そんな過去ならロボトミーしちゃえば?

ちびまるフォイ

多くの治療実績がある完璧な手術です

「せ、先生……本当に治るんでしょうか」


「ええ、安心してください。

 私はこの手術を何度も何度も行っています」


「穴恐怖症なんて変な恐怖症も治りますか?」


「もちろんです。恐怖症において共通するのは過去のトラウマ。

 この手術では過去を直接手術しますからトラウマもなくなります」


「……痛くないですか?」


「はい。手術針を背中に差し込むだけです」


「穴! 穴が怖いんです!

 どうか手術のときは全身麻酔してください!

 絶対に針の穴や、体にできた穴を見せないで!!」


「わかりました、そうしましょう」


過去ロボトミー手術は予定通り実施された。

注射針を背中に差し込むと患者の脊髄から過去のトラウマ部分を抜き取る。

術後は厚めの包帯が体に巻かれ、鏡でも背中の傷が見えないように配慮された。


「その後、いかがですか?」


「……あの、私は結局なにが悪かったんですか?」


「その様子なら大丈夫そうですね。

 あなたは穴恐怖症に関するトラウマを治したんですよ。

 手術前は人が口を開けるたびに恐怖していたものです」


医者はマスクを取って話した。

患者は驚きも怯えもしなかった。


「穴恐怖症……信じられません。記憶もないです」


「過去ロボトミーはあなたの過去にあるトラウマの原因を

 過去ごとごっそり抜き取りましたからね。

 これからは普通の日々を送れますよ」


「先生、なにからなにまでありがとうございます」


「いいえ。この手の恐怖症は最近増えているんで。

 私としても困っている人を見過ごすことはできませんから」


かつて患者は人が開ける口や鼻の穴を見ることが怖くて外にも出られず、

雲の隙間が怖くてカーテンを締め切った部屋で過ごしていた。


「なんでこんな暗い部屋に過ごしていたんだろう。

 こんな場所にいるから余計に恐怖症が悪化するんだろうな」


患者はこれまでの生活を変えて進んで外に出るようになった。


それから数週間後、患者はふたたび病院を訪れた。


「先生、実は相談があるんです。

 最近なんだか外に出るのが怖いんです。体が拒否しているというか……」


「はあ……」


医者は患者のカルテを確認する。

カルテには前回の過去ロボトミー手術が書かれていた。


「先生、私は前に過去ロボトミーをしたんですよね?

 それの副作用かなにかが……」


「馬鹿言わないでください。過去ロボトミー手術は完璧です。

 あなたの不調の原因をこちらのせいにしないでくださいよ!」


「で、でも……実際にこうして副作用が……」


「だから、それは別に原因があるんでしょう!?」


「過去ロボトミー手術でこういった副作用はないんですか?」


「ありませんよ! むしろリピーターすらいるくらいです。

 それにね、私は1日に何百人もの患者を相手にして手術してるんです。

 その患者ひとりひとりにいちいち術後の経過を確認して記憶してると思ってるんですか?」


「す、すみません……」


「とにかく、自分の生活を振り返ってみてください。

 きっとどこかに原因はあるはずです」


患者は病院を出て振り返った。

病院に開いている窓が穴を連想させて怖くなった。


家に帰ってかつて自分を苦しめていた穴恐怖症について調べると、

今の症状とぴたり一致してしまった。


「過去ロボトミー手術は不完全で、ぶり返したんじゃ……」


それでも穴恐怖症に至る過去のトラウマは思い出せない。

手術が失敗していたのなら自分の記憶のどこかにトラウマがあるはずなのに。


占い師に頼って自分の深層心理を掘り起こしてみても、

手術前にそのような過去のトラウマ経験を思い出すことはできなかった。


患者は自分の症状を意識するほどに、症状は悪化していった。


もう外には出れなくなり、カーテンを閉め、鏡を取り外し

必要なとき以外は目を開けないようにする生活に戻ってしまった。


隙間や穴を見ることが怖くてろくに生活できない。

そのうち、目を閉じて見える暗闇が穴の深淵に思えてきて頭がおかしくなる。


患者はふたたび病院を訪れた。


「過去ロボトミー手術をご希望ですか?」


「はい。私は前に過去ロボトミー手術を受けてすっかり元気になりました。

 なので、もう一度過去ロボトミー手術をしたいと思ったんです」


「そうですか、そうですか。それは結構」


患者は「前のが不完全だったのでもう一度」とは口が裂けても言わなかった。

前に怒られたこともあるのでへそを曲げられてはたまらない。

あくまでもリピーターの形で手術を依頼した。


「先生、ちなみに過去ロボトミー手術では

 患者の過去を確認したりはするんでしょうか?」


「しません。そこは患者のプライベートですから。安心してください」


「ああよかった」


手術した際に自分の嘘がバレたらどうしようかと思って余計な心配をしてしまった。

患者としては滞りなく穴恐怖症を治してもらえればそれでいい。


予定通り、過去ロボトミー手術は行われた。


手術じたいは難しいものではなくすぐに終了。

患者への負担も少ないので数日で退院できた。


「その後、いかがですか?」


「……自分がなんの恐怖症だったのか思い出せません」


「それはいいことです。あなたのトラウマが消えた証拠ですよ。

 あなたはもともと穴恐怖症だったようです。でももう大丈夫ですね」


「そうだったんですか。手術の記憶はないですが、先生ありがとうございます」


患者は機嫌よく病院を去っていった。

その後姿を見送ってから医者は看護師に訪ねた。


「あの患者、背中にたくさんの過去ロボトミー手術痕があったが

 前にもこの病院で手術受けたのか?」


「はい。過去も穴恐怖症で治療した患者です。

 その前も同じ症状で治療して、その前々も同じ症状です」


「一番最初にきたときはなんの症状だった?」

「クモ恐怖症で過去ロボトミーを受けました」


「そうか。いったい何が原因で穴恐怖症になるんだろうな……」


「先生。それより次の患者が待っています」


医者は次に待つ穴恐怖症の患者の過去ロボトミー手術へと向かった。

術後、トラウマを切除された患者は手術の記憶がないという。

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