第387話 雪山に向けて出発


 他のお客が来たようなので桜花さんの桜の木から少し離れた位置に移動しておいた。さて、それじゃ雪山に向けて出発だ……と言いたいとこだけど、その前にやっておく事がある。


「あ、ハーレさん。ちょいおいで」

「ケイさん、何ー!?」


 手招きならぬ、ハサミ招きをしてハーレをちょっと離れたとこに呼んでみる。リアルで言ってもいいんだけど、忘れないように父さんからの伝言を伝えておこうっと。事情はみんな知ってるんだし、周囲には他のプレイヤーもいないから問題ないだろ。


「私達は聞かないほうが良い話かな?」

「んー、場合によっては関係するかもしれないけど、今の段階ではまだなんとも……」

「あ、何となく何の話か予想がついたよ。サヤ、少し待っておこ」

「うん、分かったかな」

「俺には関係なさそうだな」

「アルはそうなるな。……なんかすまん」

「いや良いって事だ。元々俺以外ではリアルでの関係性があるのは分かってる事だしな」


 こういうアルの気遣いはありがたいよね。そしてヨッシさんは大体の用件は察したっぽい。まぁ具体的な話を詰めるのは後で問題ないとしても、そういう話題があったって事くらいは伝えておいた方が良いだろうしね。

 ヨッシさんは察しているみたいではあるけど、ハーレさんはいまいちピンと来ていないのか首を傾げつつ俺の方に近付いてきた。まぁさっき父さんが思いつきで言ったようなもんだしな。

 

「それでどんな話ー!?」

「さっき、父さんが言ってた事の伝言だな」

「え、なんだろ!?」

「とりあえず簡単に説明するぞ」


 みんなをあまり待たせても悪いので、説明は簡潔にだ。まぁ単純にヨッシさんとサヤの住んでる地方に家族旅行で行こうという父さんの提案である。


「……後でお父さんにありがとうって言っとくね!」

「お、それじゃそうすんのか?」

「ううん、嬉しいけど今回は遠慮しておくよー! 旅費についてはいざとなったら短期のアルバイトでもして自力で稼いできます!」

「あー、そういうつもりでいたのか」


 これはちょっと意外な反応だった。小遣いも貯めて、それでも足りない分は自分で稼いで何とかするつもりでいたのか。これはハーレさんの確固たる意志を感じるね。


「私がヨッシとサヤに会いたいから、それは私が自力でやるんだ! お父さんの提案は嬉しいけど、今回は自力でやるから意味があるのさー!」

「そうか。それなら頑張れよ」

「うん!」


 ハーレさんが自分自身で計画を立てているのなら、外野がどうこう言うのも野暮ってもんか。父さん、残念ながら資金的な心配の必要はなさそうだぞ。


「ハーレも嬉しいことを言ってくれるねー!」

「ヨッシに必要以上に心配をかけないって決めたもん! 絶対に夏休みに遊びに行くからねー!」

「うん、私も待ってるかな」

「それじゃサヤの家が広いから、2人で泊まりに行こっか?」

「おー! それいいねー!」

「あはは、それなら私もそれなりに準備はしておかないと。少し先の話ではあるけどね」


 もうサヤもハーレさんもヨッシさんも楽しそうである。まぁこうやってオンラインゲームで一緒に遊んでいるとはいえ、実際に会いたいんだろうね。ハーレさんとヨッシさんはお互いに特にそうなんだろう。


「……よし、アル。夏休みにサヤ達がリアルで遊んでる間にLvとか突き放そう」

「いや、ケイ。それもどうなんだ……? それに俺は普通に平日は仕事だから、流石に無理だぞ?」

「ちっ、それならソロで……」

「おーい、ケイ? 地味に拗ねてないか?」

「拗ねてない!」


 ちょっと思っていたよりハーレさんが成長していてビックリしただけだ。冗談抜きで父さんの提案を全力で断ってくるとは思ってなかったからな。

 やっぱり弥生さんが見抜いた一件以来、ハーレさんの様子は随分変わった。いや、俺がハーレさんに見事に騙されていただけというべきか。いつまでも中学生の頃の様子のままではないんだな。




 そして少しの間はしゃいでいた女性陣も落ち着いてきたので、そろそろ本格的に移動を開始しよう。えーと、今回はアルは木、サヤは竜、ヨッシさんはハチ、ハーレさんがクラゲでログイン中だね。どうやらみんなは今鍛えたいキャラでログインしているっぽい。


「さて、そろそろ移動するか」

「それもそうだな。ケイ、水のカーペットを頼む」

「ほいよ」


<行動値上限を2使用して『移動操作制御Ⅰ』を発動します>  行動値 60/60 → 58/58(上限値使用:2)


 水のカーペットに小型化したアルを乗せていく。とりあえず森林深部を抜けるまでは森の上を突っ切って行ったほうが早いだろう。ハイルング高原に行ってからはアルだけでも充分行けるだろうけどね。


「よし、小型化解除。根脚移動もいらないな」

「アルさんも結構浮かぶようになったよねー!」

「まぁな。報酬で貰えるスキル強化の種で既に溜まっている熟練度も引き継げるから、手に入ったらすぐに空中浮遊をLv6にするぜ」

「お、アルも仕様は確認したんだ」

「あー、それについてはヨッシさんが確認しててな。さっき聞いたとこだ」

「ふっ、アルめ。まだまだ甘い。あ、そうそう、部位の追加については聞いた?」

「それなら俺が聞いといたぞ」

「ちっ、アルめ」

「ケイ、地味にさっきので根に持ってんな!?」

「……さて、何の事やら」


 俺は拗ねてないからな。まったく、アルが変な事を言うから妙に調子が狂ったじゃないか。それにしても俺の確認した内容は既にみんな把握済みっぽいね。それならとりあえず移動するか。


「ま、とりあえず出発するか!」

「「「「おー!」」」」

「そういやハーレは今回はどうするの?」

「もちろん自力で浮かぶよー! 『傘展開』『ウィンドクリエイト』『風の操作』!」


 そしてサヤとヨッシさんと俺はアルのクジラの上に移動していく。ハーレさんは移動操作制御を取りたいって話だから、フヨフヨとクラゲを使って浮かんでいた。

 ふむ、ちょっと速度は上がったとはいえ普通に移動するよりは遅めだね。これはクラゲ自体の移動速度が遅めなせいか?


「話には聞いてが、ハーレさんのクラゲだとちょっと遅めだな」

「そうなんだよね!? 移動操作制御が取れれば風魔法で推進力を……あ! そっか、そうなったら私も魔法砲撃を取ろうっと!」

「そうか。ただ漂ってるだけのクラゲなら、反動で簡単に吹き飛びそうだな」

「そういや、サヤとケイは失敗したんだったか」

「あれはしゃーない」

「そうだね。あれで踏ん張れないのはそれはそれで問題だし……」

「確かにそりゃそうだ。その辺は種族次第ってことだな」


 そうなんだよな。俺やサヤの場合だと、魔法砲撃の反動で吹き飛んでいたら攻撃として使い物にならなくなる。あれは俺やサヤにとっては加速の補助止まりだな。

 まぁそれでも使い道はありそうだし、あの結果が悪いわけじゃないけどね。それにしても少し移動速度を上げる方法か。ふむ、こういう手段で行ってみるか。


「よし、サヤとハーレさんに1つ提案だ」

「ケイ、何かな?」

「ケイさん、どんな提案ー!?」

「まぁ単純といえば単純。サヤが風魔法で飛んでるハーレさんのクラゲの中を目掛けて撃つ」

「え、それって良いのかな!?」

「私は良いよー! サヤの魔法の特訓だー!」

「サヤ、せっかく魔法砲撃で狙いやすくなったんだから今のうちに竜での練習をしておいたら?」

「私に当てるのには遠慮はいらないさー!」

「そっか。それじゃお言葉に甘えさせて貰おうかな」


 サヤはそう言いながら、クマの首に巻き付いている竜を右腕に巻き付かせていく。外骨格化している巨大なクマの爪は収納状態になっていて、クマの右手の甲に竜の頭が収まるような形になっている。

 なるほど、まずはそれで狙いをつけていく練習をするんだな。その内、クマのあちこちに竜を動かしてそこから狙えるようになれば良さそうだ。


「それじゃいくかな! 『魔法砲撃』『ウィンドボール』!」

「こーい! おー、これは良いね!」

「あ、上手く当たったかな!」

「うんうん、サヤはその調子。ハーレを飛ばし過ぎたら私が回収に行くから、遠慮なくやっていいよ」

「その時はヨッシ、お願いします!」


 サヤの竜の口から放たれた風の弾は、ハーレさんのクラゲの中に当たってそれなりの勢いで吹き飛ばされていた。同じ群集だからダメージはないし、ハーレさん自体は割とバランス感覚が良いので上手く推進力に変えている。

 それにサヤの竜の方は物理型のクマと違って魔法型なので、クマで魔法砲撃を使った時よりは効果はいいね。そして万が一、やり過ぎて飛ばし過ぎてもヨッシさんがフォローしてくれるなら大丈夫だろう。


「さて、それじゃハーレさんの位置に合わせて移動するか」

「だな。ぶっちゃけ余裕はあるから、俺らは俺らで何かやるか?」

「お、その案乗ったぜ、アル! それじゃ互いに目標にしてる水の操作と土の操作で勝負といくか? 先に当てた方の勝ちって事で」

「おう、それで良いぜ。『アクアクリエイト』『水の操作』!」


<行動値1と魔力値3消費して『土魔法Lv1:アースクリエイト』を発動します> 行動値 57/58(上限値使用:2) : 魔力値 191/194

<行動値を3消費して『土の操作Lv5』を発動します>  行動値 54/58(上限値使用:2)


 一応勝負とはいえ、俺もアルも移動中だからな。森の上に出ているから基本的に方角さえ間違えてなければ危険はないけど、前方には一応ある程度の注意を払っておく必要はあるだろう。ま、乱戦とかで周囲の確認が必要な時の特訓と思えばいいか。

 とにかく勝負開始である! っていうか、地味にアルも水球3つか。今のアルの水の操作ってLvいくつだっけ。とりあえず生成した小石をアルの木に向けて放っておくか。


「アル、今の水の操作ってLvいくつ?」

「今聞くことか!? Lv5だよ! こなくそ!」

「お、反発力を持たせて弾き飛ばすか」


 俺の水の操作の使い方を今まで何度も見てきただけはあるね。上手く魔法産の水の性質を変えて小石を弾き飛ばしたり、逆に水の中に閉じ込めたりと色々してくれている。地味に小石だと水球と撃ち合うにはあまり相性が良くないな。

 それなら、小石に小石をぶつけて操作以外で方向を無理やり変えてやる……と見せかけて方向転換!


「ちょ!? そんなのありかー!?」

「ふっふっふ、まだまだアルには操作スキルでは負けん! てか、地味に水の昇華が手前なんだな?」

「どういう操作精度してんだよ! あー、でもそうか。水の昇華を先にして水のカーペットを自分でやるって手段もあるんだな」

「そうそう。空中浮遊とどっちにするか微妙に悩ましい気はするけど、その辺はどうなんだ? よし、そこ!」

「くっ、でも何とか凌いだ! そうだなー、まぁ攻撃手段を増やしたいってのはあるが俺は移動操作制御を持ってないからな……」

「そういやそうなるのか。……でも意外と根の操作とか水の操作で移動してたから、取れる可能性もあるんじゃ? ほいよ!」

「だからどうなってんだよ、さっきからそのビリヤードっぽいようでいてその直後に全く関係ない方向から攻めてくるそれ! でも確かに可能性としてはあるのか……? ふむ、後でそっちに切り替えてみるか」

「何となくアルの木は移動操作制御については目前な気もするんだよな。よし、もらった!」

「だー、負けた! とりあえずその辺は考えとく」


 とりあえず勝負は俺の勝ちっと。アル自身が空中浮遊と俺の水のカーペットを1人で出来たら、俺が全力で攻撃に回れるようにもなるんだよね。それにアルが水の昇華になれば、PT内で2人での昇華魔法が使えるようになる。ヨッシさんの目指している氷の昇華との組み合わせはまだ不明だけど、手段が増えるのは間違いないからね。

 まぁ移動操作制御がなければ攻撃がしにくいので、そっちが取れなきゃアルは空中浮遊の方が優先度は高いかな。あ、でも移動操作制御ってポイントでも取得出来たような気もするから、ポイントで取るのでもいいのか。


「あ、もうすぐハイルング高原だな。よし、みんな一旦中断!」

「さて、高原は牽引式に変更するか」

「はーい!」

「意外と時間は短かったかな」

「でも、サヤは結構狙いやすくはなったんじゃない?」

「そだねー! 魔法砲撃を使う前までより確実に命中率はいいよー!」

「あはは、確かにこっちの方が遥かに狙いやすいね」


 サヤ達の方も短時間とはいえ、それなりに成果ありって感じかな。魔法の照準は操作系ほど難しい訳じゃないけど、サヤはどうも苦手意識が邪魔してそうな感じはする。

 さてとハイルング高原に入ったら水のカーペットを切って、ピクニック気分で雪山を目指していこうかな。


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