第415話 湖に入る準備


「はーい! みんな、注目ー!」


 ルストさんの上に登っていた弥生さんが大声でみんなに呼びかけていく。木のルストさんはこういう時に注目を集めるのに丁度いいみたいだね。適度に蜜柑が発光していて、黒いネコの弥生さんを照らしているし。

 そしてみんなの注目が集まったのを確認して、弥生さんは言葉を続けていく。


「それじゃ湖底の注意事項を説明していくよー! まず淡水に適応してない人は、淡水適応の種か、淡水適応の実か、纏水を使ってねー!」

「ない人はどうしたらいい!?」

「風魔法を持ってたら、それで短時間ではあるけど窒息防止にはなるからそれで対応してね! 水の小結晶のドロップ率は高めだから、その状態で現地調達でよろしくー!」

「湖への進出は初めてなんだが、どれも無くても良い場合は?」

「水属性持ちと、種族として淡水に適応しているなら要らないね。あと比較的植物系は大丈夫だよ。一番駄目なのは陸上のみの昆虫系と火属性持ちで1分も保たないからね! 次に陸上のみの動物系! あ、海水適応では駄目だからね!」

「……なるほど。では、窒息での死亡までの猶予時間は?」

「動物系だと大体5分くらい。植物系は30分は平気。その辺にさえ気をつければ水中での活動自体は大丈夫だから、気をつけてね」

「了解です!」


 予想していた通りに弥生さんから湖の中へと入る時の注意点が発表されたね。ふむ、俺はコケが淡水に適応しててロブスターと生存圏の共有になってるから問題はない。

 でも他のみんなはアウトかな? 特にヨッシさんと翡翠さんのハチがアウト。まぁそれも見越して水の小結晶は用意してきたから大丈夫! あ、でも翡翠さんの分が……。


「……ごめん、みんな。私、水の小結晶持ってない」


 そして翡翠さんが悲しげな声でそんな事を呟いていた。元々臨時メンバー分までは用意してなかったし、翡翠さん自体も急に参加を決めた感じだもんな。

 ふむふむ、湖の中は水の小結晶は落ちやすいって事だし、確かに俺の手持ちに水の小結晶はあったはず。……お、あったあった。とりあえずこれで何とか凌げるだろう。


<インベントリから『水の小結晶』を取り出します>


 水属性を持ってる俺的には必要ないんだけど、インベントリの中に水の小結晶が2個あったからそれを取り出して翡翠さんに手渡していく。


「……え、ケイさん、いいの?」

「問題ないぜ。俺は水属性持ちだし、みんなの分は既に事前準備してるからな」

「……ありがと、ケイさん。拾ったら後で返すね」

「俺は水の小結晶を使うことないけど、まぁ翡翠さんがそうしたいならそうしてくれ」

「……うん!」


 なんだかみんなから生暖かい視線が送られて来ているような気もするけど、それはスルーの方向で! って、スルーじゃ駄目じゃん。みんな、準備しろー! 


「俺は淡水は問題ないけど、みんなはそうじゃないんだから準備しような?」

「はっ!? そうだった!?」

「あはは、ケイに注意されるとは思わなかったかな?」

「普段はケイも割と脱線するのにな」

「まぁ確かにそうだね」

「……そうなの?」

「「「「うん」」」」


 ふふふ、普通に注意をしただけなのに、みんなしてそういう言い方をするのか。まぁ俺だって普段から脱線しまくってる自覚がない訳じゃないけども、それはみんなも同じだよなー!? 


「どうせ俺は脱線しまくってるよ……」

「あ、ケイさんが拗ねた!?」

「……それはとにかく、ちゃんと準備をしないとかな! 『纏属進化・纏水』!」

「だな! 『纏属進化・纏水』!」


 わざとらしく拗ねてみたけど、サヤとアルはスルーして纏水を始めていた。ちっ、この2人には拗ねてないのに拗ねたフリは見抜かれてるか。


「……ケイさん、さっきはごめんね」

「でも、ケイさんは拗ねたフリだったよねー!?」

「えぇい! もういいから、ヨッシさんもハーレさんも早く準備!」

「うん、分かったよ。『纏属進化・纏水』!」

「はーい! 『纏属進化・纏水』!」


「……ケイさん、どんまい?」

「……翡翠さん、ありがとな」

「……うん。それじゃ私も。『纏属進化・纏水』!」


 その翡翠さんの言葉に少し癒やされた気がした。何だか無駄に疲れてしまったけども、とりあえずこれで準備は良いはず。


 みんなの纏属進化も終わり、青を基調とした色合いに変わっている。アルの木やサヤのクマ、ハーレさんのリスには青い色はあんまり似合ってないね。

 逆にアルのクジラや、黄色と青で模様が出来ているサヤの竜や、ハーレさんの被っているクラゲや、ヨッシさんの青白さが少し濃くなったハチと青みがあるウニは割と似合っている。翡翠さんも緑色と青の模様が結構良い感じだね。


「さて、みんな準備は完了したねー! 時間があまりないから移動しながらにするけど、人数的に多過ぎても探索しにくいから、12人を上限くらいで適度に連結PTにしていってねー!」

「それでは湖底の探索に出発して行きましょう!」

「ルスト、それはわたしの台詞! 余計な事はしない!」

「ぐふっ!?」


 そして余計な一言を言ってしまったルストさんは、弥生さんの爪による攻撃によって湖の方へ吹き飛ばされていった。……でも、弥生さんの攻撃には銀光がなかったからチャージもしてない攻撃であんなに吹っ飛ぶものか……? そういや一瞬ルストさんは後方に跳ねたような気も……?


「おや、ルストもやるようになったね」

「おわ!? あ、シュウさんか」


 そんな事を考えているといつの間にかすぐ近くにシュウさんがやってきていた。……全然気付かなかったけど、一体いつの間に……?


「確かに弥生さんも凄いけど、ルストさんも凄いかな」

「サヤさんは認識してたんだね? どう見えたんだい?」

「さっきのは弥生さんの攻撃が当たる寸前に、自分で跳んで……ううん、引っ張っていったよね?」

「サヤ、どういう事ー!?」

「多分だけど、予め用意していた根の操作で引っ張ったんじゃないかな?」 

「素晴らしい観察眼だね。大正解だよ」

「やったかな!」


 どうやらサヤの推測が当たっていたという事のようである。うーん、俺は確信はなくて違和感は覚えた範囲だったけど、サヤには認識出来てたかー。流石はサヤの得意分野だね。


「ところでルストさんはなんでそんな事したのー!?」

「いえ、いつまでも普通にふっ飛ばされないように訓練しておこうかと思いまして」

「おわ!? ルストさんまでいつの間に!?」

「ルストが生意気ー!」

「弥生も少しやり過ぎだよ。ルストに大きな非があった訳じゃないからね」

「うっ、シュウさんに怒られた……」


 ルストさんだけかと思えば、弥生さんまでいつの間にか来ているし……。この3人の移動速度って一体どうなってんだ? ルストさんについては瞬発力のカラクリは教えてもらったけども、弥生さんとシュウさんについては……ネコの固有スキルに何かあったりするのかな?


 でもこの3人がここに来てても大丈夫なの……あ、普通にみんな準備を終えて湖に入っていってるよ。まぁ弥生さんがルストさんをふっ飛ばす光景自体はそう珍しくもないか。


「さてと、水月さん、アーサー君、こっちにおいでー!」

「はい!」

「えぇ、分かりました」

「はい、2人は今日は私達と一緒のPTね」

「え!? やったー!」

「良かったですね、アーサー。私とアーサー共々、よろしくお願います」


 どうやら今回は弥生さん達とアーサーと水月さんは一緒のPTみたいだね。フラムは杉の不動種で中継って話だし、湖底に行く赤のサファリ同盟で知り合いは全員固まってるって事か。


「えーと、ルストはフラム君との中継準備は終わった?」

「丁度終わりましたよ。これで中継はバッチリですし、フレンドコールも繋いでおきました」

「よし、それじゃわたし達も出発しよっか。あ、ケイさん達、PT連結しとかない?」

「あー、俺は良いけどみんなはどう?」

「「「「異議なし!」」」」

「……そこで異口同音になるの、凄いね」


 翡翠さん、見事なツッコミをありがとう。俺もそう思ったし、言った張本人達もびっくりしてるしね。いやー、『うん』とか『おー!』が重なるならまだ分かるけど、『異議なし!』で重なるとは思わなかった。


「それじゃ連結して湖の中に出発していこっか」

「まぁ時間も勿体無いし、急いだ方が良さそうだな」


 ちょっとゴタゴタしたせいで既に9時は少し過ぎてしまっている。軽く見渡してみれば、他のグループはもう探索を開始しているしね。


<弥生様のPTと連結しました>


 これでとりあえずPTの連結は完了っと。さて、湖に入る前に軽く他のグループの様子でも見ておこうかな。無理に見る必要はないんだけど、やっぱり気になるし。


 小島のドラゴン探索グループは紅焔さんが炎の操作で大規模に光源を作っているようで、思いっきり目立ってんな。あっちはあっちで樹属性のドラゴンが見つかればいいね。

 っていうか、青のサファリ同盟のトンボのジークさんは妙なハイテンションで飛び回ってるな。


 湖畔の探索グループは、ボーナス経験値の敵を見つけた人がいるのか必死に追いかけ回しているね。あ、今日のレナさんやラックさん達の灰のサファリ同盟の未成体の人は本格的に戦うんじゃなくて、Lv上げをしたい成長体の人たちの支援をしてるのか。そういうのも大事だよね。


 湖の表層グループは……あれ、赤のサファリ同盟のカバのディーさんの背の上に、青の群集の大きめのクモの人が乗って何かしてる……? あ、紅焔さんの火による光源がクモの脚の先から水面に向かって伸びている糸を照らし出していた。

 もしかしてあれは釣りをしてるのかな? うーん、あれって釣れる……というか針ってあるのか? 探索が終わった後に時間があれば釣果を聞いてみようっと。……教えてくれるかは分からないけども。


「それじゃ出発するーー」

「ちょーっと待ったー!」

「はい?」


 何か聞き覚えのある声だけども、これは俺的にはちょっと嫌な予感。とはいえ、無視する訳にもいかないので意を決して声のした方を向いてみる。……少し離れた場所には巨大な丸太のような蔦っぽいものが地面を這っている姿が見えた。所属を示すカーソルの色は青で、名前にも見覚えがある。


「よし、出発!」

「え、ケイさん!?」

「ちょっと待てー!? 見た上で無視って酷くないか!?」

「……冗談だって」


 見た目は苦手生物フィルタでどうにかなっているから大丈夫だけど、こういう風に見えるって事は間違いなく大蛇である。そして青の群集の人で大蛇といえば、以前競争イベントで戦ったマムシさんなんだよな。

 そうしている内にマムシさんが俺らの所に辿り着いていた。……フラムなら遠慮なく切り捨てて行くけど、流石に俺が苦手だからって苦手生物フィルタを使用した状態で拒否するのはワガママ過ぎるか。


「……すまねぇ、大遅刻だ。まだ湖の中には行けるか?」

「それは大丈夫だけど、ケイさん大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫! どっかの誰かが理由で苦手生物フィルタを最大にして、巨大な丸太みたいな蔦みたいに見えてるから!」

「……そういやケイさんはヘビが苦手だったか。でもあの時はもうちょい平気そうにしてなかったか? てか、そんな風に見えるのか」

「……トラウマを作った奴が、2ndでヘビを作ってきてな……」

「……そうか。ケイさんも色々あるんだな」


 あのフラムが余計な事をしなければ苦手生物フィルタを最大にする必要もなかったんだけどな。まぁもう何が動いているのかよく分からない光景にはなってるけど、これなら平気ではある。後は単なる気分の問題だ。


「あ、ルストさん。この中継ってフラム自身にも見えてる?」

「えぇ、見えていますよ。フレンドコールも繋げていますので、何か伝言しましょうか?」

「それじゃ『今度、八つ当たりしに行ってやる』って伝えといて」

「分かりました。伝えておきますね」


 よし、これで気分の問題は解決という事にしておこう。こうやっているとヘビのプレイヤーと一緒に活動する事になる度にフラムに八つ当たりが必要な気もするけど、大きな原因はあいつにあるので気にする必要なし!


「……なぁ、ケイさんて怒らせるとヤバいのか?」

「そだよー! 敵認定したら容赦がないからねー!」

「まぁ今回の件はマムシさんには影響はないから、気にしなくていいぜ」

「そうなのか。そういや総力戦の時も確かに容赦は無かったな……」


 何か色々言われてるけど、まぁ否定はしないかな。敵認定したら一切容赦はする気ないからね。でも、それを言うならもっとヤバい人がすぐ側に……。


「ん? ケイさん、わたしをじっと見つめてどうしたの? 駄目だよ、わたしはシュウさんのものなんだからね!」

「分かってて言ってるよね、弥生さん!?」

「あはは、冗談、冗談! ま、わたしみたいなのはそう居ないだろうしね」

「大丈夫だよ、弥生。いざという時は僕が止めるからね」

「シュウさん!」

「……シュウさんが居ない時はそうならないようにお願いしますね」


 バーサーカーな弥生さんは相当ヤバいからなー。そしていちゃつき始めたよ、このネコ夫婦。まぁ別に良いけどさ。


「……そろそろいい加減に出発しないかな?」

「あ、悪い! 俺が大遅刻したせいで!」

「あら、もうみんな行っちゃったか。それじゃちょっと遅れちゃったけど、出発しようかー! あ、はい、マムシさん」

「お、サンキュ!」


 そうしてマムシさんもPTメンバーに加えて、ようやく今度こそ出発が出来そうである。灰の群集からは俺らのいつものPTと臨時メンバーの翡翠さん、赤の群集からは赤のサファリ同盟の弥生さん、シュウさん、ルストさん、アーサー、水月さん、青の群集からはマムシさんというメンバーになった。

 あれ、そういやライさんはどこ行った? もし今も周囲にいるなら声を掛けてくるだろうから、俺らがモタモタしている間に他のとこに行ったのかな?


 さて、首長竜を見つけられるかは分からないけど、湖底からの湖の探索の開始だ。頑張るぞー!

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