第134話 誘導開始


 先程までいたエリア切り替え地点からはそれほど湖まで距離がある訳ではないので、すぐに湖へと辿り着く。そこにはベスタが待っていた。……なんか色が黒くなって、体毛の感じも変わった気がする。特に背中部分が今までの毛並みや色と全然違う。……何か黒いモノに覆われている……?


「お、来たか。……オオカミ組の連中も一緒か」

「今日は勧誘する気はないから気にするな」

「……ならいい」


 ベスタが蒼弦さん達を見て少し嫌そうに顔を歪めていたけど、理由は何となく分かった……。他を見回してみるがメンバーはこれだけか。


「……ベスタって未成体に進化したのか?」

「いやまだだ」

「それじゃ変異進化か何かか? 見た目が変わってるよな?」

「あーこれか。……盛大なネタバレでも良いなら教えるが?」

「ケイさんやめとこう! これは楽しみが減る気がするよ!」

「……確かに。やめとくか」


 ベスタがこういう言い方をするという事は、2枠目と同時に開放された新たな進化項目というのに関係しているのかもしれない。ベスタは未成体への進化条件そのものは満たしているのに進化していないのは何かの条件待ちかもしれないしな。これは気にはなるけど、盛大なネタバレなら聞かずにおくべきだな。


「アル、ハーレさん、状況はどんな感じだ?」

「ヤナギの護衛チームが集まるのに時間かかってるみたいだな」

「あとね、湖突入チームが人気みたい!」

「こっちは危ないからね」

「でも多すぎても困るから、これでいいんじゃないかな?」

「ま、確かにな。とりあえず俺をPTに入れといてくれ」

「ほいよ」


<ベスタ様がPTに加入しました>


 距離を保ちつつ目的の場所まで逃げなければならないから、単純に人数が多ければいい訳でもない。最低限でも逃げ切れるだけの足の速さを持つ種族、PTで参加するなら全員が同じ速度で移動出来なければ意味がない。突発的に行ったチーム編成だから仕方ない側面もあるだろう。

 まぁこれで駄目なら駄目で、今度は予め時間を決めてからやれば良い話だ。……まぁ駄目でしたで終わらせる気はないけども。


「蒼弦さん、そっちのPTで競争クエスト情報板のリアルタイムの確認をお願い出来ないかな?」

「おう、それなら任せておけ!」

「ちょっと待ったー! それなら俺にやらせてくれ!」

「お、参加希望者か」


 そこにやってきたのは、葉っぱを翼代わりにして飛んでいる花がどことなく鳥っぽい草花のプレイヤーである。


「あーこの見た目な。俺、トリカブトなんだよ」

「なるほど、トリカブトか。種族的には植物系でいいんだよな?」

「そうだぜ。俺はザックってんだ。エンのとこに最新のマップを貰いに行ってて遅れたぜ」

「俺はコケのケイだ。よろしくな」

「おう。それでだが、蒼弦」

「なんだ、ザック?」

「俺を乗せて走る気はないか? 俺が状況報告をするからよ」

「ほう? ……オオカミ組が走りながら確認するよりはその方が安全か。よし、その案を受け入れよう」

「おっし! んじゃそういう事でよろしくな。一応、土魔法と毒魔法は使えるから必要があれば言ってくれ」

「情報担当、任せたぞ!」


 そうしてザリガニ誘導チームは総勢12人で結成された。ちょうど2PT分だな。そして、湖突入チームで『特性の実:淡水適応』をそれぞれに渡して準備が終わるのを待っている。あっちの用意が出来次第、こちらもザリガニを刺激して誘き出して作戦開始だ。それまでに各自の状況を確認している。


「サヤ、自己強化はどうなってる?」

「今はLv2で12分だね。ベスタはどうかな?」

「俺はLv3で14分だ。おい、オオカミ組。そっちはどうだ?」

「全員Lv1で10分だ! っていうかLv上がると時間伸びるのか!?」

「あぁ、そうだ! 効果時間は10分を基準に考えた方がいいか……」

「目的地って北西の端っこなんだよね!? 間に合うかな?」

「間に合わせるのは無理だろうな。途中で再使用までの時間を稼ぐしかない」


 ハーレさんが貰ってきたマップを見ての説明によると、今いる湖はエリア全体の東側寄りで南北では大体中央辺りになるらしい。そして目的地はエリアの北西の端の方の小さな湖にいる半覚醒の黒の暴走種である。エリアの半分以上の距離を突っ切る必要があるので、10分じゃ厳しいかもしれない。


「……赤の群集もいるんだよな。見つけたら生贄になってもらうか」

「……ケイって敵になった相手には容赦ないよな?」

「だって、そういうクエストだろ? アルは反対か?」

「……時間稼ぎは必要だろうし、多分遭遇すれば勝手にそうなるだろうしな。気にするだけ無駄か」


 使えるものは未成体の黒の暴走種だって、赤の群集だって使っていくべきだ。敵を出し抜き、味方と協力し、そして目的を果たしていく。赤の群集だってエリア切り替え直後の強襲とかもしてたんだから、この程度で文句を言われる筋合いもない。まぁアルの言う通り、勝手に巻き込まれるとは思うけども。


「あ、そういえば……」

「どうした、ザックさん?」

「いや、前に土の操作で落とし穴がどうこう言ってただろ? 今のうちに手の空いてる連中に簡単なので良いから作っといてもらおうかと」

「お、それはありだな!」

「ただ穴があるだけなら俺らが走りにくいだけだぞ」

「それなら根の操作と土の操作を組み合わせて蓋でも作って、手動解除って手もあるぞ?」

「ほう? アルマースさん、どんな手段だ?」

「まずはだなーー」


 そして落とし穴の発案にアルが偽装工作の手段を伝えていく。土の操作で形を作り、根の操作で形を保持するって内容だからアルが一発芸を取得した時の手法だな。それならぱっと見では分かりにくい落とし穴が作れるかもしれない。


「ーーって感じだな」

「ほう。よし、手の空いてる奴に作ってもらっとくわ!」

「あんまり深くなくても足を取られる程度の高さで充分だからな」

「俺らが走る時に避けるための目印を忘れんなよ」

「分かってるって!? 怖いから、ベスタ、睨むなよ!?」


 そして着々と準備が進んでいく。所々で赤の群集との衝突が発生しているらしいけども、こちらは作戦の為に複数PTが集まっているのでPT単位で動いている赤の群集の襲撃はあっさりと返り討ちにしているらしい。……近いうちに赤の群集の連中に勘付かれるだろうから、準備は迅速にしないと。



 そして遂に作戦が開始した。ザックさんが競争クエスト情報板からの情報を受け取って伝えていく。喋りながら移動の準備のために、ザックさんは蒼弦さんの背に飛び乗り、根の操作で身体を落ちないように固定していく。ここからはこの状態で他のチームとの連絡係を行う事になる予定だ。


「『特性の実』は枯渇だとよ! もうこれ以上は配りようがないから始めてくれて構わないとのことだ!」

「……やっぱり半覚醒のままでは数が足りないか。用意出来たのは何人分だ!?」

「ストックしてた分を含めて20人だとよ!」

「それだけいれば充分だ! 無い奴には赤の群集の妨害と、時間切れの時の為の増援を頼んどいてくれ!」

「既に通達済みだぜ!」

「アルマース、サヤ、ケイ、準備はいいか?」

「おうとも! 『根の操作』!」

「問題ないかな!」

「んじゃ発動するぞ!」


 アルが根の操作でベスタとサヤに巻き付いて固定していく。俺は既に定位置であるハーレさんの巣の中の小石に待機中。アルに乗って移動する時はここが狙いも付けやすく、落ちにくい。今回は挑発も兼ねて発光は発動したままでいく。


<行動値1と魔力値4消費して『水魔法Lv1:アクアクリエイト』を発動します> 行動値 37/38(上限値使用:4) : 魔力値 68/72

<行動値を4消費して『水の操作Lv5』を発動します>  行動値 33/38(上限値使用:4)


 タイヤ代わりのコケ付き皮が滑りやすいように水の操作をしていく。よし、もうこれは慣れたもんだ。


「サヤ、行くぞ! 『自己強化』!」

「うん! 『自己強化』!」

「手の空いてる遠距離攻撃持ちは全員、湖を狙い撃て!」


「喰らえ! 『アイスボール』!」

「ボスに続くっすよ! 『ウィンドボール』!」

「何でこれだけボールじゃないんだろ? 『アースバレット』!」

「いや、今言う事か!? 『ファイアボール』!」

「小石とか砂とか種類が選べるからじゃね? 『アクアボール』!」

「雑談しながらなの? 『ポイズンボール』!」

「いや、まぁいいんじゃね? 同じく『ポイズンボール』!」


 複数の魔法が湖に向けて放たれる。これだけの数の魔法が同時に放たれると結構壮観だな。……あれ、ハーレさんが攻撃してないな?


 湖面での盛大な魔法の攻撃に反応して、1メートル超えの大きなザリガニが姿を表した。そしてハサミをこちらに向けて水の砲弾を連射してくる。こっち来ないじゃねぇか!?


「うわっ!? 砲撃してくるだけか!?」

「ちっ、そういう行動パターンか。徹底的に狙え! 直接攻撃を当てないと追いかけてこないかもしれん!」

「ちょっ!? ここからじゃ届かんぞ!」

「誰でもいいから湖に突っ込んで攻撃してこい!」

「ちっ、いきなり戦線離脱の可能性もあるが……俺が行ってくる。ザック、降りろ」

「……蒼弦、死ぬなよ!」


 そして蒼弦さんがザックさんを背から降ろし、突撃体勢に入ろうとした時に待ったがかかる。


「蒼弦さん待った! ここは私の出番だね!」

「……何か手段があるのか?」

「あ、狙撃かな!?」

「そういう事! 『魔力集中』『アースクリエイト』『狙撃』!」


 ハーレさんのとっておきの狙撃バージョンが、ザリガニの頭部に命中する。ほんの僅かだけどHPが削れた。……狙撃の方が投擲より少し威力が落ちるとはいえ未成体相手だとあの程度しか減らないのか。そしてその攻撃に反応して、ザリガニが俺達めがけて走り始めていた。


「お! 命中……した……な? よっしゃ、逃げろー!」

「おいこら、蒼弦! 俺を置いていくな!?」

「早くしろ! 置いていくぞ!」

「ちょ、待って!?」

「「「「「『自己強化』!」」」」」


 そしてオオカミ組も自己強化を発動し、ザックさんも慌てて蒼弦さんの背に乗り直す。さて、ザリガニ相手の誘導の始まりだ!


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