第521話 川を下って


 川を下り始めて少し経った頃、風景にちょっとした変化が出てきていた。まだ距離は結構あるけども、それでも見えるようにはなってきたんだな。


「へぇ、ここから雪山が見えるのか。アル、あそこって……えーと何雪山だっけ?」

「ニーヴェア雪山な」

「そうそれ。あそこで合ってるのか?」

「桜花さんがやってきた方向とかも考えると、位置関係としては多分そうなるんだろうな。……雪山が2つ並んでなければだが」

「それはないんじゃないかな? 麓に見える雪に埋もれた森っぽい場所って上から見下ろした場所だと思うし」

「雪山が2つ並んでるとかは聞いてないから、あそこがニーヴェア雪山なのはほぼ確実なのさー!」

「こういう位置関係なら、青の群集の森林エリアからの帰りに改めて雪山の中立地点に行くのも良いんじゃない?」


 ほほう、確かにそのヨッシさんの案は一考の余地ありだね。結局、青の群集の問題連中が起こした騒動によって、見に行けなかったままだしね。


「俺はいいと思うけど、みんなはどうだ?」

「俺もいいぜ。反対側から行くってのも楽しそうじゃねぇか」

「私も賛成かな」

「もちろん私もさー! 雪の森から、見上げるように撮る雪山もいいと思います!」

「あはは、確かにそれも良さそうだね。せっかくだし、その時はダイヤモンドダストを発動して演出するのも良いかも」

「あ、それは良さそうかな!」

「よし、それじゃ俺は発光で照明でもするか」

「あーケイはそういう手もあるのか。ふむ、俺も何か考えてみるか」


 そんな風に雑談をしながら、景色の中に見えるようになってきた雪山を見つつ、破片を探しながら川をどんどんと下っていく。


「はっ!? これだと今の私ならどのくらいの推進力になるんだろ!? 『並列制御』『ウィンドクリエイト』『風の操作』!」


 風の爆発魔法を行動値と魔力値が回復したら即座に使っていたハーレさんが急に思いついたように別の組み合わせを試し始めていた。まぁこっちの方が基本的な組み合わせだし、一気に推進力を得るって意味では指向性を制御した爆発魔法も利便性は充分だったしね。


 そして今の組み合わせで、リスが乗る川に浮かんだクラゲの進行方向から見て後方に風が生成されていき、川の水を押し出すようにして推進力を得ていくハーレさんであった。うん、それほど勢いはないけど、川自体の流れもあるから充分な推進力にはなっている。……なってはいるけど、それって進行先か、推進力の元のどちらかを見ずに移動し続ける事になりそうだけど大丈夫か?


「ねぇ、ハーレ? なんだか危なっかしいけど、大丈夫かな?」

「それって、ちゃんと前は見れてる?」

「今、リスに視点は切り替えたから大丈夫ー! でも、リスで前を見ながら下のクラゲの操作で後ろに向けて制御するのって……あっ」

「「ハーレ!?」」


 そしてそんな言葉と共に、ハーレさんがクラゲのバランスを崩してしまい川へと転覆してしまっていた。あーあ、やっぱりか。まぁ、沈まずにクラゲにしがみついているから大丈夫だろう。

 操作系スキルは初めの指定以外は視認しなくても扱えるけど、そういう使い方はかなり難易度は高いんだよな。魔法産のものを操作するとなれば自由度は高いけど、その分だけ高い操作精度が要求されるしね。

 こういう風に使う方向を見ずに使うのであれば、魔法砲撃が便利かもしれないな。……あれ、そういや移動操作制御に対して魔法砲撃って有効なんだっけ? ふむ、ちょっと試してみるか。


<行動値上限を2使用して『移動操作制御Ⅰ』を発動します>  行動値 71/71 → 69/69(上限値使用:3)


 えーと、魔法砲撃は発動したままだから、右のハサミを起点に設定してアクアクリエイトを発動すれば放水状態になって……あ、魔法砲撃の状態だと水の操作の対象に出来ないね。でも水の操作自体は発動してるから、支配範囲の指定の待機状態になってるな。ふむ……とりあえず川の水でも操作してーー


「ケイさん、ストップ!」

「ん? ヨッシさん、どした? あ……」


 なにやら慌てたようにヨッシさんが放水している俺のロブスターのハサミを上から押さえ込んできた。……うん、よく見てみれば納得ではあるね。思いっきり放水がハーレさんのクラゲの傘の中に命中して、川の中に沈んでいっていた。共生進化で離れられない仕様だからリスも一緒に……。

 とりあえず放水の向きはヨッシさんが変えてくれたから大丈夫だけど、ハーレさんは大丈夫だよな? ……多分、俺からの攻撃判定だからダメージはないはず。あ、浮かび上がってきた。


「ぷはっ! 死なないけど、死ぬかと思ったー!?」

「大丈夫かな、ハーレ?」


 さっきまでひっくり返していたクラゲも転覆した事で通常の向きに戻って、リスはクラゲにしがみつくような形で安定を取り戻していた。HPは全く減っていないので、特にダメージもなしだね。


「あー、ハーレさん、なんかすまんかった」

「今のはいきなりびっくりしたのさー! ケイさんには何かお詫びを要求します!」

「……今回は仕方ないか。明日、デザートにアイスでどうだ?」

「許します! ちょっと良いやつね!」

「即答だな!? まぁ良いけど……」


 特にダメージ的な影響は無かったとはいえ、今回は間違いなく全面的に俺が悪いもんな。棚ぼた的に小遣いを貰える事になった訳だし、アイス1個で機嫌が治るなら別に良いさ。


「よし、珍光景が撮れたぞ」

「アル、静かだと思ってたらスクショを撮ってたのかな?」

「おう、そうだぜ。ダメージがないのは分かってたしな」


 みんなに何も言わないで実験した俺もあれだけど、この状況で何も気にせずスクショを撮ってるとは、アルもやるな! てか、その辺はハーレさん的にどうなんだろ?


「おー! アルさん、ナイスだよ!」

「あ、ハーレはそれで良いんだ?」

「もちろんさー! それでどんなのが撮れたのー!?」

「……私もちょっとそれは見てみたいかな?」

「うん、まぁそれはそれでいいんだけどね。まずはケイさん、放水を止めてくれない?」

「あー、それもそうだな」


 移動操作制御で発動してるもんだから、ダメージ判定がない限りはいつまで経っても放水が止まらないのか。……思いっきり川に放水はしてるけど、ダメージ判定によって解除されない様子だしその影響範囲には敵も一般生物もいないんだろうな。

 とりあえず水の操作で支配範囲の指定の待機に……あ、ゴタゴタしてる間に指定の猶予時間が過ぎてんじゃん。……とりあえず移動操作制御を止めるか。


<『移動操作制御Ⅰ』の発動を解除したため、行動値上限が元に戻ります> 行動値 69/69 → 69/71(上限値使用:1)


 よし、これで放水は止まったな。俺の今の登録内容ではちょっと問題はあるけども、元々魔法砲撃と一緒に使う構成なら問題はなさそうだね。


「ケイ、実験結果としてはどうだったかな? ハーレの移動に魔法砲撃が使えないか、試してみたんだよね」

「あー、また声に出てた?」

「ブツブツ言いながらハーレを沈め始めたのはびっくりしたかな」

「……だね。一瞬何事かと思ったよ」

「という事で、アイスなのです!」

「……そりゃ確かにびっくりもするか」


 仮にサヤがブツブツ言いながら斬りかかってきたり、ヨッシさんがブツブツ言いながら凍らせてきたりしたら俺でも驚くわ! うん、ちょっとまったりした探索でボーッとしてたのはあるけど、流石に今回のはないな。……気をつけようっと。

 それはそうとして成果自体はあったから、そこはちゃんと伝えておかないとね。これを伝えなきゃなんの為にやったのかが意味不明になり過ぎる。


「とりあえず、魔法砲撃と移動操作制御の組み合わせ実験は、半分成功で半分失敗だな」

「半分成功で半分失敗ってどういう事かな?」

「あー、割と単純な話。生成魔法はちゃんと発動するし、それを魔法砲撃として使う事は可能。でも、それを操作系スキルで操作する事は出来ない」

「あー!? そういや、魔法砲撃は操作出来ないってあったような気がするー!?」


 そうやって言われてみれば、どこかで聞いたか見たような覚えはあるような、ないような……? あー、どうだったか忘れたし、忘れてたのならどっちにしても確認の必要はあったって事だから別にいいか。


「ま、そういう事だから操作系スキルを登録に組み込まずに、初めから魔法砲撃で運用する前提ならあり。ただし、この場合はダメージ判定が発生しないように気をつけ続ける必要があるな」

「おー! それは悩ましいとこだね!?」

「それならさっきの方法は普通に手動発動で良いんじゃねぇか? 風ならハーレさんがずっと噴き出し続けなきゃ移動できんって訳でもないだろ」

「あー、確かにそうなるか。って事で、ハーレさん、移動操作制御は取っても良いとは思うけど、使うのはクラゲで空中を飛ぶ時用だな。魔法砲撃は、瞬発的な推進力が必要な時に手動で使うのがおすすめ」

「その方が良さそうだねー! それじゃ移動操作制御よりも、まずは魔法砲撃から狙っていこー!」

「あ、そっちが先なんだね?」

「今日の場所的な問題なのさー! ということなので、アルさん、撮ったスクショを見せて……」

「ハーレ、どうしたのかな?」


 ひとまず話が片付いてので、アルにさっきのスクショを見せてもらおうと催促しようとしたかと思ったら急にハーレさんが黙り込んだ。え、何? どうしたの?


「……おーい、ハーレさん?」

「みんな、さっきは慌ててたから頭からすっぽ抜けてたけど、重要情報です!」

「ハーレ、何を見つけたの?」

「さっき沈んだ時に、黒い破片っぽいのを見た気がするのさー! そういう事なので潜ってきます!」

「あ、ハーレ!?」


 勢い任せにハーレさんはヨッシさんの静止も聞かずに、クラゲを帽子のようにリスに被り直してから川の中へと潜っていった。……うん、さっき沈んだ時に破片を見つけたかもしれないというのは朗報なんだけど、ここって川なんだよね。

 そして、何気なく普通にハーレさんのクラゲは流されていたし、アルもサヤもその状態に合わせて移動もしていた。……つまり、今の地点は少し流された場所なので真下に潜ったところで意味はない。


「ハーレ、ここが川なのを忘れてないかな!?」

「さっきの場所ってここじゃないもんね」

「まぁ、そうなるな。ちょっと流されてるから、少し戻ったとこか」

「さて、ちょっと戻りますか。って事で、ハーレさん、そこで潜っても無駄だからさっさと上がってこい」

「ぷはっ! みんな、そういう事は早く言ってー!?」

「私は止めようとしたけどね?」

「あぅ!? ヨッシ、ごめんなさい!?」


 とりあえず、PT会話が聞こえたようで慌てて水面まで戻ってきたハーレさんであった。言う事を聞かずに突っ込む癖は鳴りを潜めたかと思ってたけど、久々にちょっと暴走した感じのハーレさんを見たね。まぁ、慌てさせる状況を作った俺が言うのもどうかと自分でも少し思うけども……。


「それじゃ、少し戻って破片の回収といきますか。アル、移動よろしく」

「おうよ。ま、空中を飛んでる状態だからすぐだがな」

「サヤ、竜に乗せてー!」

「あ、うん、分かったかな」


 アルに乗っている俺とヨッシさんはアルに移動を任せ、ハーレさんはクラゲの帽子を被ったリスといういつものスタイルに戻してサヤの竜の頭に乗っていた。そういやハーレさんがサヤの竜に乗っているというのも意外となかったパターンだね。


「……さっきの正確な場所、みんなは分かる? 私は自信ないよ」

「あー、俺も自信ねぇな」

「アルとヨッシさんもか」


 流石に川の上だったからなぁ……。その手前くらいまでなら周囲や川の中も確認はしていたから、そこからある程度の推測は出来るけど、あの近くに目印になるようなものってあったっけ?

 放水していた真っ最中は周囲の確認は……してなかったからこそ、ハーレさんを沈めるという事態になっていた訳であって……。いや、結果的にあれで破片が手に入るというのであれば、俺のした事に価値があったという事になるんじゃないだろうか!


「……ケイ、流石にそれは言い訳としては無理筋だと思うかな? まぁ全く無意味とまでは言わないけど」

「……ですよねー。てか、また声に出てた?」

「いや、今のは出てなかったぞ。ただハサミは突き上げてたな」

「そこからは推測かな?」

「今のは声に出てなくても、なんとなく分かりやすかったよね」

「そうともさー! アイスは確定で、取り下げは禁止です!」

「だそうだぞ、ケイ?」

「……結局、読まれやすいのは変わらないのな!?」


 ハサミを動かす方の癖は普通に出てたみたいだし、タイミング的にさっきのは読まれても仕方ないか。最近まで無自覚だった癖を無くすのってホントに難しいな!

 まぁそれは気にし過ぎてもすぐにどうにか出来る訳でもないから、気分を切り替えて行こう。うーん、雪山が見える角度的にこの辺か? あ、戻ってきて見てから思い出した。あの時には少し離れた場所に1本の木があったはず。


「アル、この辺じゃないか? あの木に見覚えがあるんだけど」

「あー、1本だけ生えてた木か。そんなのもあったな」


 距離が離れていて一般生物か敵かは分からない木なんだけど、動いてさえいなければどっちでも問題はない。移動種で移動してない事を祈るだけだな。うん、目印になるようなものがあって良かったよ。


「よし、とりあえずこの辺の川底で破片を探すぞ」

「「「「おー!」」」」


 とはいえこの川はそこそこの深さがあるので、大きなアルや、水に弱いヨッシさんは捜索には不向きかもね。ハーレさんとサヤは、定期的に呼吸をしに戻ってくれば大丈夫なはず。一番問題がないのは、俺か。

 ま、とにかく破片を見つけていかないとね。ハーレさんのログイン時間がみんなより短くなるから、出来ればハーレさんの手に渡るようにしてあげたいな。

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