第174話 試行錯誤


 とりあえず黒の暴走種との遭遇を避けるために威嚇を発動しとくか。使い道はなさそうとか思ってたけど、予想以上に早く使う事になったよ。称号利用のスキル取得を目指すにはちょうどいいんだな。要は使い方次第か。まぁ一般生物や残滓だけなら戦っていってもいいんだけど、そう都合よく行くだけとも限らないしね。


<行動値を1消費して『威嚇Lv1』を発動します>  行動値 9/10


 両方のハサミを振り上げて発動完了。ザリガニがよくやるやつだ。これの発動中は視界の端っこに威嚇中と表示されるみたいである。これが消えたら効果時間切れって事なんだろう。小魚が逃げていってるし、これなら戦闘は避けられそうだ。それにしても幼生体って行動値も少ないから色々と気を付けないと。うーむ、コケもこう考えると相当強くなってたんだな。


 とにかくみんなとの合流を目指して、海底をひたすら歩く、歩く、歩く。幼生体としてはそれなりの移動速度はあるんだろうけど、やっぱり成長体と比較すると移動が遅い! 海底を歩く俺の上をスイスイと泳いでいく魚のプレイヤーを見ていると特にそう思う。まぁ作りたてだし、魚じゃないからある程度は仕方ないけど。

 アルが跳ねるように移動すればと言っていたから試してみようか?


「あ、ケイさんやっほー!」

「ん?」


 なんだか上から呼ばれた気がしたので見上げてみれば、フヨフヨと漂いながらそこそこ早い速度で流されていくクラゲの姿があった。あれはハーレさんか。大きさとしては30センチくらいのクラゲ? 見た目的にも変わった感じではなく一般的な普通の半透明な白っぽいクラゲである。

 どうやらこの場所から群集拠点種の方へと緩やかな海流があるようだ。目的地は同じだし、クラゲなら触手で引っ張ってもらえるかもしれない。……まぁサイズ的に無理な可能性も高そうだけど。


「おー、ハーレさん。ついでだから一緒に連れて行ってくれ!」

「良いよ! でも意外とケイさん大きいから持ち上がるかな? あ、流されていく!? 意外と流れから出るのが難しい!?」

「ちょっ、おーい!?」

「ケイさん、ごめん! 流されて無理ー!?」


 そして無情にも流されていくハーレさんを見送った。なるほど、作りたての幼生体だとそこそこ強い流れには逆らえないという事か。流れ自体がある事といい、これは良い情報が手に入ったな。

 まぁこの先はアルも居るし、クジラなら急流って訳でもないみたいだから大丈夫だろ。それにしても便乗して連れて行ってもらうのは失敗か。自力で頑張って移動しよ。幼生体だと体感的に初期エリアは広いなー。



 合間合間で威嚇を使いつつ、先へと進んでいく。あのハーレさんの感じだと早めにアルと合流は出来そうだし、アルの迎えを期待しつつのんびり進もう。あ、さっきの跳ねる移動っていうのも試しておかないと。体当たりの詳細にも尻尾で跳ねるってあったし、体当たりを使ってみてどんな感じか確認してみよう。


<行動値を1消費して『体当たりLv1』を発動します>  行動値 9/10


 尻尾に力を溜めて一気に跳ね上げる様に突進って感じか、背後に向かってだけど……。これは推進力にもなりそうだし、攻撃にも使えそうだけど向きに要注意だな。どちらかというと体当たりより緊急回避に使えそうな気もするけど、スキルとしては体当たりなのか。一応これで泳げるってことになるんだろう。っていうか、この動きはザリガニで見たことあるね。

 これはちょっとコツを掴めばスキルなしでも出来そうかな? ちょっと練習しながら移動してみよう。この辺は岩場で一般生物も少なめだしね。とりあえずこれがアルの言っていた跳ねる移動方法で合ってそうだ。



 そうして手動で飛び跳ねる移動を練習しながら特に何も無かった殺風景な岩場地域を抜ければ、そこには一般生物の海藻が大量に生えている場所があった。一般生物の魚もそこそこ泳いでいる。海底は土っぽい感じだな。お、エビもいるね。この辺は回復アイテムらしいし、確保しておくか? あーでも威嚇を切って黒の暴走種と戦闘になるのはまだ嫌だしな。海藻の採集だけでもしてみるか。


<行動値を1消費して『はさむLv1』を発動します>  行動値 9/10


 行動値はまだまだ少ないけど、移動に必須でないだけ良いのかもね。歩いているだけで普通に回復するのはありがたい。そしてハサミで海藻をはさんで、徐々に力を入れていく。切れ味はまだないので切るというよりは強引に押し潰して千切るって感じだな。

 あれ? 全然千切れないぞ、この海藻。カーソルは緑だから一般生物扱いの筈だから、倒せるはずなんだけど、なんでだ? あ、スキルの効果が切れた。……特に反応もなし。もしかして?


<行動値を1消費して『識別Lv1』を発動します>  行動値 8/10

<識別に失敗しました>


 え、初めて見る表記だ。えっと、確か識別は自身の進化階位+Lv分だから、今の俺が分かるのは成長体まで。って事はやっぱりこいつは、サヤが見つけてた海藻に擬態した未成体か!? 擬態ってカーソルの色まで変わるんだ。それに未成体なら幼生体Lv1の攻撃なんか効くわけないか。

 それにしても失敗したら、『見破るモノ』の称号も『看破』の取得も無理なんだな。幸いなのは向こうからは攻撃してこないところ。植物系の幼生体以外は攻撃されても無視みたいである。

 そして擬態している黒の暴走種は看破しなければ発見報酬も貰えないと。これは仕方ないから、今は諦めよう。



 黙々と先へと進んでいく。この辺は威嚇で散らしてはいるけど、獲物察知で確認した感じでは黒の暴走種の数が多い。残滓かどうかの区別がつかないのは少し難点か? まぁ矢印の色分けをまだ正確に見分けた訳じゃないから今まで見た黒いカーソルは全て残滓でオリジナルには遭遇していないだけという可能性もあるけど。ということで、視界の反対側に跳ねる移動はここでは中止して普通に歩いている。


 それにしても敵との戦闘を避けて移動に専念すると1人だから微妙に暇だ。……そういえばロブスターって同族の扱いはどうなるんだろう? もし普通のエビも判定に入るなら、一般生物のエビは倒さずに『同族の命を脅かすモノ』を操作系スキルの取得に回したいところである。

 土の操作は取るのは確定として、海水の操作は簡単に取れると聞いたからこっちは気にせずにいこう。他に何が取れそうかな?

 水は淡水がないから無理、火は水中じゃどうやっても不可能、風はどうやれって話、氷は……流氷とか……無理、毒はポイントに余裕なし。うん、現状では無理。土と海水は取っておくか。


 そんな風に育成計画を立てつつ、群集拠点種を目指していく。こうやって海底を歩いていると結構色んな種類のプレイヤー達を見かける。クラゲに、大型の魚のカツオやマグロ、小魚、タコに、イカに、貝に、カニとかのプレイヤーもいる。変わった所ではウミウシとかヒトデとかイソギンチャクとかかな。珊瑚はこの辺りにはいなさそう。

 そんな海のプレイヤー達に時々挨拶をしながら、PTに勧誘されたりもした。勿論断ったけども。どうやらロブスターは初期枠にはいないらしくて、まだ珍しいらしい。


 それにしてもオフライン版の海エリアよりも作り込みが凄くなってるな。陸地は陸地でかなり多くなってる印象だけど、海も結構な種類が増えているようである。ウミウシとかイソギンチャクとか登場はしててもプレイは出来なかったもんな。


 そして海の不動種は大きな海藻のワカメやコンブになるみたいである。ちょうど競争クエストの中継をやっていたようで、シアンさんとソウさんと思わしき人が青の群集の小魚集団と戦っていた。……ちょっと見ていこうかな? いやいや、今は合流が先だ。見てる場合じゃ……でもちょっとくらいなら……?


「あっ、アルさんいたよ! ケイさん、こっちー!」

「お、いたか。おーい、ケイ!」

「っ!? アル、ハーレさん!」

「ちょっと待ってね! 『触手伸長』!」


 どうやらアル2ndのお迎えが来たようである。……中継を本格的に見る前で良かった。アルが俺の近くに寄せて、ハーレさんがクラゲの触手を目の前まで伸ばしてきた。これ、ロープ代わりになるのか。……このハサミで掴んで大丈夫? えぇい、同じ群集ならダメージないんだから大丈夫だろう!


「あっ……」

「あ、ハサミじゃ千切れちゃうんだ!? 意外とクラゲの触手は脆いね!?」

「いや、そんなもんじゃね? ケイはケイで威力の有りそうなハサミだしな」

「それじゃ巻き付いて持ち上げよう!」

「いや、これくらいなら大丈夫」


 クラゲの触手をロープ代わりにするのは色々と無理でした。ダメージはないみたいだし、しばらく放置していれば新しく生えてくるらしい。流石に作りたてのキャラでは強度不足という事なんだろう。育て方次第で丈夫になりそうな気はするけど、まだそれは気が早いか。

 っていうかさっきハーレさんが流されて行った時に、もし止まれても俺を運ぶ事は不可能だったのか。


「ケイ、自分で上がってこれるか?」

「おう! ちょっと練習した移動方法を見せようじゃないか!」


 意識を尻尾の方に集中して、体当たりを発動した時の感覚を思い出す。あの動作をなぞる様に尻尾を動かし、上部へと向かって跳ねていく。よし、成功! 続けて2、3発連続して跳ねていけばアルの背中を超えるくらいの位置までは飛び上がれた。後はハサミで平泳ぎっぽくして、他の脚でひたすら犬かきのようにやっていけば、多少の推進力の確保と方向調整は可能だ! これだけじゃ自由自在に泳ぐのは無理っぽいけど。

 そしてなんとかアルの背中へと辿り着く。シアンさんより少し小さいけど、クジラはやっぱりデカイな。目測じゃよく分からんけど体長7、8メートルくらいはあるんじゃないか?




「おー! ロブスターってそんな移動方法なんだ!?」

「ばっちり、操作のコツは掴んだぜ! アル、アドバイスありがとな」

「なに、良いってことよ。そのままじゃ流されるから、背中の後ろの方にある背びれでも掴んでろ」

「おう、分かった!」

「んじゃ、サヤの方が近いから次はサヤを迎えに行くぞ」

「「おー!」」


 とりあえずそのまま乗っかっているだけだとアルの言う通り落ちそうなので、クジラの背びれをハサミで掴んでおく。ちょっと後ろの方になるけど、それは仕方ないだろう。

 これで5人中3人が合流。マップを開いて、フレンドの位置表示をしてみればサヤはそこそこ群集拠点種に近付いている。それに対してヨッシさんはあまり距離は移動出来ていない。


「そういやハーレさんはどうやってアルから落ちずに来たんだ? そのままだと流されないか?」

「ここまで来る間はアルさんのヒゲに絡みついてたから大丈夫だったよ!」

「……随分と顔の方に近いと思ったら、そういう事か」

「……何度か間違って呑み込みそうになったから、ケイが来たならケイにしがみついててくれ」

「はーい!」

「クジラって単純に言っても、簡単に乗り続けられる訳じゃないんだな」

「まぁよく考えたら当たり前だがな。絡みつくとか吸盤で引っ付くとかでもなけりゃ、泳いでる最中にくっつき続けるのは無理って事だ」

「そうだねー! 意外と大変だった! シアンさんの背に乗った時のアルさんの重要さがよく分かったよ!」

「確かにな。移動に関してはクジラと木は相性がよさそうだぞ。問題は陸と海って場所の違いだがな」

「まぁその辺は進化でなんとかなるだろ」


 ルアーが空中を泳いでいたんだ。大きさは全然違うけど、魚でああいう真似ができる以上は不可能と断じるのは早すぎる。可能性としては纏風の付与スキル。


「アル、海でもまた移動任せてばっかになるけど、情報収集してきていいか?」

「ま、しゃーねぇな。後でこっちで仕入れた海エリアの情報も話すから、全員揃ったら情報整理しようぜ」

「おうよ! ハーレさんはどうする?」

「うー!? 海の景色も眺めていたいけど、情報も気になる!?」

「ハーレさん、今の景色なら逃げないから情報見てきてもいいぞ」

「っ!? それもそうだね! ケイさん、情報共有板にいこう!」

「ほいよ。んじゃ、アル任せた!」

「おう。サヤのとこに着いたら声をかけるからな」


 という事で、ちょっと情報収集といこうじゃないか。初期エリア同士の行き来が可能になり始めたからには他のエリアで手に入る進化の輝石の情報は重要だ!


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