第35話② ダレトとレビ

〈ダレト、百層大廊下にて〉


 セト達がもうじきこの百層に上がってくる。貧民街で俺が助け出したレビも一緒にだ。仲間と打ち解けてくれたのは安心するが、無茶をするのはセトの影響か、それとも本人の天性のものか。どちらにしろ困ったものだ。一応、保護者としての責務は果たさないといけないのだから。しかし俺はこれまで説教というものをしたことがない。高位の聖職者とか、評議員とか偉いさんにはよく噛みつくのだが。


「バル、君はセトをどうやって叱るんだい?」

「もちろん厳しくさ。食事の前に呼び出して、ちゃんと謝るまで許さない態度を取り続けるよ」

「……」


 だめだ、本人は厳しいつもりだろうが、食べ物欲しさにすぐに謝るセトが目に浮かぶ。やはりあの子の奔放な性格はこいつが責任を取るべきだろう。だが、今回も同じではさすがに今後が心配だ。セトには観測ではなく、ここぞというべき時にクルケアンの秘密を暴きに動いてほしい。例えば、大神殿のどこかにあるという奥の院、または都市建設以来の隠し部屋、そしてクルケアンの頂上……そういうところへ行ってくれれば、救出という名目で堂々と禁忌地区に入れるというのに。こちらの都合で申し訳ないが、今回は少々痛い目にあって反省をしてもらおう。


「バル、さすがに中層まで無断で来るのは懲罰対象だ。もう少し厳しく叱らないか」

「ゆ、夕食を抜きにするとかか? さすがにそれは……」

「……すまないが、それは君の家でやってくれ。牢屋に入らない分、怖い思いをさせないと」


 そう言って俺はタファト導師とイグアル導師に向き直る。


「少しあの子たちに厳しい指導をします。僕とバルが盗賊を演じるので訓練がてら手合わせをしますが、よろしいでしょうか」


 セト、それにエルシャという子の祝福者としての力、そしてレビがこれから生きていくためにどのくらいの力を持っているのか確かめるいい機会だ。


「僕は彼らの力量を知りたく思います。この先、危険な状況に陥ることもあるでしょう。我々の目が届かない場所でどこまでできるのか見てみたいのです」


 導師らが頷くのを見て俺は変装用にと持ち込んできた黒布を二人に渡し、バルアダンと陰に潜んで子供達を待つ。その間、バルアダンが顔を外縁に向けたまま呟いた。


「意外と厳しいんだな、君は」

「甘い方だと思いますよ。骨だけは折らないように手加減はするつもりですし」

「……」


 一層下から物音が聞こえる。

 恐らく、最初に飛び出てくるのは好奇心旺盛なセトに違いない。果たして、月明かりに喜色を浮かべたセトが飛び込んできた。バルアダンが猟犬のように飛びついて羽交い絞めにする。呻くセトに、バルアダンが布の隙間から顔を見せ、黙らせる。


「え、ええ! バル兄?」

「セト、黙れ。そして動くな」


 一瞬で彼はおとなしくなった。怒られることをして、怒るべき人に見つかったのだ。当然だろう。


「いいか、私はセトの仲間を試したい。どのくらいの力があるのか、どのくらいの覚悟があるのかをだ。説教は後でするとして、今は協力しなさい」


 バルアダンの要求に涙目で頷いたセトを俺が縄で縛りあげる。さすがに哀れと思い、顔を見せてこれ以上の心配を掛けさせまいと笑いかけたのだが、なぜかセトは身をこわばらせていた。


「バル、次はどうするんだい?」

「狩りと一緒さ、家族を捕まえられてもう一人が飛び出てくるよ」


 バルアダンが言った通り、すぐに一人の少女が必死の形相で百層に登ってきた。縄で縛られたセトと俺たちを見て、腕輪から祝福の力を取り出して叩きつけようとする。まかり間違えば人を倒すほどの力だ。本人が手加減しているのなら、本気を出せばどれほどの力を振るえるのだろう。魔力の制御ができず、暴走させることしかできない俺からしてみれば羨ましい限りだ。


「いい力だ。だが素直すぎる力の使い方だな。相手に介入されることもあると学ぶべきだ」


 権能杖を振るい、エルシャの力を乱して暴走させる。彼女に力の全てが跳ね返らないようにできるだけ周囲に分散させるが、やはり制御は出来ず、エルシャは力の一部を受けて倒れ込む。バルアダンが心配して駆け寄ると、兎のように飛び跳ねてぶつかっていった。


「セトを離しなさいっ」

「ああ、離すとも。説教を終えてからな」

「バル兄、何でここに!」


 捕縛され、情けない顔をしている子供がもう一人増えたとことで、彼らを人質にして残った子らを呼び寄せる。おとなしそうな少年と少女、そして兵学校の服装をした少年とレビが這い上がってきた。仲間想いなのは結構だが、逃げないのはまだまだ幼い証拠だ。自分が生きてこそ復讐の機会はあるというものなのに。


「バル、あの少年の相手をしてやってくれ。僕はレビを懲らしめる」

「あぁ、兵学校の先輩として、ガドに実戦経験をさせるいい機会だ」


 ガドという少年が、無謀にもバルアダンと正面から戦い始めた。彼我の実力を分かっていないのか、いや、分かっていて逃げてはいけないとでも思っているのだろう。タファト導師が心配げに彼らを見守る中、俺は権能杖の先に刃をつけてレビと対峙した。


「女、命が惜しくば降参するがいい」

「へぇ、嫌だと言ったらどうするの?」

「……痛い目にあわせてやろう」

「優しい盗賊だね。本当の悪党なら殺すつもりでくるはずさ」

「む、無論だ。お前を殺してやるぞ」

「……嘘つき男」


 兵学校で学んでいるとはいえ、まだ訓練を初めてから日は浅い。最初は型の撃ち合いから始め、徐々にそれを崩して実戦のそれに近づけていく。思った通り筋は悪くない。だがそれだけに中途半端な自信を持って危険に飛び込んで命を落とすかもしれないのだ。


「身を守るには十分だ。だが戦いを挑むには強くない。身の程を知れ、女」

「身の程は知らないけど、あんたのことは知っているよ」

「何?」

「あんた、女にもてないでしょ」

「もてる必要などないが、なぜそう思う?」

「本当のところを見せてくれない男は女にもてないってね!」


 レビは槍を構えて睨みつけてくる。仲間を気にしている様子はなく、ただ感情を俺にだけぶつけてくるのだ。いったい何をそんなに怒っているのか。


「本気で来い!」


 レビが叫び、未熟ながらも裂帛の気合と共に槍を突き出した。人を十分に殺すことのできる強い一撃だ。だが、本当に人を殺したことのない、分かりやすくきれいな一撃でもあった。実力の差を示すように杖を手放し、身をかわして素手で槍をつかみ取る。そしてみぞおちを軽く突いて、その場にうずくまらせた。


「降参しろ、向こうの少年もそろそろ負けを認める頃合いだろう」


 ガドの方もバルアダンには及ばず、膝をついて呻いていた。しかし、その必死な目がまだ諦めていないことを示している。それは根性とか勇気ではなく、呪いのせいだろう。彼は西門で家族を亡くしたのだとタファト導師が言っていたが、過去に捕らわれているのだ。そう、俺と同じように……。


「傍から見れば、無様で痛ましいものだな」


 自嘲と共に思わず口に出してしまう。俺もいつか妹の仇を討てる時が来るのだろうか。そして仇を討った後はどうすればいいのか。


「そう、無様なんだよ」

「何?」


 レビが俺の権能杖を奪い取り、後ろに飛び跳ね距離を稼いだ。そして杖を月に掲げるように高く上段に構える。


「一人で悩んでさ、自分を隠してさ、他人を頼ろうとしない。そりゃ全部を背負いきれるほど強くないけど、少しは荷を分けてくれてもいいでしょう?」

「……俺が一人で悩んでいる?」

「頭が冷えたらバル様に聞いてみな、あたいにも聞いてみな。……さぁ、最後にあんたの本気を、本音を見せてよ!」


 レビは躱されることも承知で、ただ力の全てを込めて杖を振り下ろす。感情をぶつけてくるようなその一撃を、しかし受け止めなくてはいけないように思えて俺は短剣を抜いた。権能杖を眼前で受け止め、そのまま空に向けて振り上げた。跳ね飛んだ杖を取り戻し、暴走する魔力を込めてレビへと向けて叩きつける。

 鈍い音と共に床に十イル(約六メートル)程の大きな亀裂が入り、衝撃でレビは外縁部まで吹き飛ばされる。バルアダンが俺を値踏みするような目で、イグアルとタファトがやりすぎだと非難する目でこちらを見ている。そして当のレビは埃を手で払いながら、なぜかすっとしたように、笑みさえ浮かべて立ち上がるのだった。


「本気を見たから、あたいはもういいかな。逃げるか降参するよ」

「仲間を見捨てるのか」

「演技の下手な男が、いつまでも三文芝居を続けるんじゃないの。でもあたいがどうするかは、最後まで戦うあいつ次第だね」


 その言葉に促されるように視線をガドに転じると、彼の槍がバルアダンによって半分に折られたところだった。さて、彼は呪いに縛られたまま戦うのか、それとも過去を振り切って仲間のために逃げを打つのか。

 意外なことにガドの選択は後者だった。明らかに牽制とわかる攻撃をし、バルアダンに突っ込む。バルアダンはちらりとこちらを見て、わざと受けて倒れこんだ。意図を察した俺はセトとエルシャからわざと距離を取る。案の定、ガドが二人を抱え外縁に向かって走っていった。導師二人が回り込もうとしているが、それは彼の覚悟を確かめるためだろう。そしてガドはこう言い放ったのだ。


「俺の名はガド。いつかクルケアンの西門で一番強い衛士になる男だ」


 ……そうか、この少年は過去だけでなく現在も未来も背負うのか。力尽き、ふらつきながらも逃げようとするガドをタファト導師が祝福で縛りつけ、隠していた顔をさらけ出して抱きしめた。


「あなたはこんなに強く成長していたのね」

「……でも俺、また勝てなかった。逃げることで守ろうとしたんだ。父さん達が見たら何て言うだろう――」

「思い出していたのね。ごめんなさい、結局あなたを傷つけてしまった。でもね、ダルダさんも姉さんもこう言うに決まっているわ」


 タファト導師は慈しみを込めて、頑張ったわね、ガド、と呟いた。張り詰めていた緊張が一挙に緩んだためだろう、ガドはタファトの腕の中で意識を失った。

 もし、死んだ妹のニーナの声が聞こえるのなら、今の俺を見て何と言ってくれるのだろうか。頑張ったね、と褒めてくれるのだろうか、それとも何をしているの、と叱りつけてくれるのだろうか。


「ダレト、何をぼけっとしているの! ほら、ガドを横に寝かせるよ。それにセトとエルの縄もほどいてみんなに事情を説明してよ、まったく、気が利かないんだから!」


 聞こえてくるのはニーナではなくレビの叱り声だ。俺はその声に反論せず、同じく気が利かないバルアダンと共に後始末を始めるのだった。

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