第431話 湖の上では
「あははははは! まーだ、わたし達の邪魔をするんだね?」
バーサーカーと化した弥生さんがナマズを瞬殺して湖底に降りて、こちらを振り返りつつそんな言葉が聞こえてくる。えーと、敵を倒し切ったら止まるんじゃなかったっけ? なんでナマズを倒したのに止まらないんだ!?
邪魔したら敵認定とは聞いたけど、今は誰も邪魔なんかしてないはず……。うわっ、一気に突っ込んできた!?
「あはははははははははは!」
「弥生!」
「はっ!? ……またやっちゃった」
「……シュウさんがいる時で助かりましたよ。それと倒した後に止まらなかった理由はこれですか。『根縛』!」
そうやってシュウさんが名前を強く呼んだだけで弥生さんは普通に元に戻って、アルの背の上に着地してから思いっきり凹んでいた。……シュウさんが暴走した弥生さんを止められる唯一の人とは聞いていたけど、一声で止まるとは思わなかったぞ。凄まじいな、この夫婦。
そしてルストさんが根で何かを捕まえたようである。ルストさんが根で掴んでいるのは……なんか紫色の模様のある20センチくらいのエビか。
「おー、エビだー!? じゅるり……」
「……ハーレ、これはカーソルが黒いから無理だよ?」
「あう!? それは残念……」
「ハーレ、どんまいかな」
相変わらず食べる事に関しては反応が素早いハーレさんであった。それにしてもルストさんが捕まえるまでこのエビの存在には気付かなかったよ……。とりあえず識別してみるか。
<行動値を4消費して『識別Lv4』を発動します> 行動値 25/41(上限値使用:21)
『毒エビ』Lv20
種族:黒の瘴気強化種(毒堅牢種)
進化階位:成長体・黒の瘴気強化種
属性:毒
特性:堅牢、俊敏
ん? こいつ、未成体じゃなくて成長体か? あ、もしかしてこれが任意に進化させられるフィールドボスの元になるやつか!
「ルストさん、そのエビは離しておこうぜ」
「……そうですね。このエビはどうやら次のフィールドボスになる可能性がありそうですし、今は逃しておきましょうか」
「ルスト、待って。それはわたしに殺させて!」
あ、ルストさんがエビを逃がそうとしたら凹んでいた弥生さんが復活してきた。うーん、まぁ気持ちは分からなくはないんだけど、この進化手前の個体ってどのくらいいるんだろう? すぐに復活したり、他にも沢山いるのなら仕留めても問題ないんだけど……。
「シュウさん、ルストさん、進化前の個体数の情報とかってある?」
「えぇ、あるにはありますよ。基本的に未成体がメインとなるエリアでは数はかなり少ないですね」
「まだ倒した際の復活の周期も分かっていないね」
「……なるほど」
必要になってくるエリアでは個体数はが少なく、復活の周期はまだ不明と……。念の為、灰の群集のまとめも確認しておいて……お、あった。ふむ、これは灰の群集でも同じ情報か。後は青の群集の方だけど、ちょっと聞いてみよう。
「青の群集の方には情報はあったりしない?」
「今、まとめを確認したがそれ以上の情報はねぇな」
「……マムシ、教えていいのか?」
「この場合はこれでいいんだよ! 教えてもらうばっかでいるとか冗談じゃねぇ!」
「わ、悪い……。確かにそれもそうだな」
とりあえずマムシさんは探索中にも言ってたけど、堂々としてない情報のやり取りってのは好きじゃないみたいだね。
あー、そうか。青の群集でジャックさんやジェイさん達に反発してる連中ってのは、ジェイさんの警告も含めて考えるとそういう情報のやり取りの仕方が気に入らないって感じなのかもしれないな。
「ルースートー! お願いだからそのエビは倒させてー!」
「どうしたら良いんですか、これ!?」
「弥生、少し落ち着こうか」
「うー!? シュウさーん!」
弥生さんは止められている状態だけど、無発声で魔力集中は発動してるし、右前脚の爪が銀光を放ち出しているし、思いっきり殺る気だ。さて、これはどうしたもんか。まぁ倒したら駄目って決まりがある訳じゃないんだけども……。
「……正直、気持ちは分かるかな」
「私もー! あそこで横槍はなしだよね!」
「まぁ横槍入れたのはナマズなんだけどね」
「……もう元凶は倒してるけど、納得行かないのも分かる……」
「なぁ、弥生さん。1つ聞きたいんだが、ここの湖の調査は継続してやるのか?」
「流石に頻繁に今日みたいな大人数では無理だけど、希望者を募って継続するつもりではいるけど……」
「なら、討伐した後で再出現の期間の調査をしたらどうだ?」
「お、アル、ナイスアイデア! ……調査は大変そうだけど」
同じ場所に出現するとも限らないし、かなり無理筋な気はするけど弥生さんを納得させて事態を収めるにはこれしかない。まぁ周期は不明であっても復活しないって事はないはずだから、多分大丈夫だろ。
「……シュウさん、それで構いませんか?」
「数日はここで活動する事になりそうだけど、それも悪くはないね。ルスト、エビを離しておくれ。弥生、殺っていいよ」
「シュウさん、ありがと! みんなもねー! それじゃ死んでね、そこのエビ!」
そしてルストさんがエビを解放した直後にチャージの完了した弥生さんの爪がエビを切り裂いて、HPが全て無くなりポリゴンとなって砕け散っていった。あ、弥生さんは満足そうな雰囲気になってるね。
<ケイが成長体・瘴気強化種を討伐しました>
<成長体・瘴気強化種の撃破報酬として、増強進化ポイント2、融合進化ポイント2、生存進化ポイント2獲得しました>
<ケイ2ndが成長体・瘴気強化種を討伐しました>
<成長体・瘴気強化種の撃破報酬として、増強進化ポイント2、融合進化ポイント2、生存進化ポイント2獲得しました>
ぶっちゃけ何もしてないけども、討伐報酬もゲット。昨日と今日でそこそこ敵も倒した気もするし、明日辺りにまた進化ポイントの譲渡をして共闘イベントの報酬も追加しておかないとね。
フィールドボスと戦ってみて思ったけど、空白の称号ってフィールドボスの討伐称号に対して使うのが良いかもね。
フィールドボスがタフだから、色々と物を用意してから操作系スキルの取得を一気に狙うのに良いかもしれない。まぁエリアを慎重に選んで、事前準備をすれば応用操作スキルも何個か同時に取れるんじゃないかな。
「ふー、スッキリ! そうだ! ケイさん、改めてスクショをお願い出来る?」
「あー、それならさっきちゃんと撮れてるぞ。後で外部出力出来るように申請しとくけど、とりあえずゲーム内で見れる分は渡しておくよ」
「……え、台無しになったと思ってキレたのは無意味だったの……?」
「……弥生さん、ドンマイ!」
「えーん! シュウさん、慰めてー!?」
「仕方ないね。でも、弥生のその悪癖はどうにかしないとね」
「そうですよ、弥生さん」
「……分かってはいるんだけどね……」
また落ち込み出した弥生さんだったけど、これは俺らじゃどうにも出来ないからな……。
<『遠隔同調Lv1』の発動を解除したため、行動値上限が元に戻ります> 行動値 32/41 → 32/56(上限値使用:6)
あ、遠隔同調の効果が切れた……。そういやナマズにコケが食われた時にロブスターの背中に戻ったのは運が良かったのかな。まだボス戦で増殖させたコケが残ってるしな。大渦に呑まれてバラバラにはなってるけども。
とにかく遠隔同調の役目は終わったし、解除になっても問題はない。とりあえずスクショをみんなに渡したいところではあるけど、その前にいい加減に出発するのが先だね。
「アル、色々予定は狂ったけど出発するぞ」
「おうよ! 自己強化なしで高速遊泳だけでいいか」
「アル、高速遊泳は湖面まで行ってからで良いんじゃないかな?」
「……それもそうだな。とりあえず、ケイ任せたぞ!」
「ほいよ!」
今のアルは完全に重量オーバーになってるから、自力で湖面まで泳ぐのは厳しいものがあるだろう。まぁ自己強化やら風属性の付与とかすれば出来なくもないんだろうけど、他の手段もあるんだからそこに拘らなくてもいいもんな。という事で、俺の水流の操作で湖面まで流し上げる!
そこまで急流である必要もないし、普通に周囲の湖の水を使うか。今回は攻撃に使う訳でもないしね。
<行動値を19消費して『水流の操作Lv4』を発動します> 行動値 13/56(上限値使用:6)
お、シュウさんの空気のドーム越しでも視界は確保されてるから普通に支配は出来るみたいである。さてと、湖の水を最大量まで支配下に置いてアルのクジラの下へと水流を作っていき、そこから一気に上に向かって水流を作り出していこう。さて、出発だ!
「おっと、ちょっとバランス悪いな。ルストさん、もうちょい後ろに下がってくれ。他のみんなも俺の木とルストさんの間に固まってくれ! 弥生さんは元の大きさに戻ってもらえるか?」
「あ、大きくなったままだったよ。大型化は解除しないとね」
「アル、こんな感じかな?」
「おう、サヤはそんなもんだ。紫雲さん、もうちょいルストさん側に移動できるか?」
「問題ないぜ。……こんなもんか?」
「重量バランスとしてはこんなもんだな。ケイ、腹の方だけじゃなくて全体的に出来ないか?」
「全体的にか。……こんな感じか?」
「おう、そんな感じだ」
水流で流しながらアルのバランス調整の指示に従って調整をしていけば、安定してどんどん湖面へ向かって進んでいく。ふむふむ、これなら意外と早くに湖面まで辿り着きそうだね。
そしてサファリ系プレイヤーのみんなはスクショを撮りまくっていた。……湖底と違って水ばっかだけど楽しいもんなのかな? お、何か鮮やかな小魚の群れを発見。カーソルが緑だから一般生物だね。……うん、少し訂正。意外と見るものはあったみたいである。
そんな様子でしばらく湖面に向けて上昇していく。あまり勢いを強くし過ぎたら支配時間も短くなるから適度な速度に抑え気味である。まぁちょっとずつ湖面に近付いてきたから、少しずつだけど月明かりも届くようになってきた。
「そろそろ湖面が見えてきたねー!」
「みたいだな」
「……何か月明かり以外の光源があるような気がするのは気のせいかな?」
「サヤさんの気のせいじゃないと思うよー。まだ草属性のドラゴンとは戦闘中のはずだしね」
「あ、まだやってるのか」
俺らが首長竜と戦う前からやってたはずだからもう終わってるものかと思ったけど、まだ戦闘中なんだね。あ、そっか。そもそも俺らは壊滅した後のを引き継いで初めからある程度削られた状態から戦闘開始だったし、その分だけ時間の差があるんだな。
お、もう湖面に到着したね。とりあえず上昇する水流の向きを変えて、アルが重量オーバーで沈まない程度に下から押し上げるような感じに調節してっと。うん、これで良し。
「わ!? 紅焔さんとソラさんだ!」
「お、マジだ。へぇ、戦ってるあれが草属性のドラゴンか。ディーさんの言ってた通り、これもフィールドボスなんだな」
「……うん、黒い王冠がある」
見た目は小柄な西洋系のドラゴンの体表が緑色の鱗に覆われているような感じか。翼は枝分かれした蔓と葉っぱで形成されているみたいだね。木の枝っぽくも見えるから、この辺が樹属性と誤認した原因か?
あ、鱗が飛んでいって紅焔さんとソラに襲いかかっていく。それを紅焔さんが口から火を吐いて焼き尽くしていた。草属性ならそりゃ火属性には弱いよな。
そして草属性のドラゴンに向かって、火を纏った小さな黒い塊……あれはカブトムシか。カブトムシって事はカステラさんが突撃していた。そこに小石の弾で追撃を行っているのはライルさんみたいだね。
「同じエリアに複数のフィールドボスか。何かあったりすんのかね?」
「何かありそうな気もするけど、分からないかな?」
「弥生さん達は何か知ってたりしないの?」
「……これに関しては一切情報はないんだよね」
「私達も知りたいところなんですが……」
「僕らも何でも知ってる訳じゃないからね」
「まぁそれもそうだよな」
当たり前といえば当たり前の話ではあるか。どこの群集や集団でも手探りでやってる状態なんだし、知らない情報があっても当然ではある。……ここで何かが分かればいいけど、どうだろうな?
「ちょっと遠くて声は聞こえないか」
「それは流石に仕方ないだろ。……それにしても魔法の効きが悪くないか?」
「はい! ドラゴンは東洋系でも西洋系でも魔法に少し耐性があるそうです!」
「私の竜の特性にも魔法耐性があるからね」
「そういえばサヤの竜はそうだったね」
「なるほど、ドラゴンには魔法のダメージ量は下がるんだな」
身近にサヤの竜という実例がいるのに、完全に失念していたよ。この辺は種族として得やすい特性という事なんだろうね。ドラゴン系は魔法に強くて、恐竜系は物理攻撃に強い感じかな。
まぁ種族によって得やすい特性はあるんだろう。俺のロブスターだって堅牢は特に気にしてなかったけど、普通に持ってたしね。コケの方はよく分からんけど……。
「あ、トドメみたいだね。みんな、スクショを撮るよー!」
「いっぱい撮るぞー!」
「えぇ、撮り逃す訳にはいかない光景です!」
「まぁそうだね」
そしていつものようにサファリ系プレイヤーの人達はスクショのチャンスを逃さないように集中していた。この辺りは相変わらずの反応ですなー。
お、トドメは紅焔さんとソラさんで昇華魔法っぽいね。火と風の昇華魔法は確かファイアストームだっけ? おぉ、炎の竜巻が発生して草属性のドラゴンを呑み込んでいった。
そして炎の竜巻が消滅したと同時に草属性のドラゴンはポリゴンとなって砕け散っていった。ドラゴンには魔法に対して耐性があるとは言っても、現時点で最高峰の威力を誇る昇華魔法は充分通用するみたいである。
<規定数のフィールドボスの討伐を達成しました>
<命名クエスト『命名せよ:名も無き大きな湖』を開始します>
<本クエストは現在該当エリアに滞在中のプレイヤーが対象になります>
<以下の選択肢より、30分以内に好きなものを選んでください。一番多かった選択肢が新しいエリア名となります>
【命名候補】
1:フロイデ湖
2:フォレスタ湖
3:群青湖
4:ネス湖
ちょっと待って、いきなり命名クエストが始まったんだけど!? え、もしかしてフィールドボスを一定数倒す事が名無しの各エリアの命名クエストの発生条件なのか?
『規定数の』という表現があるって事はエリアによって設定されているフィールドボスの討伐数が違うのかもしれない。というか、4つ目の選択肢は完全にネタだよな!?
とりあえず折角命名クエストの発生に遭遇したんだから参加していこうっと。でもまぁ、条件不明だった命名クエストの条件が分かったのは良かったかもね。
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