第36話① 流星群の下で

〈トゥイ、百層大廊下にて〉

 

 大人達にこってりと油を絞られた後、私達はクルケアンの百層大廊下で観測を始めることにした。疲れて眠っているガドはタファト先生に任せ、エラムの指示でそれぞれの配置場所に別れていく。

 夜空には落ちてきそうなほどの星々がきらめいていた。レビヤタン、ダゴン、ラシャプ、モレク、メルカルト、エルシード、バアル……様々な神々が星座として天に配置されている。エラムは観測をするにあたり、星単体ではなく、星座単位で観測しようとみんなに提案をしていた。全ての星の位置を覚えているのはエラムと私ぐらいで、効率的な観測のために担当の星座を決め、覚えながらやっていこうとのことだ。


「トゥイ、向こうでレビとエルが頭を抱えはじめた。……あてずっぽうで観測される前に教えにいってくれ」

「うん、任せて。エラムの方は計算とか、手伝うことはない?」

「大丈夫さ、君のまとめてくれた資料のおかげで問題なく計算できているよ。後は地道な観測で予測を事実に変えていくだけさ」


 エラムの感謝を受けて、私は機嫌よくレビの観測場所へ駆けだした。彼女は観測器アストレベを捻りながら使い方を思い出そうとしているらしい。やがて両手に取りぶんぶんと振り回し始めた。レビの手が滑り、空に放り出された観測器アストレベを、私は飛びつくように受け止めた。


「レ、レビ? タファト先生の観測器アストレベは投げて使うものじゃないわ」

「ごめん、ごめん。レビヤタンの星座を探そうとしているのに、ちっともこの機械が動かないんだもん」

「ちなみに動かすことができたとして、測定することはできたの」

「えっへっへ、トゥイが来てくれてくれると信じていたから、一緒にやろうって思ってた!」


 

 茶目っ気たっぷりに手を合わせるレビにつられて、私も笑いながら一緒に観測を始める。レビの担当はレビヤタンの星座。彼女の名前の由来となった星座だ。


「あれがレビヤタン、ほらこの星とあっちの星を結べば竜のように見えない?」

「すごいね、話を聞いたあとじゃ、まるで本当の竜みたいに見えてきた。トゥイは物語を話すのがうまいね。将来は作家になればいいんじゃない?」

「じゃ、最初に書く本はレビの大冒険、っていうのはどう? 冒険の果てに年上の素敵な王子様と結ばれるの」

「……物語の内容は将来の大作家様にゆっくり相談と修正をするとして、意外だな、トゥイって年上が好きだったの?」

「ううん、私は好きな人は同い年の子だよ」

「しまった、もしかして惚気られた?」

「さてどうでしょう。あっ、年上っていうのはレビが好きそうかなって思っただけ」


 レビはお腹を抱えて笑って、そうか年上が好きそうに見えるかぁ、と足をじたばたしている。嬉しいのか、それとも照れを隠しているのか、少し顔が上気していた。でもすぐに真面目な表情になり、星を見上げながらぽつりぽつりと話し出す。


「レビ、王子様もいいんだけどね、その大冒険では色々な世界を見てみたいんだ」

「どうしてそう思うの?」

「貧民街に住んでいたときは、生きていくのに必死でさ、こうやって星を眺める余裕なんてなかったんだ。あそこを出て時間もできたし、色々な人と出会って成長したいんだ」

「セトとエルがいるんだから、他の都市へも神様の世界にもいけるかも」

「ははっ、違いないや」

「作家としては結末を想定しておきたいところだけど、ご希望はある?」

「そうだなぁ……大冒険の末に、美しく成長しとても賢くなった少女は――もう、トゥイったら笑わないでよ! コホン、いい? 生まれ故郷に帰ってさ、経験を活かしてそこを素敵な街にするの。どう?」


 なんて素敵な物語だろう。私は首を一生懸命上下させて彼女の夢に賛成する。



 それから私達は星を見ながら夢を語り合った。

 私は病気で家から出られない子を慰めるために、寝台からでも世界がわかるようにお話を集めていくのだと熱を込めて語る。そんな私に、レビは素敵だね、と親指を立てて賛同してくれた。

 レビの方は貧民街の立て直しについて具体的な計画、という名の野望を語ってくれた。まずは強くなって、北方の黒き大地に巣くっている魔獣をばったばったと退治するらしい。何でもその向こうに大森林が広がっており、それを伐採して売れば大儲けできるとのことだった。そこまでは胸を張って語っていたのだけど、急に肩を落とす。


「兵士としてはまだまだ弱いんだよね。それに今日、あいつとやりあっていいとこなしで負けちゃったし」

「ダレトさんに負けたことを悔しがっているの? 仕方ないよ。床を大きく割るくらい強いんだもの」

「やっと本気を見せてくれたんだけどな。その差がはっきりわかっちゃった。あーあ、あの強さに追いつくのはあと何年必要なんだろ。……それに、次はいつ本気を見せてくれるのやら」


 レビは負けん気を込めた目で星座を睨みつけた。もしかすると夜空に追いつきたい誰かさんの顔を浮かべているのかもしれない。


「何か、意地っぱりなお兄ちゃんについていく妹みたい」

「もう、トゥイは空想好きなんだから! そういうんじゃなくて、ダレトには何も気負わずに笑っていて欲しいんだ。だから強くなって、あいつに勝つ! で、あんたは弱いから意地を張らなくていいの、って言ってやりたい」

「バルアダンさんはいいの?」

「……バル様にはエルやセトがいるからね」


 そうか、レビは家族を求めているんだ。家を失くし、お爺ちゃんを失くした彼女だけに、ダレトさんに側にいて欲しいのだ。

 やがてレビは観測器アストレベを扱えるようになり、私は彼女に将来の大冒険の本のことを確約して、セトとエルのもとへ向かう。



「トゥイ、あの星! あの星の名前は、星座は?」


 エルは観測器アストレベを使えるようになった途端、自分の担当以外の星座にも興味を持ち始め、私に質問攻めをしてくる。冷たい風が吹き抜けているからか、それとも天に近いためか、百層から見上げる星の海は確かに下層のものより美しい。好奇心旺盛なエルが騒ぎ出すのも無理はない。


「エル、あの明るい星はエルシード神の星座よ。あなたと名前も似ているし、やっぱり惹かれたのかしら」

「さすがはわたしね! これは女神との縁を感じるわ。うん、もしかしたら子孫とか、生まれ変わりとか……そうだとは思わない、セト?」

「ぶはっ、エルが女神様の生まれ変わりだって? そんな馬鹿なことがあるもんか」

「あ、セト、ほっぺにごみがついているよ。取ってあげるね」

「ん、そう? 別に取ってもらわなくても自分で――痛ぁ!」


 笑顔のエルがセトの頬を思いっきり抓り、あまつさえ齧ろうとしている。いつもならこういう光景も二人の親愛の証なのだと見守っているが、今日は観測を急がないといけない。


「もう、メルカルト神の星座観測をするんでしょ! 仲良しなのは分かるけど、そんな近い距離でお互いを観測してどうするの」


 タファト先生が言っていた。観測というものは自分が探すだけでなく、相手も探して欲しという願いを繋ぐ行為だと。それが本当ならば二人は互いを求めて観測をしているのだろう。いつも一緒にいるはずなのに、心の底では何か不安なのだろうか、いつか別れの日が来るのかと恐れているのだろうか。

 ……というように物語を書く癖で深く考えてしまうのだけど、現実の二人の光景は、仲良しじゃないやいと、そっぽを向いて不貞腐れるという子供らしいものだった。うん、やはり二人には悲劇は似合わないや。

 しぶしぶ星座の観測を始めたセトが、急に思いついたようにイルモート神の星座はないのかと呟いた。


「ええ、その星座はないわ。でも星座は人が決めるものだし、もしかして人を愛してくれた神だから、天ではなく地にて欲しいと願ったのかもね」

「なら、イルモート神は地下か、このクルケアンの最上層にまだいるのかも!」


 セトは興奮気味に語り、必然的にエルも同調しだして、クルケアンの最上層へ行くための方法を語りだしていく。……また観測がおろそかになった。私はわざとらしく咳ばらいをして、二人にくぎを刺した。


「私達はバルアダンさんとダレトさんに怒られたばかりなのよ。しばらくはおとなしくしなくちゃ」


 思い出した二人はしゅん、となって反省をした。優しいバルアダンさんに怒られたのが大きかったらしい。またセトは先生でもあるダレトさんに理詰めで注意されたことも効いている。


 セトが観測器アストレベを天にかざす。北極星を観測し、クルケアンの頂点と自分たちの座標をもとに星座の軌道予測を計算していく。セトとエルが座り込んで計算を始めたため、二人の頭の向こうにエラムが空を見上げているのが分かった。


「エラム、計算は順調?」

「あぁ、ラシャプ神……ちょっと怖い神様の星座だけど、計算は順調だ。それにここでは怖いくらいに星々がはっきり観測できる。怒られたけど無理してきてよかった」

「みんなのおかげね」

「トゥイのおかげでもあるよ。ありがとう、君が背中を押してくれたからここまで来ることができたんだ」

「まだまだこれからよ。ほら、あの疫病の神ラシャプをやっつけて元気な体になるまでは歩き続けないと」


 少し私は照れていたのかもしれない。自分でも神様をやっつけろ、という強い言葉が出るなんて思いもしなかった。


「あはは、それは神の二つの盃エル=クシールの薬効が切れる一年の間にしなくちゃね」

「一年で神様を倒す大冒険かぁ。レビの物語と同じで壮大なものになりそう。なんだかセトのクルケアンの頂上に行くって夢が簡単に思えてきちゃった」


 興味を持ったエラムがレビの物語を聞きたがり、私は彼女が辿るであろう大冒険を脚色しながら語りだす。そのうちにガドが起きたというイグアルさんの声を聞き、全員がタファト先生の膝枕で寝ている彼のもとへ集まった。


「ガド、起きた?」


 タファト先生の声をきっかけに、みんな一斉に顔を寄せ合ってガドを見下ろす。当の本人はよだれを垂らして寝ぼけていた。


「え、あれ、もう観測にいく時間かい?」


 みんなで大笑いして、それからガドの健闘を讃えていく。未来の西門の衛士はそれを聞いて恥ずかし気に笑っていた。一見、衛士になるというガドの物語が一番地味なのかもしれない。でも彼を取り巻くアスタルトの家の仲間は個性派ぞろいだ。影響を受けざるを得ない彼がただの衛士になるはずがない。



 ……ある時、クルケアンの頂上を目指すセトとエルシャがいました。

 二人は疫病の神を打ち倒そうとするエラムとトゥイと合流し、

 天まで続くクルケアンを冒険していきます。

 魔獣が出れば衛士ガドが颯爽と打ち倒し、

 また家族を探して旅に出ていた剣士レビも加勢します。

 そして頂上で彼らが見たものは――


 うん、アスタルトの家の大冒険、だいたいの筋書きができた。でもその始まりはもう少し劇的であって欲しいのは高望みしすぎだろうか。


「トゥイ、みんな、空を見て!」


 エルが大きく口を開けたまま空を指し示している。見上げる仲間が次々と同じ姿勢となり、私もつられて空を見上げた。


「こんなにも多い流星なんて初めて……」


 無数の星の軌跡がクルケアンに、そしてわたし達に向かって落ちていく。見上げすぎて全員がしりもちをついてしまう。みんなの顔を見れば、全員が我を忘れて星を眺め続けていた。私だけ一緒じゃないような気がして、あわてて視線を流星に戻した。


 アスタルトの家の仲間達。出来たばかりの、私の素晴らしい仲間。

 みんなと一緒に流星をみたこの時間を私は一生忘れないだろう。


 最後にひと際大きい星が流れ、これから始まる大冒険に胸を躍らせながら私達の最初の観測は終わったのだった。

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