第36話 逃げ延びて……


 少し会話でもするつもりなのか、ベスタさんはその場に座り込む。俺の行動値が底を尽きているのにも気付いているのかもしれない。


「んで、なんでまたマップ切り替えのとこいたんだよ? PTのとこ戻るならあっちは全然見当違いの方向だろ?」

「あ、それはランダムリスポーンで南端まで飛ばされてきたから、ついでにエリア切り替えのボスを覗きに来ただけだよ。あわよくば負けて再リスポーンしようかと思ってた」

「あー火を吐くツチノコか。そういやそんな事も木の人が言ってたか」

「運が良ければ発見報酬もと思ってたけど、それは遅かったみたいだけどな」

「そりゃ残念なこった。つってもあの氷狼はちょっと前には既に発見されてたぞ?」

「え、マジで?」


 くそ、アルの奴め。情報を見落としていたのか? 既に発見済みだったなら敢えて来る必要も……。いや、氷狼なら近くでちょっと見たいと思ったかもしれない。いや、でも情報収集担当がそれでいいのか?


「あー火を吐くツチノコの話題が出る少し前くらいだったし、そっちの情報で流れたから仕方ねぇんじゃねぇか? さっきのオオカミ連中の募集は群集内交流板の方だったらしいな」

「あ、なるほど。そのタイミングだとツチノコと戦闘中だったかも?」


 どうやら俺の葛藤に気付いたのかベスタさんは情報を付け加えてきた。氷狼の情報が出たタイミングがその時ならば確かに見落とす可能性は高いだろう。戦闘中にそっちまで意識を集中するのも難しいしな。よし、それならば仕方ないって事にしとこう。


「それにしてもコケの移動手段ってのは奇妙なもんだな。氷狼ですら見失ってたじゃねぇか」

「それは自分でも思うけど、移動に行動値が必須だから結構面倒なんだぞ」

「確かにあれは位置感覚が狂いそうだ。だが、あれはあれで色々ありだな。状況次第で2ndキャラをコケにしてみるのもありか?」


 何やらベスタさんが思考の海へと向かっている。もう2ndキャラの事を考えてたりするのか。そういや開放条件ってなんなんだろうな? オフライン版にはない要素だからさっぱり見当がつかない。まぁ、やってればその内わかるか。


「お、ケイ戻ってたか。悪い、ちょっと情報の見落としがあってな」

「あ、アルさん、今はダメ!」

「ん? ハーレさんなんで止めるんだ?」

「ケイ、今オオカミの人と一緒にいるみたいなの。さっきまで成長体と戦ってたみたいだし」

「あ、なるほど。情報は遅かった訳か。でも成長体相手なら死んでるんじゃないか?」

「おい、今回は死なずに逃げ切ったぞ!」


 逃げに徹するだけなら何とかなるわ! いや、追いかけて来なかったから逃げ切れただけか? ツチノコみたいに追いかけてきたら逃げ切れないよな……?


「そういやケイはPT組んでるつってたな。邪魔すんのもあれだし、この辺でお暇させてもらうぜ」

「え、もうか?」

「悪ぃけど、ソロプレイの方が好きなんでな」

「ベスタさんはそういうタイプか」

「俺の事は呼び捨てでいいぞ。そんじゃまぁそういう事で、またどっかで会おうぜ!」

「おう、ベスタまたな!」


 それだけ言って、ベスタは勢い良く駆け抜けていった。同じ群集なんだし、また何処かでばったりと遭遇する事もあるだろう。フレンド登録もしたし、用事があれば連絡も取れる。また会う時が今から楽しみだ。

 それにしてもベスタはどうやら根っからのソロプレイヤーなんだな。氷狼と一緒に戦ってたオオカミ集団はよっぽど無理を言ったのだろうか? むしろその無理やり具合に嫌気が差したとかそういう感じか? まぁマナー違反や不正行為でなければどんなプレイスタイルでも個人の自由だ。ソロが好きな人も一定数いる訳だし、口出すことでもないか。


「あーケイ、なんか邪魔しちまったか?」

「いや、大丈夫だ。元々偶然居合わせただけみたいなもんだし、フレンド登録はしたから」

「……地味にケイって人と仲良くなるの早いよね?」

「いいんじゃない? ケイさん居なかったら、ここでみんな集まってなかったかもしれないしさ!」

「ごほん! そういう話はいいからって。アル、なんとなく予想つくけど情報の見落としってのは?」

「あー、それな。飯食いながら掲示板見てたんだが、そこでオオカミのプレイヤーが氷狼ってのを発見したから、オオカミプレイヤー集まれ!って呼びかけてたんだよ。5人集まった時点で待ちきれなくなって出発したらしいけどな」


 あ、それ多分俺が到着してすぐに殺られてたオオカミ達だ。ベスタは半ば無理やりって言ってたから、ベスタ以外に5人のオオカミプレイヤーがいた訳だ。そしてベスタ以外はあっさり負けたと。


「それ目撃したな。最後の2人がやられた場面くらいからだけど」

「ん? その言い方だとケイと一緒に戦ったのって別のオオカミのプレイヤーか?」

「おう、多分そうだぞ。オオカミ集団に半ば無理やり付き合わされたって言ってたから、戦闘前にばったり出くわして色々あったんじゃないかと思うけど、そんなに詳しくは聞いてない」

「ほー、そうなるとそのオオカミの人は割と強そうだな? ベスタとか呼んでたか?」


 あんまり人の事をベラベラ喋るのも気が引けるがベスタもアルも情報のやりとりは匿名でだけどやりあっているのだ。その事くらいなら喋ってもいいか。


「アルにはこう言った方が分かりやすいかもな。情報共有板で水の操作のヒントをくれたオオカミの人だよ」

「お!? それ、マジか! あの人も結構な情報提供者だぞ?」

「えぇ!? あのオオカミの人だったの!? 私も会いたかった! ケイさん、連れてきてー!」


 やっぱりこういう情報にはアルとハーレさんはすぐに食いつくなぁ。ベスタをPTには誘ったけれど断られた以上はハーレさんの要望に応えられそうにないな。一応理由だけは説明しとくか。別にベスタ自身はソロプレイが好みなだけで交流そのものを拒んでいる訳ではなさそうだし。


「ソロプレイが好きなんだとよ。まぁ情報共有板には顔出すんじゃないか?」

「なるほど、オオカミの人はソロプレイがメインなのか。それでよく一緒に戦ってたもんだな?」

「戦闘を観戦してたら、鑑賞料代わりに逃げるの手伝えって感じでな。俺の戦闘方法自体が気になってたっぽいな」

「ケイの突拍子のなさは気になるもんね。オオカミの人の気持ちも分かるかも」

「ま、大体の状況は分かった。それでどうすんだ?」

「あーそうだな。氷狼に凍らされてリスポーンでも狙ってくるか?」

「コケって意外と寒さにも強いから、それで死ねるかどうか怪しいぞ?」

「え? マジか!?」


 コケって凍ったら一瞬で駄目になるかと思ってた。地味に生存能力が高いな。流石HPがないだけはある。試してみるのもありだけど、確かにやられたオオカミの人たちも凍結しただけで死んではいなかった。死亡するだけの決定打になるかはかなり怪しいな。凍結状態で行動不可だとそのまま死ねない状態で延々と凍らせられる可能性も……。


「よし、1人で行くのはやめとくわ」

「それじゃ氷狼はそのうちみんなで行くって事で!」

「まぁそれが無難だな」

「予定通り、地道にそっちに戻る事にするわ」


 下手な事をして身動き取れなくなる可能性を考えたら、地道に行くほうが確実だ。予定通りに戻る事にしよう。出来れば途中で水の補給をしたいんだけどなー。


「おう、分かった。さてこっちはどうするよ?」

「3人で経験値稼ぎか、熟練度稼ぎかな?」

「スキルLv上げてからの方が討伐も安定するだろうし、そうするか」

「賛成ー! サヤさん、対戦式の熟練度稼ぎやろう!」

「ケイとやってたやつ? でもケイ居ないよ?」

「別パターンがあるのです! アルさんの根を避け続けるの!」

「へぇ? それはそれで楽しそうだね」

「俺としてもどんどん熟練度が貯まってるから有り難いぜ」

「あとね、更に別のパターンも考えてみたんだ!」

「ほう? そりゃ気になるな」


 俺は放置で3人で熟練度稼ぎの対戦ゲームを始める算段をつけていっている。くっそ、いつまでもこんな離れた場所で居られるか! 今度こそ寄り道なしでさっさと戻るぞ!

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