第240話 アルマースの未成体
今日は夕方にここでカインさんが火種を作っていたって話だから、焚き火があって結構な人数が集まっていた。そういう都合やそもそも転移の直後の場所は他の人の邪魔になりそうなので、今のアルの状態で可能な範囲の少し離れた位置へと移動しておこう。
「この辺でいいか」
「そうだな。適度に拓けてるし、とりあえず邪魔にはならんだろ」
適度に邪魔にならなさそうな場所への移動完了。さてと昨日の夜、俺らがログアウトした後に進化したというアルの話を聞いていこうじゃないか。えっと、今までのアルは木の方が根脚移動蜜柑だったよな。……改めて考えてみても凄い名前だ。それでクジラの方が……あれ? 何だっけな。地味に聞いてない様な気もするぞ……?
「とりあえずどっちから話したもんかな。まずクジラからか?」
「あー、アル。すまんけど、成長体の時のクジラってなんてヤツだっけ……?」
「はぁ? そんなもん……そういや説明した覚えがないな……」
「あ、そういえばそうかな?」
「成長体の時もアルさんは夜に進化させてたっけ。ついそのまま聞きそびれてたんだね」
「アルさん、どんなのだったの!?」
アルは説明を忘れていて、俺達は聞くのを忘れていたって事だよな。まぁ支障がなかったと言えば支障はなかったから今の今まで気付いてなかったよ。あれか、共生進化で木が背中にあった事の方の印象が強かったせいもあるんだろうね。
「まぁ今更意味はない気もするが、成長体の時は『大食いクジラ』で健啖種。属性は『なし』、特性は『強靭』と『大食い』だったぞ」
「「へー?」」
「なんでそこでケイさんとヨッシは揃って私を見るの!?」
「そりゃ、なぁ、ヨッシさん?」
「まぁ、ハーレに向いてそうな特性だよね」
もう迷う余地なく健啖って言えばアルのクジラよりもハーレさんの方がピッタリだよな。サヤとアルは何となくは分かっている感じだけど、どことなくピンときていない感じだな。こればっかりはリアルで実物を見る機会があるかないかの問題だろうね。
「あー、とりあえず続けていいか? 未成体じゃその『大食い』の特性は無くなってるしな」
「そうなのか?」
「まぁな。それの延長線上の進化先もあるにはあったが、別のに変えたから特性は違うぜ」
「具体的にはどうなったのかな?」
「まずはクジラの方からだな。クジラが『特攻クジラ』の突撃種。属性は『なし』で特性は『強靭』『突撃』になった」
「なるほど、そう来たか」
「荒野で頭突きとか体当たりしまくってたもんね!」
「ま、ハーレさんの言う通りだな。こっちの方があの戦法を使うには向いてるだろ」
「うん、確かにそうかな」
散々体当たりや頭突きをしまくってたんだし、大食いの特性よりは突撃の方が向いてそうだ。ふむ、戦い方によってやっぱり進化の方向性も変わってくるんだな。今後も敵の数が多い時はアルを水流の操作で流しての突撃が良さそうだ。まぁ地形によるけど。
「とりあえず次は木の方の説明するぞ」
「おー! 前に出てたって言ってたのは転生進化の『強化根脚移動蜜柑』と変異進化の『根脚拠点柑橘』だったよね!?」
「お、ハーレさん良く覚えてたな」
「果物の種類が増えるかもしれないからね!」
「覚える基準はやっぱりそこかい!?」
「もちろんだよ!」
「言い切りやがった!?」
相変わらずの食い気だな!? それにしても良く覚えてたもんだ。俺は転生進化の方は完全に忘れてたし、変異進化の方は蜜柑が何かに変わってたような気がした程度の覚え方だったんだけど。
「それでアルさん!? 進化先は!?」
「こら、ハーレ! 少し落ち着きなさい!」
「あぅ、ヨッシに怒られた……」
なんか見慣れて来たな、この光景。ヨッシさんに怒られてるのにどことなくハーレさんが嬉しそうなのは、去年まではリアルでこれが日常茶飯事だったからなのかもしれないね。
「まぁハーレさんの希望通りにはなってるぞ。木の方は『根脚拠点柑橘』で移動基地種。属性は『樹』、特性が『移動』『拠点』『果実』の3つだ」
「おー!? やったー!」
「……具体的に何がどう変わった?」
「現時点では蜜柑の他にレモンが生るようになった」
「レモンかよ!?」
「大丈夫! 私は酸っぱいのも好きだし、焼き魚にレモンかけてもいいよね!」
「あ、それいいね。調味料が全然ないから、それだけでも結構違うかも」
「ヨッシまで食いついたかな!?」
まぁ良いのかな、これはこれで楽しそうだし。それにしてもレモンか。
「とりあえず1回試してみるか。『果実生成』!」
「おー!? レモンが生った!?」
「ま、こんな感じだな。ハーレさん、採集してくれていいぞ?」
「いやっほー! レモンだー!」
今まで蜜柑が生っていたアルの木に、黄色いレモンの実が混ざるようになっていた。そして許可を貰ったハーレさんが勢い良くレモンを採集していく。それほど量はないから、あっという間に取り尽くされていた。
「アル、これって個数は無制限か?」
「いや、1日毎に採集量には個数制限ありだな。今は1日で1種類辺り10個までだ」
「やっぱり制限ありか」
「まぁ流石に回復アイテムだからな。ちなみにだが、良い回復性能してるぜ?」
「ほう?」
「あー!? このレモンって、HPじゃなくて魔力値の回復だー!?」
「何!? ハーレさん、それマジか!?」
「ホントだよ! 魔力値の回復もあるとは聞いてたけど、実物見るのは初めてだー!」
「そういう情報は早めに言おうな!?」
ほんと、いつもどこからいつの間にそんな情報を仕入れてるんだ……? 意外とハーレさんの交友関係が広い気がする。ヨッシさんとサヤは晩飯の時間帯でズレる時も多いし、アルは俺らより遅くまでやるから分かるんだけど、ハーレさんは微妙に謎だな。……よし、聞いてみればいいか。
「なぁ、サヤ、ヨッシさん?」
「どうしたのかな?」
「ケイさん、どうしたの?」
「ハーレさんのあの情報源ってどうなってんの?」
「あ、それは……。ねぇ、ヨッシ、言ってもいいのかな?」
「良いんじゃない? 赤の他人なら流石に駄目だろうけど、ハーレのお兄さんだしね」
「ハーレ、言ってもいいかな?」
「んー? ケイさんなら問題ないよー! 向こうもケイさんと私の事は知ってるし!」
ん? なんか気になる感じの発言だな。でも何かしらの理由はあるみたいである。っていうか、向こうも知ってるってどういう事?
「あー、俺は聞かないほうが良さそうな内容か?」
「……本人の許可があれば良いとは思うけど、微妙なとこかな?」
「なるほど、リアル絡みの情報か。それならしばらくPT会話切っとくわ」
「アルさん、ごめんね?」
「良いってことよ。流石に女子高生のリアル事情に首を突っ込む気はねぇし」
そして内容が聞こえない様に少しアルが距離を取っていた。アルの気遣いに感謝である。ハーレさんはアルに着いて行ったとこを見ると、この話題を自分で直接話す気はないみたいだな。……なにか自分では言い出しにくい内容か?
ところでリアル絡みの話で、向こうは知っているって事は俺のリアル情報が微妙に流出してませんかね!? いや、これは真面目に確認しておくべき内容になってきたぞ。その辺があるからハーレさんは直接話す気がないのか。
「えっとね、『灰のサファリ同盟』にラックさんって居たじゃない?」
「あぁ、いるな。夕方に少し会ってきたとこだな」
「あの人、ハーレの高校での同級生なんだよね」
「……え、マジで!?」
そんな素振りは全くなかったけど、そんな偶然ってあるの? ……そういや色々と俺らも偶然の塊で集まったようなPTのような気もするけども……。群集は違うけど、俺だって同級生にやってるやつはいる訳だしな。こうなってくると具体的な内容を聞かねばならない。どういう状況になっている?
「元々ゲーム内でフレンドになったらしいんだけど、この前アルさんのクジラに乗ったスクショがあったじゃない?」
「あーなんか運営が宣伝に使うとか言ってたやつだよな」
「うん、そうそれ。たまたま今朝の登校中に一緒になって電子広告で使われてるのを見た時に、ハーレが『ここに映ってるの私だよ!』って言って、ラックさんが『それを撮ったの私だよ!』って事でお互いに判明したらしいよ」
「……凄い偶然もあったもんだな」
「それで『今の学校でもゲーム友達が出来たー!』って喜んでたりしたかな」
「なるほどね」
微妙にラックさんのリアル情報が絡むから、下手に赤の他人には教えられない訳か。聞いた感じでは今日の事みたいだし、リアルでの遭遇をわざわざ俺に報告する義務もない。まぁ今日は俺がしょーもない事で悩んでたってのもあるんだろうけど。
そしてハーレさんは俺と兄妹である事は暴露済みって事かい! 自分で言ってこない理由はそれか!?
「で、何がどうしたら俺の事を知ってるってことになる?」
「ケイの事はわざとじゃなかったみたいだから、大目に見てあげて欲しいかな?」
「……どういう事?」
「直前の話題で、オンラインゲームやってたら偶然兄妹で一緒のPTになってたって事を笑い話にしてたらしくてね。その直後に広告を見て発覚って流れみたい」
「お互いの事が判明した後に連鎖して分かったって事か」
確かに俺もそういう状況だったなら、やってるゲーム名は伏せて笑い話にする事はあるかもしれない。まさか話した相手が既にゲーム内でフレンドになってるとは思わないもんな。
「うん、そうみたい。私としてはハーレのリアル側の事を心配してたから、新しい友達が出来たなら少し安心出来るんだけどね」
「……そりゃそうか」
多分ヨッシさんは気付いてなかった俺と違って、自分が引っ越した事でハーレさんが随分と落ち込んでいたのは知ってたんだろう。……俺も母さんに何かあったらって頼まれてるからな。
意図してバラしてた訳ではないみたいだし、判明したのも今日のようだし、まぁそういう事もあるか。ラックさんの方も俺とハーレさんが兄妹だと言う情報でどうこうする気はないみたいだし、身内とはいえハーレさんの交友関係をどうこう言う気もない。
同じサファリ系プレイヤー同士だし、近場で新しい友達が出来たというのなら良い事なんだろね。情報については学校で会った時に聞いていたからか。……そして、偶然が重なっただけとはいえ、勝手に暴露した形になったのが言い辛かった理由なんだろうな。
「……はぁ、仕方ないか。ハーレさん!」
「はい!? ……やっぱりマズかった?」
「良かったな、こっちでも仲良く出来る相手が出来て」
「え? あ、うん!」
「そんだけだ。ラックさんには気にせずこれまで通りで良いって言っといてくれ」
「うん! ありがとね、ケイさん!」
ま、これでゲームの中でもリアルでも友達と仲良くやれるなら良いとしよう。まぁぶっちゃけ兄妹だって知られた程度なら困るほどの事でもないし。ラックさんはリアルの名前とか他のリアル情報をばら撒く様な悪質な人じゃないだろうしね。
さて、事情も分かったしいつまでもアルを待たせておくのも悪いかな。
「アル、もういいぞ」
「お、終わったか」
「……話してる間に実験してたな?」
「まぁな。時間の有効活用だ」
そこには浮いたクジラにしがみつく様な形で、皮を付けた木の根をほんの少し地面から浮かせ、水の操作で滑れる様に調整を施したアルの姿がある。コケ付きの皮がないだけで、ほぼコケ式滑水移動の再現が出来ていた。
ちょっとまだクジラが大きいから通れる場所は限られてくるけども1人でこれを成立させたのは良い成果だろう。これは移動に関してはかなりの進歩じゃないか?
「おー!? アルさん、すごいね!」
「……私のクマの役目も終わりなのかな?」
「サヤ、がっかりしないの!?」
「クジラじゃ通れない場所や速度が必要な時は共生進化を解除して、サヤに頼むからな!」
「うん、任せておいて!」
とりあえずクジラ側が上限発動制御で小型化と空中浮遊、木側が並列制御で根の操作と水の操作の同時発動なのだろう。うん、移動は基本的にアル任せで良いな。……よし、これは共生式浮遊滑水移動と名付けよう。
空飛ぶクジラ計画の進展に向けての熟練度稼ぎにはこれは大活躍しそうだ。まぁ速度が欲しくて自己強化を使うとかになればまだ枠が足りないから、多分サヤの出番もあるだろう。
「そういやアルは支配進化は選択肢には無かったのか? 条件満たせそうだったんじゃ?」
「あーそれか。条件自体は満たしてたけど、クジラのこの巨体だからな。自由に解除出来ないのは困るから、今回は見送ってそれぞれに進化させてから共生進化にした」
「あ、それもそうか。自由に解除出来ない支配進化だと、大きさの制限が厳しい今の状態はかなり不便なのか」
「そういう事だな。組み合わせ次第では気軽に解除できないってのは相当なデメリットだぜ」
「……確かにそうかもな」
昨日のサヤのタツノオトシゴを意図的に死亡させたのとかも、共生進化ならではの方法だしな。あれはクマの進化の為に解除の必要があったからだけど、使い方によってはピンチの際の盾に使うという手段もあるし。
支配進化の気軽に解除できない仕様は全スキルが使えたりステータスも高水準に出来る代わりに、共生進化ならではの利点を失う事にもなってる。メリットばかりじゃない訳だ。
「次の進化階位に上げる時には状況次第では支配進化を狙うから、その進化の特徴の情報は頼むぜ、ケイ!」
「おう、任せとけ!」
さて、まだまだ何があるか把握しきってない支配進化だけど、色々試してみないといけないね。何か有用な情報でもあればいいけどな。
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