第388話 下から来たもの


 もう少しでハイルング高原に到着だね。エリア切り替え目前だから景色としては見えているけど、瘴気もすっかりと無くなって爽快感がありそうだ。

 少しだけ戦闘の痕跡っぽいのはあるけど、結構回復してきているようにも見える。この辺はもう少し近くまでいけば分かるかな。


「あちゃー、威力強過ぎたかー」

「……ん?」


 何か下から聞き覚えのある声が聞こえたような……? って、あぁ!? 水のカーペットに何かがぶつかった!?


<ダメージ判定が発生した為、『移動操作制御Ⅰ』は解除され、10分間再使用が不可になります>

<『移動操作制御Ⅰ』の発動を解除したため、行動値上限が元に戻ります> 行動値 54/58 → 54/60


 ヤバい、このタイミングで水のカーペットが消滅した。地味に移動操作制御は初めて解除になった気がするけど、こんな風に解除になるのか。


「なんだ!? ケイ、何が起きた!?」

「分からないけど、水のカーペットに何かが下からぶつかった! ハーレさん、何か見てないか!?」

「見てたよ! 下から氷狼が吹っ飛んできた!」

「……って事はボス戦してた人の流れ弾か!」


 ボスそのものが吹っ飛んできたのを流れ弾と呼んでいいのか微妙な気もするけど、適切な表現も見つからない……。まぁいいや、あそこならアルが降りれるだけの広さはある。森の上に墜落とはならないだろう。


「アル、氷狼の出現場所に降りよう。このままじゃ森の上に墜落だし……」

「それしかないか。一旦降りるぞ」


 誰がどうやって氷狼を森の上まで吹き飛ばしたのかは知らないけど、それが原因で落ちかけているんだから文句は言われないだろう。どっちにしてもハイルング高原に行く段階で水のカーペットは解除するつもりだったから別にいいけど、具体的に何が起きたのか状況だけは把握しておきたいところである。


 少しずつ高度が下がっていく状態で下を確認してみれば、そこには見覚えのあるリスの人っていうかレナさんと、最近見かけたばっかの丸い球状コケのフーリエさん、そしてトンビの人がいた。

 さっきの声でなんとなくそんな気はしたけどやっぱりレナさんの仕業か。どうやったのかは分からないけど、勢い余って上空まで氷狼を蹴り上げたっぽいな。


「あわわ!? クジラの人を墜落させちゃった!?」

「わー!? 怒られる!?」

「あー、大丈夫、大丈夫。わたしのフレンド達だから」


 そんなフーリエさんとトンビの人の慌てる声と、平然としているレナさんの声が聞こえてきた。まぁ、メンバーを見ただけで大体原因も分かったし、苦情も言う気はないから確かに大丈夫ではあるけどね。

 とりあえず氷狼の出てくる拓けた場所へと降りていく。もうエリア切り替え目前とはいえ、流石に一度降りて状態を変えないとアルが木の上に取り残されてしまう。


「アル、小型化!」

「分かってる。『上限発動指示:登録2』『根脚移動』!」


 そしてアルが小型化してクジラでの牽引式に変更していった。ま、元の大きさのままでもぎりぎりいられるくらいの広さはあるけど、それでは狭いのでこっちの方が良いだろう。


「みんな、やっほー!」

「おっす、レナさん」


 先程の出来事は全く存在しなかったかのようにレナさんは爽やかに挨拶をしてきて、みんなも挨拶を返していった。うん、そこのフーリエさんとトンビの人は怯えなくても大丈夫だから。


「いやー、さっきはごめんね? 重脚撃がLv2になったから魔力集中と合わせて思いっきり蹴飛ばしたら、予想以上の威力でさー!」

「あー、なるほど。そういう事か」

「え、Lv2になったらそんなに威力が上がるのかな?」

「うん、ビックリするくらい威力が上がったよー。これでも前に木をへし折って迷惑かけたのに配慮したつもりだったんだけど、まさかそのタイミングで真上にみんなが通りかかるとは思わなくてさー。いや、ほんとごめんね?」

「そういう事なら別に良いって。ほら、フーリエさんもそっちのトンビの人も怒ってないから恐縮しなくても大丈夫だから」


 フーリエさんやトンビの人はまだ日が浅いのか、まだどうもこの手の事には慣れてないっぽいね。まぁ、このゲームのこの手の仕様は特殊ではあるから仕方ないかな。事前に灰のサファリ同盟が手回ししてたあの大岩の滑落だけでは、経験としてはまだ甘いのだろう。

 これについてはさっき落とされた俺らとしても慣れるしかないけどね。うん、灰の群集のみんなの逃亡精度が高い理由がよく分かる。


「……あ、ケイさんだったんですか!?」

「フーリエ、このザリガニの人って知り合い? ……そういや夕方に見たような?」

「うん、僕にコケの操作のレクチャーをしてくれた人!」

「およ? ケイさんとフーリエさんは知り合いだったの?」

「フーリエさん、私にも覚えはないかな?」

「えっと、あ、訳もわからず岩で転がるってなった時に受け止めてくれるって言ってたサヤさんだ!」

「うん、その通りかな」


 あー、そういや岩で転がって来た時にサヤが受け止める筈だったんだっけ。あの時は咄嗟に俺が止めちゃったけどさ。

 偶然ではあったけど、意外と接点があったもんだね。それにしてもここで何をしてた……ってボス戦してたのか。あれ、でもここの周回PTは今は居ないんだな? ここでボスの周回が居ないというのも珍しいね。


「レナさんは、なんでここで氷狼を倒してたのー!?」

「んー? 私はたまたま通り掛かっただけなんだけどね。2人は高原に行きたかったみたいだけど周回PTも居なかったから、ちょっと突破のお手伝いをしてただけさー」

「なるほどー!」

「でも、ここって周回PTいなかったっけ?」

「ヨッシさん、今はどこの周回PTも少なめだよ。普段周回してる人達は、共闘イベントのボスの周回に行ってるからねー」

「あ、そうなんだ」


 なるほど、周回PTがいない理由ってのはそういう事なのか。まぁまだイベント期間中だし、そういう状態になってても何もおかしくはないね。という事は、この先のハイルング高原でもボス戦の周回をやってる可能性はあるんだな。

 あ、桜花さんが言ってた氷の小結晶の在庫が減り気味って理由はこれか。そしてイベント期間が終われば供給量はそれなりに戻ってくるってとこかな。


「さてと、それじゃわたしはそろそろ行くねー。2人とも、これで高原には行けるからね。周回のボスはまだLv的には早いから、高原の普通の敵を倒してLvを上げてからにしなよー?」

「はい! こっちのエリアがLv上げには丁度いいって聞いてたので、そのつもりです!」

「レナさん、ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」


 フーリエさんとトンビの人はLv上げが目的か。そういや調査クエストのエリアは経験値稼ぎに良いって話だったっけ。2人はレナさんにお礼を言ってから、俺らにも挨拶をしてハイルング高原へと向かっていった。頑張ってくれ、新規の2人組!

 さてと俺らは俺らで目的地はあるからな。ハイルング高原はあくまで通り道であって、目的地はその先の雪山である。


「事情は分かったし、俺らも出発するか」

「だな。そういやレナさんはこれからどうすんだ?」

「ん? わたしはこれから大きな湖に首長竜を見に行くけど、一緒に行く?」

「おー!? 興味はあるけど、今日は予定が決まっているので遠慮しておきます!」

「あらま、残念。みんなはどこ行くのー?」

「雪山の予定だな。単純に遊びに行くつもりだったけど、氷柱と凍らせた果物と、もし見つけたら『氷結草』ってのの採集も頼まれてる」


 改めて考えてみると色々と頼まれたもんだね。まぁ氷の小結晶とのトレード分だし、自分達でも欲しいものばっかりだから問題ないけど。


「あはは、その内容は桜花とラックだねー! うーん、逆にわたしが着いて行きたくなったけど、こっちも約束してるから流石に無理かなー」

「レナさんが1人だけで行くって訳じゃないんだな?」

「まぁねー! 3つの群集のサファリ同盟の共同探索だからさー!」

「えー!? そんな事になってたの!?」

「それって、マジか……」

「……サファリ系プレイヤーって凄いかな」

「うん、私も同感」


 まさかの3群集のサファリ同盟の共同作戦だな。あ、でも今の共闘イベントの消化期間中が一番動きやすくはあるのか。今のタイミングならどこの群集も情報の秘匿は緩めだし、共同で何かをするのにはベストなんだろうね。

 うーん、サファリ系プレイヤーのハーレさん的にはこれは参加したいイベントか……?


「ハーレさん、予定を変えても別にいいんだぞ?」

「うー!? 気にはなるけど、雪山に行きたいって言い出したのは私だし昼間の日に行きたいし予定は変えないよ! でもラックにはそういう事は教えてほしかったー!?」

「あ、それは無理だったと思うよー?」

「え、レナさん、なんでー!?」

「だって決まったの10分前だもん」

「……確かにそりゃ無理だな」


 10分前ってついさっきじゃん。ラックさんに会ったのは夕方だし、その時点でもう俺らの予定は決まってた訳だしな。これについてはサファリ同盟のフットワークの軽さがとんでもないと考えるべきか。

 うん、流石にそんなに直前だとは思ってなかったのかハーレさんが言葉を失ってるね。


「あ、でもこれからやるのは下調べだからねー。本格的なのは明日やるつもりだから、そっちに参加は出来る?」

「はっ!? それなら行きたいです! みんな、明日はそれに行ってもいい!?」

「首長竜のいる湖か。俺も興味はあるから別に良いぜ」

「私もちょっと興味あるかな」

「うん、私も少し気になるね」

「みんなも行く気だし、そうするか」

「わーい! やったー!」

「みんな行くんだねー? それじゃ後で『ビックリ情報箱』が参加希望って伝えとくよ」

「「「「「その呼び方以外で伝えて下さい」」」」」

「見事な異口同音だねー!?」


 今、俺達の心は1つになっていた気がする。理由はどうしようもないほど、しょうもないけども……。まぁそれは良いとして、これで明日の予定も決定だね。

 明日は3群集のサファリ同盟の合同での湖探索への同行だ。……ところで湖っていうと夕方に桜花さんのとこにいたヤドカリの人が行ってたみたいな感じだけど、あのヤドカリの人って思っている以上にヤバい人? うん、実態が不明過ぎて判断が出来ないね。


「それじゃ、そういう事でー! あ、雪山で氷柱を取るなら、洞窟があるからそこを探すと良いよー! それにケイさん達なら多分あそこは行けるはずだしね!」

「へぇ、洞窟があるのか。レナさん、情報サンキュー!」

「いえいえ、どういたしましてー! それじゃまた明日ー!」


 そう言いながらレナさんはハイルング高原へ向けて駆けていった。例の湖ってそっちから行くんだね。あそこっていうのが何なのか少し気になるけど、急いでいるみたいだし別に良いか。あ、そういえばさっきのビックリ情報箱の事で思い出した。


「そういや次の定期メンテでギルド的なのが実装だって話だったな」

「あー! そういやそうだった!?」

「え、そんなお知らせあったのかな!?」

「私達がログインした後のお知らせ更新みたいだね」

「ケイとハーレさんしか知らないって事はそうなんだろうな」

「あ、知らなかったのか。あれ、地味にお知らせの更新って7時前後が多い?」


 てっきりみんな知ってるものかと思ってたけど、そうでもなかったみたいだね。ハーレさんは俺と同じで地味に言い忘れてたパターンだな。俺もなのでそこについてはどうこうは言えないけど。

 結構こういう食い違いが起きる事があるから、お知らせの更新の時間帯的な問題かな。まぁ即座に実装されるわけじゃないから問題ないといえば問題ないけどさ。


「ま、詳細は後で確認するとしてだ。実装されたらすぐに作れそうな感じか?」

「それは問題なしだな。ちなみにギルドじゃなくて『共同体』だとよ」

「『共同体』って事はコミュニティかな?」

「同じ目的の集団ってところ?」

「多分そうだと思います!」

「なるほど、『共同体』か。ま、機能の名前についてはよっぽど変なものでない限りは問題ないな。で、名前は付けられるんだよな?」

「おう、それは可能だとよ。だから、実装までに誰がリーダーをやるかと名前を決めとこう」


 今のうちにその辺は決めておいた方が、実装されてから考えるよりスムーズに進むからね。ハイルング高原は多分のんびり進めるだろうし、その辺を話し合いながら進んで行くのでも良いだろう。


「リーダーと名前か。名前はまだ時間はあるから話し合うとしても、リーダーはケイで良いんじゃねぇか?」

「はい! 私もそれに賛成です!」

「そだね。戦闘の指揮とかはいつもケイさんがやってるしね」

「ケイ、リーダーをお願いしても良いかな?」

「……断る余地なくね? あー、分かった! 俺がリーダーをやるよ!」


 見事なまでに満場一致で俺がリーダーに推されたので、これはやるしかないか。まぁ大人数の組織になる訳じゃないんだ。このくらいなら気軽に引き受けたところで問題はないだろう。

 それにみんな揃ってこういう風に言ってくれると、正直悪い気分ではない。よし、リーダーを頑張りますか! そして俺らの共同体の名前も実装までに話し合って決めないとね。

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