第692話 急な遭遇
また忘れかけていたスイカの事をハーレさんが思い出し、この川で冷やしていく事になった。……正確には川の水を水のカーペットで汲んで、その中に氷柱も入れて冷やすって感じだけど。サヤはまだ戻ってきてないけど、冷やすのには多少の時間はかかるだろうしサクッとやってしまおう。
<行動値上限を2使用して『移動操作制御Ⅰ』を発動します> 行動値 70/77 → 70/75(上限値使用:2)
よし、今回の水のカーペットはお椀型に形を変えて、その状態で川から水を汲んでっと。……魔法産の水で天然の水を汲むとか変な事になってる気もするけど、とりあえず問題はなさそうだ。今は分かりやすいように空中に浮かせておこうっと。
ただ単純に天然産の水を操作した場合だと、水のカーペットにして上に乗る為の反発力の調整が出来ないんだよな。まぁそれが出来なければスイカは水の操作の範囲から落ちていくけどもね。
「ヨッシさん、氷柱をよろしく」
「うん、それじゃ出していくね」
そうして俺の用意した水の中に俺が持ってた割れたスイカと、ヨッシさんがインベントリから取り出した氷柱を入れていく。これでダメージ判定が出る訳じゃないし、問題なく冷やせそうだ。
「よし、こんなとこか。後は冷えるのを待つだけだな」
「楽しみなのさー! あ、ヨッシ、塩ってあったよねー!」
「あ、うん、あるよ」
「……そういやハーレさんは塩をかける派だったな」
「ケイさんはかけない派だったよねー!」
「……ちなみにアルとヨッシさんは?」
「私はかけない派だよ」
「俺はかける派だな」
「アルさんは仲間なのさー! ケイさんってば、いくら勧めてもかけないんだよー!?」
「ほう? ケイ、食わず嫌いは良くないぞ?」
「いや、ちょっと待て、食わず嫌いじゃないから! そもそもそれは俺らが小学生の頃にハーレさんが塩の瓶の蓋を壊して、1瓶丸ごとぶっかけられた事があるからだからな!?」
「あ、ケイさんもそれは体験済みなんだ?」
「……え、ヨッシさんも?」
「うん、私も小学生の頃に……」
「あぅ!? そういえばそうだった!?」
「忘れてたんかい!」
「忘れてたの!?」
「すみませんでしたー!」
思いっきりヨッシさんと言葉が被ってしまった。てか、ヨッシさんも俺と同じ経験をしているんだな。……あの時はいざスイカを食べようというタイミングで多過ぎる塩をかけられて、塩を洗い流しに行くの虚しかったんだよな。ばら撒いた塩の後始末もあったしさ……。
それ以降、自発的にスイカを食べる際に塩をかけるという意識自体が無くなったんだよね。あと醤油とかドレッシングとか調味料系統のトラブル率は低いけど、発生したら割と後始末が大惨事なんだよな……。醤油で駄目になったカーペット、何枚だったっけ……?
「……なんというか、ケイ、ヨッシさん、ドンマイな?」
「まぁ色々とあるんだよ、色々と……」
「……あはは、確かに色々とあるよねー」
うん、何だか今は思いっきりヨッシさんと心が通じ合っている気がする。……多分、大体俺が経験している食事が絡んだハーレさんのトラブルは、幼馴染であるヨッシさんも経験してるんだろうね。
「ただいまー。あれ、何か暗いけどどうしたのかな?」
おっと、サヤがクマで戻ってきたか。まぁ戻ってきて早々に俺らの今の様子を見たら、不思議に思うのも無理はないよな。……何かハーレさんも謝ってからもちょっと挙動不審気味だし、この話はもう打ち切っておこう。
「な、なんでもないのさー!?」
「え、ハーレ、慌ててどうしたのかな?」
「慌ててはいないのですさー!?」
「……本当にどうしたのかな? あ、スイカを冷やしてるんだね」
「あー、うん。さっきハーレさんが思い出して、今は冷やし中だな。……ちなみにサヤってスイカに塩をかける方?」
「え、特にかけないかな?」
「そっか、ならいいや」
「ケイ? それがどうしたのかな?」
「アル、サヤへの解説は任せたー。俺は川に潜って水分吸収をしてくる」
「……仕方ねぇな」
「え、ケイ? アル、私のログアウト中に何があったのかな!?」
ちょっと今回の件はあまり語りたくはないので、当事者ではないアルに説明は任せておこう。それにしても、本当になんでこんなにハーレさんは食べ物が絡むと変な事になるんだろうか?
決してハーレさんは不器用ではないはずだし、ドジって訳でもないんだけどな。世の中、よく分からない事もあるもんだよね……。
「まぁ気持ちは分からんでもないが、説明はするから落ち着け、サヤ」
「うん、分かったかな」
「何があったか、簡潔に説明すると――」
とりあえずアルが簡単に説明をしてくれているのと、その説明をしている間に悶絶しているハーレさんの声が地味に聞こえてきているけど、そこはスルーの方向で。子供の頃の事とはいえ、完全に忘れていたハーレさんが悪い。
さて、少し気分を切り替えて川の中へと飛び込んでっと。川の中へ入ってしまった方が、コケの位置とか考えずにただ水分吸収を使えば良いだけだしね。
「さてと、水分吸収をしていく――」
あれ、ちょっと待って。川の上流の方から、何か禍々しい色合いの変なタコが凄い勢いでこっちに向かって来ているんだけど……。
雰囲気としては纏瘴を使用中のプレイヤーか、瘴気属性を持つ敵っぽけど、今のイベント中で瘴気属性の敵っていたっけ……?
カーソルは黒って事は、普通の敵みたいだな。まだ次のイベントの前兆には早いような気もするけど、まぁいつどんなのが出てくるか分からないしな。
それにしてもこのタコ、思った以上に移動が速……いや、今こっちに気付いて速度が上がった!? くっ、ロブスターは海中の生物だから水中でも問題なく戦えるだろうけど、ここは俺だけで対応しない方が良さそうだ。
「アル、悪い! 根で俺を引き上げてくれ!」
「おい、ケイ? どうした?」
「何か変なタコが近付いてきてる! 迎撃はするけど、地上で相手をしたい!」
「水中にいるタコが相手ならその方がいいな。よし、引き上げるぞ! 『根の操作』!」
このタコ、何かタコ足を動かしまくってるんだけど、何をする気だ……? うーん、いまいち行動が読めないぞ? これも何かの演出の1つ……?
あー、ただ水分吸収をするつもりで川の中に入ったのに、いきなり禍々しいタコが襲いかかってくるなんて想定してなかったな。
あ、ヤバ!? 更にタコが加速して、一気に近付いてきた!? ちっ、捕まってたまるか。
<行動値5と魔力値15消費して『土魔法Lv5:アースウォール』を発動します> 行動値 62/75 : 魔力値 199/214
よし、発声じゃ間に合いそうになかったけど、思考操作で何とか突っ込んできているタコの前に土の防壁を生成が間に合った。……でも、土の防壁にタコが張り付いて回り込んできている。
あ、そうしてる間にアルの根が俺の方に伸びてきた。とりあえずそのアルの根をハサミで挟んで……。
「アル、引き上げてくれ!」
「おうよ!」
具体的に何が起こっているのか全く理解出来ていない状態だけど、アルはその辺も考慮して手早く対応をしてくれている。ふー、とりあえずアルに引き上げてもらって、クジラの上に戻ってくる事に成功した。
「ケイ、タコってどんなタコだ? 様子からして、何か妙なんだろ?」
「……ぶっちゃけ、よく分からん。ただ瘴気属性っぽいタコが突撃してきてた」
「……瘴気属性の敵が出てきてたの?」
「え!? 危機察知に反応も無かったよ!?」
「……マジか。どうも妙だな」
瘴気属性の敵が出たという事もだけど、さっきの雰囲気だとてっきり攻撃を仕掛けてきたのかと思ったのにハーレさんの危機察知には反応が無かったというのも妙な話である。
もしかして完全に攻撃の察知が不可能なスキルが存在するのか……? ともかくよく分からない状況だから、警戒を怠らずに対処していこう。
って、そう考えている内に変なタコも川から飛び出してきて……そのまま空中を漂い始めた。くっ、何となくそんな予感はしてたけど、水中だけでなく空中にも適応してるタコかよ!
「全員警戒! まずは識別して、情報を確認する。アル、防御は任せた!」
「おう、任せとけ!」
「他のみんなはいつでも攻撃に移れる状態で待機! 状況が分からなさ過ぎるからな」
「分かったかな!」
「了解です!」
「了解!」
まだヨッシさんとハーレさんの行動値の回復は不十分だろうけど、状況的にそうも言ってられない。とにかく今の最優先事項は識別だな。王冠マークはないから、フィールドボスじゃないのは確実だとは思うけど……。
<行動値を4消費して『識別Lv4』を発動します> 行動値 57/75(上限値使用:2)
『???』Lv20
種族:黒の統率種(?????)
進化階位:未成体・黒の統率種
属性:瘴気、?
特性:黒の統率、?、?、?
え、黒の統率種……? 黒の統率種って前にウィルさん達から聞いたよな。確か……PKをし続けてカーソルが真っ黒に染まってしまったプレイヤーがそうなると言っていた。
「みんな、気をつけろ! このタコ、黒の統率種だからPKだ!」
「なるほど、黒の統率種か。1人で5人組を襲おうってのは良い度胸をしてやがる!」
「PKなんて、返り討ちなのさー!」
話には聞いていたけども、まさか俺らの目の前にPKをやってるプレイヤーが出てくるとはね。……それにしても黒の統率種だとここまで識別情報が伏せられるとは厄介だな。だけど、完全にカーソルが黒に染まるまでになっている相手なら容赦する必要はない。
タコの方もタコ足を動かして、臨戦態勢に入ったっぽいしな。……ウネウネと動く8本の足の内の2本を交差させているし、それで叩きつけるような攻撃なのかもしれない。
「サヤは距離を詰めて連撃で、ハーレさんは――」
「ケイ、待ったかな!」
え、なんでサヤに止められる……? 5人組である俺らに襲いかかってきたって事は実力に自信ありって事だろうし、変に隙なんか作ってしまえばそれこそ敵の狙い通り……あれ? ちょっと待てよ。サヤに止められて、少し考えてみたらなんか妙な違和感があるな?
「そこのタコの人、もしかしてだけど光る進化記憶の結晶を持ってるんじゃないかな?」
ん? サヤのその質問に対して、タコの人が交差していた2本のタコ足を交差している状態から円になるように動かしていく。
あー、そういえばウィルさん達はPK以外にもカーソルが黒く染まる状況を言ってたっけ。今のイベントで進化記憶の結晶を持ち続けていれば、それでもカーソルが黒くなっていくんだったな。そして、黒の統率種に進化したら話せなくなるという情報もあったっけ。
「あっ、そういう事なんだね」
「そういえばそんな理由もあったねー!?」
「……タコの人、単刀直入に聞くぞ。あんたはPKか?」
そのアルの問に対して、このタコの人は再びタコ足を交差していく。なるほど、その動作は攻撃の兆候ではなく、✕マークで否定をしていたようである。
これを完全に信頼して良いかは判断しかねるけど、初めに急接近して来た時にハーレさんの危機察知に反応が無かったのは攻撃ではなかったからか?
「どうもPKじゃなさそうだが、ケイ、どうする?」
「……どうするって言われてもな。どうすりゃいいんだ、この場合?」
「そういう時は本人に聞いてみるのです!」
「……まぁそうなるよね。でも、あの状態って会話出来ないんじゃなかった?」
「会話だけがコミュニケーション手段じゃないよ。さっきみたいに○か✕かで答えてもらえれば、何とかいけると思うかな」
「……それしかないか」
実際にあのタコの人は、さっきのサヤとアルの問いかけにはタコ足で○と✕を表現してコミュニケーションを取ろうとはしていた。……完全にそれを信用するのは危険な部分もあるけど、あの状況をどうにかしたいだけなのであれば協力した方が良いのかもしれないしね。
ただ、やっぱり安全策だけは用意しておこう。直接声に出すとあのタコの人に聞こえるので、ここは共同体のチャットの出番だね。
ケイ : 一応、色々と質問してみるけど万が一に備えておいてくれ。アルとヨッシさんはヘイル・ストーム、サヤとハーレさんは纏浄を使って一気に倒すつもりで。
ヨッシ : うん、了解。
アルマース : おう、了解だ。……対話はケイに一任するぞ。
ケイ : そのつもりだから、問題なし。
サヤ : 止めたのは私だけど、万が一に備えるのは賛成。ところで纏浄を使うって事は、瞬殺のつもりで良いのかな?
ハーレ : 瘴気属性には有効だもんねー!
ケイ : そういう事になるな。って事で、万が一の時はよろしく!
さて、これでみんなに臨戦態勢は整えてもらえた。もしタコの人のPKの為の策略だとしても、俺自身もそう簡単に殺られるつもりはないし、みんなの総攻撃を受けて無傷という事もないはず。……まぁ、油断はせずにいこう。
そうやって俺らが内密に警戒の打ち合わせをしている間にタコの人は河原の上に降り立っていた。……さて、場合によっては即座に戦闘へと移行する可能性のある、コミュニケーションを開始していきますか。
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