第191話 エリア移動の妨害ボスの変化


 成長体に進化したクジラは速かった。あっという間に初期エリアほぼ中央にいる群集拠点種から東端の癒ワカメの場所へと辿り着くとはね……。ついでに海水の防壁もアル自身が用意していた。泳ぎながらの操作にはちょっと苦労してたみたいだけど、どうやら海水の操作の勝負で負けたのが悔しかったらしい。……本人がそう言った訳じゃないので推測だけど……。


「すみません、ボス討伐をやらせてもらってもいいですか?」

「あ、ボス討伐希望のPTか。おい、お前ら、次の癒ワカメはこっちのPT優先だ。攻撃すんなよ!」

「んなこと、言われなくても分かってる!」

「どっちみち次の出現の時に必要な未討伐プレイヤーは今はいないし、戦えないけどね」

「他のエリアのプレイヤーも増えてきたね。ボス討伐、頑張って」

「未討伐のプレイヤー連れて来たぞ。ってボス討伐の希望の優先中か。お、2nd構成のPTか。こりゃ見物だな」


 人気のボスという事もあって周回PTが存在していたようである。構成としてはカニ、ホタテ、イカ、タコ、タチウオって感じのメンバーだね。そして、ワイワイと見物が始まった。あー、こういう事もあるんだな。どことなく氷狼戦を思い出す。……あれ、もしかしてこの状況って一発芸の取得条件満たしてるんじゃ……?


「……なんか落ち着かないけど、倒すしかないかな!」

「共生進化が3人もいるから楽勝だろうけどね」

「それでも頑張るぞー!」


 だが、新たに出現した癒ワカメの登場と同時にどこからともなく、黒い禍々しいモヤが飛んできて癒ワカメの様子が変わっていく。……今のは一体何が起きた?


「……おい、なんか癒ワカメの様子がおかしくないか?」

「なんか黒いモヤが纏わりついてるな」

「あのエフェクトって、瘴気じゃねぇ? 競争クエストの中継でそれっぽいの見たぞ」

「……なんで瘴気?」


 なんだか見物人となっている周回PTから不思議そうな声が上がっている。どうも見るからに様子がおかしい。……ロブスターの方だから情報は少ないだろうけど一応識別してみるか。


<行動値を1消費して『識別Lv1』を発動します>  行動値 17/18(上限値使用:1)

<熟練度が規定値に到達したため、スキル『識別Lv1』が『識別Lv2』になりました>


 スキルの性質上で仕方ないんだけど、Lv1で発動した後にLv2になるから見れるのはLv1までの情報なんだよな……。行動値が少し勿体無いけど、ロブスターなら攻撃にも移動にもそれほど支障はないからもう1回使い直そう。


<行動値を2消費して『識別Lv2』を発動します>  行動値 15/18(上限値使用:1)


『癒ワカメ』

 種族:黒の暴走種の残滓(?)

 進化階位:成長体・暴走種

 属性:癒

 特性:浮遊、回避


<黒の暴走種の残滓の異常個体を確認しました。群集の長へと報告します>


 なんかグレイへ報告するってメッセージが出たんですけど。そして識別内容に思いっきり見覚えのない情報がある……。これに関する報告なんだろうな。


「黒の暴走種の残滓(?)ってなんだ!? 何かの前兆か!?」

「これってログインした時に見た共闘イベントのPVに関係してるのかな!?」

「え、なにそれ? いつ更新されたのかな?」

「私も見てないね。もしかしてケイさんとハーレがログインする直前くらい?」

「えー!? みんな見てないの!?」

「……ケイ、ハーレさん、それってどんな内容だ?」

「言っても良いけど、PV自体は短いから自分で見た方が良いとは思うぞ」

「私もそう思う!」

「なら、後で木にログインし直した時に見てみるか」

「私もそうしようかな」

「そうだね。今はまず目の前に集中しよう」


 再生時間は長くはないどころか短過ぎるくらいだし、多分あれは自分で見た方が分かりやすいだろう。……それにしてもタイミング的にも、さっきのグレイへの報告メッセージにしても、やっぱりイベントの前兆? とにかく戦ってみるしかないか。通常個体との違いは見物人が分かるだろうしね。


 さて、肝心の戦闘だけど属性と特性を見る限り、長期戦はあまり良いとは思えない。……海藻相手だと打撃も微妙だろうな。となれば、取れる手段は限られてくる。


「とりあえず様子見しながら、戦闘開始!」

「ヨッシ、行くよ! 『共生指示:登録3』!」

「任せたよ、サヤ! 『針伸縮』!」


 サヤは今はタツノオトシゴの操作なので、クマに共生指示を出してスキルを発動する。ヨッシさんを投げている様子を見れば、これは投擲っぽいね。そして投げられたウニのヨッシさんは、針を伸ばして癒ワカメを串刺しにする。……その際に透明のオーラを纏っているのが見えた気がするので、これはヨッシさんは魔力集中を今狙って取得したな。

 魔力集中の効果がかかったウニの無差別串刺し攻撃でHPがごっそり削れていく。しかし、凄い勢いでHPが回復していっていた。……HPの総量は多くなさそうだけど、回復が厄介なようである。


「それじゃ私もいくよ! 『微毒生成』『連刺突』!」

「よし、微毒が入った! ……って解毒があるんだったな!?」


 ハーレさんが微毒生成を行い、複数の触手で連続の刺突を放つ。これはハーレさんの新技っぽいね。多分刺突の派生スキルだろう。しかし折角ハーレさんの微毒が入ってもあっさりと解毒され、回復されてしまっていた。っていうか、いくらなんでも回復速度が早くないか!?


「……おい、癒ワカメの回復が早くないか?」

「初めのウニの攻撃って魔力集中が発動してたよな? 普通ならあれだけ刺せばすぐに終わるはずだが……」

「やっぱりなんかおかしいな。瘴気で強化されてるのか?」

「……共闘イベントがどうとか言ってたか。おい、誰かログイン場面に行っていったんから情報を確認してこい」

「お前が行ってこいよ。俺は戦闘終わってから見に行くから」

「俺もパス。今しか確認できないのを放ったらかしては行けないって」

「……ちっ、そっちの検証は後回しか」


 やはりこの癒ワカメは通常の残滓の個体とは別物の様子である。……イベントの事前兆候としてボスが強化されている可能性はありえそうな話だな。……黒の暴走種の初登場の時も、先に異常があってからクエストが始まったし……。ハーレさんとヨッシさんを襲っていたフクロウには戦闘時にはまだ黒の暴走種という名前はついていなかったもんな。


 とりあえず細かな検証はここの周回PTがしてくれそうな感じなので、そこは任せよう。それにしても強くなっているというよりは回復能力が強化されている感じだな。


「さてと、どう削り切ったものか」

「とりあえず、みんな魔力集中を取るのはどうかな? それで一斉攻撃とかはどう?」

「手っ取り早く威力を上げるにはそれが早いか。ヨッシさんはさっきの攻撃で魔力集中を取得してたよな?」

「うん、問題なく取得出来たよ。自己強化は時間がある時に適当に取得しとくね」

「それなら、みんなで順番に取っていくか。アル、悪いけど最後でもいいか?」

「問題ねぇぞ。俺が一番威力あるだろうしな」

「それじゃサヤとハーレさんと俺が順番でいくか」

「うん、それでいいかな」

「分かったよ!」


 みんな魔力集中の取得方法は一度体感しているので、コツは掴めているだろう。あ、でもアルは持ってなかったっけ。……まぁアルなら多分大丈夫か。


「それじゃ行くよ! 『連刺突』!」


 ハーレさんのクラゲは風属性なので、緑色のオーラに包まれた触手が癒ワカメを何度も突き刺していく。ただし、特性の回避のせいなのかヒラヒラと半分くらいは回避されていた。……これ、地味に厄介だぞ!? ダメージは普通に与えられてはいるけども、HPの回復速度が早過ぎる。

 こうなると攻撃頻度が低くて威力も低いのは救いかもしれない。これで攻撃までしっかりしてたら厄介にも程があるし。


「うー! 魔力集中は取得出来たけど、これってホントに成長体なの!?」

「……まさかこんなのは予想してなかったからな」


 正直、このタイミングでこんな変な個体のボスに当たるとは思っていなかった。……でも、HPの減り具合から見たら複数人で同時攻撃すれば充分削りきれる範囲である。決して倒せないほど強化されてる訳ではない。ただ進化したての成長体Lv1の攻撃だけでは厳しいというだけ……。

 まぁ共生指示でコケ側の攻撃を呼び出せば楽勝だとは思うけど、折角だからスキル取得に利用するのが良いだろう。


「次は私かな。ちょっとクマに巻きつく位置を移動して……うん、これでいいね。『尾鞭』!」

「そういう攻撃もありなのか」

「ほぼ外しちゃったけどね。少し掠っただけかな」


 サヤはタツノオトシゴを移動させてブレスレットの様にクマの手首に固定し、尾を鞭の様に扱い打ち付けていた。尾が長くなった進化のおかげで、そういう芸当も出来るようになったようである。今回はタツノオトシゴの動作のみでやっていたようだけども、クマの動作に合わせれば威力が上がりそうだよね。

 そして、サヤのタツノオトシゴも緑色のオーラを纏っていたので無事に魔力集中も取得出来たようである。


「……おいおい、次々と自力での魔力集中の取得をやってんぞ?」

「あれ、地味にコツがいるってのに簡単にやってるな。流石は2ndって事か」

「あれ、これは何事だ?」

「お、良いとこに来たな、ザック。今なら面白いものが見れるぞ」

「あれは、ケイさん達ですね。何があったのですか?」

「……癒ワカメが妙だな」

「……ヨッシがいる! ウニも良い!」


 ってなんかザックさん達が来てるし!? え、何やってんの!? っていうかみんな2ndになってるね。ザックさんがサメ、タケさんは大きめのカニ、イッシーさんはタコ、翡翠さんは……これはハリセンボンかな? みんな自由な感じに2枠目を作っていた。

 まぁザックさん達も元々海エリアを目指してたんだから居てもおかしくはないのか。もしかしたら俺達と同じで競争クエストに参加しに来たのかもしれない。


「ケイさん達も競争クエストかー!?」

「そういう聞き方するって事はザックさん達もだな!?」

「おうよ! つっても、2枠目の方は参加登録するだけで、戦闘は1枠目でやるけどな」

「私達は単純に経験値狙いですね。既に1枠目の方はエリア入りしてますし」

「なるほど、そういう育て方もありか」


 2枠目経験値稼ぎの為に参加登録はしておいて、1枠目で本格参戦って事か。既にザックさんのPTのメイン戦力は競争クエストの中にいるんだな。何がどう役立つかわからないし、覚えておこう。


「で、これ何事?」

「なんか異常個体っぽい! 多分共闘イベントの前兆だと思うけど詳細不明!」

「……マジか。そういやさっきのPV意味深だったもんな」

「確かにそうですね。PVの声の主の仕業なのでしょうか?」

「……とりあえず、そういう会話は後にしてくれ。ケイの番だぞ」

「あ、すまん! 邪魔になってたか!」

「あーとりあえずまた後でな!」

「おうよ」


 まだPV見てないアル達にとっては意味がわからない内容だもんな。それに戦闘中に呑気に話す内容でもないか。とにかく俺も魔力集中を狙うとしよう。


<行動値を2消費して『体当たりLv2』を発動します>  行動値 16/18(上限値使用:1)


 操作をコケに切り替え、ロブスターの背後に視界を設定してから体当たりで跳ねて一気に距離を詰める。癒ワカメはヒラリと俺の体当たりを躱していく。だけどそれは元々想定内。俺の狙いは避けた直後のすれ違いざまの状態だ!

 おい、外しているって笑うなよ、見物人! これは元々狙ってんだから!


 コケの纏樹で魔力集中を取得した時の感覚を思い出せ。あれが取得の為の感覚だ。……よし、透明なオーラがハサミを覆うように現れた。


<ケイ2ndが規定の条件を満たしたため、スキル『魔力集中』を取得しました>


 よし、取得は成功! 取得時に出る魔力集中の効果時間は極わずか。この間に攻撃をしてしまわなければ!


<行動値を2消費して『はさむLv2』を発動します>  行動値 14/18(上限値使用:1)


 魔力集中で威力を上げたはさむにより、癒ワカメは半ば程で押し切るように切断し一気にHPが削れていった。それでも即座に回復を始めるのは厄介極まりない!

 お、今度は見物人がなんか称賛してるね。外しただけだけだと思ったらそこから即座に追撃に移ったのが受けたらしい。……まぁ悪い気分ではないかな。


<ケイ2ndが規定の条件を満たしたため、スキル『一発芸・大ウケ』を取得しました>


 あ、一発芸の取得が出たよ。そうか、条件を満たしてたんだな。それにしてもロブスターでは大ウケをゲット出来た! これで俺は滑りだけではないという事だ! ……まぁ使うかどうかは様子を見ながらかな。

 とりあえずみんなの魔力集中は取り終わった。あとはアルだけだ。


「アル!」

「おうよ! 『頭突き』!」


 間髪を置かずに放たれたアルの頭突きが癒ワカメに直撃する。特性に回避があるとはいえ、クジラの巨体の攻撃には耐えられなかったらしい。もちろんアルも透明なオーラを頭部に纏っているので魔力集中の取得は成功したようである。

 癒ワカメの回復速度を上回る攻撃を受けてHPはすべて無くなり、ポリゴンとなって砕け散っていった。……異常個体とはいえ極端なほど強くなってる訳ではなさそうだ。


 2nd側の魔力集中の取得をしたかったから2ndをメインで倒したけど、1stの方に共生指示を出して攻撃すれば多分瞬殺だっただろう。……ただし、これがイベントの前兆ならばここから強くなっていく可能性も否定は出来ない。


<ケイはLv上限の為、過剰経験値は『群集拠点種:ヨシミ』に譲渡されます>

<ケイ2ndがLv3に上がりました。各種ステータスが上昇します>

<Lvアップにより、増強進化ポイント2、融合進化ポイント2、生存進化ポイント2獲得しました>

<『進化の軌跡・癒の欠片』を2個獲得しました>


 よし、レベルアップ。残滓な上に共生進化で経験値が半減なのに、経験値が結構多かった。異常個体だから経験値が多かった? それと上限のコケの方の経験値はヨシミ行きに変わっているけど、エンから変わった理由はなんだろう? 過剰経験値の譲渡先は最後に立ち寄った群集拠点種になるとかかな。

 とりあえずこれにて競争クエストのエリアに行く前のボス討伐は終了! 予想外に時間かかったけど、新情報があったって事だし、良しとしよう。


「おう、お疲れさん! よし、共闘イベントのPV見に行ってくるか」

「俺も見てこようっと」

「競争クエストに行くんだってな! 青の群集の連中ぶっ倒してこいよ! 俺も見てくるか」

「……どいつもこいつも慌ただしいもんだな。とりあえず頑張ってこいよ。これの検証はこっちでやっとくからよ。とはいえ、まだ始まってないイベント絡みならどれだけの事が分かるか未知数だがな」

「ケイさん、後で俺らも行くから、もし行動一緒になったらまた宜しくな!」

「おうよ! その時は宜しくな!」


 なんだかんだで予定外の事態もあったけども、目的の1つ目は完了! さてと、ここから先はコケに切り替えるか。


「よし、コケにログインを切り替えてくる」

「俺も木に変えてくるか。ついでにPVは確認しておきたいとこだな」

「私もクマに変えて来るね」

「私は切り替えないけど、PVだけ見てきても良い?」

「ヨッシ、待ってるから行ってきていいよ!」

「それじゃ各自キャラを切り替えて来たら、競争クエストに乗り込むぞ!」

「「「「おー!」」」」


 とりあえず、共生進化組の俺とサヤとアルはログインキャラの切り替えだ。まだLv差が大きいし、スキルもステータスもかなり違うから、この辺は上手く使い分けていかないと。


 キャラの切り替えが終われば、競争クエストへと参戦である。今のここの競争クエストはどんな状態なのだろうか。まずは群集支援種を探して、『競争クエスト情報板』の登録をしないとね。……その辺の仕様は同じだといいけど、違ってたらどうしよう。




【ステータス】


 名前:ケイ2nd

 種族:殴りロブスター

 所属:灰の群集

 

 レベル 1 → 3

 進化階位:成長体・殴打種

 属性:なし

 特性:打撃、堅牢


 HP 1400/1400 → 1400/1700

 魔力値 10/10 → 10/12

 行動値 19/19 → 19/21


 攻撃 13 → 21

 防御 11 → 19

 俊敏 9 → 15

 知識 4 → 8

 器用 4 → 8

 魔力 3 → 5

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