第390話 大きな驚異


 ハイルング高原はあくまで途中の道でしかないので成長体の雑魚は無視して、そこそこ急ぎ気味に移動していくと徐々に雪山へと近付いてきた。ふむ、低い草が多かった高原だけどその草もどんどん減って来ているね。

 結構進んで来たことで傾斜も急になり、徐々に高度も上がってきている。体感的には分からないけど温度が下がってきて、生育が可能な植物自体が減ってきているんだろう。


 そして地面にも解けかけた雪の残骸が見えるようになってきた。ふむ、もう少しで雪山エリアに切り替えかな? それにしてもこの光景は雪が珍しい地域に住んでいる俺としては珍しい光景だね。

 まぁオフライン版でも似たような光景が無かった訳じゃないけど、それはそれ、これはこれである。


「まだエリア切り替えにはなってないけど、雪は多少あるんだな」

「そうみたいだな。今は全員俺に乗ってるし、全員飛べるから心配はないが、滑らない様に要注意か」


 周囲にあるまだ疎らにしかない解けていない雪だけど、天候が変わればここも雪が降るって事なんだろうね。


「あ、雪の塊を発見ー! 誰かが作ったのかな!?」

「……ハーレ、それは多分違うかな。それ、多分だけど雪じゃない」

「え、そうなの!?」


 ハーレさんの指差す先にあるバスケットボールくらいの大きさの雪玉を見て、サヤが警戒を始めていた。……確かにこれは誰かが雪だるまの片方を作ったかのような球状で不自然ではある。他にここに来た人が遊びで作った可能性はあるけど、それは楽観視し過ぎか。


「……看破を使ってみるか?」

「そうだね。その方が良さそうかな」


 石に擬態したカニだっていた訳だし、雪の塊に擬態した何かがいても不思議ではない。そういうのを見破る為の看破だしね。久々の出番である。


<行動値を1消費して『看破Lv1』を発動します>  行動値 59/60


 あ、擬態を見破られた事で雪の塊が本性を表した。表面が雪みたいになってる、丸まっていた生物っぽい。大きなダンゴムシか……? いや雪っぽく見えてた表面がヨッシさんのハチみたいに青白くなってるけど頭と脚と尻尾がちゃんとあるし虫っぽくはないというか動物っぽい。あー、これってもしかしてアルマジロ?

 発見報酬は無かったから、こいつは残滓か瘴気強化種だな。この辺のエリアはイベントでは未成体も出てきたけど基本的には成長体がメインのはずだけど、こいつはどうだろうね。


「おー!? 青白いアルマジロだー!?」

「アルマジロって、こんなとこに生息するような種族だったかな?」

「……ゲームだからなんとも言えんな……。ケイ、識別だ!」

「おうよ」


<行動値を4消費して『識別Lv4』を発動します>  行動値 55/60


『ユキマジロ』Lv17

 種族:黒の瘴気強化種(擬態種)

 進化階位:成長体・黒の瘴気強化種

 属性:氷

 特性:擬態、堅牢


 あ、こいつはどうやらヒノノコとかと同じ命名系統っぽい。とりあえず、なんでこんなとこにいるのかは不明だけど氷属性のアルマジロっていうのは確定か。


「名前はユキマジロで属性は氷、特性は擬態と堅牢。成長体の瘴気強化種だ」

「アルマジロで合ってたのか。って事は、気候を無視した種族もいるんだな」

「そうみたいかな? 『魔法砲撃』『ファイアボール』!」


 そうしている間にユキマジロが氷の礫を生成して放ってきた。ふむ、こいつは氷魔法持ちっぽいね。そしてすぐにサヤが魔法砲撃を使い、迎撃に移っている。

 おー、多分進化階位の差があるからだろうけどサヤの右手の爪から放たれたファイアボールで見事に氷を解かしていた。ふむふむ、これだけ差があれば魔力の低いサヤでも迎撃出来るんだな。


「どうする? 大して経験値もないだろうけど、倒していく?」

「進化ポイントが貰えるから一応倒しとこうぜ」

「ま、基本的には無視してきたけど、こうやって見つけたしな」


 そんな相談をしていたらユキマジロが丸まって表皮が氷になっていく。あー、これは氷化して突撃してきそうな感じだね。とりあえず相談中は邪魔なので、拘束しとこ。


<行動値3と魔力値9消費して『土魔法Lv3:アースプリズン』を発動します> 行動値 54/60 : 魔力値 185/194


 今は土の強化期間なので、ここは土魔法でいく。石で身動きを出来ない様に拘束していき、それに抗うようにユキマジロが転がり始めていた。まぁ全然進めてないし、拘束も破壊出来ていないので問題ない。

 さて、さっさと仕留めて雪山に……あれ? ユキマジロのいる辺りが急に暗くなった? 雲にでも覆われたか? ……うっわ、これは凄まじいな。


「わー!? 何あれー!?」

「え、何処から現れたのかな!?」

「……進行方向からみたら、雪山の方からみたいだね」

「そうみたいだな。てか、まだデカくなれるのかよ、クジラって!」

「アル、目標が出来たな」


 みんなが見上げた上空にはアルのクジラを三周りくらい大きくしたような、空飛ぶクジラが泳いでいた。それにしても随分とデカいクジラだけど、空飛ぶクジラ計画ってもっと遥か先に進んでる人もーー


<ケイが成熟体・暴走種を発見しました>

<成熟体・暴走種の初回発見報酬として、増強進化ポイント8、融合進化ポイント8、生存進化ポイント8獲得しました>

<ケイが規定条件を満たしましたので、称号『成熟体・暴走種の発見』を取得しました>

<増強進化ポイントを3獲得しました>


<ケイ2ndが成熟体・暴走種を発見しました>

<成熟体・暴走種の初回発見報酬として、増強進化ポイント8、融合進化ポイント8、生存進化ポイント8獲得しました>

<ケイ2ndが規定条件を満たしましたので、称号『成熟体・暴走種の発見』を取得しました>

<増強進化ポイントを3獲得しました>


 あ、発見報酬が出たって事は黒の暴走種……ってちょっと待ったー!? え、成熟体なの、こいつ!? 出現が突然過ぎる!?


「こいつ、プレイヤーじゃない!? 全員、警戒! アル、逃げれるか分からんけど逃走準備!」

「成熟体だと……!? 逃げられるのか、これ……?」

「……これは死んだかな?」

「わー!? 雪山が目前なのにー!?」

「……あはは、これは運が無かったね」


 みんな逃げようと動き出しているが、全体的に薄い緑色をした巨大なクジラが思いっきりこちらを見ていた。あー、既に狙われているとなるとこれは死んだな。

 同じ未成体相手なら暴れるだけ暴れて足掻いてみるけど、格上の成熟体相手だとそれは無理か……。いや、それでもただ倒されてやる訳にはいかない!


「俺が昇華魔法で足止めするから、みんなはすぐに逃げろ!」

「え……? あ、ケイ、待って! みんなも攻撃も移動もしたら駄目かな!」

「「「「……サヤ?」」」」


 昇華魔法を使う為にユキマジロを拘束したままの魔法を解除しようとしたらサヤに止められた。動き出し始めていたみんなも不思議そうにしている。……サヤ、なんで止めた? この状況で無意味に止めるとは思えないんだけど……あ、そういう事か。


「……なるほど、襲ってこないのか」

「……みたいだな」

「そういう事だから、少し様子をみてやり過ごそう?」

「……それが良さそうだね」

「スクショを撮ったら危険かな!?」

「……危険かもしれないから、今回は我慢な」

「了解です!」


 どうにも俺らの存在は認識しているようではあるけども、いきなり問答無用に襲いかかってくる訳ではないらしい。とはいえ、サヤが止めずに攻撃していたら反撃として攻撃されていた可能性もあるから止めてくれて助かったのか。

 どうやらこちらから何もしなければやり過ごせそうだし、このまま通り過ぎて行ってもらうのを待とう。迂闊にスキルを使うとどうなるかが一切分からないので、ユキマジロは拘束したままで良かったかもしれないね。




 そうしてあっという間に巨大な成熟体の空飛ぶクジラは俺らの上を通り過ぎていった。一時はどうなる事かと思ったけど、何も起こらなくて良かったよ。

 あのクジラは識別してみたかったけど、それがきっかけで殺される可能性もあったから自粛しておいた。予定を決めていなければ死亡前提で試しても良かったんだけど、今日は予定を決めてるし、目的地ももう目の前だし安全策を取るの一番かな。


「ふぅ、何とか無事だったかな」

「サヤ、止めてくれてサンキュー。あれで攻撃してたら、どうなってたことやら……」

「そうだよねー!? あー、ビックリしたー!」

「……あんなの聞いた事もねぇぞ?」

「もう成熟体の敵っているんだね」


 初期エリアから離れたエリアにはフィールドボスとやらで強い未成体はいると掲示板で見た気はするけど、既にその先の成熟体が初期エリアの隣を平然と移動しているとは思わなかった。発見報酬から黒の暴走種だったのは分かったけど、ああいう風に攻撃をしてこないって事もあるんだね。


「……あ」

「どした、ハーレさん?」

「遠くでクジラに虐殺されている人がいます!」

「……つまり、手を出したらアウトだったんだな」


 どこの誰が何をしてクジラから襲われているのかは分からないけども、下手な真似はしない方が無難だという事は分かった。

 望遠にしなくても結構離れた場所に薄い緑色をしているクジラが、広範囲に向けて暴風を放っているのが見える。あれは多分、風の昇華魔法だね。あの空飛ぶクジラは風属性の魔法型か。


「あれ!? あー! そういう事なんだー!?」

「ハーレ、今度はどうしたのかな?」

「クジラの背中から、カンガルーが降りていったよー!」

「え、あ、もしかしてそこのアルマジロも……?」

「なるほど、他のエリアから運ばれてくる種族がいるんだな」

「それで現地の気候に合わせて適応進化をしてるってとこか」


 何で雪山の目前に氷属性のアルマジロがいるのかと思えば、そういう事なんだな。ああやって他のエリアにしかいない様な種族を運ぶのがあの成熟体のクジラの役目なのか。……解禁条件が共闘イベントの本筋の終了後とかそんなところかな……?

 という事はここから先はその地にいなさそうな種族や、さっきみたいに手を出したら危険な他の成熟体の黒の暴走種もいるのかもしれない。うーむ、現実の動物とは違うのは分かりきってるけど、進化が進んでいくと現実の動物からどんどんかけ離れていくね。


「それでそのユキマジロはどうするのかな? 仕留めるのなら私がやっておくけど?」

「あー、そうだな。サヤ、任せた」

「うん、任せて。少しお試し兼ねて『連閃』!」


 半ば拘束したまま放置になっていたユキマジロを銀光を纏うサヤの爪が切り裂いていく。3連撃目のサヤの爪がユキマジロのHPを削り切ってポリゴンとなって砕け散っていった。魔力集中とかの強化は無しだったけど、最後の一撃までHPが保たなかったか。


<ケイが成長体・瘴気強化種を討伐しました>

<成長体・瘴気強化種の撃破報酬として、増強進化ポイント2、融合進化ポイント2、生存進化ポイント2獲得しました>

<ケイ2ndが成長体・瘴気強化種を討伐しました>

<成長体・瘴気強化種の撃破報酬として、増強進化ポイント2、融合進化ポイント2、生存進化ポイント2獲得しました>


「呆気ないけど、まだ連撃が終わってないかな!?」

「サヤ、仕方ないから空振っとけ」

「……それしかなさそうだね」


 そうして残りの連撃は空振りで終わらせる事になった。うん、応用スキル……特に再使用の時間制限の存在する物理攻撃系は同格の進化階位相手でなければ勿体無いだけだな。完全にオーバーキルになってしまっている。


「サヤ、連閃の使い勝手はどう?」

「うーん、一撃辺りは威力が高めで使いやすいかな。でも爪刃双閃舞に比べると、左右の爪での同時攻撃が出来ないのが難点だね。これは状況に合わせて使い分けになりそう」

「へぇ、その辺はオフライン版と同じなのか」

「うん、物理攻撃は基本的にオフライン版と大きくは変わらないかな」


 なるほど、爪刃双閃舞と違って連閃は両方の爪で同時攻撃って事は出来ないんだな。オンライン版ではまだ連撃系に属するスキルは持ってないけど基本的にはオフライン版と同じか。確かオフライン版では連撃になるスキルは一撃ずつの攻撃方向は自由だけど、どういう種類の攻撃かは指定されていたはず。

 連撃数が多くて連撃の中で左右同時もいける爪刃双閃舞と、連撃数は控えめだけど1撃が鋭い連閃って感じだ。同じ連撃系の応用スキルでもスキルとしての個性はあるって事か。


「さて、色々片付いた事だし先に進むか」

「あ、ケイ。さっきのクジラは報告しておいた方が良いんじゃないかな?」

「……それもそうだな。んじゃ少しの間、移動は任せた!」

「おう、任せとけ」

「あと少しで雪山だー!」

「辿り着いたら、私以外は纏氷を使わないとね」

「だな。とりあえず到着したら教えてくれ」

「はーい!」


 色々と予想外の事が起きたけど、とりあえずみんな無事である。……少し間違えれば全滅の危機ではあったけど、無事だったって事で結果オーライ! 雪山までもうちょっとだけ距離があるから、今のうちにまとめに情報を上げておこうっと。

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