第314話 イルモート討伐戦① 見ていてください
朝日と共にセト、エルシャ、エラム、トゥイ、ガド、タファト、イグアル、サラ、そしてアナトとニーナがクルケアンの頂点に向けて百層から出発した。
巨竜のタニンとはいえ全員を乗せることは能わず、サラと共に上層まで観測機など必要な資材を引き上げることになった。一行は大塔で二百五十層へ向かい、そこからは螺旋階段で三百層へ向かうのだ。
そしてガド以外の小隊員はウェルを代隊長としてぼろもうけ団と共にギルアドの城とイズレエル城の防衛を行うため別行動をとった。バルアダンの指示を受けて、イルモートの力でクルケアンの魔獣石が魔獣に戻った時、人を求めて避難所の城に殺到するのを防ぐためである。
双方の出発の直前、アナトはウェルからバルアダンの伝言を聞いていた。月で待つとの友の言葉にアナトは大きく頷く。ただしウェルは事情を全て話したわけではない。アナトは天上で魂の名を思い出させ、バルアダンが地上でイルモートを討伐し、その力を以ってハドルメ復活の魔力とするという状況をこの人のいい神官は素直に受け入れているのである。そして自分達らしい、いつもの困難な任務だなと笑っているのであった。
「まったく、バルアダンめ、帰ってきてからも忙しいことだ。ゆっくり酒でも飲み交わしたいところだが、それは終わってからの楽しみとするか」
「アナト連隊長、バルアダン隊長は、隊長は……」
「そうだ、ウェルは城の防衛だが、もしあいつに会うことがあったら伝えておいてくれ。月に着いたらサリーヌの魂にかける言葉もちゃんと考えておけとな」
「……了解しました」
ウェルが真実を告げなかったのには二つ理由があった。一つは月で会おうという上官の伝言を忠実に伝えたこと、そしてもう一つは親友であるアナトにだけは上官が真実を直接に言うべきだと思ったからである。強く憧れていた上官が見せた弱々しい一面が悔しかったのかもしれない。あるいは優しい青年に無理な願いと虚像を押し付け続けた自分達が恨めしかったのかもしれない。ウェルは救いを求めるように事情を知っているサラの目をじっと見る。だが傲岸不遜な賢者として名高い彼女にしては珍しく、思いつめたような顔で頷くのみであった。
一行を見送りながらウェルは思う。誰もが無理をして何かを演じているのではないかと。神との戦いとハドルメの復活という大舞台ではあるのだが、分を超えた無理をすることが良い結果に結びつくのだろうかと。その様子を見たザハグリムはウェルの肩に手を置いて言葉を選びながら話し始めた。
「ウェル、みんな愛する人がいるんだ。そしてその人の悲しむ顔を見たくないからこういうことになる」
「だから無理をすると? そんなの愛された人もいたたまれないじゃない」
「本当にそうだ。だから君やアスタルトの家のような存在が必要なんだ」
「あたし?」
「あぁ、思いつめた顔を無理やりでも笑顔に変える、そんな無茶苦茶な人がね」
「一応聞いておくけれど、誉めてくれているのよね!」
「もちろん! それ以外の何かに聞こえたのならこれまでを振り返って反省を求めるぞ?」
「うん、思い当たることはないから称賛として受け取る! でもさ、ザハグリム、あんたも無理しているでしょう? あたしに悲しむ顔をさせないでよ」
「安心してくれ、無理をしているわけじゃない。悲しむ顔をさせるはずもない」
「何でよ、あんただってこれまでを振り返れば――」
「私のは無理とはちがう、ただ君の前で恰好をつけているだけさ。……君は目を輝かせて私を見てくれればいい」
ウェルは笑いながらザハグリムの背を叩いた。想い人が渋面を作るのをしり目に、どうやら婚約しただけでこの男は大層な自信家になったらしいと再び笑い飛ばす。こんな男は調子づかせないようにちゃんと近くで見張っておく必要がある。いや、心配で目を離せるわけがないではないか。それにもし側にいて悲しむ顔をさせたのなら、それこそ一生後悔させてやろう。でもザハグリムのおかげで思いつめていた心が軽くなったのは確かなのだ――。
「言葉には責任を持ってもらうからね。みんな、聞いた? ザハグリムが今日一番恰好いいところを見せてくれるって! あのベリアのおっちゃんやオシールに負けないくらいに!」
「ちょ、ちょっとウェル? その人達を比較に出すのは……」
「よーし、考え方を変えようか、みんな。隊長にあたし達の成長を、格好いいところ見せてつけてやるんだ! そして隊長に安心してくれって……」
ウェルは最後に言葉を濁した自分を振り返り、どうやら自分はまだ思いつめているらしいと頭を振る。しかし仲間たちはそれを振り切るように叫び出した。
「隊長、聞こえるかい! ガド小隊のミキト! この弓で城を防衛して見せる!」
「バルアダン隊長、ゼノビアです! ちゃんと問題児を支えて隊行動させていますからね!」
「ガド小隊のティドアル! 隊長と小隊長の名を辱めないように努力します!」
「見習いのシャンマです! でもガド小隊で一番の戦士に成長しますから!」
シャンマの先輩たちを超えるという発言に、一同は大笑いをする。当の本人は本気なのがまた面白さを湧き起こすのだ。そして隊員の視点はザハグリムとウェルに向けられた。ザハグリムが広場に向かい、そしてその地下にいるであろうバルアダンに大声で叫ぶ。
「隊長、ザハグリムです! あなたが育てたガド小隊の力、クルケアンから見ていてください!」
最後にウェルが城壁に立った。百層から見える広大な景色にはガドの家族が命を落とした街道も見える。連想が羽を広げ、自分達は何かを守ろうとして戦っていたのだとこれまでを振り返っていった。そしてバルアダン隊長もガド小隊長も世界を守るために戦っているのなら、自分達はみんなが帰る場所を守るために戦おうと隊長に誓う。
「バル隊長、あたし達は全力で戦います! 隊長やガドが守ってきたものを絶対取りこぼしたりしないから、格好いいところちゃんと見ておいてね!」
次々と隊員がバルアダンの名を叫び出す。やがてぼろもうけ団から移動のための飛竜が到着し、彼らはイズレエル城とギルアドの城の中間にあるカルブ河に向けて飛び立っていった。
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