第343話 危険な状況


 特訓から戻ってみれば青の群集のサメ、オオカミ、ライオン、樫の木がエンの分身体の前を占拠してトラブルが発生中である。同じ青の群集であるジェイさんが対応しているけれど、雰囲気は非常に険悪な様子……。


「あくまでも自分達の経験値の為に独占する気ですか? 最後の1回分はここに集まっていた方々で誰が倒すか決めていたんですが?」

「いやいや、独占する気はねぇよ? まぁ、ここの1ヶ所は倒さないで最後の1回にしないでくれってだけでな?」

「……再出現に時間がかかる上に、全員が参戦出来る訳でもないのにクエストの進行を止めろと? それも直前に相談もなく割り込む形で無理矢理に?」

「良いじゃねぇか、それくらい。現状では進行も早いみたいだしな」

「……分身体の特徴は正しく理解しているのですか?」

「んなもん、経験値が美味いって事と修復し切ったら終わりってくらいだろ」

「……Lvが上がり過ぎて倒しにくくなる可能性についてはどうお考えで?」

「そうなりゃあんたらが倒してくれるだろ」

「随分と好き勝手な事を言ってくれますね!?」


 こいつら、随分とまぁ好き勝手な事を言ってくれるな。確かに金属塊のある場所の群集拠点種の分身体は意図的に回数を倒したくなるような経験値ではあるけど、それで自分達で対処し切れなくなったら丸投げする気かよ。


「おいこら! 勝手に現れてきて好き勝手な事を言ってんじゃねぇよ!」

「ログインしてきたばっかで割り込むんじゃねぇよ!」

「そうだよ! どういうつもりさ!」

「独占した挙げ句に対処し切れなくなったら押し付けるとかふざけてんのか!」

「もうこんな奴ら、まともに相手にしなくていいだろ! 仕留めちまえ!」


「へぇ、気に入らなきゃ数の暴力で強制排除ってか。やれるもんならやってみろよ、おい!」


 そして赤の群集を筆頭に集まっていたみんながブチ切れていた。この状況でも平然と占拠を続けて行くつもりらしい……。みんながキレてる分で逆に少し冷静になったけど、この状況は一体どうしたもんかな。

 ここまで身勝手な理由で動かれるとな。みんな殺気立ってるし、言い分もかなり腹が立つので強制排除したくなってくる。いやいや、流石に強制的にっていうのは……でもこれって完全にクエストの妨害だし、状況を見る限りではマナー違反の割り込みみたいなんだよな。


<ワールドクエスト《この地で共に》の金属塊を修復しました> 灰の群集 10/13


 あ、他の場所の修復が進んだのか。……まだここのエンの分身体は成長して完全復活しておらず修復済みではある。折角のバトルロイヤルの報酬は台無しになるけど、このままエンの分身体の復活を待たずに全部終わってしまってくれたほうがこのトラブルも片付くのか……?


「まぁまぁ、ここはみんな落ち着いてね?」


 そんな中で落ち着かせて仲裁しようと弥生さんが動き出していた。……さっきは不機嫌そうな様子だったけど、それを隠して話をしに行ける弥生さんに任せておこうかな。迂闊な対応でみんながキレて乱戦にでもなれば少しややこしい事になりそうだし。


「いやさ、さっきまでみんなで誰が倒すかってのを競って決めてたんだよね? 共闘イベントなんだしここは協力していかない? Lv上げとかはここに固執しなくても、それなーー」

「あ? 荒れてて役立たずになってる赤の群集のネコが何言ってんだ? お前には用はねぇから、すっこんでろ」

「あ、そう……」


 あ、今の一言で弥生さんの雰囲気が一気に変わった。あれ、なんか寒気が走ったんだけどこのゲームにはそんな感覚の再現はないはず。あ、これなんかヤバそう……?


「いけない!? 皆さん、弥生さんから離れて下さい! 今すぐにーー」

「ルスト、邪魔」

「ぐぅ!?」

「ルストさん!? え、弥生さ……ん?」

「「「「……は?」」」」


 そして様子の変わった弥生さんがトラぐらいの大きさまで大型化して、巨大な黒いネコへと変わっていき、ルストさんを壁際まで吹き飛ばしていた。

 苛立っていたみんなも、占拠していた4人組も、流石に何が起こったのか分からず困惑している。俺も状況がよく分からない。……え、何がどうしてそうなったんだ?


「あはは、殲滅確定だね!」

「……皆さん……すぐにこの場から逃げて下さい! 特に青の群集と灰の群集の方は!」


 そのルストさんの焦った様子と、弥生さんの危険そうな一言で今が良くない状況なのは何となく分かった。逃げろという事は、これは周囲に影響が出るのか。となれば、指示は一つのみ!


「状況が飲み込めないけど、ヤバそうなのは分かった! みんなすぐに動け!」

「お、おう」

「え、何が……?」

「……弥生さん、一体どうしたの?」

「考えるのは後だ! 動け、逃げろ!」

「逃げろー!」


 みんなに指示を出せば、戸惑いつつもその場から退避を始めていく。ちょっと状況が違うような気はするけど、咄嗟の逃げる行動については慣れている灰の群集はスムーズに、青の群集の人達は灰の群集には劣るけど混乱はしていてもそれなりにまとまった動きで、赤の群集はただ困惑して逃げ惑っているだけである。

 あ、シアンさんとセリアさんが背中に何人か乗せて空中浮遊で泳いで逃げていた。俺らが特訓してた間にログインしてたんだね。


「あはははははは!」

「ひっ!?」

「な、何が!?」

「ギャー!?」

「ぐっ……」


 そしてその間には高笑いを続けながら、占拠していた4人組を容赦なく仕留めにかかっていた。うっわ、弥生さんの動きが半端ない。一気に駆け寄って木を吹き飛ばしたかと思えば、次の瞬間にはオオカミを足蹴にしてジャンプし、ライオンを蹴り上げていき、サメに噛み付いていく。

 その一連の動作に全く隙がなく、占拠していた連中は一方的にボロボロにされていく。というか、風を纏っていたり銀光を放っていたりするのでスキルは使ってるみたいだけど、高笑いし続けて一切スキルの発声が無い……。


「ケイさん、見ていないで逃げて下さい! その状態の弥生さんは危険です!」

「……ルストさん、どういう事?」

「後で説明はしますので、とにかく今は距離をーーくっ!?」

「ごちゃごちゃうるさい、ルスト」

「ちょ!? 弥生さん!?」

「『アースクリエイト』『砂の操作』! 大丈夫ですか、ルストさん!」

「あっ!? ジェイさん、お気持ちはありがたいのですが、それは駄目です!」

「あはははは! 邪魔をするのはだ〜れかな?」

 

 ルストさんを吹き飛ばそうとした弥生さんの攻撃を砂で防御したジェイさんだったけれど、その防御行動によって弥生さんの攻撃の狙いがこっちにもやってきた。いやいやいや、どうなってんのさ、この状況!? 弥生さん、完全に見境なく攻撃してないか!?


<ワールドクエスト《この地で共に》の金属塊を修復しました> 灰の群集 11/13


 えぇい、今はそんな通知に構っている暇はない。この豹変した弥生さんの方をなんとかしないといけないけど、どうすりゃいいんだ? 


「ジェイさん、申し訳ありません! 『根の操作』!」

「ルストさん、何をするのですか!? あのまま放置はできないでしょう!?」

「今の弥生さんは止めようとしても止まりません! それに迂闊に手を出すと敵認定されるんですよ! ジェイさんは姿を隠しておいて下さい!」

「予想以上にヤバそうだな!? アル、樹洞!」

「おう! 『樹洞展開』!」

「ルストさん、ジェイさん、アルの中に! みんな、流すけどごめんな!」

「ケイさん、助かります! このまま見えなくなる位置まで行ってください!」

「どういう事か、きちんと説明してもらいますからね!?」


 とりあえず狙われるようになっていたルストさんとジェイさんはアルの樹洞の中に退避した。それで姿を見失ったのか、弥生さんの標的は占拠していた問題の4人だけに移っていく。見えなくなればとりあえずは大丈夫なのか。……ここは事情を知ってそうなルストさんの指示に従おう。


 俺も即座にアルに飛び乗り、元々アルの木の巣にいたハーレさん、そしてサヤとヨッシさんも乗ってきた。よし、これでとりあえず距離を取る! 色んな人を巻き込むことになるけど、それはごめんなさい!


<行動値1と魔力値3消費して『水魔法Lv1:アクアクリエイト』を発動します> 行動値 53/54(上限値使用:4): 魔力値 179/182

<行動値を19消費して『水流の操作Lv4』を発動します>  行動値 34/54(上限値使用:4)


 今は夜目と発光Lv3を発動中。この場を離れる為に水流の操作を発動し、群集の区別なく流していき姿が見えなくなるくらいまで距離を取った。……元の場所から悲鳴と高笑いが聞こえてくるけど、聞かなかった事にしよう。


 そして、とりあえずの安全圏でみんなが集まってくる。と言っても普通の通路なんだけども。流石に状況が状況だったので、俺の水流の操作に巻き込まれた事に何かを言ってくる人はいなかった。

 その代わり、アルの樹洞から出てきたルストさんに注目が集まっている。この状況を理解しているのはルストさんだけみたいだし、この反応も当然だろう。俺だってあの弥生さんの状態は気になるし……。


「ルストさん、どういう事なのかな!?」

「あれって、弥生さんだよね……?」

「豹変して別人みたいだったよ!?」

「……確かにあれはちょっとな」

「ルストさん、説明を頼む」

「えぇ、分かっています。流石に説明なしとはいきませんでしょうね」


 流石にルストさんもあの状況を説明しないという選択肢はないようではあるが、少し言葉を探しているのか、すぐには話し出す様子がない。……説明しにくい事なのかな?


「……どう説明したものか悩みましたが、単刀直入に行きますね。構いませんか?」

「うん、それで問題ないぞ」


 みんなも頷いて、固唾を飲みつつルストさんの言葉を待った。弥生さんのあの豹変は一体何だというのだろうか。怒ったのがきっかけだというのは分かるけども、流石にあれは……。


「弥生さんは本格的な対人戦になると性格が変わるんですよ。……味方すら巻き込んで全てを無差別に叩き潰す程にやり過ぎるんです……」

「……はい!?」


 え、ちょっと待って。俺も対人戦になると結構容赦なくやるタイプだけど、流石にあそこまではやらないぞ……? みんなもある意味、見たままの事を説明されて唖然としている。うん、そういう反応になるよね。


「あー、質問いい?」

「ケイさん、どうぞ」

「……さっきの対人戦じゃなかったよな? あと、バトルロイヤルの時は普通じゃなかった?」

「先程のあれは弥生さんを怒らせたからですね……。普通の対人戦であれば徐々にテンションが上がって最終的にああなるんですが、本格的に怒らせた場合ですと即座にああなりまして……。いえ、バトルロイヤルの一撃で終わるルールくらいであれば問題はないんですよ」

「弥生さんを本気で怒らせると即座にああなるのか……」


 しかもそれを下手に止めようとすれば、止めようとした人まで標的にするという事になるのか。え、という事はもしかして弥生さんが競争クエストとかに出てこなかった理由って……。


「もしかして弥生さんって、やり過ぎるのを自覚してるから自粛して対人戦には参加してないのか……?」

「えぇ、その通りです。赤のサファリ同盟の大半のメンバーは対人戦に興味がないだけですが、弥生さんだけは理由が違いますので……」

「……そういう事か」


 正直色々と驚きではある。弥生さんが対人戦に参加しない理由は気になってたけど、まさかそんな理由だったとは……。自覚してたからこそ、弥生さん自身は自粛を選んでいたのだろう。

 それなのに今回こんな事になったのは、あの割り込み連中が弥生さんを怒らせたのが原因か。要するに弥生さんの逆鱗に触れて、あの惨事になった訳だ。


「怒らせたら怖い人っているけど、それが特に強烈な人なのか」

「……昨日の件で怒らせなくて良かった。ほんとに良かった」

「自粛してたって事は対人戦自体は嫌いじゃないのか……」

「って事は、怒らせたあの連中が悪いんじゃん!」

「弥生さん、穏便に済ませようとしてたのにね……」

「あれはみんなキレてたもんな。気持ちは分からなくはない」

「……普段は割と気さくな人っぽかったけど、意外な一面だな」

「弥生さんってキレたら狂戦士化? いや、狂猫化?」

「バーサーカーなネコか……」


 中にはあまりの豹変に怯えている人もいるけども、割り込みと自分勝手な言い分に対してみんなが憤りを感じていたのは間違いないので弥生さんが怒った事自体をどうこう言う人はいなさそうである。

 まぁ一番穏便に済ませようとしてたのが弥生さんだったもんな……。結果的にはこんな状態になってしまっているけども、一番不本意なのは弥生さん本人なのかもしれない。


「それで、ルストさん。肝心なことなんだけど、どうすれば収まる……?」

「弥生さん自身が負けるか、標的として定めた相手を倒し終わったらですね」

「……なるほどね。その標的の基準は?」

「視界内に入った倒せる相手全てです。ですから、ダメージを受ける青の群集と灰の群集の皆さんには逃げてもらう必要があったんですよ」

「そういう事か。これはルストさんがいたから最小限で済んだと考えた方が良さそうだな」

「……私もまさかこのような事態になるとは思いませんでした」


 うん、もしルストさんが居なかったらという想定をしてみると少し怖いものがある。……あの弥生さんの動きは下手をすれば、ベスタをも遥かに凌駕していたかもしれない。冗談抜きで灰の群集と青の群集から被害者が相当数出た可能性も否定出来ないな。


「あ、ケイさん! あれ!」

「……弥生さん?」


 ハーレさんが指差した先には、大型化を解除して通常の大きさに戻っている弥生さんが岩陰に隠れるようにしながらこちらの様子を見ていた。あー、どうやら元凶の連中は始末されたっぽいね。

 その後冷静になってやらかした事に気付いた弥生さんが、バツが悪くて何も言い出せない状態ってとこだろうな。……まぁ気持ちは分からなくもない。あ、意を決したみたいで弥生さんが岩陰から出てきた。


「皆さん、すみませんでしたー! 本当にごめんなさい!」


 そして第一声は盛大な謝罪であった。ネコ的には伏せている感じだけど、頭も地面に擦り付けるように下げているのでこれは土下座をしているんだろう。……まぁ事情を聞いた感じだと悪気があった訳ではないみたいだし、そもそも元凶は割り込みをしてきたあいつらだもんな。

 俺としては別に弥生さんにどうこう言う気はないけど、みんなはどうなんだろうね。さっきの反応的には少し怯えはあっても悪感情はなかったと思うけども……。 

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