第344話 不安のその先に


「わたし、またやらかした……。このゲームじゃ絶対やらないって決めてたのに、みんなごめんなさい……」


 そんな風に恐縮しきった様子の弥生さんが謝罪をしていた。今度は逆に弱々しく変化した弥生さんの様子にみんなも戸惑いを隠せないでいる。今の弥生さんの発言を聞く限りでは、他のゲームで同様の事をやらかした事があるみたいだね。


「……弥生さん、一つお聞きしてもよろしいですか?」

「……うん、どうぞ、ジェイさん」

「先程のは本意ではないんですね?」

「……はい」

「……そうですか。皆さん、聞きましたね? 先程の件に関してはどう考えても元凶は占拠していたあの4人組です。弥生さんを責め立てるのは筋が違うと思いますが、どうですか?」

「ま、そりゃそうだな。むしろ、弥生さんは止めに入ってたからな。そこであの発言は俺でもぶった斬ってたぜ」

「いや、斬雨ではダメージが与えられないので無理ですけどね?」

「んな事は分かってるよ。心境的な問題だっての。なぁ、そう思わねぇか、てめぇら?」


 まぁ確かに斬雨さんの言うのもよく分かる。あそこで暴言をかけられたのが自分だと考えてみたら、多分俺なら昇華魔法をぶっ放した後に殴り倒しに行ってたかも……。


「そうだよな。悪いのはあいつらだ」

「弥生さんはなんとか止めようとしてたもんね」

「……あれはみんなキレてたもんな。怒ったのを責められる訳もないか」

「びっくりはしたけど、被害は出てないもんね」

「気にしなくていいぞ、弥生さん!」

「そうだぞー!」

「……なぁ、今後の対人戦で俺らが承知の上で覚悟してたら、弥生さんに大暴れしてもらうっていうのも手じゃないか?」

「お、良いんじゃね? 巻き込まれるのを情報収集の前提にするなら、対人戦でもそれを適応しちまえば……」

「ちょっと、赤の群集が怖い事を言ってるんですけど!?」

「灰の群集に言われたくはない! よし、その辺の作戦会議は後で赤の群集だけでやろう!」

「そういう事だから弥生さん、気にしなくて良いよー!」

「……今後の赤の群集に要注意ですか」


 なんか段々と話の方向がズレて行ってるような……? っていうか、赤の群集の誰かは知らないけど恐ろしい事を発案すんな!? 冗談抜きでさっきの弥生さんを対人戦で投入ってヤバくない……?


 でも、そういう形で赤の群集にはさっきの弥生さんが受け入れられていた。その様子を見た弥生さんが、ルストさんの元に歩いていく。弥生さんはルストさんによれば既婚者みたいだし、俺より年上なんだろうけど、どことなく頼りなさげで弱気な雰囲気になっている。


「うぅ……。ルストー! 予想外に怖がられなかったよー」

「いえ、弥生さん。怖がられてはいますよ、青の群集と灰の群集にはですが」

「それでも、前みたいにやらかして怖がられて白い目で見られる訳じゃないみたいだもん……」

「……そうですね。良かったですね、弥生さん」

「……うん。うわーん、良かったよー!」


 うーむ、弥生さんが過去にどこで何をやらかしたのかは分からないけど相当やらかした事を後悔していたみたいだね。そして今の状況に心の底から救われている様な感じでもある。

 それにしてもとんでもない枷が外されてしまった感じがするんだけど……。もしかして赤の群集に強大な切り札が今ここで解き放たれたのか?




 そして弥生さんが落ち着くまでに少しの時間が必要となった。通路の真ん中でいるままではあるけど、少しくらいなら大丈夫かな。それにしてもあの占拠してた連中はどうなったんだろうか。


「うん、落ち着いた! みんな、改めて迷惑かけてすみませんでした!」

「それはもう良いんだけど、あの連中とクエストの方はどうなった?」

「あ、それね。あの連中は……うん、何度か死んでいったから、何処かでランダムリスポーンしてるとは思う。エンの分身体は……ごめん、確認してないや。倒した覚えはないから、多分今頃ーー」


<ワールドクエスト《この地で共に》の金属塊を破損しました> 灰の群集 10/13


 あ、噂をすればなんとやら。どうやら金属塊が再び壊された時はそれも通知されるようである。灰の群集の金属塊で修復が残っているのは、俺らの場所と他に2ヶ所か。

 他のとこでもトラブルがあったりしないよね? ……さっきのを見たら他の場所でのトラブルの可能性はあながち否定できないな。あいつらはここのを倒さずに残そうとしてたって事は、経験値を得るために倒す場所も用意しようとしたはず。まぁ残さないなら普通に倒してる可能性はあるけど、実情がまだ分からないか。


「……どうやら復活して金属塊が破壊されたようですね」

「……みたいだね。うん、改めてバトルロイヤルで勝ち残った人で討伐する?」


 調子が戻った様子の弥生さんが、みんなを見回してそう言っていく。ま、あの連中のせいで予定は狂ったものの、これで本来の予定通りに行動出来るだろう。


「おう、やってやろうじゃねぇか!」

「そうですね。そういえば斬雨も勝ち抜いていましたか」

「負けたジェイとは違うからな!」

「ほう、言いましたね? ……まぁそれは後にしましょうか。それでは勝ち抜いた人達は集まってください」

「はーい!」

「おうよ!」

「そうこなくっちゃな!」

「頑張るぞー!」


 そうしてジェイさんの指揮の元、勝ち抜いたと思われる人達が集まっていった。あ、ソウさんは勝ち抜いてたんだね。ダイクさんもしっかりと参戦して勝ち抜いているのには感心するよ。リング役はジェイさんの砂の操作辺りで代用したのかな?


「ヨッシさんも対象になっていますので、準備をお願いしますね」

「え、ルストさん? どういう事?」

「いえ、1回目の勝者もカウントに入れていますからね。ヨッシさんも勝ち抜いていますので、報酬の対象になってますよ」

「あ、そうなんだ? え、でもいつの間に決まったの?」

「特訓に行っている間にですね。本当は普通に戻ってきた時に伝える予定だったんですが……」

「そうだったんだ。うん、それじゃ遠慮なく参加させてもらうね」


 なるほど、俺らが特訓しに離れている間にそういう事に決まっていたのか。ま、初戦だけ除外ってのもあれだしね。そこは適切な判断なのだろう。


「ヨッシ、良かったね!」

「頑張れって言うほど強敵でもないか。ま、ボーナス経験値は良かったな」

「……私も参加してれば良かったかな?」

「サヤ、実況付きだけどそれは良いの?」

「うん、ごめん。やっぱり無しかな」

「まぁサヤはそうだよな。そういやアルとハーレさんは?」

「実況のみで参戦していません!」

「俺もだな。参戦しようかと考えてもいたが、言い出すタイミングを図っている内に時間切れだった」

「なるほどね」


 とりあえず俺らのPTからはヨッシさんが参戦という事だね。そうして集まっていくと3PTで18人の連結PTが結成されていた。灰の群集が8人、青の群集が6人、赤の群集が4人という構成である。まぁ現状の群集の力関係からすれば、このくらいの人数差は妥当なとこかもね。


「よーし、それじゃ金属塊の場所に戻ろうかー!」


 完全に調子を取り戻した弥生さんの号令により、みんなで移動を開始していく。さっき弥生さんが精神的な弱さを見せた事もあってか、直接的に怯える人がいる様子はない。ま、一時はどうなるかと思ったけど、弥生さんにとって良い形で落ち着いたみたいなのでそれは良かったかな。

 まぁこの討伐と修復が終わった後に、灰の群集のみんなに要警戒人物として報告をしておく必要はあるけどね。……灰の群集でも、あの弥生さんを相手に戦える人がベスタくらいしか思いつかないんだよな。



 そして金属塊の場所に戻ってきてみれば、エンの分身体と翼竜が既に壊れた金属塊を更に破壊しようと攻撃を加えていた。まぁ、状況が状況だったとはいえ完全に放置すればこうなるよね。

 金属塊が壊された事により、一度は薄れていた瘴気が再び濃くなっている。さてと、エンの分身体はバトルロイヤルを勝ち抜いた人達に任せて、翼竜は他のメンバーでどうにかするか。


「勝ち抜き部隊、エンの分身体をぶっ倒すぞ!」

「斬雨さん、纏瘴と纏浄はどうする?」

「ソウさんだっけか。ま、勝ち抜いた奴ばっかのPTだし、今回は様子を見つつ温存でいいんじゃね?」

「あーそれもそだな。無理そうな時に使えばいいか」

「とりあえず温存だな。よし、根の切り離しは赤と青に任せた! 灰の群集はタイミングを見計らって、攻勢に移るぞ!」

「ダイクさん、了解!」

「あ、そうだ。火の昇華か、土の昇華を持ってるやついるか?」

「あ、俺持ってるぞ! 火の昇華だ!」

「よし、そこの青の群集のトカゲの人は俺と昇華魔法だ」

「おぉ!? 『共闘殲滅を行うモノ』を取るチャンス!」

「あー、いや条件的に敵の数が足りないぞ」

「あ、そういや10体以上を同時撃破だっけ……。残念……」


 条件的にエンの分身体を1体だけじゃ無理である……。いや、ちょっと待てよ。ここには分裂する翼竜がいて、麻痺毒で動きを制限しやすいんだよな。となれば、やろうと思えばいけるのか?


「なぁなぁ、それはルアー達や赤のサファリ同盟の人達のまとめ情報で見たけど、翼竜を分裂させて一気に倒すんじゃ駄目なのか?」

「……そういう手もありますね。では折角ですのでそうしましょうか」

「それなら翼竜はひたすら分裂させれば良いのかな?」

「分裂した後は麻痺毒で動きを封じて、エンの分身体のとこに集めたらいいと思います!」

「ではそうしましょうか。それでよろしいですね、皆さん?」

「「「「「「「「おー!」」」」」」」


 俺も気付いたし、灰の群集のみんなや青の群集の人達が言い出すのなら不思議でもなかったけど、赤の群集の人からその案が出てきたのは少し意外だったね。……なんだかんだで1晩の内に、昨日の騒動で判明した問題点の改善の傾向が出てきているようである。



 そして金属塊の修復を行う為の戦闘が始まった。そういやさっきはあまり気にしてなかったけど、斬雨さんの隣にいるゴリラの人って何か覚えがあるような気が……。特訓に行く前には見かけなかったから、いなかった間にログインした人かな?


「よし、本体から一気に切り離す。頼むぜ、ウッホ。『魔力集中』『ウィンドクリエイト』『操作属性付与』『断刀・風』!」

「おうよ! 『魔力集中』『大型砲撃』『貫通狙撃』!」


 そしてゴリラの人……ウッホさんか。なんか、青の群集の人ってネタに走った名前の人が多い……でもないか。スリムさんのインパクトが強過ぎるだけで、そんなに人数は居なかったよ。

 とにかくウッホさんが緑色を帯びた銀光を放つ斬雨を掴み、自身の腕も銀光を帯びていく。あ、思い出した。これって、青の群集との総力戦の時にベスタが目撃したっていうゴリラの人が投げて空中から斬雨さんが奇襲してきた時のやつか!

 っていうか、投擲系でもハーレさんとはどうも別物っぽいな。ふむ、そういうスキルもあるのか。


「あー!? 大型砲撃を使った応用スキルだー!」

「ハーレさん、何か知ってるの?」

「うん! 小型の動物系じゃ使えないやつ! 正確にはスキルは取得出来るけど私だと大型化しないと発動出来ないやつ!」

「そんなのあったのか。え、って事はもしかして……?」

「うん、それに関係しそうなスキルはあるかな。でも私は投擲系の応用スキルが取れないから取ってはないけどね」

「あ、やっぱりそういうのがあるんだな」


 そうか、種族の大きさによって取れるのと取れないのがあるんだな。サヤは投擲の特性は持ってないから意味ないんだろうけどね。

 もしかして水砲ザリガニの進化条件ってこの辺のスキルも関係してたのか……? 砲撃要素がこの辺にあった? 少し気にはなるけど、とりあえずそれは後回しだね。今は目の前の戦闘に集中しよう。俺らは翼竜の相手だ。


「とりあえず翼竜を攻撃して分裂させろ!」

「そだね! 『狙撃』!」

「『魔力集中』『ウィンドクリエイト』『操作属性付与』『強爪撃・風』!」


<行動値2と魔力値6消費して『土魔法Lv2:アースバレット』を発動します> 行動値 52/54(上限値使用:4): 魔力値 176/182


 俺らの他にもみんなが適度に威力を抑えて、翼竜を分裂させていく。どんどん分裂していき、10体を超えた頃に斬雨さん達の銀光が眩く光り、攻撃準備が完了したようだ。そしてウッホさんが勢いよくジャンプをして、上からエンに向けて斬雨さんを投げ放った。

 一直線に投げるのではなく、斬雨さんが回転していくような形になっている。投げるのに失敗した訳ではないようで、回転して斬撃の勢いを増しつつエンの根へと迫っていく。


「ぶった斬ってやるぜ!」


 そしてその宣言通りに一撃でエンの本体から分身体を切断した。流石の斬撃の威力である。よし、第一段階完了! あの回転状態から、よく正確に狙えたもんだな。斬雨さん、前より強くなってないか?


「ダイクさん、アクアクリエイトをお願い。一気に広範囲の麻痺毒を使うから!」

「ヨッシさん? あ、複合魔法か! 『アクアクリエイト』!」

「ありがと! 麻痺毒を二重の複合毒で『ポイズンクリエイト』!」


 生成された水と毒により、複合魔法のポイズンミストが発動する。片方が昇華の水の為、毒霧の拡散速度が非常に早い。そして複合毒で麻痺毒の重ねがけをして効果を強化した麻痺毒が分裂した翼竜を全て落としていった。おぉ、流石のヨッシさんの毒だ。効果が凄い。

 そしてその翼竜をエンの分身体に向けて、みんなで手分けして放り投げていく。ま、一気に倒すなら1ヶ所にまとめるのは重要だよね。……連結してない灰の群集以外の人達にも麻痺が効いているのは見なかった事にしよう。


「よし、そんじゃ昇華魔法を行くぜ! 『アクアクリエイト』!」

「これで称号ゲットだ! 『ファイアクリエイト』」


 そうして発動したスチームエクスプロージョンによって、エンの分身体の根の大半と翼竜は撃破完了していた。トカゲの人は魔力値がそれほど高くなかったようで、少し威力は控えめだったけどそれでもかなりの高火力なのは間違いないけどね。

 エンの分身体の本体は相当なダメージがあって、ほんの少しHPが残っていた程度である。まぁあと一撃ってとこか。


「よし、止めは任せろ! 『並列制御』『光の操作』『閃光』!」

「お、ソウさんはやっぱそれか!」


 ソウさんの全身が一瞬軽く光った後に、光の操作で収束させたレーザーがエンの分身体に直撃していた。あー、客観的に見たのは初めてだけどちょっと予備動作があるんだな。ふむ、一気に跳び退けば回避は出来そう。ま、簡単ではないだろうけどね。

 それにしてもそこでイチゴの方は使わないんだ。閃光でなく発光を光源に使う為のイチゴなのかもしれない。


 そしてエンの分身体のHPは全て無くなり、ポリゴンとなって砕け散っていった。翼竜の方は連結してないPTが倒した事で経験値は減っていたけど、これはまぁいいや。とりあえずこれにてここの討伐は終了!



 それから赤の群集で纏浄、青の群集で纏瘴を使う事になり、瘴気の除去も完了した。その後、少し待てば金属塊の修復も完了である。


<ワールドクエスト《この地で共に》の金属塊を修復しました> 灰の群集 11/13


 通知も出たので、残る場所は後2ヶ所。そこが終わればとりあえず灰の群集の分は終わりだね。赤の群集と青の群集の常闇の洞窟の経過状況はどうやら通知されていないみたいなので、通知があるのは今自分がいる常闇の洞窟に関するものだけなのかもね。

 まとめて全部通知されると流し見て間違えそうだし、そこはクエスト欄から確認出来るから問題ない。後は残ってる場所の修復を待つだけだね。

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