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 片手で持てる円筒形のバーナーである。

 地金は金色だったみたいだけれど、すっかり使い込まれたせいで鈍い色へと変わっている。中心にはおちょこのような点火口があって、そこは熱によって青黒い色味へと変色していた。

 ぼくがこれを譲り受けた時からこんな感じだった。どれほどの間、使われているのか見当もつかない。

 スベアと呼ばれるバーナーは非常にシンプルな構造で、だからこそ頑丈だった。人間がすべていなくなっても、これだけは残るとあの人はよく言っていた。

 本体には小さな鍵が鎖で繋がれている。それを燃料タンクと点火口を繋ぐパイプに差し込んだ。解錠するように鍵をひねって、そこにマッチの火を近づければ、ぼっ、と火が立ち上がった。

 火は断続的に点滅する。消えかかったり、強くなったりする。ボッボッボッ、と不安定に鳴り続ける。タンクの中の魔鉱石に熱が入るまでは火力が不安定なのだ。

 マッチの入った小さな金属の缶は、揺らせば底が見えた。マッチの数もずいぶんと少なくなっていた。どこかで補給しないとな、と考えながら木箱に戻した。

 ぼくは駅の出入口であぐらをかいて、ぼんやりと空を眺めた。夕焼けが空を焼いていた。浮かぶ雲の輪郭が光で縁取ったように輝いていた。広がる水面もひたすらに赤く、ぞっとするような美しさだ。

 スベアはすっかりと静かになって、火は安定して噴き上がっている。

 車から降ろしたバックパックを探り、袋から小型のケトルを取り出して、階段下の水を汲み上げた。

 地面にスカーフを広げて、皮の小袋から焙煎済みのコーヒー豆を広げた。スカーフで包んで、薪割り用の手斧の後ろで叩いて砕いていく。何度も小刻みに繰り返して、手応えがなくなったのを見計らってスカーフを開いた。もちろん粗挽きどころじゃないけれど、この状況じゃこれが精一杯だ。

 砕いた豆をケトルの中に流し込み、蓋をしてスベアに載せる。火を弱めて、あとは待つだけだった。

 チタンのカップと、砂糖の入った小瓶を取り出した。

 革手袋をしてケトルを取り、揺らさないようにゆっくりとカップに注いだ。茶色く色づいたお湯が流れ出て、香りばかりは立派に沸き立った。

 これはフィールドコーヒーと呼ばれるやり方で、カウボーイやらインディアンが始めたという古い飲み方だ。ある意味、これが一番正統な淹れ方である。

 湯気を吹いて少し冷まし、ひと口、啜った。

「にっげえ……」

 正統だからもっとも美味しいという理屈は、もちろん存在しない。豆を荒く砕いて放り込み、芯までとことん煮出しているのだから、そりゃ雑味や苦味やエグ味も存分に染み出している。豆自体も見つけてから時間が経っているために、ますますひどい味わいだった。コーヒーというより、カフェインの入った泥水というべきだろうか。

 カップの中に砂糖を山盛りいれて、それでようやく、我慢すれば飲めるかなという味になる。

 あぐらの中にカップを抱え、苦い泥水をすすりながら、ぼけっと眼前の景色を眺める。

 水に沈んだ平原の中に、オリーブグリーンのヤカンがぽつねんと鎮座している。

 風が吹くと水面が波打ち、波紋はヤカンの足元を通ってはるか先まで流れていった。照り返す夕日が揺れ、静寂だけの世界が少しだけ息を吹き返したみたいだった。

 ふとした足音に振り返る。

 駅の構内の、濃く沈んだ影の中に女の子が立っていた。背中にはリュックを背負い、イーゼルを抱きかかえるように上半身を反らせている。

「こんばんは」

 ちょっとした気まずさを誤魔化すようにあいさつをしてみる。女の子は不審をかくさずに眉をひそめながらも「こんばんは」と言った。

「今日はここに泊まらせてもらおうと思って。あ、コーヒー飲む? 不味いけど」

「……不味いものを勧めるんですか?」

「慣れたら悪くない」

「……お気持ちだけで、結構です」

 女の子は通路の端ーーぼくからできるだけ離れた動線を選んで階段の端に行き、荷物を置いてしゃがんだ。ハイカットブーツの靴紐を解いている。

 髪が不思議な色に見えた。夕日に照らされている前髪は、赤みを混ぜた銀色のように澄んだ色をしている。その反対側の影になっている場所は、銀よりもずっと明度の低い灰色だった。光の当たり方の問題だろうか。

 女の子が前かがみになって、髪が横顔を遮るように流れ落ちた。それを耳にかき上げるときに、小ぶりな耳がツンと尖っているのがわかった。

「ハーフエルフが珍しいですか?」

 氷のようにはっきりとした声音だった。

「ごめん。不思議な髪色だなと思って。ハーフエルフっていうのは、よく知らないけど」

 理由はなんにせよ、女の子をじっと見ているのは不躾だった。ましてや他人だ。

 ぼくは視線を前に戻し、手持ち無沙汰を誤魔化すようにコーヒーを飲んだ。

 ざぶざぶと水をかき分けて歩く音があって、ぼくは横目を向けた。女の子の後ろ姿が見えた。イーゼルに結び付けられた靴が彼女の歩くたびに揺れていた。水面の上すれすれに、水色のワンピースの裾がはためいている。

 女の子は駅舎の端で曲がって、姿は見えなくなった。どうやら向こう側に車なりの移動手段を停めていたらしい。

 彼女の残した波紋を目で追って、ついにそれも消えて見えなくなると、やけに寂しさが募った。誰かと話すという日常を思い出したあとだから、余計に肩にのし掛かった。

 カップに残ったコーヒーを啜った。冷めたことで力を増した苦味と酸味とエグ味に顔を顰める。

 まあ、仕方ないさ。

 こんな世界でだれかと仲良くなるなんて、簡単なことじゃあるまいし。

 口の中にざらりと粉っぽい感触があった。砕いたコーヒー豆だ。フィルターで漉していないから、こうしてカップの底に残るのだ。最後のひと口を投げ捨て、水を掬ってカップの中を洗い流した。

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