第311話 強行突破、開始


 HPがあっという間に全快したヒノノコと、エンの根と、多数の翼竜へと囲まれていく。さーて、みんなは常闇の洞窟内まで退避したから俺とハーレさんも行かないとね。

 退避したみんなは、ライさんが光らせた表皮を光源にして、洞窟の内部からこちらの様子を伺っている。見た感じでは、常闇の洞窟に入ってしまえば翼竜もエンもヒノノコも襲いかかっては行かないようである。っていうか、入り口付近で灯りをつければ一応こっち側も見えるんだね。


 さて現時点ではこのヒノノコはほぼ確実に倒せない。まぁそれが分かっただけでも収穫があったって事で我慢しよう。正直に言えば倒し切ってしまいたかったけど、流石に無茶だった。

 後編が始まってすぐにボスが倒せる訳ないよね。さて、戦略的撤退といきますか。


「ハーレさん、同時に2種類の弾は投げれる?」

「同じ種類なら出来るけど、違う種類は無理!? どうやってやるのさー!?」

「え、並列制御で左右から同時に投げるとか?」

「あ、それはどうなんだろ!? 試したことないね!?」


 そうか、試した事がないって事は不可能とは言い切れない訳か。よし、それなら博打としてはありだな。って、何か来た!?


「ケイさん、翼竜が!」

「ちっ、こいつらも面倒くさいな!」


<行動値を1消費して『養分吸収Lv1』を発動します>  行動値 14/53(上限値使用:3)

<行動値を3消費して『スリップLv3』を発動します>  行動値 11/53(上限値使用:3)


 行動値も減ってきてるし、襲いかかってきた翼竜の攻撃を逸らすついでに養分吸収でHPを吸い取ってやった。少人数になってるから気持ち程度でも行動値の回復速度が少し上がると助かる。……って、状態異常『瘴気汚染』って何!?

 あ、アイテムでのHPや魔力値の回復量が減る状態異常だったっけ!? あと地味に継続ダメージと行動値と魔力値の回復が遅くなる……って、あれ? 継続ダメージはないね。もしかして『瘴気耐性Ⅰ』で状態異常の効果が軽減された……?


 ヒノノコはいつの間にやら既に姿を隠しているし、瘴気汚染は軽減されたようではあるけど、アイテムでの回復量減少はちょっと洒落になっていない。養分吸収を使ったのが原因っぽいしこれは失敗か……? 瘴気の魔法以外でも瘴気属性持ちに吸収系のスキルの使用は無しだな。


「ケイさん、大丈夫!?」

「まー、ちょっとヤバそう」

「どうするのー!? 簡単には逃がしてくれなさそうだよ!?」


 周囲は敵だらけ。このタイミングでアイテムでの回復量減少は厳しいね。でも、瘴気の特徴の裏付けになりそうだし博打の勝算が上がったかな。後はヒノノコの攻撃パターンが重要になってくるけど、これは大体掴めている。


「ったく、作戦があるならさっさとやってしまえ。時間稼ぎなら俺がしてやる」

「え、ベスタ!? 退避したんじゃ?」

「殿を任せるつったのはケイだろうが。お前ら2人が退避するのを含めて、完遂だろう」

「そっか。ならさっさと片付けるから、ベスタは翼竜を抑えてくれ!」

「おう、任せておけ。『闇纏い』!」


 そしてベスタは瘴気で暗くなっている周辺へと姿を消していく。……そういやベスタって黒いし前々から思ってはいたけどやっぱり闇属性持ち? ……どうやって取得したのかが気にはなるけど、それは後だな。

 俺らはヒノノコの対処に動こう。これはハーレさん頼みになる博打だし、効果自体も不透明ではあるけど上手く行ってくれよ!


「ハーレさん、悪いけど2つの弾を同時に同じ地点に投げれるか?」

「うーん、やってみないと分かんない!」

「一か八かで良いから、頼むわ」

「了解です! 弾は何を使えば良い!?」

「ラックさんから貰った微毒の実と癒水草と合成した蜜柑でよろしく!」

「えっ!? 微毒の実は分かるけど、何で蜜柑!?」

「説明はうまく行ったらする。って、危ないな、エン!?」


 くっそ、退避させた事で人数が減ってエンの攻撃が苛烈過ぎる。……これはサファリ同盟に増援に戻ってきてもらうか? いや、ベスタが猛威を奮って翼竜を抑えてくれているしここは自分達で切り抜けよう。


「ケイさん! 方向不明の危機察知!」

「ちっ、今度はヒノノコか。って、ファイアボールか!」


 瘴気が混ざっていない真っ赤な普通の火の弾が襲いかかってくる。……ふふふ、使い道はないと思ってたけど、取っておいて良かったぜ!


<行動値を1消費して『魔法吸収Lv1』を発動します>  行動値 12/53(上限値使用:3)


 あ、地味に養分吸収での行動値の回復速度の上昇が効果を発揮していた。なるほど、瘴気汚染は瘴気耐性Ⅰがあればアイテムでの回復量減少だけに効果が減るので確定っぽいね。それに養分吸収で多少でも行動値の回復速度が上がるならこれは育てていっても良いのかもしれないね。

 まぁその辺の詳細も後回し! ただの火の弾ならば、魔法は吸収出来るんだよ! ハサミにあるコケでファイアボールを受けて、無効化した上に魔力値が5回復した。回復した分は逃げる時の為に取っておこう。


「おー!? 状況次第では意外と使えそうだねー!?」


 今みたいな状況なら魔法吸収は有用なようである。やっぱりこれは対人戦ではなく対モンスター戦で役立つスキルだね。ただし狙って引き付ける以外では瘴気の魔法は吸い込まない方が良さそうでもある。

 さてすぐに移動している可能性もあるけど、ヒノノコは今の攻撃を行ってきた方向の延長線上にいる可能性は高い。確実とは言えないけど、そっちの方向が狙いどころだね。


「ハーレさん、さっきの火の弾の方向に同時に投擲!」

「どうなるのか分かんないけどやるだけやるさー! 『並列制御』『狙撃・土』『狙撃・土』!」


 ハーレさんは右手に微毒の実を、左手に上質な蜜柑を持って両手で投げ放っていく。土属性だった為か、溜めがあったおかげでいつもと違う投擲の仕方になっていても弾は安定して飛んでいた。

 そして同じ位置に飛んで行った時にその2つを同時にヒノノコが跳び跳ねて食らいついた。その直後、苦しむ様にヒノノコが勢いのまま吹っ飛んでいき、地面に落下する。


「おっしゃ、狙い通り!」

「え!? なんでヒノノコが倒れて苦しんでるの!?」

「その説明は後! ベスタ、退避だ!」

「先に行け! 俺はコケ渡りですぐに移動できるように用意している!」

「了解! んじゃ、ハーレさん逃げるぞ!」

「え、自分で走れるよー!?」

「こっちの方が早いんだよ!」


 既にこの地点から常闇の洞窟の入り口は見えているからね。一直線で吹っ飛んでいくのが確実に早い。両手のハサミでハーレさんを捕獲してから逃亡を開始する。ベスタはコケ渡りがあるって事だから、心配はいらないだろう。


<行動値1と魔力値4消費して『風魔法Lv1:ウィンドクリエイト』を発動します> 行動値 13/53(上限値使用:3): 魔力値 1/178

<『並列制御Lv1』を発動します。1つ目のスキルを指定してください>

<行動値を4消費して『風の操作Lv3』は並列発動の待機になります>  行動値 9/53(上限値使用:3)

<2つ目のスキルを指定してください。消費行動値×2>

<行動値を4消費して『体当たりLv2』を発動します>  行動値 5/53(上限値使用:3)

<指定を完了しました。並列発動を開始します>


 よし、コケの視点調整で方向の確認は問題なし。全力での跳ね跳び逃亡の開始だ! 風での瞬発力と跳ねての体当たりでの勢いの合わせ技を発動すれば、凄い勢いで吹っ飛んでいく。あ、止まる時どうしよう?


<『始まりの森林深部・灰の群集エリア2』から『常闇の洞窟』に移動しました>


「うひゃー!? 早いねー!」

「おいこら、ケイ!? 止まる時の事を考えてないだろ!?」

「ここはお任せ下さい。『並列制御』『根の操作』『根の操作』!」

「おー、ルストさんサンキュ!」

「いえいえ、この程度は問題ありませんよ。面白いものも見せていただきましたしね」


 ルストさんの根の操作で大量の根によってクッションのように衝撃を和らげて、何事も無かったように常闇の洞窟へと突入出来た。今の勢いを何もなかったかのようにあっさりと受け止めるとは、ルストさん凄いな。


 完全に勢いを殺してもらったおかげで朦朧にもならず、すぐに状況の確認に移れた。すぐにさっきまでの場所を確認したけれど、ヒノノコは起き上がっているがどうやら俺らの方に突っ込んでくる気配はない。どうやらヒノノコの行動範囲は陥没エリアの瘴気の中だけと考えて良さそうだね。


「まったく、無茶をしやがるな」

「うまく行ったから結果オーライだって」

「あははー! 最後の楽しかったー!」


 ベスタも即座にコケ渡りで退避してきたようで、近くのコケから現れてきていた。うん、やっぱりコケ渡りは便利そうだよな。……って、なんかアーサーが目を輝かせてベスタを見ていた。あー、今のに興味を惹かれたか。


「ベスタさん、今のって何ですか!?」

「ん? 悪いが、流石に詳細は教えられないな」

「……そっか、そうだよね」

「……まあ、アーサーなら進化先によっては使えるかもな?」

「え、ほんと!?」

「ヒントはここまでだ。後は自分で考えろ」

「はい!」


 アーサーもベスタと同じコケとの融合進化の可能性があるからな。ベスタが融合進化だという情報はルアーや水月さん、そういやアーサー自身もか。進化場面を目撃しているんだから、太っ腹なヒントだね。

 なんだかんだでベスタも甘い上に面倒見が良いよな。オオカミ組や風雷コンビに慕われているのもよく分かる。


「……で、ケイ? 一体ヒノノコに何をした?」

「私も気になったー! ケイさん、なんでヒノノコは苦しんでたのー!?」

「なんだ、お前ら気付いてないのか?」


 アルとハーレさんは気付いてなかったか。そしてベスタは当たり前のように気付いていたと。まぁあそこまで劇的な効果があるとまでは思ってなかったけど、博打自体は大成功だった。それじゃネタバラシといこうかな。


「考えてみると意外と簡単な話でさ。ヒントになったのは『瘴気の凝晶』での効果だな」

「……確か、瘴気属性のダメージ軽減と被弾率の低下、あとは自己回復スキル以外での……あっ、そういうことかな!?」

「そっか、回復アイテム使用でダメージを受けるってなってたね」

「瘴気強化種にも同じ性質があったって事なんだね、ケイさん!?」

「ま、実際に試してみるまでは博打だったけどな」


 予想通りに効果はあったけどね。どうもHPは減らなかったみたいだけど、大きな隙を作る効果があったのは大きいな。瘴気強化種には回復アイテムを食べさせるのが有効であるという事だ。どうやってヒノノコに食べさせるのかが問題だったけどね。

 なんだかんだで、ボスにはそれなりの弱点も設定されている。とはいえ、大きな隙を作れてもまだヒノノコを倒すのは厳しいだろう。あの瘴気による早い回復を何とかしないと、削り切るにも削りきれない。


「これは後でラックに報告しておかないとね!」

「なんだ、あの投げたのは灰のサファリ同盟の連中絡みなのか?」

「そだよー! 試作品って事で受け取ってたやつなんだー!」


 万が一の失敗を防ぐ為に今の時点で最大の回復量を持つ上質な蜜柑を使ったけど、普通の蜜柑とかでも効果があるのかは確認しておきたいところだな。

 毒の弾については完全に灰のサファリ同盟の作成アイテムのお陰だね。あれが無ければ、一緒に食べさせる事が出来たかは少し怪しかった。ヨッシさんの統率のハチに回復アイテムを持たせるという手段もあるにはあったけど、汎用性を考えるなら投擲持ちなら誰でも出来る毒の弾の方が便利だろうし。


「時々噂では聞いていましたが、灰のサファリ勢は私達とは随分と方向性が違うようですね。……今度お邪魔しても宜しいですか?」

「歓迎するよ、ルストさん! まぁ私は灰のサファリ同盟って訳じゃないけどね!」

「おや、そうなのですか? 意外ですね」

「ヨッシとサヤと一緒に遊ぶのが一番の目的だからねー! 私の最優先はそこなのさー! あ、もちろんアルさんとケイさんもだからねー!」

「なるほど、そうなのですね」


 俺とアルも色々あって混ざるようにはなっているけど、俺らのPTの女性陣はそれが最大の目的だもんな。明確にサファリ系プレイヤーなのはハーレさんだけだし。

 それにハーレさん自身も目的が決まってない時は主張するけど、イベントがあればみんなで楽しめるものを優先している。時々暴走はしてるけども、あれはあれで一緒に騒ぐ為にわざとやってる気もするんだよな。


「とりあえずケイの行動値と魔力値……ついでに瘴気汚染の状態異常か。その辺が完全に回復するまでは待機だな」

「ま、流石にケイを回復させる必要はあるか」

「少し休憩だね!」

「あー、そうしてくれると助かる」


 流石にほぼ行動値も魔力値も使い切ったし、瘴気汚染の状態異常も継続中だもんな。何もかもみんなに任せて移動しながら回復でも良いけど、時間を取ってくれるならその方が俺としてはありがたい。


「さて、俺は共闘戦略板とまとめ機能の方にさっきの戦闘で分かったことを上げていくか」

「俺もそうすっかな。……ほぼ何もしてなかったが」

「ルアーさん、流石にそれは仕方ないだろ」

「……そうだな、アルさん。常闇の洞窟内では頑張らせて貰うぜ」


 そうして少しの間、それぞれが思い思いに休憩ややっておくべき事をしていった。……今回は勝てなかったから戦略的撤退にしたけども、次は仕留めてやるから覚悟しとけよ、ヒノノコめ!

 そういえば、エンとヒノノコのコンビって地味に元のヒノノコの中身と抜け殻のセットになるのか。うーむ、何とも奇縁なものだね。

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