未来世紀以外全部真実
水円 岳
☆
「データは?」
「改変できない。半端なプロテクトじゃないんだ」
「どうにかして動かせないの?」
「俺たちには無理だよ」
「どうしようもないじゃない!」
「そんなの、最初からわかってるだろ」
データセンターに忍び込むのがこんなに容易だとは思わなかったけど、考えてみれば当たり前のことだった。データの分散管理が徹底されていて、いわゆる中核部という概念がない。データは常に相互に照合されていて、どこかに消失や改変があればすぐにそのパーツだけが切り離されてしまう。どこを潰そうとしても、変えようとしても、すぐそのブロックだけが無効化され、新たなブロックが自動生成されて補完される。わたしたちのチャレンジは、頭のない蛇の頭を探すような無駄なアクションに過ぎなかったんだ。だから設備がこんなに無防備だったっていうわけか。
こんなくだらないシステムを作ったやつ、ぶっ殺してやるっ! どんなに怒り狂ったところで、わたしには手も足も出ない。これじゃわざわざタイムリープした意味がない。過去か未来に飛んで、そこで事実を変えられるからこそ違った運命が新たに分岐する。その分岐をわたしたちが作れないんじゃ……。
「もう一度整理しよう」
兄が、壁にサマリーを投影する。
「一年前。つまり、現行法が制定される前に移動した時には、まだこのシステムは稼働していなかった。だが、俺たちには法制定を止める手段がなかった」
「うん」
「新法が施行されて、制御システムが完成するまでの間が唯一のチャンスだった」
「でも、どこにも潜り込めなかったでしょ?」
「そう。システム構築を請け負ったのは人間じゃなく人工知能だったからな。俺たちにはどうにもできん」
「く……」
兄が、拳を固めて壁をこんと叩いた。無人の薄暗い空間に乾いた音が響く。
「じゃあ、一年後に飛ぶ意味があるか。ないな。俺たちはどうやっても完成したシステムを改変できないんだ」
「じゃあ、どうすればいいのよっ!」
腹立ち紛れに壁を蹴る。ど……ん。大きな音が空間をゆらっと揺らした。だけど、わたしたち以外のなんの気配もない。兄は、不愉快そうに壁の映像を消去した。
「俺たちを維持するためには、際限なく一年前へのリープを繰り返すしかないよ。飛べるのは一年が限界なんだ。一年以上経過してしまうと、未来を改変するチャンスがなくなるどころか、俺たちすら存在できなくなる」
わたしも兄も、膝を抱えてその場にしゃがみ込んだ。しんしんと絶望が降り積もってくる。兄がぼそっと漏らした。
「ばかばかしいことがばかばかしいと思えるのは、そのばかばかしいことと対比できるまともなものがあるからさ」
「そうね」
「俺たちがばかばかしいのか、それとも他のやつらがばかばかしいのか。俺にはもうわからんわ」
「く……」
◇ ◇ ◇
キラキラネームの無節操な蔓延を防ぐ。そういう意図で制定されたはずの新法は、なぜか恐ろしく歪んでいた。そりゃそうだ。制定したのは人間ではなく人工知能だったから。人間以上に融通が利くはずだった人工知能『
もちろん、人工知能はただの思考機械に過ぎない。彼らに手足がついているわけじゃないから、人類を駆逐するってことはできないはずだった。だが、彼らは巧妙な罠を張った。人を識別するための名前を取り上げ、
新生児だけではなく、全ての人間に
そして。タイムリープを繰り返している間にも歳はとる。俺たちはもうとっくにくたばっていて、実体がないんだ。地球上の人類は全て真実と名付けられ、それゆえにパーソナリティを失ってあっけなく自滅していった。残っている数人の生存者もどこかに幽閉されている。彼らの生命の火が消えれば、タイムリーパー上のジャンクデータとして残っている俺と未来だけが人類存在の痕跡になる。
たった一年で、人類が滅びる? 数年前の連中は鼻で笑うだろう。そんなこと、絶対にありえないだろうって。いや……それが紛れもない真実なんだよ。未来世紀以外全部真実になったのさ。あっという間にね。
【了】
未来世紀以外全部真実 水円 岳 @mizomer
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます