第304話 臨時拠点へ


 共闘イベントの後編が始まると同時に群集拠点種のエンは禍々しい瘴気を纏った木へと変貌していった。巻き込まれないように演出上で弾き飛ばされるようになっていたけども、それでダメージを受けたプレイヤーはいない様子である。

 競争クエストのエリア……つまりこの森林深部エリアから見るとミズキの森林か。あそこがこの事態の対応の臨時拠点になるんだな。展開が進んでいけば分からないけども、まずは赤の群集の森林エリアと共闘って事なのだろう。そうなると急いだ方が良いか。


「アル、混み合う前に急ぐぞ!」

「だな。ケイ、任せるぞ」

「みんな、アルの木にしがみついとけよ!」

「分かったかな!」

「了解」

「ほいさー!」


 アイテムの交換があるみたいだし、これからミズキのところは混み合うことが予想される。……多分近くに行けば直接話しかけるのではなく、ウィンドウを開いての交換は可能だろうけどこれは早めに行くほうが得策だろう。

 既に水のカーペット展開済みだし、全速力で向かおうか。……ホントならアルに自己強化やら高速遊泳を使って最大速度で行きたいけど、木の方でログイン中だから無理だね。切り替えている時間が惜しい。よし、せめて風除けだけでも作っておこう。


<行動値1と魔力値3消費して『水魔法Lv1:アクアクリエイト』を発動します> 行動値 53/54(上限値使用:2): 魔力値 175/178

<行動値を3消費して『水の操作Lv6』を発動します>  行動値 50/54(上限値使用:2)


 流線型に水の壁を作って、アルの背中にいる俺達を覆う。これで風除けになるし、木に捕まっていれば落ちることも無いだろう。さぁ、ミズキの元へ出発だ!



<『始まりの森林深部・灰の群集エリア2』から『ミズキの森林』に移動しました>

<注意事項:『ミズキの森林』はワールドクエスト《この地で共に》の開催期間中は通常エリアと同じ仕様に変更されます>


 エリア切り替えをした直後にそんなメッセージが出て、いつもとは違うという事を実感させられる。通常エリアと同じという事は、占拠している時の特有機能は使用不可か。まぁ赤の群集が普通に入れる為の措置だろうね。



 地上ではみんなが先を急ぐように移動している中、森林深部の上空を突っ切っていきミズキの所へと辿り着いた。既に辿り着いている飛行系のプレイヤーがチラホラと見受けられる。よし、もう水の防壁は必要ないから解除しておこう。


 さてと思いっきり見覚えがある人もいるけども、話しかける前にやるべき事をさっさとやってしまった方が良さそうだ。みんなを見回してみても頷いているしね。既にそれなりの人数がいるから、直接ミズキに話しかけるのは無理だろう。

 それなりの措置はされていると思うから、多分クエストかマップの項目辺りにあるはず。……よし、クエストの方にあった。今はまだ進捗状態は特になし、あるのはアイテムの交換欄のみである。あ、アイテムの詳細は確認出来るんだな。どれどれ?


『瘴気の凝晶』(纏属進化に使用可能、同時使用不可)

 瘴気を分析し、凝縮して結晶化させたもの。精神生命体の力を引き出す事で瘴気の一時的な制御を可能にする。

 属性に瘴気を持つ敵からのダメージ量を大幅に軽減する。

 瘴気属性の攻撃の被弾率の減少。自己回復スキル以外でのHPの回復を行うとダメージを受ける。

 効果時間は1時間で、1日に1回のみ使用可能。使用後、3時間は『浄化の輝晶』は使用不可。



『浄化の輝晶』(纏属進化に使用可能、同時使用不可)

 浄化の実を元にして浄化の力を結晶化させたもの。精神生命体の力を引き出す事で浄化の一時的な制御を可能にする。

 属性に瘴気を持つ敵へのダメージ量が大幅に増加する。

 瘴気属性の攻撃の被弾率の上昇。浄化属性を持つ間、全てのスキルでHPと魔力値を消費する。

 効果時間は1時間で、1日に1回のみ使用可能。使用後、3時間は『瘴気の凝晶』は使用不可。



 予想通り、纏属進化の瘴気と浄化バージョンの様である。『瘴気の凝晶』は耐性強化型、『浄化の輝晶』は特効型の性能みたいだね。そしてどうやらどっちもリスクなしという訳ではないらしい。

 交換にはそれぞれに各種進化ポイントが500ずつ。合計1500ポイント必要になるのか。そして1個交換するのに、ボス戦の戦闘情報を1回分が必要となっている。これはボス戦の戦闘回数の事みたいだね。


「ここで進化ポイントを使うみたいだな。そんでボス戦への参戦回数が個数上限値か」

「うーん、1アカウントで1個ずつ入手可能で、各種進化ポイント500ずつって結構必要になるんだね」

「……それでも進化ポイントは余るんじゃないかな?」

「それに回数も2回以上は意味ない……か」

「だよね!? まだ他にも用途があるのかな!?」

「ありそうだよな……。さて、両方手に入れると各種進化ポイント1000ずつ消費か……」

「悩ましいとこかな……」


 うーむ、ここでこれが出てくるということは攻略の鍵という事なのであろう。とはいえ、今までの傾向からすると難易度は上がったりはしそうだけど、それが無くても攻略出来るようにはなってそうだよな。

 そして、ハーレさんの言うようにこれを両方手に入れたとしてもまだまだポイントは大量である。他にもまだ進化ポイントに用途がありそうだけど、エンがあの状態だしもしかしたら……。いや、迂闊に用途を決めつけるのは少し危険か。それはそうと……。


「なぁ、アル」

「なんだ?」

「この同時使用不可ってのは何だ?」

「支配進化で纏属進化の同時使用をしてみようって情報があった気もするが?」

「え、マジで?」

「おう、マジだ。まぁ使用不可って話だったがな」

「あ、別に同時使用できる訳じゃないのか」


 その仕様は知らなかったな。……あ、そういや個別にどっちを纏属進化させるか選べてたんだから、試した人もいたって事か。まぁ結果としては無理だったようだけど。そりゃ支配進化でそれが出来たらちょっと反則だから、それは仕方ないね。


 さて、1アカウントで1個ずつだからコケとロブスターのどっちで持たせるかが重要だ。次にいつ手に入るかも分からないし、ここは両方取るつもりでいこう。

 俺は支配進化だからどっちからでも使えはするけど、これは両方本体のコケの方で取るほうが良いかな。今のコケの進化ポイントはっと……。


【進化】


 増強進化ポイント 2472P(共闘イベント開始後の加算:2317P)

 融合進化ポイント 2424P(共闘イベント開始後の加算:2308P)

 生存進化ポイント 2487P(共闘イベント開始後の加算:2314P)


 あ、養分吸収と魔法吸収の取得分だけ少し減ってる気がする。……まぁいいや、コケの方で両方取っておこう。コケで使うのは『瘴気の凝晶』が、ロブスターで使うには『浄化の輝晶』の方が向いてそうだよね。よし、両方選択してっと。


『状況が状況なだけに、流れ作業になって済まない。進化の為の力と、戦闘情報を受け取った』


 2つとも選択して交換を了承すれば、ミズキが音声だけで簡潔にそう伝えてきた。そして俺の身体の中から白い光の球が2つ飛び出てきて、それぞれが禍々しい色の結晶の『瘴気の凝晶』と暖かな陽光を放つ結晶の『浄化の輝晶』へと変わっていく。


『生成は完了した。エンの事、任せるぞ』


 ミズキからの言葉も受け、2つの新たな纏属進化への手段が手に入った。進化ポイントはかなり減ったけどね。ここに集まっている周囲の他の人達も同じように生成しているようである。


「みんなはどう取得した?」

「私は両方取ったかな」

「俺もだな。どう使うか分からないが、持ってて困る事だけはないだろうしな」

「私もアルさんに同意だね。再入手の機会もわからないし、取るだけ取っておいたよ」

「私もー! クラゲと分けようかと思ったけど、よく考えたらログインボーナスを貰う以外では殆どクラゲでログインしてませんでした!」


 みんな両方取ったみたいだね。……そういやハーレさんは自分で言ってるように、共生進化させてからはログインしてるとこを見た事がないな。サヤはたまに竜でログインしてるし、アルは戦況に合わせて切り替えてるけどね。ヨッシさんに至ってはほぼウニは使われていない気もする。


「……ヨッシさん、ウニは使ってる?」

「……陸地だと地味ーに使い勝手は良くなくて、殆ど使ってないかな。ハチと合成させれば使えそうな気はしてるから、育ててはおきたいんだけどね。ハチの大型化進化も候補には出てるから検討しようかな?」

「スキルの大型化じゃ駄目なのか?」

「それでも良いけど、行動値が激減するのが問題でね。共生でウニの小型化を呼び出してる分には効果時間に変わるから問題ないんだけどさ」

「あー、なるほど」

「まぁ状態異常は魔法からでどうにかなるし、近接は同族統率のハチを使うから問題ないよ」

「早く成熟体まで行って、ヨッシの合成させたいねー!」

「うん、そうだね。ハチの針の増加とか針の射出とかを狙ってるからさ」


 まだ結構時間は掛かりそうだけど、ヨッシさんはヨッシさんなりに次の進化の方向性は見据えているらしい。……そういや俺の支配進化って次の進化はどうなるんだろうな? ちょっと前の支配進化の解除の進化とかいう情報もあったけど、今後も支配し続けるとも限らないのかもしれないね。まぁ、これはまだ先の話か。


 そんな風に先の話をしていると目の前にグレイの姿が浮かび上がってきた。お、クエストの進展か?


『新たな力を引き出すモノを手に入れた同胞に向けてのメッセージだ。記録済みのものになるが、そこは大目に見てほしい』


 あ、個別メッセージなんだ、これ。進化ポイントで『瘴気の凝晶』か『浄化の輝晶』、もしくはその両方を手に入れた人に向けてのメッセージってとこだろうか。


『本来ならば手にする前に説明しておくべき事だったが、その時間が無く事後説明になるのを許して欲しい。それらは本来ならば作るべきものでもなければ、今の進化段階で扱うには早過ぎる代物だ。故に多量の代償も必要となり、負荷も大きいものとなる』


 ここでいう代償っていうのは進化ポイントの事で、負荷はデメリットの部分かな。まぁこういう緊急事態でもない限り、使う事は無さそうだもんな。でも、瘴気への対抗策としては必須なのだろう。


『所持者が増えた段階で、群集拠点種の正常化と溢れ出した瘴気の対処の為の作戦を開始する。それまでは待機しておいてくれ』


 そこまで言って、グレイの姿は消えていった。とりあえずアイテムがある程度行き渡るまで待てって事かな。よし、今のうちに知り合いに話しかけておこうかな。


「おーい、紅焔さん!」

「ん? あ、ケイさん達か。森林深部にいたんだな」

「おうよ。ところで、紅焔さんは1人?」

「いやー、少し時間の事を忘れててな? 俺以外は他のエリア……」

「あらま……」


 なんで紅焔さん1人なのかと思っていたら、どうやら逸れてしまったようである。俺らも危うく他のエリアでやる事になりかけてたけど、実際にそうなった人達もいるのか。……まぁネタバレ防止とはいえ、事前にはこういう形で群集拠点種が使えなくなるとは分からないもんな。


「仲間の呼び声を使おうかって、ソラが提案してくれてるんだけどな」

「あ、その手があるのか」

「……流石に勿体無い気もしてな?」

「あー、確かに……」


 確かに仲間の呼び声を使えば、同じエリアに呼び出すことが出来るから、移動可能ではある。使用済みでなければみんな1個は配布されて持っているからありといえばありだろう。でも月1個限定の課金アイテムだから、勿体無いといえば勿体無い。


「ケイ、紅焔さん、とりあえず少し移動しないか? ここだと邪魔になるだろう」

「それもそうだな。少し離れた場所に行くか」

「それなら湖辺りか? 交換終わったら、多分みんな集まってくるだろ」

「確かに位置的に湖がちょうどいいだろう。赤の群集の人達も来るだろうしな」

「アルさんの案に賛成ー! 湖に移動するぞー!」

「そっか、赤の群集の人も来るんだね」

「これ、他の群集の群集拠点種を倒せって内容かな?」

「さぁ、どうだろな?」


 灰の群集の方である程度ダメージを与えて意識を無くしたエンを半覚醒状態にしてから、赤の群集に仕留めてもらうというのは共闘イベントとして可能性は充分ありそうだ。

 その際に群集拠点種に瘴気の耐性を持たせる為に大量の進化ポイントを注ぎ込むという方向性もありそうである。……まぁ推測だけで確定させるのは早いけど。


 とりあえず本格的に考察するのは後からということにして、いつも特訓によく使われている湖へと移動だな。そこでクエストが次の段階に移行するまで待機だね。



 そして湖へと辿り着くと、そこには赤の群集の人達が集まっていた。どうやらアイテムの取得は混むから後回しにしているようである。

 これから混雑していきそうだし、俺達はこのまま上空待機のほうが良いかな。飛べる種族の人も大体、そこらの木の上に止まるか、移動種の人の上に止まってるしね。そんな風に周りを見回していれば見覚えのある相手が見えてきた。


「お、ケイ! やってきたぜ!」

「やっほー! コケのアニキー!」

「お邪魔しております、皆さん」


 そこにいたのはイノシシのアーサーとクマの水月さん、そして何故か電気を纏っているツチノコになったようなフラムである。その後に着いてきているのはルアーと初戦に戦った時のPTメンバーのようである。とりあえずフラムがツチノコになったのはいいけど、何故雷属性?


「フラム、名前的にお前は火属性じゃねぇの?」

「それは別に良いだろ!?」

「あー、そこは突っ込んでやるな。操作ミスで雷の進化の輝石を合成しちまっただけだからな」

「バラすなよ、ルアー!?」

「なんだ、単なるミスか。フラム、複合解除薬でも使ったら?」

「今月、もう金はない!」

「あ、そう」


 そういやこいつも地味に金の使い方は荒い方だったっけな。ま、フラムの事は別にいいや。苦手なヘビのままでなくなったなら気にする事も特にはない。

 それにしても赤の群集は他にもここに集まっているみたいだし、先に打ち合わせでもしておこうかな。……まだ具体的に何をすれば良いのか分からないけど、アルの上から話している今の状態はちょっと面倒だからどうしたもんかな。


「ルアー達はここで待機中?」

「まぁな。即座に動いたところで混雑は避けられないなら、それまでに出来る事をやっておく予定だ」

「というと?」

「こっちでガストの後から表に出てきたサファリ系のヤツが、ケイとそのPTに興味あるんだと」

「……へ?」


 そのルアーの言葉と同時に蜜柑の木の人が近寄ってきた。……ん? サファリ系で赤の群集で蜜柑の人って最近聞いた覚えがあるような……?


「あー!? 今朝、回復してくれた蜜柑の人だー!?」

「おや? クラゲを被ったリスという事はあの時の方ですか。その節はどうも」

「今朝はありがとうございましたー!」

「いえ、あの程度は構いませんよ。……ふむ、あの時の方がPTメンバーでしたか」


 思わぬところで接点があったものだね。それにしても蜜柑の人か。ハーレさんが只者ではないって言ってたし、ルアーの発言からも相当な手練なのだろう。さて、興味を持たれているみたいだけどまずは話を聞いてみるとこからだね。

 1人ずつ並ぶ訳ではなくミズキの近くに行けば交換できるとはいえ『瘴気の凝晶』や『浄化の輝晶』が行き渡るのにも多少は時間が掛かりそうだし、共闘する可能性のある強者との対話は望むところである。

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