第331話 ちょっとしたトラブル


 少し待っていれば、海流と共にクジラとマグロが流れてきた。その他にも木や草花やネズミやイノシシやワニが流れてきた。って、ワニ!? あー、湿原にワニもいたから遭遇してから2ndで作った人もいるのか。

 まぁ言うまでもなく、流れてきたのはクジラのセリアさんとマグロのソウさんである。っていうか、普通に海流の操作を使ってきたんだな。


「よーし、到着ー!」

「海流の操作での移動はやっぱり速いな」


 そして一緒に流されてきた他の人達は、なにやら呆けているようである。あ、これってもしかして……?


「えっ!? 何!? 何が起きたの!?」

「おいこら、どこのどいつだ!? 巻き込むんじゃねぇよ!」

「え、あ、流されたと思ったらいつの間にか辿り着いてる?」

「うげ……。結構あちこちぶつかった……」

「あー、びっくりした。そこのクジラの人がやったのか?」

「そこのクジラか! って、どのクジラだよ!?」


 どうやら赤の群集のイノシシの人が海流の操作に巻き込まれて怒っていて、他の人達は怒る事こそないけど、この状況に困惑している様子である。あー、赤の群集の人だと怒る人ってやっぱりいるんだ。

 そして今ここにはクジラが3人いるから誰がやったかは分からないと……。そういやクジラ以外でも海流の操作って取得出来るのかな? ……そういえばロブスターの方の取得可能スキルの一覧にあったような気がしないでもない。まぁそれは後で確認するとして、この状況はどうしたものだろう。


「おーい、ソウさん、セリアさん。これ、どうすんの?」

「あちゃー、どうしようね、これ?」

「しまったな……。赤の群集の方にはこういう事もあるって通達はしてもらったけど、流石に全員が見ている訳でもないか……。青の群集や海エリアでは共通認識になってるんだがな」

「あ、通達済みなんだ?」

「さっきから何の話をしてやがる! 巻き込んどいて詫びもなしか!?」

「それについてはごめんなさい!」

「謝りゃ済むってもんじゃねぇだろうが! 無駄にHPが減ったじゃねぇか! それに……ん?」


 そうして怒っている赤の群集のイノシシの人にセリアさんが謝っていた。まぁ通達をしてもらっていたみたいだけどそれを見ていないようだし、巻き込んだ事は事実だからその辺は謝るべきところか。……うん、俺もやろうとしてたけどこういう風に面倒な事になるなら、やらなくて正解だったかもしれない。


「いつの間に『無自覚な討伐』とか『流れを扱うモノ』なんて称号……いや、そんなもんはどうでもいい! 巻き込んで謝った程度で済むとでも思ってんのか!?」

「……はぁ、それはどうでもよくありませんよ」

「んだよ? 関係ない木は黙ってろ」

「あなた、そうやって折角の情報源を短気で全て台無しにするのですか?」

「んな!? てめぇ、何しやがる!? 離しやがれ!」


 ルストさんは瞬間的にイノシシの人に近付いて、根でイノシシの人を吊るし上げていく。おいおい、一体ルストさんは何をする気だ? というか、ルストさんちょっとキレてない? そういや騒動があるようなら見限るって言ってたもんな……。


「もう一度お聞きします。短気で全てを台無しにする気ですか?」

「何の話をしてやがる!?」

「……ルストさん、流石にそれはやり過ぎだ」

「邪魔しないでいただけますか、三日月さん」

「いやいや、そいつは状況の把握が出来てないだろ」

「……そうですね。それが問題だと言っているのですが?」

「いやまぁ、確かにそりゃそうだがよ……。巻き込んだ灰の群集に非がない訳じゃないんだし、もう少し穏便にだな……?」

「これは私達、赤のサファリ同盟が赤の群集への情報提供の条件の問題です。口を挟まないでいただけますか?」

「いやいや、これを見過ごせって無理だろ、おい! どんな条件か知らんが、とりあえず離してやれよ」

「お前ら何の話をしてんだよ!? とっとと離せ!」


 うわー、ここで三日月さんが止めに入って一触即発の睨み合い状態になってるんだけど、これどうすんの!? それぞれの考えも分からなくもないけど、この状況だと収まりがつかないな。……とりあえず、止めるだけ止めてみよう。


「おーい、ちょっと落ち着いてな?」


 一応言ってみたものの、反応なし。さーて、みんな頭に血が上っていて冷静さがなくなっているね。こうなったらちょっと強行手段と行こう。流石に目の前でこの状態は放置出来ない。


「みんな、アルの背後に移動しといて。ちょっと強行手段を使うわ」

「俺に隠れるって事はあれか。おい、関係ないやつは俺の後ろに来い!」

「ま、この状況はどうにかしないとね」

「ケイさん、頑張ってね!」

「ケイ、任せたかな」


 そう言いながらみんなはアルの背後へと退避していく。突如始まった騒動に困惑していた人達も、困惑しながらもアルの背後へと移動をしていった。直接関係していたソウさんとセリアさんが止めに入ると逆効果の可能性もあるし、ルストさんの相手は誰でも気軽にとはいかないだろう。あー、ベスタに居てほしかった……。

 まぁ今ここに居ないベスタを頼る訳にもいかないので、なんとか平和的にこの場を収めるしかない。という事で、渦中のルストさんの足元へと移動していく。


「おい、そこのザリガニ! この状況をなんとかしろよ!」

「……何ですか、ケイさん?」

「…………」


 好き勝手な事を言っているイノシシと、少しキレ気味のルストさん、そしてどうしたらいいのか困った様子の三日月さんが俺の方を見てくる。それにしても苛立っているからってその言い方はないんじゃないか、イノシシの人。

 とりあえず、操作したままの光源の小石は解除してっと。ロブスターの表面にはコケを増殖済みなので問題はない。


<行動値を3消費して『閃光Lv3』を発動します>  行動値 40/52(上限値使用:6)


「うわ!? 眩し!?」

「ケイさん、何をするのですか……?」

「うおっ!?」

「3人とも頭に血が上り過ぎ。盲目中にちょっと落ち着け」


 こうでもしないと無茶な戦闘でも始まりかねないし、ルストさんが完全にキレると後々厄介な事になるだろう。三日月さんに至っては直接は関係ないのに、変な争い事に巻き込んでしまっている形になっているもんな。


「ちっ、どういう事か説明してもらうからな!」

「あぁもう、こいつもこいつだ! おい、そこのイノシシ! お前、今どういう状況か全然理解してないだろ!」

「何言ってんだ、そこのシャコ!? 攻撃に巻き込んできた事に文句言ってたら、そこにその木が割り込んできて好き勝手やってるだけだろうが!」

「やっぱり全然理解してないじゃねぇか! さっきお前が言ってた称号ってのは海流の操作に巻き込まれたからこそ入手条件を満たしたもんだし、そこの木は赤の群集で最近まで表に出てなかった化物集団の1人だぞ!」

「……は? それってどういう事だ?」

「……三日月さん、流石に化物集団というのは酷くありませんか?」

「……すまん、言葉の綾だ」


 その三日月さんの言葉で毒気が抜かれたのか、ルストさんがイノシシの人を下ろしていく。とりあえずルストさんと三日月さんについてはこれで落ち着いたか。

 ルストさんの気持ちは分からなくもないけど、手が出るの早すぎ。イノシシの人も巻き込まれたんだし、事情の説明くらいはちゃんとしないとね。それにしてもこの辺の情報って赤のサファリ同盟や共闘イベントの前編でまとめに乗ってないのか……?


「少し頭に血が上りすぎていたようですね。ケイさん、お手を煩わせて申し訳ありません」

「それはいいけど、説明はしてあげてくれよ」

「……そうですね、流石に先程のはやり過ぎでした。申し訳ありません」

「はぁ!? ちょ、真面目に説明を頼みたいんだが!?」


 イノシシの人の困惑具合を見る限り、本気で海流の操作に巻き込まれただけと思っていたようである。何も知らなきゃ怒ってもおかしくはないというか、正当なものでもあるんだけどそこが逆に厄介なんだよな。あれこそ、このゲームで情報を得る大きな手段の一つなんだよね。


「……まとめはご覧になっていますか?」

「いや、全然見てない。どうせあれだけ荒れてたら大した情報なんかないだろ」

「盲目が回復し次第、軽くでいいので目を通して下さい」

「……それで分かるんだな?」

「それでも分からないのであれば、相応の処置をするまでですので」


 ルストさんは少し落ち着きはしたものの、まだ怒ってるな。……これはウィルさんのあの行為に関わっている俺らがいるからこその妥協している状態っぽい。

 さっきのイノシシの人の言動はルストさんが見限ると言った条件に思いっきり該当してたもんな。でもあれを糾弾する事しか出来ないのであれば、応用スキルでの強化はかなり困難なものになる。実体験からそれはよく知っているからね。



 そうしてしばらく盲目が回復するのを待っていく。流石に先程までの緊迫感は薄れたが完全に無くなった訳ではない。やれやれ、厄介な事になったもんだよ。


「ようやく回復しましたか。ケイさんにはやられましたね」

「……全くだな。油断もスキもありゃしない」

「もうちょい冷静でいてくれたらする必要もなかったんだけどな?」


 おい、そこでルストさんと三日月さんはそっぽを向くな! 声をかけた時にちゃんと反応してくれれば閃光を使う必要は無かったんだからな!


「とりあえずイノシシの人、まとめを見てきてくれ」

「大した情報もないだろうに、何をそんなに……。いや、分かったからハサミを向けんな! ……はぁ!? 『大規模に影響を及ぼすスキルに巻き込まれた場合は、称号を得るチャンスなので有効に活用しましょう。それで取得出来なくても再現の為の糧になりますので、明確な悪意からのものでない限り糾弾する事は控えるようにお願いします』だぁ!?」


 あ、赤の群集のまとめにはそんな風に書いてあるんだね。まぁあながち間違っていない。それにしてもこのイノシシの人は全然情報を見てなかったのか。それが悪い訳ではないけど、かなり重要な要素も多いから見ておいた方が良いとは思う。


「ちょ、海流の操作では流れに乗って他の称号を得れば風の操作が手に入る可能性がある!? なんだ、この情報!? それにあれもこれも知らない情報ばっかじゃねぇか!? ……え、要注意点? 一部の人達に情報を依存していて、載せている情報に関係している事を無視してトラブルが多発すると情報の提供の……打ち切り…………だと?」


 慌てたようにイノシシがルストさんの方を見ていた。赤の群集のまとめ機能でどうなっているかは俺には分からないけど、下手をすれば赤のサファリ同盟が見限りっていう情報は書かれているようである。っていうか、なんで赤の群集の人より俺の方が事情を知ってるんだよ。


「あ、思った以上にヤバイ条件だ……。へぇ、ルストさんのとこって情報提供はそんな条件になってんのか」

「えぇ、そうですよ。わざわざ手間をかけて提供するように行動方針を少し変更したのですから、それを無駄にするのであれば見限るまでです」

「うっわ、厳しいな。ま、情報提供は強制じゃないもんな」

「そういう事ですね」


 あ、そうか。青の群集の三日月さんには赤のサファリ同盟の情報提供の条件までは知る術もないんだよな。それにしても三日月さんが仲裁に入ろうとしたのは意外……でもないのか? 見誤った事があるからこそ、自分と重ねて見たのかもしれない。


「……今回は、灰の群集の皆さんと三日月さんに免じて見なかった事にします。ですが、再び荒れる様な状況になれば容赦なく見限りますので、くれぐれもご注意を。私達にとっては今の赤の群集へ情報提供は一方的なものでしかありませんので」

「……ははっ、赤の群集にもこんな奴らがいたのかよ……。それにしてもなんか釈然としねぇな、これ……」

「まぁそれは分からなくもないが、灰の群集の連中はその辺に寛容で、何かに巻き込まれたらすぐに分析と再現に移るらしいから強いみたいだぞ。……例のBANクジラも暴れまくったからこそスキルを獲得しまくったって推測だしな」

「……それ、マジかよ。話には聞いてたけど、あのBANクジラもか……」


 そして気が抜けたのかイノシシの人はその場にへたり込んでしまっていた。青の群集の三日月さんとしても、その辺は色々思うところはあるようだ。まぁ荒らす事がスキル取得の条件を満たしやすいとか考えにくいもんな。


 灰の群集のみんなはもう当たり前のように荒れるのを前提に動いているから気にもしていなかったけど、赤の群集ではその辺はまだまだっぽいね。まぁそのうち馴染んでくるんじゃないかな? そうじゃなければ赤の群集の全体の地力は上がらないだろうしね。


「……これ、同じ事が起きないように気をつけておいた方が良いんじゃない?」

「……だな。どう考えても俺らより遥かに強そうだし……」

「機嫌を損ねないように気をつけないと……」

「えー、でも媚を売るのはなんか嫌なんだけどー?」

「いえいえ、私達の機嫌を取る必要はありませんのでそこは心配しなくてよろしいですよ?」

「わっ、聞かれてた!?」

「私達が要求するのは単純な事です。避けられない巻き添えや勝負で負けた事を理由に一方的に糾弾して、群集の雰囲気を以前のように悪化させない事ですからね」

「あれ? そういう単純な話なの?」

「えぇ、そうですよ」

「そっか。それなら、まとめを見てない人達にも伝えておこうっと」

「……そうした方が良さそうだな」


 そんな感じでセリアさんの海流の操作に巻き込まれた人達が話し合っていた。この感じなら口コミとかで広がりそうだし、赤の群集も大丈夫そうかな? ある意味、この衝突は必要だった事なのかもしれないね。


「いやー、ケイさんありがとね! まさかこんな事になるとは思ってなくてね?」

「まとめ機能は便利だが、過信し過ぎるのも問題っぽいな。つっても、全体へのメッセージなんかプレイヤー個人で出来る訳もないしな……」

「セリア、ソウ、群集内だけでも通知出来るように要望を出してみる?」

「あ、それは良いかもね。荒らしで使われる可能性も否定は出来ないけど、機能としては欲しいかも」

「まぁダメ元で要望を出してみるか」


 確かに誰でも構わずに通知が出せると悪用するのは出てくるだろうしね。まぁダメ元でも良いから、確かに欲しい機能ではある。まとめの更新情報とかは真面目に欲しいもんな。俺も後でいったんに要望を出しておこうっと。


「……で、思いっきり脱線してるがそろそろ移動しないか?」

「あ、そうだった! 俺とセリアとアルマースさんで順番に海流の操作を使って、一気に進む?」

「あー、木でログイン中だから俺は今のままだと無理だぞ」

「そうなんだ。それじゃ俺とセリアで交互にやろっか」

「そだね。そうしよっか」


 とりあえず移動方針は決定のようである。っていうか、もう海流の操作で移動するのは決定なんだな。まぁあの移動が早いのは間違いないからね。


「さっき巻き込んだ人達はほんとごめんね! これから陸地の転移地点まで移動するから今度は巻き込まずに私達でしっかり運ぶけど、希望者いるかな?」

「あ、それならお願い!」

「俺も頼む」

「私もー!」

「……そうか。こういうのが重要って事なのか」

「よろしく頼む」

「よし、全員だね! それじゃ私に乗ってねー!」


 そうしてセリアさんのクジラの上に巻き込まれた人達が乗っていく。俺達もアルに乗っていき、ルストさんもアルの樹洞に入っていった。他にも元々この場所にいた人達が何人かシアンの背中にも乗っていく。


「それじゃ防壁いくよー! 『移動操作制御』!」

「俺もだねー! 『移動操作制御』!」


 乗り終わったのを確認してから、セリアさんとシアンさんが背中に乗っている人を覆うように海水を操作して海水の防壁を作っていく。流されるのを防止するためにはああいうの欲しいもんな。

 でもクジラの頭部側の前面にしか作れていないから昇華になっていなければ水量が足りないようである。それでも水の操作よりは海水の操作のほうが扱える水量は多いので、前面に作れるだけあれば一応は充分かな。

 

「そんじゃ俺が先頭で照らしていくからその後はシアン、アルマースさん、セリアの順番でいいか?」

「問題ないよ!」

「アルマースさんのところでケイさんが光ってるもんね。私は一番最後で問題なし!」

「あぁ、問題ないぞ」


 流石にクジラは横に何体も並べるような広さはないので、順番に並んでの移動に決まった。まぁ同じ海流に乗るだけだし、それほど支障もないだろう。……まぁ前に人がいなければ良いけども。

 俺の水の防壁も移動操作制御なら基本的に時間制限はないから発動したままだし、このまますぐにでも出発は出来そうだ。


「それじゃ連結クジラ便、出航です!」

「静かだと思ってたらそこで持っていくんかい!」


 いざ出発というところで、ハーレさんが最後の号令を持っていった。静かだと思っていたけども、地味にこれを狙っていたな!?

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