第849話 再取得の検証戦 その4


 ライルさんは死んだ。レナさんも死んだ。条件達成までの時間は残りは後少し。そして、全滅しなければ再び『烏合の衆の足掻き』の取得にはならない。

 オオサンショウウオの湖の水を使った水の操作で気になる点もあるにはある。だけど、そこをじっくり考えている時間は無さそうだ。

 

「こっちに2発来てるのさー!? あ、さっき使い切ったから砂がない!?」

「俺らが固まってるから集中放火か! てか、ハーレさん、砂はすまん!」

「使ったものは仕方ないのさー!」

「だな。ケイ、ハーレさん、迎撃は任せるぞ。俺は回避に専念する」

「了解です! ケイさん、魔法弾でいく!?」

「……相殺し切れるか分からないけど、やってみるか。上手くいきそうなら並列制御でいくぞ」

「まずは実験なのです! それじゃ用意するのさー! 『魔法弾』!」


 衝撃魔法の威力は普通にかなり高い部類だけど、魔法弾にして分散させるとどうしても1発あたりの威力は落ちる。

 でも、今のアルの木に固定された状態かつ、アルが回避に専念している状況ではハーレさんの連撃系の応用スキルだけでは心許ない。ぶっちゃけヨッシさんがエレクトロインパクトを使っても相殺し切れてなかったし、ここは操作時間を削る方向性でいこう。


<行動値6と魔力値18消費して『土魔法Lv6:アースインパクト』を発動します> 行動値 20/72(上限値使用:8): 魔力値 196/220


 水球に水を勢いよくぶつけるよりは土砂を強引に叩きつける方が良さそうな気がするので、ここは土の衝撃魔法にしておいた。

 ……よし、ハーレさんの構えている手に魔法を叩き込み、魔法弾への変換は完了だ。


「いっくよー! 『連投擲』!」

「……どうだ?」


 ハーレさんの狙い自体は正確で、しっかりと迫ってきている3つの水球へと魔法弾は直撃していた。

 だけど、予想していたように相殺には至っていない。というか、こっちの攻撃が逆に消し飛ばされた。……この感じ、成熟体になったら操作可能時間の延長でも出来るのか?


「あぅ!? 全然駄目なのさー!」

「アル、失敗だ! 緊急回避!」

「ちっ、威力も耐久もありすぎだろ! 『略:旋回』!」

「わっ!? うー! この挙動の中じゃ狙いがつけにくいー!」

「……すまん、ハーレさん」

「アルさんが悪い訳じゃないのさー!」


 うーん、このまま小回りが効かないアルの狭い範囲での無茶な回避の挙動に合わせて攻撃をしていくのは厳しいな。

 ハーレさんも狙いにくそうにしてるし……よし、とりあえずこのまま現状維持は良い状態とはいえないし、方針を変えよう。

 

「アル、俺はハーレさんを乗せて離れるぞ。これじゃ狙いがまともにつけられない」

「……流石にそうなるか」

「ハーレさん、それで良いか?」

「その方が良さそうなのです!」


 ただでさえ、自分達に迫ってきている2発の水球の対処で精一杯で、他のみんなの様子が全然確認が出来ていないからね。

 この状況で俺とアルとハーレさんが一気に死んで、運悪くそのタイミングで他のみんなも死ぬとマズい。


 あ、水球の対処に手間取ってたらオオサンショウウオが、もう湖の中にも戻ってるし!? くっ、水の中に居るのがいいのか、こいつ。

 ……そうか。今の状況って誰かが全体の状況を見て正確に把握をしていないと相当危険だ。でも、水球が分断してきて、全体把握がまともに出来ていないのは……かなりマズいな。


「……ケイ、どうした?」

「……いや、よく考えたらこの状況ってバラバラに動いたらマズくね? 死ぬタイミングが重なったら詰むぞ」

「確かにそりゃそうだが……ちっ! 『根脚移動』『根の操作』!」

「わっ!? アルさんのクジラが死んだー!?」

「それ、根の操作で何とかなるのか!?」

「いや無理だろうな。ケイ、俺はいいからすぐに離れろ!」

「っ!? 悪い、アル!」

「後は任せるぜ、ケイ。ちゃんと条件――」


 くっ、アルのクジラを仕留めた水球が木の方も一気に仕留めていった。ギリギリでハーレさんを乗せた状態で飛行鎧は分離出来たけど……すげぇ歪な形になってしまった。

 いや、今ので俺とハーレさんまで一気に死ななくて良かったと考えるべきか。紅焔さんのファイアエンチャントで少し威力は落ちているみたいだけどそれでも水球を2発連続で食らうと……って、考えてる場合かー!

 俺らにそのまま襲いかかってくるの、分かってる話じゃん! くっ、ここから後が厳しくなるかもしれないけど、出し惜しんで一気に死に過ぎる方がマズいか。


「ハーレさん、俺が凌ぎきれなかったらクラゲを盾に使え!」

「っ!? 了解です!」


 一応同じ方向から2つの水球が向かってきているけど、俺の近接攻撃だけでは確実に迎撃し切れない。そもそもあまり飛行鎧を使っている状況で近接はリスクがある。

 ハーレさんの連速投擲をLv2で発動してもらう手もあるにはあるけど、他にも一気に迎撃出来る可能性がある手段はあるにある。……回避行動を取りつつ、狙いをつけるよりはこっちが確実だ。


<『並列制御Lv1』を発動します。1つ目のスキルを指定してください>

<行動値1と魔力値3消費して『水魔法Lv1:アクアクリエイト』は並列発動の待機になります> 行動値 19/72(上限値使用:8): 魔力値 193/220

<2つ目のスキルを指定してください。消費行動値×2>

<行動値2と魔力値3消費して『土魔法Lv1:アースクリエイト』は並列発動の待機になります> 行動値 17/72(上限値使用:8): 魔力値 190/220

<指定を完了しました。並列発動を開始します>


<『昇華魔法:デブリスフロウ』の発動の為に、全魔力値を消費します> 魔力値 0/220


 左右のハサミでそれぞれに水の生成と土の生成をして、魔法砲撃化した昇華魔法を2つの水球に向かって一気に撃ち放つ! 行動値はかなり消耗してるけど、魔力値は結構あるから結構な威力にはなるはず。

 周りの状況を確認出来る余裕がないから、邪魔になったらすまん! でも、流石にこれなら水の操作2発分でも一気に相殺出来るだろ!


「サヤ、辛子、避けろ!」

「あ、昇華魔法かな!?」

「ケイさんの魔法砲撃にしたデブリスフロウか!?」


 あ、どうやらベスタの回避指示の内容的にデブリスフロウの射線上にはサヤとカステラさんがいるっぽい。

 うん、まぁ巻き込んでも死にはしないから大丈夫さ。それにベスタの警告が間に合った可能性は――


「え、ケイさんとハーレさん!? 紅焔、ストップ!」

「もう発動したから間に合わねぇって! ケイさん、避けろ!」

「って、上からラヴァ・フロウ!? ハーレさん、飛び降りて逃げろ!」

「え、え!?」

 

 あー、いきなり真上から溶岩が降り注いできていたらそりゃ動揺もするよな……。これって味方の昇華魔法だけど、キャンセルにならずに済む……訳ないな。


「ハーレ、ケイの昇華魔法をキャンセルさせろ! もう無意味だ!」

「はっ!? 『略:ウィンドボム』!」

「ハーレさん!?」


 え、無意味ってどういう事……? てか、なんでハーレさんが俺の頭にウィンドボムを撃ち込んだ?


<ダメージ判定が発生した為、『移動操作制御Ⅰ』は解除され、10分間再使用が不可になります>

<『移動操作制御Ⅰ』の発動を解除したため、行動値上限が元に戻ります> 行動値 17/72 → 17/78


 あ、飛行鎧が強制解除になったし、デブリスフロウも強制的に止められた……。でも、目の前に水球は……存在していない。

 これは、デブリスフロウで消滅させられたか? いや、それにしてはベスタの慌てた様子が腑に落ちない。そうなると……。


「ちっ、遅かったか」

「無意味ってそういう事か!」


 くっ、下方向から攻撃でロブスターの尻尾から胴体の中間くらいで切断された。またあの水の高圧水流での切断か! 飛行鎧が強制解除になって落ちながらオオサンショウウオの方を見てみたら……やっぱり渦巻く水流が存在している。

 今のでかなりHPが削られ……いや、待て。今の位置だと、俺が直撃だったはず!?


「ハーレさんは!?」

「先に待ってるねー!」

「やっぱりか!」


 俺はロブスターの一部が切り取られたくらい……いや、俺も充分大ダメージだけど、ハーレさんはリスに直撃を受けてHPが全て無くなりポリゴンとなって砕け散っていった。

 共生進化のハーレさんならクラゲで受ければ即死は避けられた可能性はあるのに、俺を生かす方向で動くのかよ。ハーレさんの連速投擲を温存をして、この結果は……ミスったなぁ。

 あー、それにハーレさんに庇われるとは思わなかった。……こうなると今まで以上に頑張って確実に成功させるしかねぇよなー!


<行動値を1消費して『脱皮Lv1』を発動します>  行動値 16/78(上限値使用:2)

<HPを50%回復します> HP 6357/8650

<防御が80%低下します>


<行動値上限を2使用して『移動操作制御Ⅰ』を発動します>  行動値 16/78 → 16/76(上限値使用:4)


 とりあえず水のカーペットを展開して着地っと。……あの成熟体の攻撃の威力を考えたら、防御が減るのはデメリットにもならないから脱皮も使用した。むしろ尻尾側半分が無くなってる方がやばい。


 今ので……レナさん、ライルさん、アル、ハーレさん……いつの間にかソラさんとヨッシさんも死んでいるんだな。残り半分になってるのか。

 あの8発の水球で全体が分断されて、お互いに様子を確認する余裕が無くなってたのが痛いな。でも、意地でも失敗にする訳にはいかない。


 オオサンショウウオは今、水の追加生成をしてる? あー、折角泥水にして妨害したと思ったのに、湖から頭だけ出して頭上に魔法産の水を生成してるのが地味に腹が立つ。

 かといって、今の状況から無策で突っ込んでも無意味に死ぬ可能性が極めて高い。……もう少し時間を粘って、条件を達成した段階で突っ込むのが良さそうだ。


 オオサンショウウオが追加生成しているのは気になるけど、時間を浪費してくれるのは願ったりではあるね。……今のうちに把握出来ていなかった他のみんなの情報について交換しておこう。

 これ以上のミスを積み重ねて称号の再取得に失敗してたまるか。……初見で思った以上に厄介な攻撃パターンのオオサンショウウオだとしても、大量の経験値は必ずもらう! その為にも分断されていた間の情報の把握が最優先だ。


「……ベスタ、さっきは全体の把握は出来てた?」

「いや、位置が上空と地上とその中間の3ヶ所に分かれていたのと、オオサンショウウオ自体の動きを止めようとするのを全ては流石に無理があった。それと水球3つセットが2つと水球2つセットで集中的に狙ってきていたからな……」

「……なるほどね。だからさっきみたいに昇華魔法が味方に当たりそうになる訳か」

「そうなるな。根本的に力負けをしている以上、分断された上で集中攻撃が厳しいのは間違いない。……PTメンバー外からの口出しは混乱するだろうから避けていたが、最低人数の12人でやるならそこはやっておくべきだったな。ここは俺の判断ミスだ、すまん」

「いや、他の誰かにやれって言っても今のは無理だったから仕方ないって。俺も色々判断ミスしてるとこもあったし……」


 ベスタで無理なら俺でも無理だよ、今の分断攻撃への対処は……。1人だけ安全圏で何もしてない状況で見ておくしかないけど、それが簡単に実行出来る状態じゃなかったしさ。


 さっきのは大人数を分断させるという行動パターンなんだろうな。……基本的に水の操作と水流の操作を使ってくるだけなのに、かなり厄介な行動パターンを持ってる。

 格上の成熟体だから苦戦してるけど、これでフィールドボスとかって訳じゃないのが恐ろしいね。まぁ普通の雑魚敵でも特殊な行動パターンを持つ敵はいるけど……成熟体同士で戦うならそれほどこの辺りは問題にはならないのか?


「ケイ、ベスタさん、ここからどうするのかな!?」

「紅焔とカステラが狙われてるけど、ありゃどうしようもねぇな……」

「おいー!? 見捨てんな、辛子!?」

「辛子の薄情者ー!」

「いや、もう間に合わねぇって。俺らの方で条件は満たしてやるから、大人しく死んどけ」

「……あはは、言い方はあれだけど、実際にはそうなりそうかな」

「クソッタレー!」

「最後まで生き残るつもりだったのに!?」


 その言葉を最後に紅焔さんとカステラさんも高圧水流による切断でHPが全て無くなり、ポリゴンとなって砕け散っていった。……これで残りは俺とサヤとベスタと辛子さんか。

 そして、そのタイミングで水流も消えていく。……やっぱりあの水流は長時間は使えないっぽいな。


「おーい、10分過ぎたぞ!」

「了解だ、肉食獣! 聞いたな?」

「これで全滅以外の条件は達成って事かな?」

「って事は、いつ死んでも良いって訳か」

「……ベスタ、条件達成したなら突っ込んできていいか?」

「……別に構わんが、何をする気だ?」

「少し気になってる部分の確認と、コケを倒してもらわないといけないからな。突っ込んで食べられてくる」


 水の操作にしても、水流の操作にしても、ロブスターはともかくコケが死にきれるかが若干怪しい。ロブスターが死ん大きく弱体化した後ならいけるかもしれないけど、ここは食われにいく方が確実なはず。

 とはいっても、ただで一方的に食われるつもりもないけどね!


「ケイ、それなら私も一緒に行くかな。観察眼、必要だよね?」

「一緒に来てくれるなら、その方が確実性は上がるか……。よし、サヤ、頼む!」

「……なら、俺らはそのサポートだな。辛子、それで良いか?」

「おう、それでいいぜ!」

「ならば、それで決定だ。行ってこい、ケイ、サヤ!」

「頼むぜ、2人とも!」

「おうよ!」

「頑張るかな!」


 そうしてサヤと一緒に、湖から顔だけ出しているオオサンショウウオ自体に突撃していくことになった。

 さて、ここまでの攻撃パターンから考えると次は水球がくるような気はするけど、まだ知らない攻撃パターンがある可能性もある。気を引き締めていこう。


「あ、また水球かな!」

「今度も8発か」


 でもまぁ、確認したかったのはこれだからね。条件をクリアした現状としては使ってくれて助かったというべきか。今のは魔法産ではなく、湖の天然の水を使ったように見えた。……折角操作の妨害の為に土を混ぜて濁らせたのに、何故それが出来る?

 てか、どう考えてもこの状況から全滅を避けるのは困難だな。普通に戦ってたら、無防備に死ぬとかどうやっても無理だろう。


「辛子、昇華魔法は使えるか?」

「……もう魔力値がやべぇけど、一応は」

「使えるだけで充分だ。合図をしたら俺の近くにアップリフトを使え」

「よし、そういう事なら、締めの大勝負だし魔力値は回復しとくぜ!」

「あぁ、辛子がそれで構わんなら助かる。最後の攻防、始めるぞ! 『自己強化』『ウィンドクリエイト』『操作属性付与』『飛翔疾走』『暴発』『並列』『爪刃双閃舞』『連閃』!」


 ベスタが暴発を発動した上で、銀光を左右の前足の爪から放ちながら一気に駆け抜けていく。2つの応用スキルは共に銀光の強弱が発生しているから、Lv2での発動のようである。

 ここでベスタが安定しない暴発での強制的な行動値の回復を使うとは思わなかったけど、8発の水球をこの人数で相手にするにこれしかないか。


 てか、ベスタが全部の水球を引き受けるつもりのようだね。……周りを確認する必要が無くなれば、対処し切れるのか。いや、実際どうなんだろう?

 そして辛子さんも無理に使う必要もないのに、干し肉を取り出して齧り付いている。さて、これ以上は考えるだけ無意味か。


「サヤ、ここはベスタと辛子さんに任せて行くぞ!」

「分かったかな!」


 全滅しなければ称号が手に入らないから死ぬのは確定。だけど、その前に手の内を暴く! 少なくともそのヒントになる情報だけは得てやるぞ!



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る