第495話 大切だからこそ


 ふざけた真似をして盛大に喧嘩を売ってきた青の群集の問題集団に対する苛立ちが高まっていく。……ん? 何やら弥生さん達のいる方からざわめきが広がっていってるな。弥生さんに何か変化ありか?


「ちょっと待って、シュウさん!?」

「……止めないでくれるかい、レナさん」

「いやいや、そうはいかないって! 前にやってたゲームを続けれなくなった状況に近いじゃん!? あの時やり過ぎて、シュウさんBANされたよね!?」

「……だからといって、元凶を放置出来る訳がないじゃないか」

「シュウさん!」


 なんだかシュウさんとレナさんが不穏な雰囲気で言い争っている。……ちょっと待って、シュウさんの雰囲気が無茶苦茶怖いんだけど……。弥生さんの姿は見当たらないし、シュウさんはブチ切れてるみたいだし……。っていうか前にやってたゲームでシュウさん、BANされたの!?


「……なぁ、ルストさん」

「兄……シュウさんと弥生さんの事ですね。……えぇ、前にやっていたゲームで弥生さんが同じようになった事がありまして……」


「……レナさん、もう一度言う。止めないでくれるかい」

「絶対に嫌だね! ここは弥生の為に、意地でもシュウさんを止めるよ!」

「……弥生の為……? またあんな連中に関わるくらいなら、もうオンラインゲームはやめた方が弥生の為じゃないかい?」

「それは弥生に聞いたの!? 弥生が赤の群集のみんなと楽しくしてたのは見てたよね!?」

「……それでも僕は弥生の笑顔を奪うやつは許さないよ」

「シュウさん!」


 ルストさんから事情を聞こうかと思ったけども、レナさんとシュウさんが一触即発の状況になってるし……。これって事情は分からないけど、レナさんと弥生さんとシュウさんって、このゲーム以外で間違いなく接点があるだろ!?


「……何がどうなってんだ、これ」

「レナさんとシュウさんがなんで殺伐としてるの!?」

「……弥生さん、どうなったのかな……?」

「……どういう事なの?」


 弥生さんの事を心配して集まっていた人達も、この今の予想外の状況に戸惑いを隠せていない。……俺のPTのみんなを見てみても困惑していてよく分からない状況だ。……事情が分かってそうなのは赤のサファリ同盟だけか……?


「……どうやら呑気に話している場合でもなさそうですね。少し失礼します!」


 あ、ルストさんが大慌てでシュウさんとレナさんのところに駆けていった。……なんだかこれは単純には済まない状況になってきたぞ。


「兄さん!」

「……ルストかい」

「兄さん、気持ちは分かりますが少し落ち着いて下さい!」

「……それは出来ない相談だね。……それよりもルスト、少しの間、弥生の事を頼めないかい? 僕はこれからやるべき事があるからね」

「……ルストさん、とにかくシュウさんの足止めをするよ。またあの惨状はわたしは見たくない!」

「……それは私も同感ですよ、レナさん」


 そうしてシュウさんに向かってレナさんとルストさんが飛び掛かっていく。……え、2人ともとんでもなく強いのに、シュウさんはその攻撃を紙一重で躱して、反撃に魔法を叩き込んでいた。……シュウさんって魔法特化じゃなかったっけ……?


「あー、ライさんに呼ばれて来てみりゃ相当面倒な事になってんな……」

「……弥生さんは、ログアウトになってるね。それでシュウさんがあの状態……ガスト、俺もうログアウトしていい?」

「いやいや、ディー!? いきなり逃げる選択かよ!? 俺は伝聞だけでシュウさんのあれの詳細は知らないんだけど!?」

「……レナさんとルストが抑えてくれてはいるけど、あの状態のシュウさんとか止められねーもん。あの人がキレると、弥生さんより厄介だからさー」


 そんな風に話しながら近付いて来たのは赤のサファリ同盟のタカとキノコの同調化のガストさんと、カバのディーさんである。って、ライさんに呼ばれたって事は近くにいるのか!?

 いや、それは今は良いや。ライさんには悪いけど、今は位置を探している状況ではない。用事があればライさんの方から声をかけてくるだろうしね。


「赤のサファリ同盟のガストとディーか。……悪いんだが、事情を教えてはもらえないか? あの状況がいまいち飲み込めん」

「えぇ、ベスタさんに同意です。……一体以前に何があったんです?」

「あー、俺は伝聞でしか知らねぇからディー、頼んだ」

「えー、めんどいんだけど……。……まぁ折角楽しくやってたのに、このままシュウさんと弥生さんが居なくなるのもそれはそれでやだしなー。事情は説明するから、そっちにシュウさんを抑え込むの頼んでいい? キレた時のシュウさんって弥生さんよりも強いから、ダメージも与えられない俺らじゃほぼ不可能なんだよ。ベスタさんとかケイさん達なら、なんとか抑え込めるでしょ」

「……そんなに厄介なのですか!? ……いえ、あの戦闘を見る限り、私や斬雨では無理かもしれませんね」

「……違いねぇな」

「よし、それは引き受けよう。良いな、ケイ?」


 あの状態のシュウさんの事を知っているっぽいディーさんが事情を説明してくれるらしい。そしてあの状態のシュウさんを抑え込むのを俺らの役目……? 

 ジェイさんはレナさんとルストさんを相手に、一歩も引かないどころか押しているシュウさんを見て諦めた感じになっているしさ……。というか、シュウさんってキレると思った以上にヤバいようである。


「……あのシュウさん相手に、俺らが相手すんの……?」

「ま、やるしかないだろ、ケイ」

「うん、まだ事情が分からないけど、このままだと良くない事になりそうなのは分かるかな」

「そうだよー! 弥生さんもシュウさんも、普通に良い人だもん!」

「弥生さんと色々料理を試そうって話もしたしね。このまま放ってはおけないよ」


 みんなはそれでも良いようである。確かに弥生さんやシュウさんとは色々と交流もあったし、ここで何らかの手を打たなければ居なくなる可能性すらあるのなら、それはどうにか止めたい。……そうなると、ここは覚悟を決めるしかないか。


「……よし、分かった。その件は引き受けるから、シュウさんが今ああなってる理由を教えてくれ、ディーさん」

「ま、ホントは口外禁止って約束なんだけど、状況が状況だしね。俺らってまぁ大体の察しはついてると思うけど、このゲーム外のサファリ系プレイヤーのコミュニティでの繋がりがあって、赤のサファリ同盟を立ち上げたんだよ。あ、ちなみにレナさんはここではメンバー入りしてないけど、その時の知り合いね。ちなみにガストは例外で、ゲーム内での追加メンバー」

「あー、なるほど。レナさんが弥生さんとかと親しいっぽい感じがしたのはそういう事か」


 赤のサファリ同盟は身内集団という話は聞いていたけど、外部のコミュニティで集まっていた集団なのか。レナさんに関しては所属に拘るタイプではないみたいだから赤のサファリ同盟には入らず、自由気ままにあちこちを動き回っているって事なのだろう。


「ま、その辺は本題には関係ないから良いとして……。このオンライン版が始まるちょっと前までそのメンバーの何人かでファンタジー系のMMORPGをやってたんだけど、ある日新人さん達と弥生さんが仲良くなった事があってさ。……そこまでは良いんだけど、弥生さんの事が気に入らない連中がその新人さん達に嫌がらせしまくって、弥生さんがキレちゃってね……」

「うわ、マジか……」


 VRMMORPGは結構な数が出てるからどのゲームかは分からないけど、そんな悪質プレイヤーがいたのかよ……。それは流石に弥生さんがキレるのも分かる。俺だって親しくなった新規の人……思い浮かぶのはフーリエさん達か。俺の事が気に入らないって理由で、フーリエさん達が嫌がらせを受けたなら俺でもブチ切れるよ……。


「……それで弥生さんの豹変っぷりに、新人さん達が怯えてそのゲーム辞めちゃってね。その後も似たような嫌がらせが続いて、どんどん弥生さんが精神的に参っていっちゃってさ。……そこでシュウさんがブチ切れて、報復に動いたんだよ」

「……シュウさんが報復? え、もしかしてそれがBANの原因?」

「まぁそうなるね。相手に全面的に非があったからそいつらもBANされたんだけど、シュウさんも執拗にやり過ぎちゃってね。その事をずっと弥生さんが気にしてて、それでもこのゲームがやりたかったからコミュニティにいた人だけの集団として赤のサファリ同盟が出来たんだ」

「……そういう経緯があったのか。あ、だから初めは群集に関わろうとしてなかったのか!」

「うん、そういう事。ま、それでもガストとか少人数ではあったけど、気が合ったメンバーの加入とかはあったんだけどね。……それが変わったのは例の赤の群集での騒動だね」

「……あれか」


 ウィルさんが赤のサファリ同盟を筆頭に隠れた強者を表に引っ張り出そうとして、盛大な失敗に終わったあの件がここに繋がってくるのか。


「弥生さんってさ、元々他の人との交流は好きでさ。えっと、確か常闇の洞窟で一回暴れちゃったんだったっけ。あの後にみんなに受け入れられて本当に嬉しそうだったんだ。シュウさんもそれについては、もの凄く感謝してたんだけどね」

「それが今回の件で、シュウが見切りをつけようとしている訳か。ちっ、例の問題の連中め、面倒な事を……」

「まぁシュウさん的にはそうなんだろうね。これ以上、弥生さんが傷付かないようにしようとしてるんだと思うよ。でも弥生さんが本当に楽しそうにしてたのも事実だから、ルストとレナさんが止めてるんだろうね」

「……そっか、そういう事なのか。シュウさんの気持ちも分からなくもないけど、それを決めるべきは弥生さん自身だよな……」


 つまり、シュウさんが今怒り狂って問題の連中へと報復しに行こうとしているのも、レナさんとルストさんがそれを止めているのも、どちらも弥生さんの事を思っての事か。……弥生さん、愛されてるね。

 そこまで事情を聞いた以上は、見て見ぬふりは無しだ。聞いた内容としても、シュウさんのやり過ぎでのBANは問題かもしれないが、それ以外に非があるとはとても思えない。……これでもう弥生さんがゲームをしたくないという事になったらそれは仕方ないとしても、シュウさんや赤のサファリ同盟のみんなの元に戻ってこれるようにしなければ……。


「ま、弥生さんとシュウさんの事情に関してはそんな感じ。という事で、シュウさんを止めるのは任せたよ」

「あぁ、確かに請け負った。ふっ、話は単純じゃねぇか」

「えぇ、非常に単純な話ですね。斬雨、今回の件は私達、青の群集の失態でもあります。全力で原因を取り除きますよ」

「だな。もっと早くに実力行使をしてれば良かったぜ」

「……要するに、シュウさんがやり過ぎない程度に抑えて、弥生さんが戻ってこれる状況を作れば良いんだな」

「あぁ、ケイ、その通りだ。……よし、お前らは少し待ってろ」

「……おう? え、ベスタ、何すんの?」


 まだ話の途中のはずなんだけど、ベスタは話を切り上げて移動していく。その行き先はシュウさんのところである。……てか、レナさんとルストさんが連携して戦っているのに、シュウさんは単独で凌ぎきっているどころか、ルストさんは何度も吹き飛ばされていた。レナさんは何とか回避し切っているけども……。

 シュウさんって実力が未知数とか聞いていたけど、レナさんとルストさんを同時に相手取れるってとんでもなく強いぞ。


「シュウさんの分からずや!」

「兄さん、今は弥生さんの元に行ってあげてください!」

「……邪魔だよ、レナさん、ルスト」

「きゃ!?」

「ぐっ!? 兄さん!」


 そしてシュウさんの無発声で生み出された暴風でレナさんとルストさんがバランスを崩している。あの2人がこんなにあっさりとバランスを崩すとか、シュウさんはどんな操作をしてるんだ!?

 そこに割って入るようにベスタが銀光を放つ爪の連撃で風を打ち消していく。……あれ、ベスタも無発声でスキルの発動をしてません?


「レナ、ルスト、下がってろ」

「……今度はベスタさんかい。邪魔はしないでくれないかな」

「いや、そういう訳にはいかねぇな。シュウ、お前、ちょっと勘違いをしてねぇか?」

「……勘違い?」

「あぁ、そうだ。今回の騒動でキレてんのはお前だけじゃねぇんだよ!」

「っ!?」


 その怒号と共に一気に距離を詰めて攻撃を放つベスタと、驚いたように風の防壁を生み出して攻撃を逸らすシュウさん。うん、このレベルになると発声なしが当たり前なんだね。……誤発動が怖いから基本的に俺も含めてみんな発声してスキルは使ってるけど、俺も無発声でのスキル発動の練習でも……ってそんな事を考えてる場合じゃない!?


「いいか、よく聞けよ、シュウ! ここに集まっている連中は、あの騒動の元凶の連中を許す気なんざ欠片もねぇ! それによく見ろ、弥生の心配をしているのはお前だけに見えるのか!?」

「……弥生の心配を……?」


 そのベスタの言葉が通じたのか、シュウさんはみんなが集まっている方向へと顔を向けていく。そこには不安そうにしているけども、それ以上に怒りに満ちたみんなの姿があった。


「ベスタの言う通りだ! あいつらは絶対に許さねぇ!」

「弥生さん、大丈夫かな……?」

「シュウさん、気持ちはわかるけど、今は落ち着いて!」

「1人で全部持っていこうとしてんじゃねぇよ!」

「弥生さんに酷いことした奴らは許さない!」


 そんな声が次々と上がってくる。ここにいるメンバーは群集は違っても、あんな卑怯者達とは違うんだ。俺だって、あいつらを野放しにする気なんて欠片もない。そしてあんな奴らのせいでシュウさんや弥生さんが居なくなるなんて事は絶対に認めない。

 弥生さんに心をへし折られたのかもしれないが、それ以上に弥生さん自身が傷付いているからだ。……あの弥生さんのバーサーカー状態について、軽く考え過ぎてたのは反省しないとな。これほどまでに気にしているとは思ってなかった……。


「…………」

「分かったか、シュウ。奴らに報復したいというお前の気持ちは分かる。だが、1人で全てをやる必要はない」

「……そう、みたいだね。……そうか、今の僕がすべきなのは弥生をこの居場所に戻してあげる事か」

「あぁ、そうだ。なら、すべき事は分かるな?」

「……すまない、ベスタ。僕は弥生の元へ行くよ」

「それでいい。後の事は俺らに任せておけ」

「……ありがとう」


 どうやらベスタの説得はシュウさんに通じたようである。そっか、レナさんやルストさんは関係性が近過ぎたのかもしれない。でもこれだけ沢山の人数が同じ目的を持っていて、なおかつ弥生さんの事を心配しているという状況がシュウさんに少しの冷静さを取り戻させたのだろう。


「……レナさん、ルスト、さっきはすまなかった」

「まったくだよ。これは後で弥生に報告するからね?」

「……無茶をしないでくださいね、兄さん」

「……あぁ、そうだね。ルスト、後の事は任せたよ」

「えぇ、お任せください。兄さんは早く弥生さんのところへ行ってあげてください」

「そうさせてもらうよ。……みんな、迷惑をかけてすまなかった」


 そうしてシュウさんは深々と頭を下げて、先にログアウトした弥生さんの元へ行く為にログアウトしていった。……さてと、シュウさんに頼まれたというのもあるけども、ここにいるみんなの総意は1つである。


「あの連中、絶対に許さねぇ!」


 やるべき事はただ1つ。灰のサファリ同盟に喧嘩を売った事、青の群集で迷惑をかけ続けた事、そして弥生さんを精神的に傷付けた事。あの連中にそれらの報いを受けさせてやる!

 

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