高いけど、水の操作と土の操作の並列制御で出来るってまとめで見ました!」

「俺は今日、この泥を試してたんだよ。その中で思いついたのが、俺が埋まってた罠って感じだ」

「あ、そういう事だったんですか!」

「まぁ他にも試してた事はあるんだけど、正直そっちはまだ実用的とは言えない……」

「ケイさんでも失敗する事ってあるんですね?」

「検証って常に失敗の可能性があるからなー。フーリエさん、そういう意味でも失敗を気にし過ぎたら駄目だぞ?」

「ゲームだからこそ、失敗も含めて楽しくですよね!」

「おう、そういう事だ!」


 さて、そうやって話している間に良い感じに混ざった泥が完成した。それじゃこの泥を落とし穴に入れて、偽装用の土で落とし穴の表面を覆って表面を均していく。


「あ、その作った泥が落とし穴の中にあるんですね? え、でもそれがなんでああなるんですか?」

「俺は泥を作る時に魔法産の水を使っただろ? 魔法で生成したものを操作して、操作を解除したらどうなるか、フーリエさんは分かるか?」

「えっと、すぐに消え……あっ、だから土だけになって埋もれるんですか!?」

「そういう事。この罠の一番厄介なとこは、泥の中に落ちたかと思ったら、それが一気に土に変わって固まるとこにある」

「……落とし穴に落ちてその中が泥でも慌てますけど、そこから変化があれば更に混乱しますもんね」

「まぁそれでも対処する人はいるだろうけど、高確率で隙は出来るだろうからな。落とし穴によって中身を変えるってのもありか」

「これは競争クエストで役立ちそうですね!」

「だろ?」


 ふっふっふ、この罠に辿り着いたのは偶然ではあったけども、大人数が関わってくる競争クエストには役立つ可能性は高い。

 基本的にこの落とし穴の偽装は手動で解除になるから、味方を落とす心配はないしね。まぁ相手に気付かせない工夫も必要にはなるけど、そこら辺は擬態持ちの人に頼るのが良いかもしれない。


「ところでフーリエさん、この落とし穴、味わってみるか? そうすれば俺がああなってた理由が身をもって体験出来るぞ」

「……あれは効果を試すために、ケイさん自身が落ちてみたんですね?」

「おう、そうなるな」

「……なら僕もやってみます!」

「よしきた!」


 それからフーリエさんが落とし穴の上に行き、この落とし穴の効果を体感する事になった。こういうのはサンプルは多ければ多いほど良いからね。



 その結果としては、ヘビとコケの融合種でもこの落とし穴に完全に落ちて土で固められると、どうなるかわかっていても結構慌てたようである。

 そして、何とか土を崩してフーリエさんが脱出してきた。……ふむ、この脱出してくる瞬間って絶好の攻撃のチャンスだな。


「これ、分かってても慌てますね」

「だろ? さて、それじゃこれは手順と効果をまとめに上げときますか」


 泥の扱い方を検証していた過程で偶然出来た罠だけど、これはその内再び開催される競争クエストの役に立つ筈だ。それに他のみんなによる改良にも期待だね!

 

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