第650話 中継と実況の準備


 ちょっと物騒な話を聞いて身構えたものの、赤のサファリ同盟の本拠地には何事もなくあっさりと入れた。……まぁよく考えてみれば、さっきのは特訓とかをしてた場合の話だろうから、俺らを待ってる状態でそんな事にはならないか。

 えーと、水月さんとアーサーがいるのはこれから対戦するんだから当たり前として、ざっと見た感じでは弥生さん、シュウさん、ルストさん、ガストさんくらいか。あ、氷っぽい花びらになっている氷で出来たような桜の木の人が空洞の端の方に植わっている……って、昨日会った龍の蒼華さんの2ndか!


「……それにしても、すごいな、ここ」

「わぁー! これは広いね!?」

「へぇ、これが本拠地ってのは良いもんだな」

「アルが元の大きさでも結構動き回れそうかな」

「あはは、ちょっとした体育館とかより広そうだよね」


 広い空洞とは聞いていたけども、思った以上の広さだったね。天井もそれなりに高くて氷柱も沢山あって、氷結洞全体に言えるけどどこからともなく月明かりも差し込んでいて、乱反射するように空洞を照らしている。……ちょっと薄暗くはあるけど、夜目を発動していれば充分な明るさはあるね。

 うん、これなら確かにそれなりの人数がいる赤のサファリ同盟にとっては丁度いいくらいの広さかもしれない。逆に灰のサファリ同盟だと人数が多過ぎてここの広さくらいでは狭いくらいだろうし、俺らくらいの人数の共同体なら逆に広過ぎる。


「……でも、これって他所から文句を言われたりしないか?」

「それは大丈夫だよ、コケのアニキ!」

「お、アーサーか。それってどういう理由でだ?」

「ちゃんと対処しないと、ここって外より凍傷や凍結になりやすいんだ。あと、油断してると唐突に敵が出現するんだよ」

「え、マジで?」

「マジで!」


 あー、状態異常になりやすい上に敵すら普通に出てくるなら、使い続けられるだけの規模の共同体でないと維持すら難しいのか。……確かに日常的に使う共同体の本拠地にするには難易度が高い場所なんだな。

 そうやって話している内に、レナさんが弥生さんのとこに駆けていったね。そういやフラムの姿は見えないけど、リアルで連絡を取りに行っていた水月さんがいるって事は解決済みか?


「弥生、みんなを連れてきたよー! そっちはトラブってたみたいだけど、大丈夫?」

「レナ、丁度いいタイミングー! 丁度解決したとこだから大丈夫だよ。水月さん、一応事情の説明をお願い出来る?」

「えぇ、その説明はした方がよろしいでしょうね」


 とりあえず一体どういう事があって、フラムが強制ログアウトになったのかが分かりそうだね。まぁ地震とかだと俺とハーレさんもアウトだった筈だから、全く違う他の理由のはず……。


「えっと、フラムの強制ログアウトについては、局所的な一時的な停電があったそうです」

「あー、なるほど、停電かー」

「すぐに復旧はしたという事なので、何かしらの要因で少しだけ停電が発生しただけのようですね」

「あー! そういえば、そういうの経験あるよー! ね、ケイさん!」

「そういや結構前にそんなのあったっけか。……確かどっかの電線に蛇が巻き付いてたのが原因だったっけ」


 確か今年の春頃に俺の家でも唐突な停電があったけど、その時に電力会社から公表された内容がそんな内容だったんだよな。まぁ非常時の家庭用バッテリーのおかげで被害らしい被害はなかったけど。


「そういう理由だと流石に不可抗力か。それで水月さん、フラムは今どこにいるんだ?」

「中継の際にログアウトが必要になるので、そのまま杉の木の方でログインし直していますね」

「それなら赤のサファリ同盟は準備は完了なんだねー!?」

「えぇ、ルストさんとフラムの組み合わせで中継を行いますので、後は実際に行うだけですよ」


 ふむふむ、既にフラムが杉の方でログインをしているのであれば、ここで不毛なやり取りをする必要もないから都合は良いね。


「……少し質問、良いかな?」

「ん? 構わないけど、サヤさん、どうしたの?」

「えっと、赤のサファリ同盟の人以外に赤の群集の人が少なめなのがちょっと気になるかな?」

「あ、それねー! 普段はもう少し来てたりするんだけど、赤の群集で実況が人気な人がフラム君の杉の方に行ってて、見物希望の人で行ける人の多くがそっちに行ってるよー!」

「おー! 赤の群集の人にはそんな人がいるんだー!? これは負けてられないよ!」

「……あはは、ハーレがライバル意識を燃やし始めちゃったかー」


 ふむ、ハーレさんの実況も一部では人気があるという話だし、赤の群集にも同じような人がいたって事なんだろう。あー、もしかしたらその辺が理由で今回の中継について妙にしつこかったのかもしれないね。


「ま、事情は分かったし問題はなさそうだから、そろそろ始めるか。俺とアーサーの対決と、サヤと水月さんの対決はどっちからやる?」

「ケイ、先にやらせてもらっても良いかな?」

「ほう、サヤは随分とやる気だな」

「私は今は負け越してるからね、アル」

「なるほど、早くリベンジ戦をしたいって訳か。ケイ、アーサー、水月さん、それでも構わないか?」

「えぇ、私は構いませんし、望むところです」

「俺は後で良いから、水月頑張れー!」

「そういう事なら俺も問題ないぞ。サヤ、頑張れよ!」

「サヤ、ファイトなのさー!」

「頑張ってね、サヤ」

「うん、頑張るかな!」


 そうして、まずはサヤと水月さんとの対決を先に行う事に決まった。ま、元々サヤと水月さんが再戦をしたいって始まった事で、俺とアーサーの対決はオマケみたいなもんだからこれで良いんだろう。


「サヤ、もし負けた時のリスポーン位置はどうするの?」

「あ、そっか。アルに設置してるのだけだと、クマしか復活が出来ないね。うーん、昨日の岩山ってまた行く事はあるかな?」

「あー、どうだろな? みんなはあの岩山はまた行きたい?」

「行きたいです! あの行けなかった頂上からの絶景が撮りたいです!」

「……ハーレさんの意見にも賛成したいし、Lv上げにも行きたいとこではあるな」

「うん、確かにそれはそうだね」

「……それだと転移の実の場所の上書きは出来ないよね……。……負けなければ良いのもあるけど、この対決が済んだら転移の種で転移して探索も再開するんだし、その時に調整するかな。クマだけならアルに設置してる巣から復活出来るし、竜は最悪ランダムリスポーンでも良いかな」

「ま、それが無難なとこか」


 前にサヤと水月さんの戦いで勝敗がついたのはかなり前ではあるから今の明確な実力差は分からない。でも、昨日の乱戦の中でも結構な激戦だったっぽいしね。……まぁ詳しく見てる余裕はなかったから、偉そうな事は言えないけど。

 まぁ、ルストさんを抑えられるようになっている水月さんを相手に戦うとなれば流石のサヤも負ける可能性は否定出来ない。……実際に負け越してるってのもあるからなー。


「弥生さん、フラム君の方の中継と実況の準備は整いましたよ」

「ルスト、了解ー! そのままもう少し待機しててー」

「はい、分かりました」

「さてと、カグラさんの方は……」

「はいはい、みんな押さないのー! あ、わたしとハーレとアルマースさんで実況をやるからそのスペースは空けといてねー!」

「弥生さん、こちらも樹洞にギャラリーが入りきったら開始出来ますよ」

「あ、しっかりと準備は進んでたんだねー。あ、そういやサヤさんが集中出来ないから、樹洞の中でやるんだったっけ。ルスト、樹洞展開もよろしくー! わたし達も集中出来るようにするよー」

「はい、分かりました! 『樹洞展開』!」


 おっ、赤のサファリ同盟の方もサヤに気を遣って、ルストさんの樹洞の中へと入っていくようである。まぁその辺がサヤが中継や実況を受け入れる事の条件だもんな。


「……弥生さん、そういう事でしたら私の方も樹洞を開けましょうか?」

「あ、それもそだねー。うーん、それじゃ集まってる人達で灰の群集の人以外は蒼華の樹洞に入っていってー! 集中力を削がないようにするのが今回の対戦の中継の条件だから、その辺の配慮にご協力お願いします!」

「では、樹洞を開けますね。『根下ろし』『樹洞展開』『樹洞投影』!」

「いよっし、赤の群集と青の群集の人は蒼華さんの樹洞に入っていけ。それが嫌ってやつは追い出すからなー!」


 蒼華さんの桜の木の樹洞も開け放たれ、ガストさんがそちらに入っているように誘導していっている。ふむ、やっぱりサヤがやりやすいように調整はしてくれているし、特に異議を唱える人もおらず、樹洞の中へと入っている。


「あ、そうだったのか」

「まー、これだけの人数に見られてたらやりにくいもんな」

「へぇ、赤の群集の人と一緒に見学か」

「たまたま来てただけだけど、良いとこに遭遇したねー」

「……これ、ジェイさん達を呼ぶべきじゃ?」

「……ちょっと連絡してみるか」

「ちょ!? 青の群集が何か画策してる!?」

「いやいや、ここは中立地点だぜ?」

「あ、確かにそりゃそうだ。止める理由がねぇや」

「見られたくないなら、ここでやるのは無しだろ」

「……そりゃそーだ」


 あーうん、なんかジェイさんを呼ぼうとしている青の群集の人がいるね。……まぁ中立地点で中継ありの対戦をするのであれば、その可能性は当たり前だよなー。

 とは言っても、今のサヤには情報漏えいになる類の情報は特にないはず。基本的にサヤの近接での強さはプレイヤースキルによるものだから、単純に見て分析すれば真似出来る類のものじゃない。


 そういう意味で言うなら、気を付けるべきは俺の方か。……アーサーの成長具合にもよるけど、あんまり新しい思いつきの手段は試さない方向でいかないとね。ま、想定以上にアーサーが強くなっていればそうも言ってられないけど……。


「それじゃちょっと行ってくるかな」

「ほいよっと。サヤ、頑張れ!」

「応援してるからな!」

「サヤ、ファイトー!」

「今度は勝ち越そうね、サヤ!」

 

<サヤ様がPTから脱退しました>


 そんな俺らの応援を背に、一度PTを抜けたサヤがこの空洞の中央で水月さんへと向かい合っていく。ほぼ他のギャラリーの人達は誰かの樹洞の中に入っていったし、残ってるのは俺達と弥生さんくらいか。


「さてと、開始の合図はルストに任せるけど、良い?」

「えぇ、この場合は私か蒼華さんかカグラさんが適任でしょうし、私で良ければ引き受けますよ」

「それじゃそういう事でルストに決定ね。わたしはルストの樹洞の中に移動するから、ケイさん達はカグラさんの樹洞の中に移動をお願いね」

「ほいよっと。みんな、移動するぞー!」

「「「おー!」」」


 とりあえず俺達も邪魔にならないように、蒼華さんとはある程度の距離を取って根を下ろしているカグラさんの樹洞の中へと入っていく。

 へぇ、桜花さんやアルの樹洞と違って、全体的に青白くなってるんだ。樹洞の中の色も属性によって変化するんだね。そしてもう既に灰の群集だけのギャラリーが集まっていて、樹洞投影でサヤと水月さんが向かい合っている外の様子が映し出されている。


「ハーレ、アルマースさん、こっちこっち!」

「おう、実況だな」

「さー、実況をやるよー! あ、アルさんは解説で、レナさんはゲストねー!」

「うん、それでいいよー!」

「おうよ!」


 レナさんに呼ばれて投影画面のすぐ横に移動したアルと、木の巣の中にいるままのハーレさんと、アルのクジラの頭の上に飛び乗ったレナさんが実況の準備を進めていた。


「楽しそうだな、ハーレさん達」

「まぁ、サヤの対戦の実況はずっとやりたがってたしね」

「……それもそうだよな」


 ま、何度も何度もサヤに却下をされ続けたのが、ようやく条件付きではあるけど現実のものになったんだもんな。それに身内だけではなく実況を聞くギャラリーも増えたんだし、ハーレさんも嬉しいか。

 それはともかくとして、俺とヨッシさんは実況に関わる気はないから少し離れたとこに置いてあった石の上に乗って見学モードである。……昨日あの3人の組み合わせで俺とベスタの実況をしてたはずだけど、まぁそれとはまた違う気分なんだろうね。


「それでは遮音設定に切り替えてよろしいでしょうか?」

「あ、カグラさん、よろしく」

「はい、分かりました。それでは遮音設定に切り替えて、中継を開始しますね」


 さてとこれで樹洞の中にいる俺らの声はサヤと水月さんには届かなくなって、カグラさんと桜花さんの間で中継も開始されていく。後は外へと声をかけられるルストさんの開始の合図を待てばいい。


「私の方も中継を始めますね。『同族同調』『樹洞投影』! それではサヤさん、水月さん、宜しいですか?」

「水月さん、今回は勝たせてもらうかな!」

「いえ、勝ち越させていただきますよ、サヤさん!」


 カグラさんの樹洞の中に映し出されているサヤと水月さんは向かい合っており、既に戦闘準備は完了という感じである。


「さぁ、間もなくクマ同士のライバル対決が始まります! 今回のは実況は『グリーズ・リベルテ』所属のリスのハーレと!」

「解説は同じく『グリーズ・リベルテ』所属の木とクジラのアルマースと!」

「ゲストの『渡りリス』こと、レナでお送りするよー!」


 そして、樹洞の中でもこの対戦の実況が始まると同時に大きな歓声が上がった。おー、見物に来ている人達もも盛り上がってるみたいだね。さて、この対決はどうなるかな?

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