第9話
相変わらず、学校の授業ってつまらない…
窓から見えるグラウンドを見ていた方がよほど飽きない。体育の授業があるときはそれなりに動きがあって見応えがあるし、誰もいないグラウンドもそれはそれで良いものだ。ずっと見ていると様々な変化がある。砂埃が舞う様子、枝が揺れ葉っぱが落ちる様子、どこからともなく鳥が飛んでくる様子、太陽の加減でグラウンドの色が変化していく様子、自然の動きがたくさんある。受験に役立ちそうもないが、飽きない。
いつものように淡々と学校での1日を過ごしている。だが、今日は僕にとって大きなイベントが1つある。今日の最後の授業、いわば、締めくくりの授業に、しばらく休んでいた葛木先生の数学の授業がある。
授業が始まる直前、葛木先生は少し右足を引きづりながら教室に入ってきた。松葉杖を持っていないので、それなりに良くなったのだろう。
「久しぶりだなー。みんな元気だった?先生はこの有り様だけど…」
葛木先生は張りのある声で、生徒全員に向けて声をかけた。笑顔だった。
「おー。久しぶりだなぁ」
「何で足の骨折ったの?転んだの?」
生徒から質問の声がちらほら出てくる。もちろん、我関せずの生徒もそれなりにいる。学校なんて、こんなものだ。僕は久しぶりに会った葛木先生の様子を黙って観察していた。
「ちょっと、転んで…右足を骨折してしまったんだ。もう歳だな」
葛木先生は少しはにかみながら答えているが、少しづつ声のトーンが落ちている。一部の生徒からは、クスクスという抑えた笑い声が聞こえる。
「さっ。授業を始めるぞ。遅れを取り戻さないとな」
いつものように数学の授業が始まった。数学の授業の時はグラウンドを眺めなくて済む。グラウンドを眺めるよりも、授業を聞いていた方が飽きない。
久しぶりの学校生活が終わった。今日も長かったが、最後が数学で良かった。
いつものように1人で教室を出て、廊下を歩いていると、向こうから葛木先生が足を引きづりながら歩いてきた。
「先生、足大丈夫ですか?」
不思議と葛木先生には気軽に声をかけられる。
「おぉ、長谷川か。参ったよ、本当に…」
お互い廊下で足を止めた。
「どこで転んだんですか?」
僕は葛木先生の右足に視線を合わせながら聞いた。
「うーん、転んだ…と言ったが、ちょっと違うんだよな。本当は…」
妙に歯切れの悪い回答だ。どこまで言うべきか探りながら答えているようだ。僕は黙って、葛木先生の顔を見た。
「自分でもよく分からないだよ。何がきっかけで骨折したのか。でも、骨折したんだよな」
そう言うと、葛木先生はうつむいた。うつむきながら黙っている。少しして、急に顔を上げて、僕に視線を向けた。
「まっ、長谷川も気をつけろよ。ゲームばっかりしていると体がなまるぞ。じゃあな」
そう言うと、葛木先生は、足を引きづりながら僕の横を通り過ぎた。
どうも釈然としない。全治3週間の骨折なのに本人は理由がわからない。そんなことってあり得るのだろうか? 階段で転んだ、とか、廊下に足をぶつけたとか、何かあるに決まっている。それなのに、骨折の理由がわからないとは。どう言うことだろう…
あんなにゲーム好きな葛木先生が <ゲームばっかりしていると体がなまるぞ。> と言ったのも気になる。数少ない理解者だったはずなのに…
悶々としながら、いつものように学校の自転車置き場から川沿いを走って家路につく。左手にあの神社が見える。相変わらず小さく見える神社だ。
家に帰ってからも葛木先生の言葉が頭から離れない。葛木先生は自身がゲーム好きであり、同じくゲーム好きの僕を認めてくれる数少ない先生だったのだが。
ふと、思い出した。
そういえば、仮想世界での最初の対戦相手の名前は「カツラギ」だった…
関係があるのだろうか? いや、そんなはずはない。適当につけた名前だろう。そもそも、葛木先生が仮想世界のゲームをやっているわけがない…
今度、それとなく聞いてみよう。考えても意味がないし。
ビビビビビッ ビビビビビッ ビビビビビッ
突然耳慣れない電子音が部屋中に響いた。
「えっ!?何?」
音は机に置いてある僕のスマホからだ。でもおかしい。僕はスマホの待ち受けは音を消していて、バイブレーションだけだ。目覚ましに使っている音もこんな音ではない。何なんだ、この音は…
スマホを取り上げて、画面を見ると、画面に大きく<タツヤ>と表示されている。着信?タツヤって、あのタツヤか…
恐る恐る、緑の受話器のマークをタップして、スマホを耳元に近づけた。
「……はい、長谷川です」
僕は小さい声で答えた。すると聞いたことのある声が聞こえた。
「あっ、タツヤと申しますが、長谷川さんですか。えーっと、アキラさんですか?」
妙にかしこまったたタツヤの声だった。
「えっ、何で!?タツヤって、あのタツヤさん?」
びっくりして声が大きくなった。全く予期せぬ相手からの電話だったからだ。
「おーっ、アキラくん、長谷川って苗字なんだ、びっくりしたよ。いやー、繋がったね〜」
仮想世界にいる元気なタツヤの声に戻っている。
「えっ、何で?繋がるんですか?あっちと。うそ…」
信じられない。仮想世界と現実世界が電話で繋がるなんて、あり得るのだろうか?全く理解ができない。
「俺もびっくりだよ。繋がるとは思わなかった。でも、繋がるね、これ。すごい」
タツヤのリアクションに更にびっくりした。タツヤも初めて知ったようだ。1年も仮想世界にいるタツヤでさえ知らないことだったようだ。
僕はあまりの展開に頭が全く整理できていない。
「インターネットを使った電話だから繋がるのかな?何だろう。というか、こっちの世界って何なんだろう。でもちょっとホッとしたよ。繋がって」
タツヤも多少混乱しているのかもしれない。
「すごいですね。なんか…」
インターネットだから繋がる? 納得できるようなできないような。あっちの世界って何なんだ? まさかの現実世界? いや、そんなはずはない…のか?ダメだ。はなから理解できる類の話ではないのだ。
「あっ、タツヤさん、元気ですか?」
今更ながら、普通の質問しか出てこなかった…
「あー、元気だよ。いや、アキラくんどうしてるかな、と思ってさ。この前、電話番号の交換したじゃん。だから、ダメもとでかけたら、かかっちゃった。すげ、このアプリ!」
タツヤのある種能天気な様子に、少し気持ちがほぐれてきた。
「そうだ。タツヤさん、あの後、ゲーセンに行ったんですよ。それで、対戦して勝ってから、出口を出たら無事こっちの世界に帰れたんです。やっぱり、戦うと帰れるんですかね。」
僕は先日タツヤと別れた後の出来事を限りなく簡潔に伝えた。
「そっか。良かったじゃん。でも、俺の場合は、そのやり方で帰れたのは3回だけなんだよね…前も言ったけどさ…」
タツヤの声のトーンが少し下がった。
「そうですよね。たまたまなんですかね…」
タツヤには申し訳ないことを言ってしまった。僕は帰れたけど、タツヤは帰れていない。だからこそ、今もタツヤはあっちの世界にいるのだ…
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