第10話

タツヤとの電話が気になって、電話を切った後もしばらく自分のベッドを見つめていた。


なんで、繋がるんだろう。仮想世界って外国なのだろうか? 外国であればインターネットで繋がることができる。そうであれば、仮想世界だと思っていたのは、地球のどこか、ということになる。そんなにシンプルな話なのだろうか? 神社の鳥居はどこでもドアみたいなものなのだろうか? どうもすっきりしない…でも、電話が繋がったことで、得体の知れない恐怖から、少し身近な恐怖に変わってきたような気もする。


明日、葛木先生に聞いてみよう。何かわかるかもしれない。


次の日、数学の授業が終わった後、足を引きづりながら教室を出て行く葛木先生を追って、僕も教室から出た。そして、廊下を歩く葛木先生に声をかけた。


「先生!」

「おっ、長谷川か、どうした?」

葛木先生はいつもの柔和な顔を僕に向けた。

「ちょっと、聞きたいことがありまして。」

「何だ?授業のことか」

僕は葛木先生の目をしっかりと見ながら聞いた。

「葛木先生は、仮想世界のゲームをしたことがありますか?アクタスという仮想通貨を知っていますか?」

どうやって聞くべきか色々考えたが、結局、ストレートな聞き方しか思い付かず、ド直球の質問をした。

「んっ?」

葛木先生は少し驚いた顔をしている。

「葛木先生なら何か知っているかもしれないと思いまして…」

「そうか…」

葛木先生は無表情だった。

「長谷川。今日の放課後、先生のところに来れるか?この後も授業だろう?」

少し間をあけて、葛木先生はゆっくりと言った。

「あっ、はい。放課後、職員室に行きます。」

僕はそう言って、すぐに自分の教室に戻った。


葛木先生は何かを知っている。


この日の授業の内容は全く頭に入らなかった。いつも、窓からグラウンドを眺めているので、いつも通りといえばそうなのだろうが、いつもは一応耳の機能の一部は授業に向かっている。でも、今日は何も授業の音が入ってこななかった。僕の脳は別のことに集中していた。


やっぱり、葛木先生は「カツラギ」だったのではないか…


仮想世界のゲームで僕が「カツラギ」を倒してアクタスをもらった。仮想世界で僕が「カツラギ」を倒したことで、現実世界の葛木先生が足を骨折した。

バカげた妄想みたいだが、もし、これが事実だとすると…とんでもないゲームだ。

現実世界で自分の体に悪影響が出る、というリスクを賭けたゲームだからこそ、ゲームに勝つだけで、アクタスという仮想通貨がもらえる仕組み…


僕が負けていたら…


1日の最後の授業が終わって、僕は真っ先に職員室に向かった。気持ちは晴れない。葛木先生から重要な何かを教えてもらえるかもしれないが、それが良い内容であるとは到底思えない。

僕のバカげた妄想と現実とが違っていてほしいと、心底祈りながら、葛木先生のもとへ急いで向かった。


職員室の前まで来た。ドアは開いていたので、中を覗き込むと、葛木先生と目があった。葛木先生は僕の顔を見るなり、頷いて、すぐに立ち上がった。ゆっくりと、僕が立っている、ドアのところまで歩いてきた。

「長谷川。少し歩こうか。」

僕は葛木先生の少し後ろを歩いた。葛木先生の歩く道筋から推測すると、グラウンドに出るドアに向かっているようだ。終始無言だった。


グラウンドに出て、少し左に行くと、駐輪場につながっている。葛木先生は、ちょうどグランドと駐輪場の真ん中あたりで、歩みを止めた。グラウンドには部活動をする生徒達がたくさん出てきており、駐輪場には学校を終えてすぐに帰路につく生徒達がたくさんいる。僕達がいる場所はちょうど人の密集する場所からは適度な距離があり、人のいないエアポケットのような場所になっている。


「長谷川は何でアクタスを知っているんだ?あのゲームをやったことがあるのか?」

意外にも葛木先生から話し始めた。葛木先生の口からアクタスという言葉が発せられたことにも驚いた。

「…はい」

僕はうつむきながら答えた。

「そうか…」

「あの世界から出たい一心で…」

あの世界のゲームをしたことに対して、葛木先生から怒られているような気がして、僕は思わず言い訳じみた言葉を発していた。葛木先生は一瞬不思議そうな顔をした。

「実は俺もあまり知らないんだ…」

葛木先生の目はグラウンドで部活動の準備を始める生徒達に向いていたが、焦点は合っていないようだ。

「たまに行くゲームセンターに見慣れないゲーム機があって。つい、プレイをしてしまった」

葛木先生はゆっくりと話を続けた。

「ゲーム自体はなんてことのない対戦ゲームだったが、何だか、対戦相手が生々しい…という表現が正しいのかはわからないが、妙な違和感があったのが印象的だった。」

僕は、葛木先生のゲームに対する印象を聞いて、プレイしたのが同じゲームであることを確信した。

「対戦ゲームには勝ったのだが、自分のスマホに見たことのないウォレットアプリがインストールされてしまい、アクタスなるよくわからないモノが入り込んでしまって…」

葛木先生はズボンのポケットから自らのスマホを取り出し、僕に見せてくれた。

「あっ、赤い」

僕は葛木先生のウォレットを見て、僕が知っている2つのウォレットとは形も色も違うことに驚いた。

「長谷川のものは赤くないのか?」

葛木先生の顔が少し緩んだ気がした。

「あ、はい。僕はこれです…黒い鳥居のアイコンなんです」

僕は自分のスマホを取り出し、葛木先生にアクタスの入っているウォレットを見せた。

「自分以外のものを初めて見た…」

葛木先生は僕のスマホを覗き込みながら呟いた。

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僕の現実世界のスマホに仮想世界で稼いだお金が入り込んでしまった。少しづつ現実と仮想の境界が曖昧になり… うえすぎ あーる @r-uesugi

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