第194話 青の群集の襲撃者 前編


「……ケイさん達は先に行って、こいつが近くに来てる事を伝えて。セリアがクジラでログインして纏めてるから!」

「こいつ相手は成長体では厳しいしな……」


「おいおい、折角なんだ。全員で戦おうぜ? なぁ!?」


 どうやらこのタチウオの人はかなり好戦的なプレイヤーらしい。……なんで好戦的な性格のプレイヤーが青の群集にいるのかはちょっと不思議なんだけど。素直に赤の群集に行けばいい気もするんだけど、なんで青の群集なんだろうか?

 それにしても大型化を使っているのか、全長が多分4メートルくらいあるんだけどちょっとデカすぎない? いや、クジラ相手に斬りかかろうと思えばこれくらい必要になるのか。


「……やれやれ。単独で突っ走るのは控えてもらえますか、斬雨?」

「遅ぇぞ、ジェイ。いいじゃねぇか、散々こっちもやられっぱなしなんだ。ちょっとくらい反撃させろってんだ」

「まぁ気持ちはわかりますけどね。我々も出遅れながらも強くなったつもりでしたが、灰の群集は予想以上に厄介ですし」


 そこに脚をワチャワチャと動かして泳ぎながら現れたのは、ジェイと呼ばれた15センチ位のカニの人である。形的にはワタリガニみたい感じで、甲羅に何か生えているのと脚に海藻みたいなものが巻き付いてるのが見えるから何かとの共生進化中? ……どことなく甲羅の部分に生えているのがコケのような気もするんだけど、まだ断定はできないか。

 そしてタチウオの人の名前は斬雨というらしい。


「ちっ、カニの方もセットか。……こりゃ厳しいな」

「ケイさん達が逃げる隙は作るから、防衛体制の強化をお願い!」

「そんなにヤバイのか?」

「タチウオだけなら脳筋だからどうとでもなるんだが、カニが一緒にいると厄介さが跳ね上がるんだよ」

「マジか。……あいつらの進化階位ってタチウオの人が未成体でカニの人が共生進化の成長体で合ってる?」

「うん、合ってるよ。だけどカニが何と共生してるのかが、はっきりとはわからないんだよ」


 なるほど、さっきの相手の会話からもタチウオの人は独断専行をやるタイプか。PTではなく2人組で動いているというのもその辺が絡んでそうである。強いけども連携には向かないんだろう。

 そうなると、全員が逃げていくよりは何人か残って分断させるのが得策か。近接戦闘になりそうだし、ここは……。


「……サヤ、いけるか?」

「近接なら多分大丈夫かな。アル、ヨッシ、ハーレ、防衛の方は任せるよ?」

「おう、ケイもサヤも負けるなよ!」

「え!? ケイさんもサヤさんも戦う気なの!?」

「当然! カニの方は俺らが受け持つぜ」

「……確かにその方が助かるか。よし、任せる!」


 未成体の相手は流石に無理だけど、共生進化のカニ相手ならば同じ共生進化の俺とサヤでなんとかなる筈だ。タチウオの人とカニの人が連携すると厄介さが跳ね上がるというのであれば、連携させなければいい。

 アルの背中に作っていた海水の防壁を解除して臨戦態勢に移行する。周囲を確認してみれば、ここは岩場でもなければ砂地でもない比較的浅瀬の海藻の群生地のようである。……でも、ここに岩がない訳じゃないみたいだな。


「行け、アル!」

「おう! 『海水の操作』!」

「逃がすかよ! 『刺突』!」

「やらせねぇよ!」


<行動値を1消費して『共生指示』を発動します>  行動値 17/22(上限値使用:1)

<『共生指示』にて『半自動制御Lv1:登録枠1』を発動します>『岩の操作Lv3』 再使用時間 38秒


 適当にその辺の岩を操作し、アルに襲いかかるタチウオの人の凶刃による突きの前に盾として移動させる。タチウオは全身がそのまま刀みたいになってるのか。くそっ、あっさりと岩を貫通して真っ二つにしやがった!?

 でも、アルの逃げる隙は作れたのでその隙に即座に逃亡に移っている。目的は成功だから良しとしよう。


「ちっ、邪魔しやがって。いいぜ、まずはてめぇら4人から斬り刻んでやる!」

「そう簡単に負ける気はないかな! 『魔力集中』『アースクリエイト』!」

「はっ! 口だけじゃなけりゃいいけどな、クマさんよ! 『斬り下ろし』!」

「『操作属性付与』『強爪撃・土』!」


 全身を武器として上段から振り下ろしてくる凶刃のタチウオの人に対し、サヤは土属性を付与した強爪撃で横から打ち据えて攻撃の軌道をズラす。正面からぶつかれば成長体であるサヤの方が圧倒的に不利だけど、太刀筋を逸らすだけなら問題はないらしい。

 ……タイミングを少しでもミスすれば真っ二つで即死だろう。それに一応は攻撃なのに魔力集中と操作属性付与を重ねても未成体のタチウオの人のHPは殆ど減っていない。……即死級の威力の技を全力で弾き続ける必要があるって事か。

 

「……こりゃ驚いた! 成長体に躱されたのは初めてだ。いいぜ、もっとやろうじゃねぇか!」

「そりゃどうもかな!」

「……灰の群集にも成長体で岩の操作持ちも操作属性付与持ちもいますか。これは灰の群集の脅威度を上方修正しておく必要がありますね。援護しますよ、斬雨。『アースバレット』!」

「サヤさんとケイさんにばっかり戦わせる訳にはいかないんだよ! 『シーウォーターボール』『弾丸突撃』!」

「くっ! 『増殖』『スリップ』!」


 小石の弾丸を海水の水球で相殺したのは分かったけど、ソウさんの突撃をカニの人がハサミで逸らした……? 今このカニの人、なんて言った!? よく見てみれば、カニの甲羅に生えていたものがハサミまで広がっている。……これってコケの増殖によく似ている?

 海藻が脚に巻き付いているから海藻との共生進化の可能性も考えてたけど、今のスキルからするとこの人の共生相手はやっぱり俺と同じコケなのか?


「……そのスキル、コケのだよな? 脚の海藻は偽装か?」

「……さて、どうでしょうね? 敵に教えるわけが無いとは思いませんか?」

「……そりゃそうだ。サヤ、ソウさん、シアンさん! こいつは俺に任せろ!」

「ケイ、任せたよ!」

「任せたぜ、ケイさん!」

「俺らはタチウオの相手だね!」

「へぇ、3対1か。面白れぇ! ジェイ、ちょっとそこのザリガニは任せるぞ」

「……言い出せば聞かないんですから仕方ありませんね。斬雨、決して油断しないように」

「わかってんよ! ジェイこそ舐めてかかって負けるんじゃねぇぞ!」


 どうも甘く見てくれてありがとよ。それでもこれで一応分断は成功。それにしてもこんな状況になるならコケでログインし直しとくんだった。ロブスターは行動値も魔力値もまだまだ少ないんだぞ!? ……今からキャラの切り替えをするわけにもいかないし、ロブスターで何とか切り抜けるしかないな。


<行動値上限を1使用と魔力値2消費して『魔力集中Lv1』を発動します>  行動値 17/22 → 17/21(上限値使用:2): 魔力値 12/14 :効果時間 10分


 そういえば魔力集中の詳細は見てなかったけど、前にヨッシさんから聞いた内容だとLv分の上限値を使用とLvの2倍の魔力値を消費だったはず。……コケが相手となると厄介だが、ぶっつけ本番で色々試してみるか。まずは共生進化を解除させるのが条件だな。その為にカニの人を潰す!

 魔力集中で無色のオーラをハサミに纏わせる事は成功。さて、次がうまく行くかどうかだな。


「魔力集中ですか。それは厄介ですので、潰させて貰います。『アースプリズン』」


 俺の周囲に石が積み重なっていき、動きを封じようとしてくる。とりあえず跳ねて避けておく。捕まると厄介だしな。……カニでの近接攻撃を仕掛けてこないという事は、やっぱりログインしているのはコケ側か。増殖とスリップを使った時点でその可能性は高かった。


<行動値1と魔力値5消費して『風魔法Lv1:ウィンドクリエイト』を発動します> 行動値 16/21(上限値使用:2): 魔力値 7/14


 弱く渦巻くような形で風の小さな塊が生成される。これだけでは使い物にはならないけど、狙いは風魔法そのものではない。


<行動値を5消費して『風の操作Lv1』を発動します>  行動値 11/21(上限値使用:2)


 風の操作は覚えたてで全然強化してないから、風魔法の魔力値消費が激しいな。こればっかりは仕方ないけどさ。さてとこれを纏わせるようにすればいいとサヤは言っていたか。動きながらだと厳しいけど、やるしかない。


「……一体あなたは何をしているのですか?」

「教える訳ないだろ?」


 魔力集中を発動しているのに土魔法の拘束を破壊しようともせずただ避けるだけで、風魔法を発動した俺の行動がよく分からないらしい。……ただの魔力集中でカニの人を潰すだけだと駄目だ。多分それだと攻撃を滑らされて回避されて終わりだ。博打にはなるけど、あのカニの人を潰すと共に共生相手のコケも剥ぎ取ってやる。

 風の操作でハサミに風を纏わせていく。……Lv1だから操作が鈍いけど、大雑把に纏わせるくらいは何とか出来そうだ。よし、いい感じ。


<ケイ2ndが規定の条件を満たしたため、スキル『操作属性付与』を取得しました>


 よし、狙い通り取得成功。詳細確認すらしてないが、とにかく操作属性付与を使う!


<行動値上限を1使用と魔力値2消費して『操作属性付与Lv1』を発動します>  行動値 11/21 → 11/20(上限値使用:3): 魔力値 5/14


 ハサミを覆う無色のオーラと生成した小さな風の塊が混ざり合い、纏わりつくような風へと変化していく。周囲の海水を弾き飛ばす風が操作属性付与の発動の成功を表していた。

 操作属性付与は消費から考えると、魔力集中と仕様は同じみたいだな。2重に魔力集中を発動している感じか。

 

<行動値を3消費して『殴打Lv3・風』を発動します>  行動値 8/20(上限値使用:3)


 しつこく俺を拘束しようと追いかけてきている土魔法に向けて風属性となった殴打を放つ。殴打で石を砕いた後に、追撃として石を風の刃が斬り刻んでいき、カニの人の土魔法を破壊する。よし、打撃技への追撃効果は対象物の表面を斬り刻む風の刃の発生か。


「なっ!? あなたも『操作属性付与』を!?」

「だったらどうしたよ?」

「くっ!? 『アースボム』!」


 アースボムって事は爆発する小石か。多分土魔法のLv4だろうけど、アースバレット程の速度はない。即座にコケの視点に切り替え、跳ねるように一気に移動し、距離を詰める。コケでの背後への視点切り替えはこういう時に便利だな。……後ろの方で爆発する音が聞こえるから、どこかにぶつかったか。


「この状況で後ろ向きに突っ込んできますか!?」


 このカニの人は余裕がある時は頭の回転は早いのかもしれないが、予想外の動作には混乱するタイプだな。急な変化に弱いとも言える。まさか攻撃を仕掛けたタイミングで突っ込んで来るとは思わなかったようだ。……それも前を見ずに後ろ向きにである。まぁ実際は見えてるけど、カニの人にはそれは分からない。

 カニの人を少しだけ通り過ぎたところで、攻撃に移ろうか。この移動は先端が尻尾側になるから、通り過ぎた位がハサミでの攻撃にちょうど良いんだよな。


<行動値を2消費して『はさむLv2・風』を発動します>  行動値 6/20(上限値使用:3)


「ぐっ! このロブスターは!」


 咄嗟に逃げようとするカニの人を背後から強襲する。スキルを発動し、カニの人の右側の脚をはさみ、そして風の刃の追撃により切断した。これでHPが3割くらい減っていく。

 この人、多分だけど俺と同じでまだカニ側が育ちきってないな。もっと育っていればもっとカニの動きも良いだろうし、こう容易くダメージは通らない。そして折角の共生進化なのに、コケのスキルだけに頼り過ぎだ。カニの方が全然扱いきれていない。……とはいえ、コケ本体を潰すほうが厄介なんだろうけど。

 

「おい、ジェイ! 何やってんだ!?」

「余所見してる余裕は与えないかな! 『共生指示:登録3』『双爪撃・土』!」

「ちっ、巻きついてきてんのはタツノオトシゴか!? いいねぇ、随分楽しませてくれる!」

「サヤさん、そのまま押さえてて! 『魔力集中』『頭突き』!」

「いつまでも押されっぱなしじゃーー」

「だから、余裕は与えないって言ってるかな!」

「ぐっ! やるじゃねぇか!」


 少し隣の戦闘を見てみれば、いつの間にか1メートル少しまで小型化したタチウオがサヤに弾き飛ばされ、タツノオトシゴで拘束され、あの手この手で翻弄されていた。なるほど、ソウさんが脳筋と称していただけあって搦手には弱いらしい。

 しかし、サヤも全くの無傷という訳でもないようだ。クマの方はほぼノーダメージだが、タツノオトシゴの方が結構ダメージを受けている。巻きついた際に斬られた部分も多数あるようだ。

 そしてサヤの作った隙を狙って、ソウさんとシアンさんが攻撃を何度も仕掛けている。3対1で言うのもあれだけど、かなり優勢だな。……っていうか、サヤが未成体と渡り合っている近接戦闘が地味に凄い。


「斬雨、こちらへ! 『アースバレット』!」

「ちっ! 仕方ねぇか!」

「逃さないかな!」

「その状態でそっちの援護をすんのかよ!?」

「サヤさん、深追いは駄目だよ!」

「なんでかな!?」

「そのアースバレットは、カウンター狙いの合図なんだよ!」

「そうなの!?」

「ちっ、バレてんのか!」


 カニの人の土魔法を合図に、タチウオの人がサヤ達から距離を取ろうとして、それを妨害する為にサヤが動いていくが、シアンさんの警告で立ち止まる。

 少し余所見をしてしまったのは間違いないけど、即座にそこを狙ってくるとは……。しかも逃げるのではなくカウンター狙いでの誘き寄せとか、シアンさんが知らなきゃヤバかったんじゃないか?


 そして、カウンターこそ失敗したもののカニの人は残っている左側脚だけで逃げようと泳ぎ出している。この状況でまだ他にも何か企んでいそうだ。……ほんの少しの余所見で分断を突破しようとは、相手を甘く見てたのは俺の方かもしれない。

 この2人は確かに連携させるのはまずい。……かといって共生進化を解除させて、コケ単体になる方がもっと危険か。……ならば、カニの動きを封じるまで!


<行動値を2消費して『はさむLv2・風』を発動します>  行動値 4/20(上限値使用:3)


 残る左側の脚に狙いを定めて、はさむを発動。右側の脚と同様に全てを切り落としていく。これで移動の為の手段は潰した。確実に合流は阻止してやる!


「『共生指示:登録3』!」

「あっ、脱皮!? それがあるのか!?」


 カニの脚を全て切り落とした直後に、共生指示から脱皮を発動して脚が全部生え揃ったカニの人が一気に動き出す。しまった、あれでもう身動きが取れなくなると思っていたから油断した。……あそこまで追い詰めておいたのに、少しの余所見でこうもあっさり逃げられるとは……。完全に脱皮を使うタイミングを狙っていたのだろう。くそ、このミスは痛いぞ。


 今の段階でコケ単独にするほうが危険だと思って、カニの動きだけを封じようとしたのは失敗だったか。いや、あの脱皮には防御80%ダウンという大きな弱点がある。すぐに追撃すれば……。

 そうは思っていても、脱力したように泳ぐタチウオの人のカウンター攻撃とやらがある以上は迂闊に踏み込めない。……せめてコケの方でログインしてたなら手段もあったんだけど……。そうしているうちにタチウオの人とカニの人が合流してしまった。


「おいおい、今回の灰の群集のヤツらは随分と強いじゃねぇか!」

「斬雨、大丈夫ですか?」

「……一応はな。むしろジェイの方がやばいんじゃねぇか?」

「……そうですね。一旦、時間を稼いで状態を立て直します。斬雨は大型化で最大威力の断刀を。再使用可能にはなってますよね?」

「おう、ついさっきだがな。あれで思いっきりぶった斬れってわけか。『大型化』!」


 再び大型化したタチウオの人が、力を籠めるような様子を見せている。剣道とかで竹刀を上段に構えているような感じか。持ち手はいないけどさ。……この戦闘が始まった時から……いやオフライン版をやってた時から思ってたけど、タチウオだからってそのまま太刀にならなくてもいいんじゃないかな……?

 あ、でもあの太刀そのものになって斬っていく操作はちょっとやってみたい。オフライン版で敵にはいたけど、操作キャラじゃなかったもんな。


「サヤさん、ケイさん! これは絶対に避けろよ!」

「……そうするしかなさそうかな?」


 どうでもいい事を考えてる場合じゃなかった。これはあの海流を切ってきたあの1撃か。力が溜まっていくのか、銀色の光を放ち出すタチウオの人。再使用時間とか聞こえたから、制限のあるスキル? ……どう考えてもヤバい威力としか思えない。


「1人くらいはこれで仕留めさせてもらうぜ! 『断刀』!」


 そしてタチウオの人の凶刃が俺達に迫りくるのであった。

 

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